カテゴリー「自然」の33件の記事

2017年11月 4日 (土)

色付き始めた府立植物園 そして傷跡も生々しく

 京都市内の最低気温が、10℃を切る様になり、木々の紅葉が少し進み始めているかと思い、11月2日(木)の午前中、府立植物園を訪ねました。実は、先日の台風21号の被害も気になっていたので・・・。

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園内の道端の小さな木も、美しく色付いていました。

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観覧温室の近くの木々です。
この日、幼稚園児から小学校低学年の子供達が大勢来ていました。

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枝垂れ桜が多く植えられている場所での倒木です。大きな幹は、切断されていました。見るのも辛い光景でした。

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観覧温室の北側の桜林でも、こんな光景がありました。

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盆栽のコーナーにも、この様な紅葉が・・・。

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何の木か判りませんが、紅葉が進んでいます。

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黄葉も見られました。

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こんな風景も見られました。倒木の切り取った枝を運ぶ車でした。

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ここにも、こんな無残な姿が・・・。
 このような状態を実際に見て、木も花もそして園の方々も「可哀想」の一言では片付けられない自然の怖さを改めて考えさせられました。

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この日、一番美しく紅葉していた木でした。

 京都市内の木々の紅葉も、段々と美しい姿を見せてくれることでしょう。



















2017年9月19日 (火)

秋の気配の嵯峨野を歩く

 厳しい残暑の中にも、朝夕には忍び寄る「秋」の気配を感じつつありますが、そんな中「北嵯峨」で、「秋」らしさを求めて散策しました(9月9日)。

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何時もの様に「広沢池」の東南隅から、愛宕山の方向を見ています。
池の畔では、キバナコスモスが咲き誇っていました。
雲の様子に、秋らしさ感じました。

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また何時もの様に、池の畔の「ザクロ」が沢山の実を付けていました。
そろそろ「ザクロの実を取らないでください」の札が付けられる頃です。

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「遍照寺山」を正面に見るところにも「キバナコスモス」が沢山咲いていました。

この後は、「北嵯峨田園地帯」すなわち田んぼの中の道(農道)を、ゆっくりと歩きました。

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稲穂は、その実りをしっかりと付けて、「実りの秋」を示していました。
一部では、刈り入れが始まっていました。

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田んぼの中の「農道」を歩いています。

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田んぼの外周から渦巻状に、中心に向かって刈り取って行く様です。
刈取り~脱穀を同時に行い、稲モミだけを収穫されていました。

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イケメンの案山子が、頑張って田んぼを守っています。

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刈り入れが終わった田んぼは、秋から冬への景色の変化を感じさせます。

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畑では、「ナスビ」の花が満開でした。多くの実も成っていました。

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「大沢池」の外側の土手で、「アオサギ」が何かを狙っている様でした。

秋の気配を感じつつも、暑い歩きのひと時でした。






















2017年2月20日 (月)

早春の北嵯峨風景

  久し振りに、北嵯峨を歩きました(2月18日)。
 何時もの様に、先ず「広沢池」の畔に立ちました。
 昨年末の「鯉揚げ」後の池の水は、未だ満タンには至っていませんでした。

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池の東南隅から、北西方向を見ています。画面左下が、池の岸です。
遠くの山は、お馴染みの「愛宕山」です。

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池の真ん中辺に来ました。ここからも池の水が満タンで無いことが判ります。
嵯峨富士の「遍照寺山」は、静かにその姿を池面に映しています。

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目を少し西に移して見ています。池に流れ込む水の流れの様子が、良く判ります。毎年この時期に見られる景色です。
池に突き出た小島には、石造りの仏様の姿が、小さく拝めます。小島に架かる石橋の右手におわします。

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池の畔から眺めた「愛宕山」には、残雪が見られました。

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北嵯峨田園地帯は、未だ冬の佇まいでした。東南方向を見ています。

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「後宇多天皇陵」近くの林の中に、1本の小さな梅の木を見付けました。

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北嵯峨の集落のお宅の塀越しには、薄いピンク色の梅が美しくその花を咲かせていました。

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北嵯峨にも、早春の息吹が感じられました。
その後、「大覚寺」前まで歩きました。




2017年1月25日 (水)

テーマ「京都の水」 (15) 琵琶湖疏水分線-4

 前回に続いて、琵琶湖疏水分線に沿って歩いています。
 「哲学の道」の北端、「銀閣寺橋」で分線は左折し、西に向かって流れを変えます。

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分線の流れが西に変わった地点です。前方が西の方向になります。
左端に見える橋の一部は、「銀閣寺橋」です。
誰が置いているのか、見苦しいものが色々と置かれていますね。

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情緒のある景色です。見えているお二人はお昼の様でした。

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道の向こう側に見えるのは、「白沙村荘・橋本関雪記念館」です。
橋本関雪は、京都在住・故人の日本画家で、ここにはアトリエなどがあります。
また、関雪の妻・米子が、「哲学の道」に桜を植え、「関雪桜」と呼ばれています。数年前に、茶室などが火災に遭い、目下工事中の様です。

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ここは、南北に流れる「白川」と、東西に流れる「疏水分線」とが、立体交差しているところです。見えている流れは、疏水分線です。「白川」は、分線の下を通っている様です。

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やがて「白川通」が見えて来ました。分線は少しの間見えなくなります。

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再び分線が現われるのは、白川通に沿って架かるこの橋の下になります。
左手に見える通りは、「今出川通」です。歩く道は、分線の右側に沿った道を歩きます。

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途中の橋の上から、分線の上流を見ています。前方遠くが「白川通」になります。

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暫く歩いていると、こんなものに出くわしました。
分線は左手に見える手摺の下を流れています。右手の道は、普通の道路に下りる道です。左手下に扉が見えますから、中には入れる様です。上には幾つかの小窓も見えます。何やら不思議な構築物です。疏水分線の水を取り込むための、例えばポンプ小屋?(全くの想像ですが・・・)。

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「小倉橋」から見た様子です。「御蔭通」の「北白川小倉町」付近です。

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分線は左手にあります。哲学の道とは又違った雰囲気の遊歩道です。
地図には、「北白川疏水道」と書かれていました。

 疏水分線を訪ねての歩きは、まだ続きます。
 次の目的地は、「松ケ崎浄水場」です。











2017年1月20日 (金)

テーマ「京都の水」 (13) 琵琶湖疏水分線-2

 前回の続きです。とは言っても随分時が経ちました。
「琵琶湖疏水」の分線、蹴上から松ケ崎まで、さらにその先の賀茂川までを、訪ねて歩いています。今回はその2回目、「哲学の道」からスタートです。

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「鹿ケ谷通」(ししがたにどおり・白川通の東の通り)から、「哲学の道」に入るところに、疏水関係らしき施設がありましたが、これ以上中には入れませんでした。地図によると、これから先に行く松ケ崎の名前がついた「松ケ崎浄水場」と書かれていました。ここから松ケ崎まで導水管が行っている様なので、その関係かなと推測しました。

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この疏水分線の出口を覗いて見ると、こんな様子でした。向こう側から流れ出ています。

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「哲学の道」の南の入口に建つ石碑です。その先の流れが疏水分線です。

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哲学の道の両側には、所々に皇族のお墓が見られます。
上から見下ろして失礼なんですが、ここは「顕子内親王御墓」です。
正しくは、昭子内親王らしいのですが、後水尾天皇と東福門院(徳川秀忠の娘・和子)との第4皇女です。
この御墓の隣には、東福門院ゆかりの「光雲寺」があります。

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この石碑が、その道標です。階段で下に下りて行きます。

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その向い側(疏水分線を越えて)にも、皇室関係の御墓があります。
「宗諄女王御墓」です。伏見宮貞敬親王の皇女で、江戸末期の方です。霊鑑寺の住持をされていた様です。この辺りには、「久邇宮家」の墓地もあります。

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大豊神社(狛鼠で有名)への道に架かる橋「大豊橋」から下流を見ています。
京都市内を流れる川は、全て北から南に向かっていますが、この疏水分線のみは、南から北に向かって流れている唯一の流れです。

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哲学の道沿いには、多くの有名寺社があります。

さらに、北に向かって歩を進めます。

2017年1月16日 (月)

1月15日の京都市内の雪景色です

 京都市内では珍しい大雪の朝、自宅マンションから、寒さに震えながらコデジで一応!雪景色を撮りました。朝の市内の積雪は、約9センチとのことでしたが、もう少しある様に思いました。

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南側、京都駅に向かって。

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南西に向いて撮りました。遠くに見える薄茶色の建物は生涯学習センター
「京都アスニー」です。


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西に向いています。お寺の屋根は立本寺です

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西側の愛宕山の下あたりです。
 (撮影は、9時25分から30分)

午後は、晴れたかと思ったら雪が舞い散る、真冬らしい?天候、道路はシャーベット状態歩くのにも一苦労です。
道行く人との会話は、こんなに降ったのは珍しいですね。
昔(笑い)の冬は大雪は当たり前でしたね。
久し振りに緊張した朝でした。
 今日は、女子駅伝です。
道路状況が悪く走りにくいことでしょう。

2016年12月18日 (日)

テーマ「京都の水」 番外編(2) 琵琶湖疏水記念館他

 今回は、琵琶湖疏水のかつての「南禅寺船溜り」の近くに、「琵琶湖疏水記念館」がありますので、そこをご紹介したいと思います。
 そこでは、琵琶湖疏水の歴史や現在が学べる絶好の場所となっています。
 開館は、平成元年(1989)8月で、平成21年(2009)10月には開館20周年リニューアルオープンしています。

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「琵琶湖疏水記念館」の建物の正面です。入館料は無料です。

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建物を真横から見ています。
展示室は、1階・2階・地階にあります。エレベターも設置されています。

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2階から疏水路を、西に向かって見ています。
うっすら赤く見える橋は、「慶雲橋」です。
手前が、「南禅寺船溜り」の一部です。
遠くに見える高層ビルは、「京都ホテルオークラ」です。

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1階の屋外に出ると、傍を物凄く勢い良く疏水の水が流れていました。
水路の幅が狭いので、その勢いには圧倒されます。

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その流れが、船溜りに流れ込んでいるすざましさ!です。
向こうに見える建物は、市動物園です。

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記念館の中からも、疏水の水が流れ込んでいます。

見学の目的に、幾つかの質問したいことがあって、係りの方に丁寧に教えて戴きました。流石に良くご存じでした。お礼を申し上げ、記念館を後にしました。
ついでに、記念館近くの関連施設を見て回りましたので、ご紹介します。

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施設でユニークなのは、この「インクライン」ではないかと私は思います。
記念館でもこの動く模型が展示してありました。
上・下複線になっています。

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台車に乗った三十石船です。船にも色んな貨物が乗っています。

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インクラインの軌道の下には、トンネルが造られていて、「ねじりまんぽ」と言います。煉瓦の積み方が、緩やかに捻じれる様に積まれています。
扁額は、「雄観奇想」(右から・ゆうかんきそう)とあり、琵琶湖疏水を造り上げた、三代目・京都府知事の北垣国道の筆によるものです。

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建物は、インクラインにほど近くにある「蹴上発電所」です。
今も、関西電力が、水力発電を僅かながら行っていると聞きました。






2016年12月 6日 (火)

初冬の京都御苑

 11月29日の午後、初冬の京都御苑の南部の一部を歩きました。
 「堺町御門」から、御苑に入ります。

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堺町御門の傍のイチョウの木が、美しく黄葉していました。

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「旧九条邸」への小道には、その落葉が道を彩っていました。

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「鷹司邸跡」の近くでは、黄色い実が鈴なりに生っていました。

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近付いて見ると、こんな様子でした。何の実でしょうか?
葉っぱの形から、柑橘系の様です。

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名残の紅葉も見られました。御苑内の深くは入っていません。

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堺町休憩所近くから、「建礼門」を拝しています。
今年の時代祭は、右手寄りの辺りで、拝観したことを思い出しました。

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西の方向に歩いています。この先には「閑院宮邸跡」があります。

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ここにも、名残の紅葉が見られました。
少し北に向きを変えました。

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「白雲神社」(西園寺家のお社)の塀越しに、木々の彩りが見られました。

「蛤御門」から、外に出ました。

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「烏丸通」を隔てて、御苑内の木々の様子を眺めています。

今年の京都市内の紅葉のスピードが、想像以上に早くて、御苑内の紅葉の最適期に出合えず、残念でした。


















2016年11月29日 (火)

そろそろ京都の紅葉も終わりか?(4)智積院

 前回の続きですその日(11月23日)の午後は、東山にある「智積院」(ちしゃくいん)にも足を伸ばしました。
 ここでは春に「青葉まつり」があって、綺麗な「青モミジ」を拝見したので、きっと紅葉も美しいと思い出掛けたのです。予想通り、見事な紅葉でしたが、やや盛りが過ぎたかなと言った感じもしました。
青モミジ以外にも紫陽花が見事に咲いていました。

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ここには山門がないので、これがその代りかなと思いました。所謂「結界」の役目を果しています。ここは、表示の通りのお寺です。

綺麗な石畳ですが、始めはここを通らずに、右横手から境内に入りました。

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やはり紅葉は綺麗でした。

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どんどん中へ進みます。

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「鐘楼」の近くの紅葉の様子です。

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紅葉の並木が続きます。

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本堂の近くまで遣って来ました。

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本堂の近くにも、見事な紅葉が見られました。

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本堂の前には、2本の大きな木がありました。幹回りがかなり立派な木です。
こんな立派な木を見たのは、初めてです。

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やや盛りが過ぎたかな?と言いましたが、それは極く一部で、「青もみじ」=「紅葉も見事」な「智積院」でした。

1日で、天授庵~南禅寺~無鄰菴~智積院と、4カ所を回りましたが、私達の今年の紅葉巡りは、もう最後かなと思いつつ、智積院を後にしました。






2016年11月28日 (月)

そろそろ京都の紅葉も終わりか?(3)無鄰菴

 「南禅寺」の紅葉を堪能した後は、近くの「無鄰菴」に向かいました。

 「無鄰菴」は、東山連峰の麓からは少し離れてはいますが、連峰を借景に取り入れています。明治・大正の元老 山縣有朋の別荘でした。
 敷地面積は、約950坪あります。国の名勝に指定されています。
 現在は、京都市の管理となっています。

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庭園内に入って直ぐの景色です。建物は母屋です。ここでは、お抹茶が戴けます。遠くに見える山は、東山連峰の一部です。

園内を散策します。

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木々の紅葉は、見頃を迎えています。

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園内に造られた小道を辿って、奥の方へ。

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立派な石の傍の木々も、美しく色付いています。

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奥に行く程、木々が増えて来ます。

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園内の北側には、林状が続きます。

琵琶湖疏水を取り入れた瀧から、流れ出て小川の辺りから、小道を引替えしました。

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やがて小川は、この様な池状になり、ゆっくりと流れて行きます。

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色鮮やかな紅葉も、続きます。

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芝生の中の小道を戻ります。右手には池状の流れがあります。

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右手が母屋です。左手には洋館の建物があり、そこでは明治36年4月21日に、「無鄰菴会議」が開かれました。メンバーは、山縣有朋・伊藤博文・桂太郎・小村寿太郎の4人で、日露戦争開戦前の我が国外交方針を決めたとのことです。

 この後は、午後も紅葉めぐりをしました。
 今年の私達の紅葉めぐりも、最後のチャンスかと思いつつ。



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