カテゴリー「嵯峨 嵐山」の13件の記事

2017年11月10日 (金)

嵯峨野もそろそろ色付く

 体力増進と言うよりも、体力維持が精いっぱいの今日この頃ですが、週1回は何とか実現したいと頑張っている「マイウォーキングコース・嵯峨野」歩きでも、そろそろ木々の色付きが目に付きはじめました。(11月4日午前)

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北嵯峨の広沢池と遍照寺山、そして近くの或る教団の施設では色付きも。
かつては見事な紅葉が見られた遍照寺山は、今年はどうか?

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その或る教団での紅葉した木々。

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北嵯峨田園地帯では、「ひこばえ」がこんな状態でした。
遠くの山々は、嵐山などです。

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ふと見ると、極近くに「青サギ」が・・・。

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何時も歩いている道端で見られた紅葉です。

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部分的に見ました。

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見事な赤い実の豊作が見られました。

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大覚寺の入口でも、こんな様子でした。

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大覚寺近くのある民家でも。

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「落柿舎」前では、先日の台風で落ちたのか、実は僅かでした。

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ゴ-ルも近い「野々宮神社」です。手前は「黒木鳥居」の上部です。

これから、嵯峨野の木々も、益々美しい状態に成って行くことでしょう。
楽しみにしたいと思います。



















2017年9月19日 (火)

秋の気配の嵯峨野を歩く

 厳しい残暑の中にも、朝夕には忍び寄る「秋」の気配を感じつつありますが、そんな中「北嵯峨」で、「秋」らしさを求めて散策しました(9月9日)。

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何時もの様に「広沢池」の東南隅から、愛宕山の方向を見ています。
池の畔では、キバナコスモスが咲き誇っていました。
雲の様子に、秋らしさ感じました。

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また何時もの様に、池の畔の「ザクロ」が沢山の実を付けていました。
そろそろ「ザクロの実を取らないでください」の札が付けられる頃です。

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「遍照寺山」を正面に見るところにも「キバナコスモス」が沢山咲いていました。

この後は、「北嵯峨田園地帯」すなわち田んぼの中の道(農道)を、ゆっくりと歩きました。

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稲穂は、その実りをしっかりと付けて、「実りの秋」を示していました。
一部では、刈り入れが始まっていました。

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田んぼの中の「農道」を歩いています。

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田んぼの外周から渦巻状に、中心に向かって刈り取って行く様です。
刈取り~脱穀を同時に行い、稲モミだけを収穫されていました。

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イケメンの案山子が、頑張って田んぼを守っています。

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刈り入れが終わった田んぼは、秋から冬への景色の変化を感じさせます。

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畑では、「ナスビ」の花が満開でした。多くの実も成っていました。

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「大沢池」の外側の土手で、「アオサギ」が何かを狙っている様でした。

秋の気配を感じつつも、暑い歩きのひと時でした。






















2017年7月19日 (水)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(4)天龍寺のハス

 前回の続きです。
 今回の歩きの最終目的は、「天龍寺のハス」です。
 天龍寺の境内を、東の方から入って直ぐにある「勅使門」の裏にある「放生池」に多くのハスが咲いています。

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流石に立派な「勅使門」ですが、門全体を撮ることは出来ません。
何故かと言えば、門の前も後も、駐車場になっていて、車が一杯です。
車が邪魔をしない横からの様子です。
そうですね。今時何処のお寺も、「勅使門」は過去の遺物ですね。
それでも「勅使門」を、しっかりと柵で囲って守っておられるところもあります。

 先ず「放生池」の北側から見ましょう。

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池は結構広くて、北側だけでもこれだけの大きさがあります。
見えている山並みは、嵐山などです。

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池の北側に咲くハスたちです。

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池の南側に移動しました。

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池の南側のほぼ全体の様子です。向こうに見えるのが「勅使門」です。

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池を二分する「石橋」が、見えます。立派なものです。

池の南側に咲くハスたちです。

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この「放生池」のハスは、まだ当分咲き続けることでしょう。

「ハスの花」は、極楽で咲く花と言われています。
これから、お盆に向かって、あちこちで見られることでしょう。



2017年7月16日 (日)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(3)嵯峨野

 前回の続きです。
 タイトルを「嵯峨野」としましたが、行政区域の「嵯峨野」とはかなり違った感じになります。
 例えば「京都府立嵯峨野高校」とか、地名表記の「嵯峨野」などは、もう少し南の地域になります。ですが「嵯峨野めぐり」などと言う所は、今私が歩いている一帯を指しています。
 私は今、「大覚寺」に向かって歩いています。

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その途中で、毎年も今頃見掛けるのは、この花です。
或るお宅の敷地内から、大きく伸びて道からもしっかりと見ることが出来ます。
「ノウゼンカズラ」です。私はこの花の色が好きです。

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かなり密集しています。

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花の形は、アサガオの様です。

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大覚寺の施設の近くを流れる「有栖川」の上流です。

 何時も「大覚寺前」のバス停で、しばし休憩をしてから、嵐山に向かっています。ぼんやりとバスから降りた人や、待っている人、乗る人などの動きを眺めています。
そろそろと腰を上げて・・・。

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「鳥居本」の三叉路の手前、「五山の送り火」の1つ、「鳥居形」の曼荼羅山の麓の様子です。曼荼羅山には少しだけ「火床」の鎖が見えます。
この近くには、瀬戸内寂聴さんの「寂庵」があります。

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「小倉池」です。長く亀の姿を見る程度の古池でしたが、最近整備されて「蓮」を植えられて、丁度白とピンクの花が咲いていました。
以前は、「カワセミ」の姿も見かけました。超望遠レンズのカメラで、その姿を狙っていた人の姿もありましたが・・・。

 最後は、今回の目玉の「天龍寺」の「蓮池」へ向かいます。





2017年7月15日 (土)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(2)北嵯峨田園地帯

 前回の続きです。
 「広沢池」の道を挟んで西側には、「北嵯峨田園地帯」(要は田んぼや畑ばかり)が広がっています。そこの今の様子を、ご紹介します。

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その地帯に入った直ぐには、こんな様子が見られます。
何時ごろからかは判りませんが、休耕田だつたところが、今は休日などには子供達のサッカーやラグビーなどの教室風に利用されています。
結構広いスペースです。この辺りは「歴史的風土特別保存地区」ですから、家なども建てられません。

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そこから北に少し行くと、正に田んぼが一面に広がっています。
人や獣などの侵入防止の柵(電流が流れている)は、しっかりと設置されています。

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田んぼの中を覗いて見ると、稲は順調に生育している様です。
あまり水が見えないけど、大丈夫なのかな?

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愛宕山が見える位置まで来ましたが、一面稲の緑ばかりです。

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少し視線を変えて、嵐山方向を見ています。
「北嵯峨田園地帯」の全景に近い景色です。
何軒位の農家の方が耕作されているのでしょうか?

田園地帯を取り巻く道は、北から西に変わりますが、その途中では農家らしい家は見掛けませんので、地帯の西方向辺りにある家の人達が、多分係わっておられるのだろうと推測します。

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それらの家の近くに咲いていた「ヒマワリ」です。

 「大覚寺」に向かって、引き続いて歩きます。







2017年7月13日 (木)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(1)広沢池

 7月6日(木)の午前中、梅雨の晴れ間を利用して、かつてのMYコース(現在は完歩が困難なので、大きく崩して仕舞っている)を、季節感を感じながら歩きました。かつて遣っていた通り、「広沢池」からスタートしました。

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池の東南角に立って、池全体を見渡しています。
今日は「愛宕山」の頂きは、雲に少し覆われています。

池の南の畔を、西に向かって、そろそろと歩いています。

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池の東北方向を見ています。そこには、或る宗教団体の施設があります。

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池の畔には、こんな碑も・・・。

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「遍照寺山」に正対しています。

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その近くには、数は少ないですが、こんな花も・・・。

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「遍照寺山」西隣の山の裾一帯の様子です。

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池に突き出た小島には、「千手観音」さんの石像がおわします。

「広沢池」にはお別れして、西隣にある「北嵯峨田園地帯」に、目を転じます。














2017年7月 9日 (日)

歴史探訪 嵐山編

  今回は、「或る会」の嵐山周辺の歴史探訪に参加しました。
 京都の観光名所としての「嵐山」とはまた違った場所を、案内して戴きました。
 時には、アジア系の観光客が格別多い嵐山の雑踏をすり抜けながらの、歴史探訪でした。

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渡月橋から見た、今回の探訪地域です。
遠くに愛宕山が、その手前の形の良い山が「小倉山」、その手前の小高い丘(判り難いかと思いますが)・亀山が今回のメインです。
川は、渡月橋の上流ですから「大堰川」、橋から下流は「桂川」です。

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この位置から見る「渡月橋」は、少ないかと思います。
場所は、嵐山・中ノ島公園の上流部分です。渡月橋の西南部分です。
朝の10時頃なので、逆光となり、橋が黒く見えます。
「渡月橋」の名前の由来は、亀山天皇が「くまなき月の渡るに似たり」と言われたことからとか。

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渡月橋を渡り、大堰川の左岸に来て、「嵐山」に相対しています。
昔は桜の山だつたとか。今はちらほらと桜が見られる程度です。
国有林になってから、山の様子が変わってしまったそうです。

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渡月橋の西北にある「小督塚」(こごうづか)です。
美女「小督の局」をめぐる悲恋の物語は有名です。

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そこから、川岸の道を少し上流に来ました。対岸を見ています。
木々が少し少なく成っている所に、明治時代まで「戸無瀬滝」(となせのたき)と言う「三段に落ちる雄大な滝があったそうです。今は全く見られません。
かなり有名だった様で、当時の絵図にははっきりと描かれていました。

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「亀山公園」の入口に着きました。これから公園内の歴史を訪ねて歩きます。

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先ず訪れたのは、ここです。かつて中国の首相をされていた「周恩来」さんの「詩碑」です。
来日時京都に来られた時のもので、「雨中嵐山」(うちゅうらんざん)と言う題名で、日中友好を象徴する碑だそうです。

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「角倉了以」像です。1554~1614年の人です。豊臣秀吉の時代から江戸時代初期にかけて活躍した嵯峨の豪商でした。
保津川の開削や高瀬川の開削などを手掛け、京都の発展の為に多大な貢献をしました。

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上半身をアップで見ました。流石意志の強そうな風貌をされています。

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こちらも強い意志を持って幕末を生きた女性・津崎村岡局(つざきむらおかのつぼね)像です。幕末、京の都で勤皇の志士達に協力した罪で幕府に逮捕されたりしました。

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こちらもアップで見ました。柔和な表情の下には、強固な意志が隠されています。

 この後は、大河内山荘~竹林の道~野々宮神社と歩き、野々宮神社で解散となりました。

 ここで「閑話休題」 野々宮神社について
 今では、野々宮神社はカップルや若い女性の良縁・幸せを願っての人気のお宮さんですが、元々はここは伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王が、斎王となるために一年間精進潔斎するための清浄の地でした。














2017年5月 6日 (土)

新緑を訪ねて 嵐山地区へ(2)宝厳院と嵐山

 前回の続きです。
 嵐山地区の新緑を訪ねて歩いています。嵐山地区では一番大きいお寺「天龍寺」から、秋には紅葉で人気の「宝厳院」(天龍寺・塔頭)へ来ました。中に入らなくても、塀の外からでも結構新緑を見ることが出来ます。

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天龍寺からここ「宝厳院」に来て、先ず目にする新緑です。

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真ん中辺りの様子です。秋には、これらの木々が紅葉します。

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「宝厳院」の山門は、この様な茅葺です。

ここから真っ直ぐに南に進むと、「大堰川」に出ます。

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「大堰川」に来ました。上流を「保津川」、渡月橋下からは「桂川」と名前を変えます。嵐山の船遊びの場であり、「保津川下り」の終点でもあります。
背後の山は、「嵐山」です。

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少し下流側に移動して見ました。山は勿論「嵐山」です。

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「渡月橋」と「桂川」、そして「嵐山」です。

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渡月橋畔の大木も、見事な新緑でした。

 この後は、もう1か所車折神社へ、新緑を訪ねました。次回にご紹介します。








2017年2月26日 (日)

京都・天龍寺塔頭の梅

 久し振りに、嵯峨野・嵐山のMYコースを歩きました。
 通しで歩くには、未だ体力に不安があって、広沢池から大覚寺までは、2月18日(20日にアップ)に歩きましたが、残りの大覚寺から嵐山までを、2月24日に歩きました。大覚寺~鳥居本入口~二尊院~常寂光寺~小倉池~竹林の道~野々宮神社までは、殆ど春の気配は無かったのですが(観光客は多かったですが)、天龍寺に至って漸く境内の北側に並ぶ塔頭で早春に出合えました。弘源寺・慈済院・松厳寺など3つの塔頭の境内や築地塀沿いに、何本かの梅が、その花を咲かせ始めていました。

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天龍寺の総門から入って直ぐにある塔頭「弘源寺」の築地塀越し見る白梅ですが、小さくて写真では何なのか解りません。

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山門の近くで見た白梅ですが、光の当たり具合が悪いですね。

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ここからは、築地塀の外に植えられた梅が続きます。

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どの梅の木も、比較的若いようです。

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土塀を優しく彩る白梅です。

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この梅の木は、やや古木の感じでした。しかし花の勢いは負けてはいません。

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可憐な白梅に癒されます。

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3つの塔頭の隣には、紅梅もありました。

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         ピンクの紅梅も優しくて、可愛いです。

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その正面には、大きな庫裏の建物があります。
大方丈や曹源池などは、左手にあります。

 嵯峨野や嵐山の春は、もう少し先の様ですが、外国の人達を含めて、観光客はもう春たけなわの感じでした。

























2017年2月20日 (月)

早春の北嵯峨風景

  久し振りに、北嵯峨を歩きました(2月18日)。
 何時もの様に、先ず「広沢池」の畔に立ちました。
 昨年末の「鯉揚げ」後の池の水は、未だ満タンには至っていませんでした。

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池の東南隅から、北西方向を見ています。画面左下が、池の岸です。
遠くの山は、お馴染みの「愛宕山」です。

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池の真ん中辺に来ました。ここからも池の水が満タンで無いことが判ります。
嵯峨富士の「遍照寺山」は、静かにその姿を池面に映しています。

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目を少し西に移して見ています。池に流れ込む水の流れの様子が、良く判ります。毎年この時期に見られる景色です。
池に突き出た小島には、石造りの仏様の姿が、小さく拝めます。小島に架かる石橋の右手におわします。

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池の畔から眺めた「愛宕山」には、残雪が見られました。

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北嵯峨田園地帯は、未だ冬の佇まいでした。東南方向を見ています。

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「後宇多天皇陵」近くの林の中に、1本の小さな梅の木を見付けました。

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北嵯峨の集落のお宅の塀越しには、薄いピンク色の梅が美しくその花を咲かせていました。

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北嵯峨にも、早春の息吹が感じられました。
その後、「大覚寺」前まで歩きました。




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