カテゴリー「嵯峨 嵐山」の46件の記事

2019年8月 4日 (日)

嵯峨野に建つ石碑達(7)

 前回の続きです。最終回です。
 「小倉山 常寂光寺」前を左折して、南方向に進みます。

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「小倉池」傍に来ました。以前はやや荒れた感じの池でしたが、最近整備され「蓮」も
植えられ、多くの花が咲いています。

 左手に「トロッコ嵐山」駅を見ながら緩やかな坂道を上ります。
 その先にあるのが、

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かつての映画俳優だった「大河内伝次郎」の邸宅跡の「大河内山荘」です。

 その前を左折して、「竹林の道」を歩きます。

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「竹林の道」の入口傍に建つ石碑です。
亀山公園には、「竹林の道」には入らず、直進すると行くことが出来ます。
私は「竹林の道」を歩きました。多くの外国からのお客さんがおられます。
皆さん「竹」が珍しいのか、多くの方が撮影されています。

竹林から「天龍寺」の北門前を通り、「野々宮神社」の右を通りました。
そして、「野々宮」(バス停名)に出ました。ここには多くの石碑が見られます。
さらに「嵯峨野めぐり」の入口とあって、多くの(主に外国の方)観光客が
群れていました。

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 左の大きい方には「南 天龍寺 嵐山」、 右の低い方には「右 釈迦堂 左 野宮 二尊院」
とあります。

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低い方を、しっかりと見ますと、「右 釈迦堂 清滝方面 左 野宮 二尊院 鳥居本」
と見えました。

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大きい方の横側を見ると、昭和4年春 三宅安兵衛 と刻まれています。

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同じ場所に建つ大きな石碑です。「北 釈迦堂 愛宕寺」と見えます。

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比較的新しい石碑です。
「角倉了以翁像」(この先の亀山公園内)にあります。
了以は、保津峡の開削や市内の高瀬川の開通などを行いました。

 最後に、京都の石碑に関する参考図書としては、次のものを読みました。
 但し、京都市右京中央図書館で借りたものです。
 ①京の石碑ものがたり   伊東宗裕著  京都新聞社
 ②京都石碑探偵        同上     光村推古書院
 ③京都三山石仏・石碑事典  綱本逸雄著  勉誠出版

 正直言いますと、私の今回歩いた地域のことは殆ど参考にはなりませんでした。
 ただ「三宅安兵衛」のことは、①で良く判りました。

 

 

 

2019年8月 2日 (金)

嵯峨野に建つ石碑達(6)

 前回の続きです。
 二尊院前から南方向に向かって直ぐのところです。

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道の左手に建っている石碑です。
「去来」とは、向井去来のことで、江戸時代中期の俳人です。焦門十哲の
一人です。

左折して、中へ入って見ますと、

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色んな石碑に出合いました。

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俳句や和歌などの碑が並んでいます。

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さらに進むとねこの様にずらりと歌碑が並んでいました。

 左手に「落柿舎」(ここも俳句関係の史跡です)に見ながら直進し、突き当りを右折
すると、前方に「常寂光寺」前に来ます。

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北 二尊院 祇王寺  その横には 小倉山(以下読めない)
「常寂光寺」の近くの碑です。

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その反対側には「南 亀山公園 嵐山」とあります。

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常寂光寺前です。横には、「定家卿旧跡」と見えます。

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山門の横には、こんな石碑も。

 次回も続きます(最終回)。

 

2019年7月31日 (水)

嵯峨野に建つ石碑達(5)

 前回の続きです。
 大覚寺前から、大覚寺道を歩いて、「鳥居本」に
向かっています。

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鳥居本の三叉路に来ました。
ここは、大覚寺道と愛宕道との交点になります。
手前が今歩いて来た大覚寺道、左手から真っ直ぐが愛宕道です。
「あだし野念仏寺」に行けます。

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ここにも2本の石碑が建っています。
右手の石碑は「文部省」とありました。左手の上の方の文字は、良く判りません。
下には、大覚寺近道 とあります。

左折して、嵐山方面に向かいます。

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突き当りには、3本の石碑が建っています。
右端には「祇王寺」を、真ん中は「壇林寺門跡」を指しています。
左端の「新田(義貞)公首塚碑道」は良く判りません。
ここを左折して、「二尊院」に向かいます。

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その手前の角に建つ「愛宕灯籠」碑です。文久5年(1866年・幕末)の文字が
見えます。

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反対側には「国家安全」の文字も。

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左側の小さい石碑には、「小倉餡発祥の碑」とあります。

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上の碑の左手にある、非公開寺院です。

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その左隣が「小倉山 二尊院」です。

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山門の左奥には、こんな石碑がありました。
「火界水相」? 仏教の用語か?

 次回も続きます。

2019年7月29日 (月)

嵯峨野に建つ石碑達(4)

 前回の続きです。

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大覚寺の北にある集落に建つ道標です。
右 高雄道 長刀坂   左 細谷 直指庵 菖蒲谷池  などと刻まれて
います。

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上の石碑の横側です。昭和4年1月に三宅安兵衛が
建てたとのことです。この様な動きは息子さんに引き継がれて
行なわれている様です。

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「大覚寺」前に来ました。昭和14年3月に建てられた様です。

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上の碑の左手には、幾つかの碑が見られます。

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碑文は読めませんがね多分「生花」関係の碑かと思います。
左にも「華供養塚」の碑が見られます。
大覚寺は、生け花の流派の1つでする

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大覚寺から少し西に行ったところに建っています。
右 大覚寺 大沢池   左 嵯峨天皇陵 後宇多天皇陵 称念寺
長刀坂 高雄などと刻まれています。

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「大覚寺道」の三叉路の角に建っています。
北 大覚寺 観空寺  西 愛宕寺?

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小さい方の石碑には、嵯峨帝陵 後宇多帝陵  北十二町 とあります。

 ここから西に向かいます。

 

 


 

2019年7月27日 (土)

嵯峨野に建つ石碑達(3)

 前回の続きです。
 広沢池付近から離れて、北嵯峨転園地帯の北から
西を歩いています。「赤阪町」の交差点に建つ3本の
石碑があります。

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私は何時もは左手から歩いて来て、右に曲がります。
左折して進むと、広沢池などに行けます。
向こうに見える山の一部が「遍照寺山」です。何時も広沢池面に、その
姿を映しています。
では、石碑の1つ1つを見て行きます。

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右側の石碑です。右の道を進むと確かに広沢池の南側を通って
「御室仁和寺」前に至ります。
「御室街道」と言う言い方は初めて知りました。
この碑は、昭和4年1月に、「三宅安兵衛」が建てたものの様です。
「三宅安兵衛」は、多くの碑を建てている方で、篤志家として有名です。

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右 遍照寺山 左 高雄道云々 とありますが、高雄までは
可なり距離があり、何処を通って行くのか判りません。
こちらも昭和4年1月の建立です。

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文徳天皇陵 東南云々 とあります。
昭和3年12月に建てられたものの様です。
昔は、天皇陵の巡拝が盛んだった様です。

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その裏側には、「後宇多天皇陵 北三丁」とあります。
このことは、ここまで来る途中で寄って来た通りです。

この地点から、西に向かって歩きます。「大覚寺」に向かいます。

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その途中の「山王町」にある、或るお宅の入口に建っている石碑です。

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「名古曾町」の一角に建つ「中御所址」の碑です。
「名古曾」とは、大沢池の北にある「名古曾の滝」のことです。
この一帯は、「大覚寺御所跡」で、「中御所」はその一部です。
大覚寺は、ここより南にあります。建立者は、文部省です。

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こちらも近くの或るお宅の玄関に建っている碑です。
「ひがし 名古曾滝? にし あたごじ?」 (愛宕寺) とあります。

「名古曾滝」は、大沢池の北にありね近年発掘調査で復元整備されました。
「小倉百人一首」で有名な大納言・藤原公任(きんとう)の
  滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなお聞えけれ
があります。

 この後、大覚寺に向かいます。次回に続きます。

2019年7月25日 (木)

嵯峨野に建つ石碑達(2)

 前回の続きです。
 「広沢池」の周辺を歩いています。
 広沢池には「弁財天」を祀るお社が、池に突き出た所にあります。

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この景色がそうです。「北嵯峨田園地帯」の東側から、池の方向に向かいます。
その先に見える景色が、これです。

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その社の石碑です。

ここには、石仏もあります。

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美男でおわす「千手観音」様です。

小さな島には、幾つかの石碑があります。

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不思議な石碑です。碑の途中から折れたのか?継ぎ足してある様に見えます。
碑文の中味は、良く判りません。

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こちらの石碑は、良く判りました。
「築造 千年記念之碑」とあります。この池が出来てから、千年も経っている
とのことです。
昭和56年4月吉日 築造記念委員会が建てた様です。

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島の入口には、未だ新しいこんな碑もありました。

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北嵯峨田園地帯の付近にも。竹藪の一角に。

 田園地帯の外側の道を歩いています。やがて「後宇多天皇陵」の入口に着きます。
 見渡したところ石碑は見当たりませんでした。
 陵域の一角にでは、こんな状態を目にしました。

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後宇多天皇ゆかりの人のお墓でしょうか? 御陵は右手にあります。

このお墓の左手には、こんな状態も。

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御陵の管理を担当する「宮内庁」も、ここは担当外なんでしょうか。何か哀れを感じました。

 次回も続きます。

2019年7月23日 (火)

嵯峨野に建つ石碑達(1)

 記事が出来ましたので、再開します。

何時も「マイウォーキングコース」を歩いていて気付くのは、所々に
建っている色々な「石碑」です。
 今回は、歩きながらその石碑をご紹介したいと思います。

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先ずご紹介するのは、広沢池に出る手前、一条通(29号線)の角、
広沢児童公園(バックに見える)傍に建っている石碑です。道標です。
「右 文徳帝御陵 鳴滝停留場」と刻まれています。
鳴滝停留場とは、京福電鉄(所謂嵐電)北野線にある「鳴滝駅」かと
思います。考えて見ますと、この石碑を背にして、右に行けばそこに行けることを
示しています。
側面には何やら歌が刻まれていますが、読めません。
建立者は判りません。

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その反対側です。昭和7年1月に建てられた様ですが、、
道路の延長工事費の寄附とありますが、良く判りません。
道路を隔てた先には広沢池が見えます。

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この一帯に割合多く建てられているのが、この石碑です。
この一帯は、「歴史的風土特別保存地区」に指定されています。
広沢池の傍に建てられています。見える道路は、一条通です。

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広沢池の傍に建っています。碑の傍には寄れません。
毎年12月初めに行われる「鯉揚げ」は、この辺りで行われています。

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その近くの反対側(広沢池の)には、こんな歌碑が有ります。
歌の作者は、松本章男と言う方です。
昭和22年10月20日に古希の記念に建てられた
様です。建立者は、別の方の様で、池内伊之助とありました。

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その歌碑の隣には、こんな立札があります。有名な歌人などが詠んだ広沢池の
和歌が書かれています。選者は、隣の歌碑の歌人・松本章男さんです。
広沢池は、昔は大沢池(大覚寺)
と並んで月の名所だった様です。

広沢池の西南隅の西側には、「児神社」(ちごじんじゃ)があります。

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神社の入口に建っている石碑です。

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鳥居の左手には、こんな石碑が建っています。「広沢池之碑」と
刻まれています。碑文は読めません。

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鳥居の傍には、こんな立派な説明板も建てられています。
詠み難いですが、興味がある方はどうぞ。
文中の「寛朝大僧正」とは、澤田瞳子著「落花」の主人公の一人「寛朝」と同一人物かな?
私は、目下この小説を読んでいます。直木賞候補の1つです(残念ながら選ばれなかった)。

 次回も続きます。調査をしつつ、丁寧に作りたいと思っています。

 

2019年7月 6日 (土)

再び嵯峨野を歩く(2)天龍寺

 前回の続きです。
 嵯峨野を歩き、嵐山の名刹・天龍寺に遣って来ました。
 「蓮池」がお目当てです。実は「蓮池」は「放生池」なんです。
 天龍寺の正門・勅使門の先にあります。

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池の北側です。余り花は咲いていない様です。

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数少ない花の1つですが、少し乱れています。

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少し離れたところに咲いていた八重?ですかね。

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こちらは、南側です。

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こちらは少しだけ花の数は多い様です。

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花は未だ満開では無いのに、早くも下の花びらは乱れ始めています。

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可愛さを感じます。

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こちらでは、花が固まって咲いていました。

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こちらは、しっかりと満開しています。

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少し花びらは乱れてはいますが、見事な風情です。

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最後に「ハチス」です。花の末路=人間の無常を感じました。

2019年7月 5日 (金)

再び嵯峨野を歩く(1)

 健康管理の為に、出来るだけ歩く様にしていますが、
そろそろ暑さも厳しくなって来たので、しんどくなって来ました。
 そんな中、道端に咲く花達に癒されつつ励みにもなり、少しは
しんどさも軽減されているかなあと思って歩いています。
 蒸し暑さの中、6月29日(土)の午前中のことです。

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MYウォーキングコースの始めの「広沢池」に出る手前のお宅の庭に咲いていた
色濃い「アジサイ」です。今年私が見た中で、一番色濃いアジサイでした。

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梅雨の晴れ間の花は美しいです。

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庭石とのコラボも素敵です。

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同じ庭に咲いていた「夏ツバキ」です。木の根元付近には、多くの花が落ちていました。

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広沢池の南側の道路傍に咲いていた花です。

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「北嵯峨田園地帯」の田んぼの傍の雑草の中に咲いていた「ヒルガオ」でしょうか。

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こちらも田んぼの畦に咲いていた、可愛い花です。

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今年も何時も拝見出来るお宅の「ノウゼンカズラ」です。

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私はこの花の色が好きです。

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こちらも道端の雑草の中に咲いていました。「コスモス」ですね?
今の時期でも咲いているのに驚きです。

 MYウォーキングコースは、私にとって花達との出会いの場所です。
 次回は、この後に行った「「天龍寺」へ。

2019年6月27日 (木)

MYウォーキングコース(嵯峨野)に咲く花々(3)

 前回の続きです。
 北嵯峨田園地帯~大覚寺の北の集落を経て、「大覚寺前」まで
来ました。何時もの様に、バス停にて暫し休憩して、鳥居本に向かって
歩きました。

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アジサイが目立って来ました。花の形が乱れているのか?それともこんな形なのか?

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やはり赤い花は目立ちます。

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良く見掛ける花ですが・・・。

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花の形がユニークです。

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「ナデシコ」でしたっけ?

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少し離れた畑で見掛けましたが、花では無いかも?

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「ナデシコ」風?でも違いますね。

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良く見掛けるけど、名前は?。

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「鳥居本」の三叉路まで来ました。今回はここで終わり。
このお地蔵さんには、何時も何かの花が供えられています。
ここは「京都五山の送り火」の1つ、「鳥居形」の曼荼羅山の近くです。
毎年その時期になると「護摩木」のお供えが行なわれます。

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