カテゴリー「祇園祭2015」の9件の記事

2015年8月 4日 (火)

祇園祭・最後の神事・夏越祭

 1か月間の長丁場の祇園祭も、7月31日に執行される八坂神社境内の「疫神社」での「夏越祭」で終わりを告げます。
 当日は
お参りが叶わないので、前日午後にお参りさせて戴きました。   

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四条通に面している「西楼門」から、境内に入ります。
大抵の人が、こちらから入っていると思います。
或いはこちらが正門と思っている人が多いかも知れません。

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実は、こちらが正門の「南門」なんです。
「西楼門」には、石段がありますが、ことらは少しあるだけです。
祇園祭の稚児達の参拝やお神輿などは、こちらから出入りします。
右手には、有名な京料理の老舗「中村楼」があります。

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先ず本殿にお参りしました。日中の暑い盛りだつたので、参拝する人の姿も少なかったです。
そして、「疫神社」(えきじんじゃ)にお参りしました。

こちらは、「西楼門」から入って直ぐの正面にあります。

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「疫神社」の正面です。すっかり「夏越祭」の準備が出来ていました。
「茅の輪」や茅の束などが並べられ、 清々しい雰囲気が感じられました。

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神社の入口に立っていた説明板から、この神社の由緒をご紹介します。

ご祭神は、蘇民将来命(そみんしょうらいのみこと)です。

むかし祖神(すさのおのみこと)が諸国を巡って日暮れになり、宿を探しておられました。
はじめに巨旦将来(こたんしょうらい)の家を訪ねて一夜の宿を頼まれましたところ、巨旦将来は富み栄えていたのに宿を貸すことを断りました。
次に蘇民将来の家に行き宿を頼まれました。蘇民将来は貧しかったけれども、心良く引き受け、粟殻で座を造り、粟の粥で手厚くもてなしました。
そこで祖神は「われはハヤスサノヲの神なり」と言い、後年疫病が流行しても茅の輪を付けて「蘇民将来の子孫なり」と言えば、災厄から免れしめると約束され、子孫は災厄もなく栄えた一方、巨旦将来の子孫は皆絶えて仕舞いました。
事情があって、UPが遅くなって仕舞いましたが、締め括りが大切と思い、祇園祭の最後の神事をご紹介させて戴きました。

 

 

 

2015年7月29日 (水)

「祇園祭」児童画展を見る

 「2015祇園祭児童画展」が、京都芸術センター(室町四条)で開催されていましたので、拝見しました。京都市立洛央小学校・同高倉小学校・同御所南小学校の4~5年生の児童達の絵画作品です。山鉾町に住む子やお囃子なども習っている子など、祇園祭が身近な存在にあるため、良く観察した表現と色彩の多彩さに驚かされました。
 展示は、センターの南館2階の講堂で行われていました。

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こちらは元明倫小学校です。
懐かしい木造の階段を上がって、2階の講堂に展示されていました。

表現方法としては、3種類程に分かれています。
先ず、窓際にずらりと吊り下げられた作品から、見ましょう。

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子どもたちが大人に連れられてきている姿が目立ちました。

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微笑ましい作品たちに癒されます。

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次に中央に板に張り付けられた作品群です。

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会場に来られていた方達は口をそろえて、「上手やなあ」「可愛いなあ」

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こんな黒色一色の表現の絵もありました。

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また、この様な扇面貼付屏風の形もありました。

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素晴らしい発想です。

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流石5年生の作品2点です。

最後にプロの作品です。

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皆川泰蔵氏の鉾の「見送り」です。
実際に鉾に懸けられいたのを見たことがあります。


こちらへは後祭の鉾立などを拝見してから偶然歩いて見つけました。
やはり「歩く町 京都」ですね。

2015年7月27日 (月)

祇園祭「花傘巡行」

 前回は、「後祭」の山鉾の巡行の様子をご紹介しましたが、同じ日に「花傘巡行」も行われました。
 この巡行列は、花傘を中心とした行列が、八坂神社から四条御旅所へ、そして寺町通から市役所前などを巡って、八坂神社へと帰ってくるものです。

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先頭は、元気なかけ声を響かせた子ども神輿。
子ども神輿は幾つかの鉾町から5~6基ありましたが、その内の1基です。


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そして、花笠をかぶった女性や、

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渡来人でしょうか?
絶やすことなく沿道の方達に微笑みかけています。


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武者行列です。凛々しさの中に初々しさが残る、5人が馬上の人でしたが
堂々とした姿に感心しました。


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            鷺踊(さぎおどり)
白塗りの顔に幼さが感じられます。どの人もそうですが、炎天下をしっかり歩いている姿に感動です。

写真は撮っていませんが、獅子舞も沿道の人達に愛嬌を振りまいていました。

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忘れてはいけない、花傘の1つです。

そして、カメラマンに大人気の芸妓さん・舞妓さんをのせた曳き車などが続きます。
芸舞妓さんが身に着けておられる着物等は、踊りの衣装です。

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例年トップは祇園甲部です。

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凛とした佇まいには貫禄が有ります。

そして宮川町が続きます。


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時々、宮川町で見かけることが有りますが、愛くるしい方が多いように思われます。

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三番目は、先斗町の芸・舞妓さんです。


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車を曳いておられる方の表情は、少し照れておられるようにも見えました。

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最後は祇園東の芸・舞妓さんです。


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お茶屋さんの「おかあはん」でしょうか、粋で貫禄が有ります。
  行列に参加するのも、総勢1000人近くと大規模で、実に華やかで、賑やかな行列です
 一度に4花街の芸妓さん、舞妓さんを見ることの出来るのも花傘巡行の楽しみのーつです。

 山鉾巡行は以前、7月17日(前祭)、7月24日(後祭)の2回 にわかれていました。昭和41年(1966)に、後祭が17日に合流し、後祭の行事が喪失 したために興されたのが、花傘巡行のはじまりです。
 昨年から後祭が復活して、24日は「後祭」と「花傘巡行」が同時に行われ、亰の町が華やぎます。

2015年7月25日 (土)

祇園祭・後祭の山鉾巡行

 雨が一時激しく降った前祭の山鉾巡行(7月17日決行)に対して、昨年から復活した24日の後祭の山鉾巡行は、晴天の下、山 9基と鉾 1基の計10基が、時には静々と、時には賑々しく進んで行きました。

 午前9時30分、烏丸御池を出発点として、東行し京都市役所前を通って河原町御池を右折(辻回し)し、河原町通を南下、河原町四条を右折(辻回し)して、四条通を西行して、四条烏丸までのコース(前祭のコースの逆行)です。
 そこからは、それぞれの会所に帰って行きます。

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「後祭」の山鉾巡行の先頭が御池通にその姿を現わしました。
最後の「大船鉾」の一部も見えますから、10基全部が揃っていることになります。先導のパトカーが動き始め様としています。

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トップは「くじ取らず」の「橋弁慶山」です。
五条大橋で、弁慶と刀を交える牛若丸の姿です。

続いても、「くじ取らず」の「北観音山」です。

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 前回ご紹介した様に、今回新調された胴掛けの「下水引」が見えます。
前掛けは、前回には見ていないものの様です。

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 後祭の「くじ取り式」で、山一番を引いた「役行者山」(えんのぎょうじゃやま)です。

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 6番目は、やはり「くじ取らず」の「南観音山」です。
鉾の様に見えますが、山です。

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 7番目の「鯉山」です。左甚五郎作と伝わる大きな鯉が、でんと乗っかっています。

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「見送り」は、16世紀ベルギー製のタペストリーで、国の重要文化財の指定です。

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 私が何時も楽しんで拝見しているのは、この「浄妙山」(じょうみょうやま)です。
「平家物語」の合戦の一場面を大胆に活写しています。


 いよいよ最後の10番目、後祭の盟主的存在で、唯一の鉾「大船鉾」です。
 昨年から150年ぶりに復活参加しました。


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 前回「鉾建」の様子を、ご紹介しましたが、見事に着飾った姿です。

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 後部を中心に全体の姿です。美しく彩色された舵も見えます。

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 市役所前の西寄りに設けられた「くじ改め」の場所です。
正使としての門川市長の姿も見えます。

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 市役所前を、堂々と進む「大船鉾」です。この後は、河原町御池での「辻回し」があります。

 人出は、正午現在で6万人だったそうです。前祭は悪天候だつたために人出は3万2千人とのことでしたから、如何にお天気の良し悪しが影響するか、良く判りました。

 次回は、同日行われた「花傘巡行」の様子を、ご紹介します。

 

2015年7月22日 (水)

祇園祭・後祭の鉾・山建てなど

 京都・祇園祭の「後祭」(あとまつり・昨年から始まりました)の鉾や山を建てる作業が始まりました。20日の午前中に、その様子を見て回りました。
 「後祭」の盟主的存在の「大船鉾」(昨年復活し、巡行に参加しました)を、先ず拝見しました。

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新町通四条下がったとろにあります。殆ど道幅一杯に建てられています。
前方を見ています。

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後ろからも拝見しました。今は白木ですが、数年後には漆が塗られるとのことです。
そうなると見事に美しい「大船鉾」になることでしょう。
この後は、懸装品が取り付けられます。そして、午後3時からは曳き初めが行われる予定です。
 四条通を越えて、他の山の様子を見て回りました。
「後祭」の山や鉾で四条通より南にあるのは、この「大船鉾」だけです。
また、鉾もこの「大船鉾」だけです。

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新町通の北側に入って、直ぐに目に入るのは、この「南観音山」です。

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結び付けられた縄目が美しいです。

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新町通のもう少し北にある「北観音山」では、早くも懸装品の取り付けが行われていました。

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この「北観音山」の今年の注目は、今取り付け中の懸装品です。
百数十年ぶりに甦った下水引です。山の胴体の上部を巻く様にして飾られます。図柄は、「金地関帝祭礼王侯行列図伝」と言います。
4面あり、その内の1面目です。
55色の糸を用い、金地と109人の人物すべてを、刺繍で仕上げられています。8年掛って制作されたそうです。

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もう1面を取り付けられるのを待ちました。
4面揃って見られるのは、24日の巡行です。楽しみにしましょう。

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近くの「藤井紋」さんでは、ご自慢の屏風が飾られていました。
山鉾巡行が「動く美術館」と言われるのに対して、こちらは「静の美術館」と言われる「屏風祭」です。ここが最も有名なところかと思います。

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私が何時も注目している「鯉山」は、未だ「鯉」のお出ましまでには至っていませんでした。ここの懸装品も見事です。巡行時に拝観しましょう。

午後は、他にも回って、ここ寺町の御旅所にお参りしました。

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「前祭」の山鉾巡行の夕方に、八坂神社を出た御神輿は町内を回ってここに神幸され、安置されました。
右端に小さく子供神輿が見えます。
大きい御神輿は、右手から東御座の素戔嗚命の妻・櫛稲田姫命を祀ります。
真ん中は中御座の主祭神・素戔嗚命を祀ります。
左端は西御座・素戔嗚命の子供達・八柱の御子を祀ります。
24日までここにおられ、「後祭」の巡行が終わった夕方、八坂神社に還幸されます。

「祇園祭」は、暑い中まだまだ続きます。



2015年7月18日 (土)

雨中の祇園祭・前祭の山鉾巡行

 台風11号が四国や中国地方に接近・上陸する中、よもやと思っていた山鉾巡行が決行されましたので、これは行かずにはおられないと、意を決して出掛けました。
 午前9時頃、四条河原町を少し上ったところで、拝観しました。
雨は止み間無く降り続いていましたが、風は殆ど吹いていませんでした。
 やがて、10時頃漸く先頭の「長刀鉾」が、四条河原町の交差点の「辻回し」に遣って来ました。

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私が居た場所からは少し離れてはいましたが、「辻回し」の様子は良く見えました。鉾が方向転換すると、「うぉー」と言う歓声が聞えました。

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山鉾巡行の先頭を行く、「公益財団法人 祇園祭山鉾連合会・吉田理事長」です。随分悩まれた結果の決断だったと思います。

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突然一陣の強風が・・・。
先頭を行く「祇園祭」の幟の竿がぽきりと。
強風はこの時だけでした。

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常に巡行の先頭を行く、「長刀鉾」が遣って来ました。
右手に見える女性達は、稚児達のお母さん達と思います。

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 「長刀鉾」には、唯一、生稚児達が乗っています。

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「長刀鉾」の後ろを飾る「見送り」です。
総ての山や鉾の胴掛など「懸装品」には、ビニールシートが掛けられていました。止むを得ないことだと思いますが、少しでもシートが波打っていると絵柄は台無しです。こちらの「見送り」のシートは、比較的きちっと掛けられていて、良く見えました。さすが巡行の盟主的存在の「長刀鉾」だと感心して見ていました。

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今年の前祭の「山一番」は、この「孟宗山」でした。
中国の史話から、病身の母のために、雪の中から奇跡的に掘り当てた筍を喜々として持ち帰る「孟宗」の姿を表わしています。

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 雨では、こんな姿もやむを得ませんね。
皆さんが差しておられる番傘が魅力的でした。
ビニール傘もあれば、普通の番傘もあり、傘一つにもその町衆の意気込みを感じました。

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 「岩戸山」です。一見「鉾」かと思われますが、「山」なんです。
それは屋根の上をご覧ください。松の木が立っています。
「鉾」にある「真木」がないのです。「真木」が無いと「鉾」とは言えないのです。

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前祭の23基の山鉾の最後を行くのは、「船鉾」です。
 昔の人は、良くぞこんな鉾を考えたものだと、何時も感心して拝観しております。船が陸上を行く。奇抜な発想です。

 只今12時少し前、3時間の立ちんぼでした。雨が降るので座ることも出来ません。歩道の欄干に腰を掛けたり、アーケードの柱に凭れたりとして過ごしました。後祭の拝観には、雨を気にせずにいられることを念じつつ帰途に着きました。雨脚はやや激しくなって来ました。

最後に一言。外国人の多さに驚きました。一時私の周りは外人さんばかりでした。やはり世界一の観光都市・京都を実感しました。





2015年7月15日 (水)

13日の山鉾町の様子です

 京都・山鉾町の13日と言う日は、14日から始まる「宵山」に向けて、概ね鉾は完成近くにありますし、山は建て始めつつあると言った状態でした。そんな中で、「放下鉾」は建てつつあり、蟷螂山は早くも完成して曳き初めが行われました。
 では、午前中のそれらの様子を、ご覧戴きます。

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殆どの鉾はほぼこの様な状態でした。これは「長刀鉾」です。
胴掛には、総てビニールシートが掛けられています。
ここでは、「ちまき」を買い求める人の長い行列が出来ていました。

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 上空は晴れ間や黒い雲などがあり、怪しい雰囲気でしたが、長刀には陽が当たって光っていました。

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「月鉾」の屋根などの豪華な装飾です。 

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 「菊水鉾」でも、見事な装飾が見られます。

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 「菊水鉾」の胴掛です。掛けられているビニールシートが薄い様で、良く見えました。

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「放下鉾」は、未だこのような状態でした。

 先祭の山の中で、唯一曳き初めが行われる「蟷螂山」(とうろうやま)へ急ぎましょう。

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 山が完成し、これから曳き出そうとするところでした。
電線に「かまきり」が引っ掛からない様、電線を押し上げておられました。
四条通の手前まで押して行って、そこから「曳き初め」が始まります。

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 「曳き初め」が始まりました。いろんな人が曳き綱を手にされています。

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曳く人や押す人などが力を合わせて、無事「曳き初め」が終わりました。
御所車の中では、「かまきり」のからくりを操っている人も見えました。
巡行中は、ずっとこの中で操作をされていて、物凄い暑いそうです。

 さて、14日から宵山が始まりますが、台風11号が進んで来ています。
 山鉾巡行がどうなるのか?大変心配です。

 

2015年7月14日 (火)

祇園祭の鉾建が始まりました

 祇園祭の鉾建てが、7月10日から始まりました。
翌日11日の朝と午後の四条通烏丸周辺の様子を、ご紹介します。
また、祇園祭を迎えた町中の様子も点描します。

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「長刀鉾」の会所の前で、鉾建てが行われていました。
この姿は、前日の10日の夕刻の様子と同じかと思います。
釘は使わずに、伝統的な縄締めの技法で、鉾は組み立てられます。

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2日目の作業が、始まりました。

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午後2時頃の様子です。真木が建てられ、台車の台も取り付けられています。
四条通の1車線を通行止めにして、作業が行われています。

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真木には、先端に長刀が取り付けられ、その下には色んなものが取り付けられています。

この時刻、烏丸四条周辺では、幾つかの鉾建てが進行していました。
そんな中の1つ、「函谷鉾」(かんこぼこ)です。

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こちらは、少し先行している様です。
右の建物は、京都中央信用金庫の本店です。

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「函谷鉾」の先端(鉾先)です。

この後、少し町中を散策しました。

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「麩屋町通」にある超有名旅館「柊家」さんです。
旅館の女将らしい方と外人さんとの会話の様子も見られました。

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真向いの「俵屋」さんです。
どちらも祇園祭を迎えての「おもてなし」の形です。

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JR京都駅の改札の上にも各山鉾の名前の入った提灯が飾られています。
向かって左側には、先祭の山鉾の名前が、右には後祭のものが並べられています。

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祇園囃子の軽やかな音に誘われるように、駅ビルの大階段を昇りました。
丁度演奏が始まったばかりです。後祭の「南観音山」の皆さんです。

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最後の曲を演奏し終えたところです。

お囃子は何曲の構成になっているかご存知ですか?
10分間に全部で8曲との事でした。曲の境目はよくは判りませんでしたが。
 祇園囃子は、何時聞いても良いものですね。
祇園祭の気運が、益々盛り上がって来ました。









2015年7月 8日 (水)

祇園祭が始まりました

 愈々京都の三大祭の一つ、「動く美術館」とも言われている”祇園祭”が1日から始まりました。
 京都の街中は華やかな音色に包まれています。
先日京都駅ビルの二階に展示されていた、宵山で各鉾町で売られている手拭いを見ることが出来ました。

 今年も拝観に出かけたいと思っています。
手拭いは全部では有りませんがご覧下さい。

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まずは、鉾町を始め行政・関係各所の協力で昨年からお目見えした「後祭」の花形「大船鉾」です。

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ショウウインドーの中の展示でガラスが光って見辛いと思いますが、
何んとか撮れた物だけご紹介しました。
其々に特徴が有って拝見しているだけでも楽しくなりました。

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ショウケースの中に展示されたいたミニチュアの鉾と山です。
 展示は33全部の鉾や山でしたが、中心に近い山鉾を残してトリミングしました。

敷かれている地図は、山鉾町を示しています。
右下手前が、先祭の巡行のトップを行く「長刀鉾」です。ですからその通りは「四条通」です。「長刀鉾」の後ろの左右の通りが「烏丸通」です。
この一帯に鉾や山が集中していることが、良く判るかと思います。


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