カテゴリー「伝統行事」の29件の記事

2020年9月 8日 (火)

京都・六地蔵巡り(6)

 前回の続きです。今回が最終回となります。
 今回は、「桂地蔵」(丹波、山陰街道) 地蔵寺 です。

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道路に面した山門を入ります。

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山門を入ると、直ぐにこの石碑がありました。

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その先に「地蔵堂」があります。「地蔵堂」として、ここが一番大きいと
思いました。寺名が「地蔵寺」ですから、納得です。

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「地蔵堂」の手前左手には、この様なところがありました。

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「お地蔵さん」です。

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堂内の様子です。

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「お地蔵さん」に近付いて見ました。

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ここの「お幡」です。
「お幡」が6枚揃いましたので、玄関に吊るし、一年中の
厄病退散・家内安全・福徳招来の護符とさせて戴きます。

 最後に、「京の六地蔵めぐり」について、「六地蔵会」発行の
パンフレットから、ご紹介します。若しご関心がありましたら、
ご覧ください。

〇800年の伝統行事。
〇六地蔵とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道に迷い
 苦しむ衆生を救済せんと発願された仏さまである。
〇六地蔵尊縁起
 京の六地蔵尊は、人皇55代 文徳天皇の仁寿2年(852年)、
 朝廷に仕える参議左大辨従三位 小野篁公の作と伝えられる霊像
 である。篁は嘉祥2年(849年)、48才の時、大病にかかり
 仮死状態となった。夢遊の中に地獄の世界に行き、恐ろしい地獄
 の猛火の中に一人の尊き比丘ましまして、獄卒に苦しめられて悲
 鳴する罪人たちを慈悲のみ手に救い取り給うお姿を拝した。
〇比丘曰く、「我はこれ地蔵菩薩なり、昔、釈迦如来の滅後、末世
 の衆生を我に付託し給う故に、毎日もろもろの地獄に入り、大神
 通力を以て罪障の人を救う、普く衆生を済度するといえども、尚
 無縁の衆生を救うこと難し、汝、娑婆世界にかえらば、一切の人々
 に、おのが犯す罪業の報いによって受けねばならぬ地獄の苦痛の
 恐ろしさを知らしめて、我に帰依せしめよ」と。
〇篁は大悲の御心に強く感激して、末法の衆生に普く菩薩の御利益
 をこうむらんしめんと発願された。そして、木幡山の一本の桜の
 大木を以って六体の地蔵尊像を刻み、木幡の里、即ち、現在の
 伏見六地蔵の地に安置された。
〇尊77代、後白河天皇は深くこの六地蔵尊を御信仰になり、
 宝祚長久、王城守護、厄病退散を祈願し、又、都往来する旅人た
 ちの路上安全を願い、又、広く一般庶民に二世福楽の利益結縁の
 御心から、保元2年(1157年)、平清盛に勅命し、清盛は
 西光法師に命じて、都街道の入口6か所に六角堂を建てて、一体
 ずつ御尊像を分置された。
〇これにより京の宗教行事として広く庶民に親しまれる「六地蔵
 めぐり」の風習が起こった。

2020年9月 6日 (日)

京都・六地蔵巡り(5)

 前回の続きです。
 今回は、「鳥羽地蔵」(西国街道)浄禅寺 浄土宗 です。
 ここは、「恋塚 浄禅寺」とも言い、遠藤盛遠と袈裟御前との
 悲劇の物語に関連し、袈裟御前の首塚があります。

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山門が2か所ありましたが、こちらは「地蔵堂」に直行の山門でした。

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こちらが「地蔵堂」です。

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上を見ると・・・。

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「地蔵堂」の内部です。色んなお供えが見えます。

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「お地蔵さん」です。

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右手には「本堂」があります。

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こちらは、「本堂」に向けての山門です。

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石碑の後ろの「クスノキ」が、この地域の名木とのことです。

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ここの「お幡」です。

 次回に続きます。次回は最後の「桂地蔵」です。

2020年9月 4日 (金)

京都・六地蔵巡り(4)

 前回の続きです。
 ④今回は、「常盤地蔵」周山街道 源光寺 です。

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山門前です。

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山門を入って正面に「地蔵堂」があります。

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「お地蔵さん」です。

「常盤」と言いますと、

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境内には、こんな説明板があります。

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どれがお墓か分りませんが・・・。

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その傍には、こんな像がありました。

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お顔が良く見えなかったので、違う位置から。

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ここの「お幡」です。

 次回に続きます。次回は「鳥羽地蔵」です。

2020年9月 2日 (水)

京都・六地蔵巡り(3)

 前回の続きです。
 今回は、鞍馬口地蔵(鞍馬街道)上善寺 浄土宗 です。

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「鞍馬口通」に面した山門の傍には、こんな石碑がありました。

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山門を入った正面には、本堂がありました。
「地蔵堂」は、その手前を右斜めにあります。

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前後しますが、山門の全景です。上の石碑は、左側の屋台の後ろに少しだけ
見えます。

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「地蔵堂」です。

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堂内の様子です。

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「お地蔵さん」です。

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「地蔵堂」の右手には、こんなのがありました。

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ここの「お幡」です。

 次回に続きます。次回は、「常盤地蔵」です。

2020年8月31日 (月)

京都・六地蔵巡り(2)

 前回の続きです。
 ②今回は、「山科地蔵」(東海道)徳林庵です。

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旧東海道に面した「地蔵堂」(右手)です。

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「地蔵堂」に近付いて見ました。

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もっと近くへ。

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「お地蔵さん」です。

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「地蔵堂」の裏手に回って見ました。
ゆかりの「人康親王」(蝉丸)の供養塔です。

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その左手には、「六地蔵」さんが並んでいます。

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さらに左手の山門奥には本堂があり、仏像が祀られいました。
そして、去年の「お幡」が結ばれていました。

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「山科地蔵」の「お幡」です。

 次回(鞍馬口地蔵)に続きます。

2020年8月29日 (土)

京都・六地蔵巡り(1)

 京都の伝統行事が、コロナ問題から中止や大巾な規模縮小
される中で、8月22日・23日に行われた「六地蔵巡り」に
猛暑の中行って来ました。以前も何回か行ったことがあるので
すが、6寺院全部を巡拝したのは初めてです。今回は、「お幡」
(おはた)も戴きました。
 「六地蔵巡り」の起源等については、最後にご説明します。
 地下鉄・市バスなどの公共交通機関を上手く利用して、効率的
に巡拝出来ました。
 22日に4か寺、23日に2か寺とほぼお昼前後に済ませること
が出来ました。
 では、以下に巡拝した順番に、その様子をご紹介したいと思います。
①伏見六地蔵(奈良街道)大善寺 浄土宗

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「大善寺」前の「奈良街道」に建つ道しるべです。

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道路を隔てて、門前の様子です。

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境内に入ります。

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さらに中へ。「地蔵堂」は、手前の「鐘楼」の奥です。

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「地蔵堂」前です。

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「お地蔵さん」です。拝礼しました。

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戴いた「お幡」は、1年後にはこの様にお返しします。

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本堂前です。

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私がこの日戴いた「お幡」です。

 次回(山科地蔵)に続きます。

 

 

 

2020年2月 5日 (水)

2020節分参り(2)

 前回の続きです。
 少し高い所にある「大元宮」に向かいます。

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「大元宮」前に来ました。こちらでも私が知る範囲の3日の状況とほぼ
同じ位です。何時も私は思うのですが、ここは不思議な空間だと思って
います。

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横から見ると、こんな状態になっています。建物の中に祀られている神との
繋がりが、外にまで引き出されていて、これに触れて拝礼するのが習わしの
様です。

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さらに建物の横に回って見ました。多くのお供えが見られます。

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中心の建物の後ろには、伊勢神宮の内宮や外宮も祀られています。Img_0225-2

 また、中心の建物を取り囲む形で、旧国ごとの神々が一括して祀られて
います。

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そんな中で、地元の「山城国中」と「大和国中」の神々を拝みました。

 帰途には、毎回のことですが、松井酒造の「搾りたて」のお酒を、紙
コップで頂きました。代金は500円です。濁り酒もあります。
ほろ酔い気分で帰途につきました。

2020年2月 4日 (火)

2020節分参り(1)

 毎年「節分参り」は、2月3日にして来ましたが、
今年は或る事情があって、前日の2日に行きました。
 少し不安もありましたが、そんなことは吹っ飛ぶ位の
状況でした。それは2日は日曜日だったからかも知れません。
 子供連れの人が大変多かって、私の知る限りの3日と余り
変わりませんでした。
 何時もの通り、「熊野神社前」から歩きました。

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「表参道」の様子です。振り返って見ています。右手に「京都大学」が
あります。露店がぎっしりと並んでいます。
(西を向いて撮りましたので、逆光で黒過ぎますね。済みません。)

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「一の鳥居」です。ここからは、行きは左側、帰りは右側となりますが、
余り気にせずに歩いている人にも出会います。

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やや急な坂道を上がって平坦な場所に着きます。
右手奥には「二の鳥居」が見えます。手前左手には「火炉」があり、その傍で
持参したお正月の神様の関係の物品を係の方に渡します。燃やして頂く為です。

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何時もの通り、拝殿前は大混雑です。もっと広くして貰うと助かるのになあと
何時も思いつつ拝んでいます。

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拝殿の左側では、巫女さんのお神楽が見られました。

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拝殿の奥には、「本殿」が見えましたが、薄い布が掛かっていてはっきりとは
拝むことが出来ません。そこには、4つの「本宮」(本殿)が並んでいます。

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拝殿の右側には、この様な「お灯明」場があります。

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さらに右手に進むと、お札などが授与される所があり、人だかりでした。

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抽選付き「福豆」を売る着飾った娘さん達です。

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「火炉」は、この様なものです。正月飾りなどを受け取って頂けます。
3日の夜に「火炉祭」に燃やされます。

 この後は、「大元宮」に向かいました。
 次回に続きます。

2020年1月 9日 (木)

京都の初詣(4)

 前回の続きです。
 元日に続き、2日目は「北野天満宮」(天神さん)に
お参りしました。

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今出川通に面した「一の鳥居」から参入します。
初詣の人と、出迎える屋台の数々で、参道はスムーズには進めません。

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「大絵馬」が掲げられている楼門が見えて来ました。

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中門の「三光門」近くまで来ました。

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「拝殿」の近くに来ますと、大勢の人の行列に驚きです。
私は、行列とは離れて横から参拝させて戴きました。

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横からの眺めです。

昨日参拝した神社でもそうでしたが、ここでは特に激しく思ったのは、「おみくじ」と
「絵馬」のエリアでした。

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(おっと新年早々のミスでした)

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「おみくじ」は、先ず筒から番号を引き当てます。
そして、他の場所で「おみくじ」を引替えで戴きます。
どちらも行列が出来ていました。

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「絵馬」の方は、先ず「絵馬」を買って、ここで書き込みをします。

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そして、「絵馬」を奉納するところ(奥に見える鳥居の奥)にも行列が。

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ここも大忙しの様子でした。

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「神楽殿」では、新春に相応しい展示が見られました。

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一際目立った生け花でした。

 今年の「初詣」は、以上で終わりですが、毎年恒例?の「二条城」に向かいました。

 次回に、ご紹介します。

 

2020年1月 8日 (水)

京都の初詣(3)

 前回の続きです。
 「平安神宮」~「知恩院」と経て、「八坂神社」に
遣って来ました。

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親しみを込めて「やさかさん」は、京都市民にとっての庶民のお宮さんです。
「祇園祭」は、当社の祭礼です。やはり人は多いです。

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位置を変えて見ています。

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色んなものが「授与」されています。授与と言っても有料ではありますが・・・。

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「舞殿」の前も大賑わいです。ここにも「大絵馬」が見られました。

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ここは「撮影スポット」でもある様です。ここの「子」さんは可愛いですね。

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ここの正式な「楼門」は、南に向いたこれです。ここをくぐればその先に、舞殿~拝殿
と続きます。

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その「楼門」の前には、「中村楼」と言う有名な料亭があります。

私は境内に戻って、「祇園えびす神社」にもお参りしました。

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その社殿前です。参拝を済ませて、ふと横を見ると、

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「えべっさん」と「狛犬さん」のツーショツトが見られました。

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こちらの方が人の出入りが多い「西楼門」から退出しました。

 そして、この日最後の初詣は、地元の氏神様へ。

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こちらでは、寒空の下約30分待ちの初詣でした。小さな神社故、一度に2人しか
神前に立てないからです。

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待つ間に見付けた石垣の一部になっている石碑?です。
「文化一四年」の文字が。文化14年と言うと、西暦1817年、文化・文政 江戸時代
も後期、そろそろ幕末の始まりの時期かと思います。

 そして、ここには有名なものが、

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そうなんです。「三柱の石鳥居」があります。

と言うことは、ここは「木島坐天照御魂神社」(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)
通称・蚕の社です。

そして、境内には「養蚕神社」があり、繊維関係社の崇敬を集めています。
上の石碑は、西陣の縮緬業者が奉納したものと思われます。

 以上で、元日の初詣はやっと終わりました。

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