カテゴリー「街道を歩く」の3件の記事

2019年6月10日 (月)

京都市西京区・樫原地区の「のきさき市」へ(3)

 前回の続きです。

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その辺りから、前方を見通しています。

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左側のお宅です。竹などを使って生け花が飾られています。

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見る位置を変えて見ました。煙り出し・虫籠窓・蔵と古民家の条件が揃っています。

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右側にある「樫原本陣」跡です。
丁度中で、ピアノ・バィオリンによる「ミニコンサート」が催されていたので、暫し音楽を
楽しませて戴きました。若い女性3人の演奏でした。多分近くの京都芸大の方達かな?
結構皆さんお達者でした。幾つか知った曲目もありました。

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駒札に説明をお願いしましょう。

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その向い側のお宅です。皆さんほぼ同じ方向を見ておられます。
と言うのは、本陣跡の隣の空き地で、これから子供達向けのアトラクションが始まる
からなんです。

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その場所から、来た道を振り返って見ています。
左手が本陣跡、右手が今見たお宅です。ここは路線バスのBSです。「公会堂前」
と言います。

いよいよ樫原宿の外れ近くに来ました。

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この近くにある「三の宮神社」の鳥居です。

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宿場の外れの雰囲気を感じる景色です。道は少し右にカーブしています。

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こちらの景色も、宿場外れの雰囲気を感じさせてくれます。「三の宮」BSがあります。

 以上、3回にわたって、久し振りの記事とさせて戴きます。

2019年6月 9日 (日)

京都市西京区・樫原地区の「のきさき市」へ(2)

 前回の続きです。
 「のきさき市」が催されている「樫原」の町並みを西に向かって歩いています。
 狭い旧街道を路線バスやマイカーが、結構多く通ります。
 思い出しました。私が個人でお墓詣り(西山霊園)に行く時、老の坂行の
路線バスは、ここを通っていました。

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ずっと右側でしたが、初めて左側に変わります。この家の主でしょうか?
和物の店を開いておられます。

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府道67号線との交点の手前・左側です。お二人目下お食事中の様です。

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67号線を越えた左手角には、「蔵之助」と言う名の生パスタのお店がありました。

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その店の前から、前方を見通しています。
左手先の建物については、次の場面でご紹介します。右手はマンションです。
そのマンションの手前にもご紹介場面があります。

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先ず左手の建物ですが、古い米倉です。「郷倉」と言います。
平安時代に各郷(ここ樫原は「岡郷」と言った)にそれぞれ年貢米等を収蔵する
「郷倉」が設けられたそうです。近隣で「郷倉」が残っているのは、ここだけだそうです。

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その向い(マンションの右横)に立てられていた駒札(説明板)です。
こんなことがあったのですね。

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草などに覆われた「小畠川」です。極狭い水路です。
傍には「勤皇家殉難之碑」と言う石碑も建っていましたが、何の説明も見当たりません。

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涼しげな浴衣姿の若い女性 3人が何やらお店を遣っていました。

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その隣には、浄土宗西山深草派 紫雲山 龍淵寺」と言うお寺がありました。
「辻のお地蔵さん」と、親しみを持たれているそうです。
無病息災・諸願成就・安産に霊験あらたかとか。

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そこから先、右手のお宅の格子には、地図が掲示されていました。
近寄って見ると、江戸時代から現代までのこの近辺の地図でした。

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江戸時代のものです。左手下に赤線が引いたところが「樫木原」とあります。

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明治25年当時です。岡村字樫原(右から書いて)とあります。
道路は、旧山陰街道でしょうか。

 次回に続きます。

2019年6月 8日 (土)

京都市西京区・樫原地区の「のきさき市」へ(1)

 暫く「或る事情」から、ブログを閉じていました。
 その訳は、相棒(ブログネーム・コスモす)が不治の病で帰らぬ人となってしまいました。
 5/2に緊急入院し、5/27に遂に天国に往ってしまったのです。
 入院以来、出来るだけ傍に寄り添っていましたが、そんなに苦しむことなく
眠るが如く静かに息を引き取りました。 
 生前の皆様のご厚情に厚く御礼を申し上げます。有難うございました。
 これからは、私一人で可能な範囲で頑張って行きたいと思っております。
 どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 さて、再開第1号として、旧山陰街道の宿場町として栄えた、京都市西京区
「樫原」(かたぎはら)地区で催されていた「のきさき市」を、6/2(日)の午後行って来ました。
 約30軒ある町家の軒先で、色んな店や展示が見られました。
 なお、この地区は京都市の「界わい景観整備地区」に指定されています。 

 阪急電車・京都線の「桂駅」東口から、京阪京都交通の路線バスに乗り、約10分程で
「樫原」BSに着きます。そして、もうそこから「のきさき市」が始まっていました。
 石畑町・宇治井西町・下ノ町・上ノ町と、旧街道の両側に連なる町家を写真を撮りつつ
見て歩きました。約700mの旧街道です。

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街角で見掛けたこの行事のポスターです。

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BSから少し戻って、歩き始めて最初に見た町家です。
このお宅もそうですが、どの町家も綺麗に整備されていました。
或る紹介記事によりますと、阪神淡路大震災時に、どういうわけか、この地区は大きな
被害を受けているとのことです。
このお宅は、私の歩く進行方向の右手にあります。

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こちらも右手にあったお宅です。交通の便が余り良く無いこの地区では、車は必需品です。
軒先が深いので、車はきちんと軒先に駐車出来ます。

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こちらも右手にあるお宅で、何やら人だかりが・・・、初めての光景でした。
近付いて見ると、この家の主でしょうか?はがき大の紙に絵を描いておられました。
屋根には煙出し、そして虫籠窓、やはり軒は深いです。

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町並みを見通しています。遠くの山並みは、西山連峰です。

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これが夜を彩る「灯籠」です。地元住民らでつくる「樫原町家灯籠会」のものです。

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色んな格子戸で形造られた玄関です。

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そのお宅の横手を覗くと、こんな具合です。凄く奥が深いです。路地の感じです。
突き当りにも家がある様でした。

 次回も続きます。

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