カテゴリー「京都御苑 京都御所」の24件の記事

2018年4月13日 (金)

京都市内各地の桜達

 私の独断で京都市内の「桜の名木」を訪ねて歩きましたが(既にご紹介済み)、その時にその地で出合った桜を、この際纏めてご紹介させて戴きます。

 先ず、「円山公園」です。

002a

 流石京都の代表的な桜の名所です。既に一部花見の宴会が始まっていました。

012a

 桜の木も数が多いです。それに相応しく屋台も多く出ています。

017a

 鳥居は、八坂神社の東側の北のものです。

 次は、「京都府立植物園」です。

019a

 最近は多くの人達に愛される植物園です。観覧温室(左手)の付近です。

023a

 大芝生地の近くにある「紅枝垂れ桜」です。こちらでも人々の寛ぐ姿が見られます。

046a

 「紅枝垂れ桜」が集まる中での1本です。

047a

 私は「ヤマザクラ」に何故か惹かれます。「ソメイヨシノ」などと比べると数が少ない様に思います。

 最後は、「京都御苑」です。

065a

 ここでも「ヤマザクラ」に、先ず目が行きました。やはり木の数は少ないです。

090a

 こちらでも、多くの人達の姿が見られました。築地塀は、御所の西南角です。
左に見える木は、「清水谷家の椋」です。

092a

 「出水の小川」も、大賑わいでした。ここの桜は「サトザクラ」です。

095a

 丸太町通から御苑に入って直ぐにある桜です。「オオシマザクラ」と思われます。

105a

 御所の正門「建礼門」付近です。門の後の大きな屋根は、「紫宸殿」です。

 今年の京都の桜は、どこも見事な姿を見せてくれました。















 

 

2018年4月 6日 (金)

京都の桜の名木を訪ねて(京都御苑)

 前回の続きです。
 今回は「京都御苑」ですが、先日ご紹介した「旧近衛邸跡」の「糸桜」ではなく、「車返桜」です。

078a

先ず、そのコーナーにあった説明板を。

066a

保護のため、しっかりと柵が施されています。

069a

南寄りから見ています。

070a

ほぼ満開状態です。

074a

当時の木々ではないとは思いますが、大きい木が2本と、小さい木が3本の計5本あります。

077a

御所の築地塀が見えますが、御所の門を出て直ぐのところに、この桜はあります。手前に見える木が、最も大きい木です。

以上、私の独断による「京都の名木」を3か所、ご紹介させて戴きました。










2018年3月25日 (日)

京都御苑内「旧近衛邸跡」付近の桜達

  京都御苑内の「旧近衛邸跡」の枝垂れ桜の「糸桜」を見た後、その付近の桜(何れも枝垂れ)を見て回りました。

 先ず始めは、「旧近衛邸跡」の直ぐ西の場所です。
 近衛家は、五摂家の筆頭の公家でしたから、この辺りも近衛家の邸内だったかも知れません。

076a

「糸桜」がある場所は、右手になります。
こちらの枝垂れ桜も、可なり高齢者の様で、杖をついています。
しかし、見事に花を咲かせています。

077a

上の写真のうちの一本です。

078a

少し移動して見ています。

御所の北側近くに出て見ました。

081a

そこにも見頃の枝垂れ桜がありました。

085a

その木をアップで見ました。凄いボリュウムです。

御苑の砂利道に出ました。

086a

背は低いですが、二本並んでいました。

087a

こちらは、薄紅枝垂れです。

089a

上にご紹介した桜達の全景です。
皆さん思い思いの姿で、それぞれの花見を楽しんでおられる様です。

御苑内には、他にも見応えのある桜の木があります。
後日見たいと思っています。






















2018年3月24日 (土)

京都御苑・旧近衛邸跡の桜

 京都市内の桜の開花宣言が、昨日(22日)行われました。
 それに合わせる如く、市内のあちこちで桜が、はや見頃を迎えています。
何時も早咲きで知られている、京都御苑内「旧近衛邸跡」の枝垂れ桜、すなわち「糸桜」と呼ばれている桜を、23日の午前中には植物園、そしてお昼を挟んで午後見に行きました。


065a

 ほぼ全景です。皆さん良くご存じの様で、多くの方が来られていました。
木は2本あります。花の色が少し違う様に見えました。
 

066a

 枝垂れ桜ですが、大きく枝を延ばしています。

070a

 複雑に枝が広がっています。 

071a

 ここには2本の木があると書きましたが、右の木と左の奥になります。 

067a

 手前の木の上の方を見ています。こちらの木の花は薄いピンク色です。 

068a

 池の上にまで枝を延ばしています。 

072a

 地面に届きそうな枝垂れです。 

074a

 少し近寄って見ました。 

075a

 結構花の混み方は凄いです。 

 この後、周辺の桜の様子を見て回りました。











 

 

2018年3月13日 (火)

京都御苑の黒木の梅など

 京都でも、温かい日が続いて急に梅の開花が発表?報道?されるようになりました。
 11日の日曜日の午後、温かい日差しに誘われて、京都御苑から二条城へ出かけました。
 まずは、京都御苑の梅林を散策し、ここでは一番!の梅と思っている「黒木の梅」の様子を見に行きます。


Img_3937

梅林の梅の香りに感動しながら、「ならの小川」にやって来ました。

Img_3938

日曜日のこともあり、親子連れが一足早い春の一日を楽しんでいます。

Img_3940


Img_3946

白梅と紅梅が仲良く並んで、馨しい香りを漂わせています。
ならの小川から離れて、御苑内を散策しています。


Img_3950

まだ、開花には早いと思って何気なく・・・何と例年開花が一番遅いと思っていた、「黒木の梅」早くもほぼ満開です。

Img_3952

そば近くまで来ると清楚な香りが漂っています。

Img_3957


風が強くて、ピンボケですが、花は勿論蕾もたくさんあって、これからしばらくは楽しめそうです。
 
気を良くして、二条城の梅林へ向かいます。

2017年9月15日 (金)

大政奉還150周年(2)京都御苑及び御所-3

 前回の続きです。
 京都御苑内を歩いています。

038a

御苑の東側の真ん中辺りに、少し盛り上がった場所があります。
向こう側は、南方向です。

040a

駒札でどうぞ。

016a

「五摂家」の筆頭、「近衛家」もこの戦乱には何らかの影響はあった筈です。
戦火に焼かれたかと思います。

017a

018a

春にはこの一帯は、枝垂れ桜が咲き誇り、多くの人で賑わいます。
「蛤御門の変」は、御苑の西側が戦いの場になりましたので、長州兵がここまで来ることは無かったかと想像します。

結局長州勢は、全てが敗退しました。
京都の町は、鷹司邸の火災と河原町の長州屋敷の出火で、京都の町は3日間燃え続けました。
後にこの大火のことを、「鉄砲焼け」とか「どんど焼け」とか呼びました。
また、京都の古老達は、この間の戦争と言えば、この「蛤御門の変」のことを指し、さらにその前の戦争と言えば「応仁・文明の乱」のことを言うとか。

京都御所の中にも、幕末大事な会合が開かれた場所があります。

026a_3

御所拝観のコースに含まれている「小御所」です。

027a

御所内の説明は、駒札では無く、この様な形での掲示です。

「蛤御門の変」後、「小御所会議」が開かれたまでの、時の流れは激動と言っても言い位のものでした。


元治元年(1864年)4月   蛤御門の変勃発
慶応元年(1865年)閏5月  将軍家茂、長州藩再征の為上洛、参内
慶応2年(1866年)1月    薩長同盟成立
             7月   将軍家茂死去
             12月  徳川慶喜に将軍宣下
             同月   孝明天皇崩御
慶応3年(1867年)10月  大政奉還
             12月  王政復古の大号令 「小御所会議」開催される
                  明治天皇 即位

027a

その「明治天皇」(後の諡号)が誕生され、幼児期を過ごされたのが、この場所です。

026a

祐宮が即位されたのは、慶応3年(1867年)ですから、御年15歳で天皇になられたことになります。そして、激動の幕末~維新~明治の時代を過ごされました。

036a

当初、皇女・和宮の婚約者と目されていた「有栖川宮」邸は、御所の正門「建礼門」の斜め前にありました。

 大政奉還150周年に関係する「京都御所・京都御苑」の史跡等は、以上です。
 次回は、幕末京都で活躍した「新選組」を取り上げたいと思います。


2017年9月11日 (月)

大政奉還150周年(2)京都御苑-2

 前回の続きです。京都御所内では、尊攘派(長州藩中心)と公武合体派と(会津藩と薩摩藩)の対立が激しくなって来ました。
 1863年(文久3年)8月、公家の急進派7名(三条実美など)が宮廷から追放されました。
 「8月18日の政変」 「七卿落ち」と言われる事件です。長州に落ち延びました。長州勢は京都から追い出されて仕舞いました。

 しかし、長州藩は翌年(1864年・元治元年)、武装して大挙京都を目指して進軍を始めました。
 長州藩は、伏見藩邸・山崎天王山・嵯峨天龍寺の3か所に布陣した後、一斉に京都御所を目指して進軍を開始しました。
 そして、遂に「禁門の変」(蛤御門の変)が勃発しました(7月19日)。

007a

「蛤御門」です。現在は、烏丸通に面していますが、当時は90度回転して南面していました。右側が正面になります。

005a

012a

門の柱のあちこちに弾痕などが見られます。

015a

木島は薩摩兵に撃たれて、ここで討ち死にしたそうです。

014a

幕末の頃の古地図では、「清水谷家」はこの辺りにあった様です。

この戦いのもう1つの場が「鷹司家」だと言われています。

042a

場所は、御苑の南端、「堺町御門」の東側です。
鷹司邸に入った久坂玄随は、鷹司公にお伴して参内したいと申し入れたが断れて、鷹司邸に火を放ちここで自刃した。

043a

駒札をどうぞ。

045a

「鷹司邸」の西側にあったのが、「九条邸」でした。
この橋は、「高倉橋」と言って、明治になって架けられた橋です。
高倉通の延長にあるからとのことで、その名前が付けられたそうです。

044a

046a

「九条邸」にあった庭園と池です。「高倉橋」は、この池の上に架けられています。遠くに見える建物は、「拾翠亭」です。「厳島神社」は右手にあります。

 御苑内の史跡は、次回にも続きます。

 

 


 

2017年9月 9日 (土)

大政奉還150周年(2)京都御苑-1

 前回(二条城)の続きですが、今回の舞台は京都御所及びその周りに有った公家町(今の京都御苑)です。幕末、それまでは静かだった御所やその周辺が、俄然騒がしくなりました。
 少し遡って、時の流れを見てみますと、「黒船来航」が大きな転換点ではないかと思います。大老・井伊直弼の「通商条約」勅許問題から、「安政の大獄」~「尊王攘夷」の気運、「桜田門外の変」で井伊直弼が暗殺され、幕府の屋台骨が揺らぎ始めました。
 そこで持ち上がったのが「公武合体」論でした。
 文久元年(1861)皇女・和宮の江戸下向、翌年第14代徳川将軍・家茂との婚儀が行われました。

029a

京都御苑内の御所の東側にある、「皇女和宮生誕の地」すなわち「公家・橋本家」があったところです。

030a

その傍に立てられている駒札を利用させて戴きました。
簡潔に要領よく表示されているので、これからもしばしば使わせて戴く積りです。

 その場所から、少し北に行ったところに「猿ケ辻」があります。

025a

御所の東北の角付近です。御所の鬼門に当ります。

021a

東北の角(鬼門)を、この様にして変形させてあります。

022a

さらに、変形した左手には、御幣を担いだお猿さんがいます。
右を向いて、座って居ます。

023a

それらの説明は駒札で。

 次回にも続きます。

2017年4月 5日 (水)

京都御苑の可憐な桃の花

 京都御苑の早咲きの桜を見に行った時に、前には未だ咲きはじめだったのが、今回は満開近い桃林の花々を堪能できました。

005a

こちらにも、多くの方達が見に来られていました。

006a

まさに、「桃色」です。

008a

純白です。

010a

青空に映えて、綺麗でした。

007a

花達がオシクラマンジュウをしています。

009a

こちらは、恥ずかしげに、下を向いて。

011a

結構背の高い木もありました。

012a

桜でも見掛けますが、幹から花が出て咲いています。

 旧近衛邸後の糸桜や桃の花を心行くまで愛で、満ち足りた気持ちで植物園に向かいます。

















2017年4月 4日 (火)

毎年、早く咲く「京都御苑」の桜たち

 数日前に、京都にも桜の開花宣言が出されました。
 京都の桜の標本木は、二条城の中にあるそうですが、私は未だその木がどれだか特定して見たことはありません。
 が、しかし、京都御苑の早咲きの桜たちは、それは何処にあるか、良く知っています。
 4月2日(日)午前、遅ればせながら、見に行って来ました。

004a

先ずは、「出水の紅枝垂れ桜」です。多くの人達で、賑わっていました。
近くには、「出水のさとざくら」がありますが、未だ蕾状態でした。

 梅林や桃林の中を通って、お目当ての「旧近衛邸跡」に向かいました。
「桃林」の様子は、次回にご紹介します。

013a

「旧近衛邸跡」への入口にも、見事な桜があります。
ここにも沢山の人々が・・・。

015a

一部をアップで。

いよいよ中へ入って、

016a

「旧近衛邸跡」の、所謂「糸桜」です。ご覧の通りの大賑わいの盛況です。
異国の方も結構多かったです。

018a

「近衛池」にも大きく枝を広げています。

019a

池の水面にも、その姿を映していますが、池の水がイマイチなのが残念です。

026a

桜の木の下で楽しむ人も。それ程大きな糸桜です。

030a

こちらも「旧近衛邸跡」かと思いますが、大きな「紅枝垂れ桜」があります。
こちらの木もかなりのお年の様です。

032a

035a

向こうの人だかりは、「糸桜」を見る人達です。

毎年、この辺りの桜達は、思ったより早く咲いて、慌てさせて呉れますが、今年は上手くタイミング良く見ることが出来ました。嬉しかったです。
 この後、桃林へ向かい、可憐な桃の花と出会います。

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

京 歩き