カテゴリー「京都御苑 京都御所」の27件の記事

2018年5月 5日 (土)

新緑の京都御苑

 「新緑の京都御所」を参観した後、「京都御苑」を少し歩きました。
 広大な御苑ですので、西側を歩きました。

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「乾御門」から御苑内に入って直ぐのところから撮った景色です。
遠くに御所の北辺が見えています。

御所参観の入口の「清所門」に向かって歩きます。

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「皇后門」の中も、新緑が美しく見えました。

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何の花か、黄色い小さな花が沢山固まって咲いていました。
この辺りは、「一条邸跡」になります。

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木の形が決まっていたので撮って見ました。新緑では無いですが、葉っぱに新しい部分が見られました。

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御所参観後に、南の方向に歩いていて見た新緑です。
道路は、「建礼門」前の広い道路の西のやや広い道路です。道路に名前が付いていないので。

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見えている建物は、「環境省京都御苑管理事務所」の北面です。その西側付近です。

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その向いにある「宗像神社」の外壁です。

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その南端部分です。この付近の高い木の上では、「アオバズク」が棲んでいるのを見たことがあります。

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「間ノ町口」から御苑内を見通しています。ここには門がありませんが、少し東に行くと「堺町御門」があります。葵祭や時代祭の行列が出る門です。

 散策して感じることは、京都は市内でも多くの場所で桜の花を愛でることが出来ますが、新緑の多いことにも改めて感動しました。

















2018年5月 4日 (金)

新緑の京都御所(2)

 前回の続きです。
「京都御所」内の新緑を参観しています。
「御常御殿」などに面した「御内庭」に来ました。

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先の「御池庭」とは、大分趣きが違う様に思いました。
橋は、土橋の様です。

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池と言うよりも、流れと言った感じです。

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色彩も、こちらの方が多い様に感じます。

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お庭から離れて、出口の方に向かいます。

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一般公開時には、休憩のテントが設けられている広場です。
出口は左手に進みます。


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色んな躑躅も美しく咲いていました。

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出入り口の「清所門」の間近です。

 御所から退出した後は、「京都御苑」を少し歩きました。
 次回に続きます。





2018年5月 3日 (木)

新緑の京都御所(1)

 最近はルールが変わって「京都御所」の参観が、一般公開日以外でも簡単に参観出来るようになり、先日思い立って御所の新緑を参観させて戴きました。
 手荷物のチェックと名札を戴き、御所内に入りました。

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先ずは、「紫宸殿」に敬意を表して。
春と秋の一般公開時とは、参観のコースは省略されていますが、ほぼ主なところは参観出来ます。

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東南にある「建春門」です。

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その門の並びに沿って。

「御池庭」に入ります。

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小御所や御学問所に面しています。

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石橋を望む位置を変えて、見ています。手前は州浜です。

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池の北端から見ています。

 次回に続きます。







2018年4月13日 (金)

京都市内各地の桜達

 私の独断で京都市内の「桜の名木」を訪ねて歩きましたが(既にご紹介済み)、その時にその地で出合った桜を、この際纏めてご紹介させて戴きます。

 先ず、「円山公園」です。

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 流石京都の代表的な桜の名所です。既に一部花見の宴会が始まっていました。

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 桜の木も数が多いです。それに相応しく屋台も多く出ています。

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 鳥居は、八坂神社の東側の北のものです。

 次は、「京都府立植物園」です。

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 最近は多くの人達に愛される植物園です。観覧温室(左手)の付近です。

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 大芝生地の近くにある「紅枝垂れ桜」です。こちらでも人々の寛ぐ姿が見られます。

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 「紅枝垂れ桜」が集まる中での1本です。

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 私は「ヤマザクラ」に何故か惹かれます。「ソメイヨシノ」などと比べると数が少ない様に思います。

 最後は、「京都御苑」です。

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 ここでも「ヤマザクラ」に、先ず目が行きました。やはり木の数は少ないです。

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 こちらでも、多くの人達の姿が見られました。築地塀は、御所の西南角です。
左に見える木は、「清水谷家の椋」です。

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 「出水の小川」も、大賑わいでした。ここの桜は「サトザクラ」です。

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 丸太町通から御苑に入って直ぐにある桜です。「オオシマザクラ」と思われます。

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 御所の正門「建礼門」付近です。門の後の大きな屋根は、「紫宸殿」です。

 今年の京都の桜は、どこも見事な姿を見せてくれました。















 

 

2018年4月 6日 (金)

京都の桜の名木を訪ねて(京都御苑)

 前回の続きです。
 今回は「京都御苑」ですが、先日ご紹介した「旧近衛邸跡」の「糸桜」ではなく、「車返桜」です。

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先ず、そのコーナーにあった説明板を。

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保護のため、しっかりと柵が施されています。

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南寄りから見ています。

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ほぼ満開状態です。

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当時の木々ではないとは思いますが、大きい木が2本と、小さい木が3本の計5本あります。

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御所の築地塀が見えますが、御所の門を出て直ぐのところに、この桜はあります。手前に見える木が、最も大きい木です。

以上、私の独断による「京都の名木」を3か所、ご紹介させて戴きました。










2018年3月25日 (日)

京都御苑内「旧近衛邸跡」付近の桜達

  京都御苑内の「旧近衛邸跡」の枝垂れ桜の「糸桜」を見た後、その付近の桜(何れも枝垂れ)を見て回りました。

 先ず始めは、「旧近衛邸跡」の直ぐ西の場所です。
 近衛家は、五摂家の筆頭の公家でしたから、この辺りも近衛家の邸内だったかも知れません。

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「糸桜」がある場所は、右手になります。
こちらの枝垂れ桜も、可なり高齢者の様で、杖をついています。
しかし、見事に花を咲かせています。

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上の写真のうちの一本です。

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少し移動して見ています。

御所の北側近くに出て見ました。

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そこにも見頃の枝垂れ桜がありました。

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その木をアップで見ました。凄いボリュウムです。

御苑の砂利道に出ました。

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背は低いですが、二本並んでいました。

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こちらは、薄紅枝垂れです。

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上にご紹介した桜達の全景です。
皆さん思い思いの姿で、それぞれの花見を楽しんでおられる様です。

御苑内には、他にも見応えのある桜の木があります。
後日見たいと思っています。






















2018年3月24日 (土)

京都御苑・旧近衛邸跡の桜

 京都市内の桜の開花宣言が、昨日(22日)行われました。
 それに合わせる如く、市内のあちこちで桜が、はや見頃を迎えています。
何時も早咲きで知られている、京都御苑内「旧近衛邸跡」の枝垂れ桜、すなわち「糸桜」と呼ばれている桜を、23日の午前中には植物園、そしてお昼を挟んで午後見に行きました。


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 ほぼ全景です。皆さん良くご存じの様で、多くの方が来られていました。
木は2本あります。花の色が少し違う様に見えました。
 

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 枝垂れ桜ですが、大きく枝を延ばしています。

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 複雑に枝が広がっています。 

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 ここには2本の木があると書きましたが、右の木と左の奥になります。 

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 手前の木の上の方を見ています。こちらの木の花は薄いピンク色です。 

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 池の上にまで枝を延ばしています。 

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 地面に届きそうな枝垂れです。 

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 少し近寄って見ました。 

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 結構花の混み方は凄いです。 

 この後、周辺の桜の様子を見て回りました。











 

 

2018年3月13日 (火)

京都御苑の黒木の梅など

 京都でも、温かい日が続いて急に梅の開花が発表?報道?されるようになりました。
 11日の日曜日の午後、温かい日差しに誘われて、京都御苑から二条城へ出かけました。
 まずは、京都御苑の梅林を散策し、ここでは一番!の梅と思っている「黒木の梅」の様子を見に行きます。


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梅林の梅の香りに感動しながら、「ならの小川」にやって来ました。

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日曜日のこともあり、親子連れが一足早い春の一日を楽しんでいます。

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白梅と紅梅が仲良く並んで、馨しい香りを漂わせています。
ならの小川から離れて、御苑内を散策しています。


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まだ、開花には早いと思って何気なく・・・何と例年開花が一番遅いと思っていた、「黒木の梅」早くもほぼ満開です。

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そば近くまで来ると清楚な香りが漂っています。

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風が強くて、ピンボケですが、花は勿論蕾もたくさんあって、これからしばらくは楽しめそうです。
 
気を良くして、二条城の梅林へ向かいます。

2017年9月15日 (金)

大政奉還150周年(2)京都御苑及び御所-3

 前回の続きです。
 京都御苑内を歩いています。

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御苑の東側の真ん中辺りに、少し盛り上がった場所があります。
向こう側は、南方向です。

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駒札でどうぞ。

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「五摂家」の筆頭、「近衛家」もこの戦乱には何らかの影響はあった筈です。
戦火に焼かれたかと思います。

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春にはこの一帯は、枝垂れ桜が咲き誇り、多くの人で賑わいます。
「蛤御門の変」は、御苑の西側が戦いの場になりましたので、長州兵がここまで来ることは無かったかと想像します。

結局長州勢は、全てが敗退しました。
京都の町は、鷹司邸の火災と河原町の長州屋敷の出火で、京都の町は3日間燃え続けました。
後にこの大火のことを、「鉄砲焼け」とか「どんど焼け」とか呼びました。
また、京都の古老達は、この間の戦争と言えば、この「蛤御門の変」のことを指し、さらにその前の戦争と言えば「応仁・文明の乱」のことを言うとか。

京都御所の中にも、幕末大事な会合が開かれた場所があります。

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御所拝観のコースに含まれている「小御所」です。

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御所内の説明は、駒札では無く、この様な形での掲示です。

「蛤御門の変」後、「小御所会議」が開かれたまでの、時の流れは激動と言っても言い位のものでした。


元治元年(1864年)4月   蛤御門の変勃発
慶応元年(1865年)閏5月  将軍家茂、長州藩再征の為上洛、参内
慶応2年(1866年)1月    薩長同盟成立
             7月   将軍家茂死去
             12月  徳川慶喜に将軍宣下
             同月   孝明天皇崩御
慶応3年(1867年)10月  大政奉還
             12月  王政復古の大号令 「小御所会議」開催される
                  明治天皇 即位

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その「明治天皇」(後の諡号)が誕生され、幼児期を過ごされたのが、この場所です。

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祐宮が即位されたのは、慶応3年(1867年)ですから、御年15歳で天皇になられたことになります。そして、激動の幕末~維新~明治の時代を過ごされました。

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当初、皇女・和宮の婚約者と目されていた「有栖川宮」邸は、御所の正門「建礼門」の斜め前にありました。

 大政奉還150周年に関係する「京都御所・京都御苑」の史跡等は、以上です。
 次回は、幕末京都で活躍した「新選組」を取り上げたいと思います。


2017年9月11日 (月)

大政奉還150周年(2)京都御苑-2

 前回の続きです。京都御所内では、尊攘派(長州藩中心)と公武合体派と(会津藩と薩摩藩)の対立が激しくなって来ました。
 1863年(文久3年)8月、公家の急進派7名(三条実美など)が宮廷から追放されました。
 「8月18日の政変」 「七卿落ち」と言われる事件です。長州に落ち延びました。長州勢は京都から追い出されて仕舞いました。

 しかし、長州藩は翌年(1864年・元治元年)、武装して大挙京都を目指して進軍を始めました。
 長州藩は、伏見藩邸・山崎天王山・嵯峨天龍寺の3か所に布陣した後、一斉に京都御所を目指して進軍を開始しました。
 そして、遂に「禁門の変」(蛤御門の変)が勃発しました(7月19日)。

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「蛤御門」です。現在は、烏丸通に面していますが、当時は90度回転して南面していました。右側が正面になります。

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門の柱のあちこちに弾痕などが見られます。

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木島は薩摩兵に撃たれて、ここで討ち死にしたそうです。

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幕末の頃の古地図では、「清水谷家」はこの辺りにあった様です。

この戦いのもう1つの場が「鷹司家」だと言われています。

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場所は、御苑の南端、「堺町御門」の東側です。
鷹司邸に入った久坂玄随は、鷹司公にお伴して参内したいと申し入れたが断れて、鷹司邸に火を放ちここで自刃した。

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駒札をどうぞ。

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「鷹司邸」の西側にあったのが、「九条邸」でした。
この橋は、「高倉橋」と言って、明治になって架けられた橋です。
高倉通の延長にあるからとのことで、その名前が付けられたそうです。

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「九条邸」にあった庭園と池です。「高倉橋」は、この池の上に架けられています。遠くに見える建物は、「拾翠亭」です。「厳島神社」は右手にあります。

 御苑内の史跡は、次回にも続きます。

 

 


 

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