カテゴリー「京都御苑 京都御所」の19件の記事

2017年4月 5日 (水)

京都御苑の可憐な桃の花

 京都御苑の早咲きの桜を見に行った時に、前には未だ咲きはじめだったのが、今回は満開近い桃林の花々を堪能できました。

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こちらにも、多くの方達が見に来られていました。

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まさに、「桃色」です。

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純白です。

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青空に映えて、綺麗でした。

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花達がオシクラマンジュウをしています。

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こちらは、恥ずかしげに、下を向いて。

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結構背の高い木もありました。

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桜でも見掛けますが、幹から花が出て咲いています。

 旧近衛邸後の糸桜や桃の花を心行くまで愛で、満ち足りた気持ちで植物園に向かいます。

















2017年4月 4日 (火)

毎年、早く咲く「京都御苑」の桜たち

 数日前に、京都にも桜の開花宣言が出されました。
 京都の桜の標本木は、二条城の中にあるそうですが、私は未だその木がどれだか特定して見たことはありません。
 が、しかし、京都御苑の早咲きの桜たちは、それは何処にあるか、良く知っています。
 4月2日(日)午前、遅ればせながら、見に行って来ました。

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先ずは、「出水の紅枝垂れ桜」です。多くの人達で、賑わっていました。
近くには、「出水のさとざくら」がありますが、未だ蕾状態でした。

 梅林や桃林の中を通って、お目当ての「旧近衛邸跡」に向かいました。
「桃林」の様子は、次回にご紹介します。

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「旧近衛邸跡」への入口にも、見事な桜があります。
ここにも沢山の人々が・・・。

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一部をアップで。

いよいよ中へ入って、

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「旧近衛邸跡」の、所謂「糸桜」です。ご覧の通りの大賑わいの盛況です。
異国の方も結構多かったです。

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「近衛池」にも大きく枝を広げています。

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池の水面にも、その姿を映していますが、池の水がイマイチなのが残念です。

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桜の木の下で楽しむ人も。それ程大きな糸桜です。

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こちらも「旧近衛邸跡」かと思いますが、大きな「紅枝垂れ桜」があります。
こちらの木もかなりのお年の様です。

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向こうの人だかりは、「糸桜」を見る人達です。

毎年、この辺りの桜達は、思ったより早く咲いて、慌てさせて呉れますが、今年は上手くタイミング良く見ることが出来ました。嬉しかったです。
 この後、桃林へ向かい、可憐な桃の花と出会います。

2017年3月20日 (月)

満開の京都御苑の「黒木の梅」

 3月になってから京都御苑の前を通る度に「黒木の梅」は?と気にかかっていました。
 17日に梅林を散策した時に「遠くからでも様子を見よう」と思いました。
 ところが何と、遠くからでも濃いピンクの梅の花が咲き誇っているのが判りました。数人のカメラマンや外国の観光客も思い思いにカメラを向けておられました。


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 苑内には約5万本の樹木が生育しています。近衛邸跡の糸桜や出水の小川周辺などの里桜・梅・桃などの花木・モミジなどが季節ごとに御苑を彩り、私達の目を楽しませてくれます。

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急いで・・・・・、気持ちは駆け足です。それにしても、見事な枝ぶりです。
遠くに見える御門は、京都御所の正門とも言える「建礼門」です。


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樹齢はどれくらいでしょうか?見事な花を付けています。
「黒木の梅」は、元は旧九条邸内にあったとか・・・。

↑のお二人は多分ヨーロッパ諸国の方の様です。
英語ではなかったので。


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前方に見える山は、勿論!京都北山の峰々。
そして手前の建物は、京都御所内の紫宸殿の大きな屋根です。  

         ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 京都市中京区に位置する「京都御苑」は市内の中心部にあり、南北約1,300メートル東西約700メートルの広さを誇ります。国民の公園として終日開放しており、市民の憩いの場としても親しまれています。
 江戸時代には宮家や公家の屋敷が立ち並んでいましたが、明治時代の東京遷都に伴って整備が行われ、砂利敷の広い苑路と築地塀そして芝生と松林で構成された現在の景観となりました。

2017年3月16日 (木)

仙洞御所を参観しましたー4

 前回の続きです。
 「南池」の南部分に遣って来ました。

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「南池」の南部分を、北の方から見ています。右手が「一升石」を敷き詰めた「州浜」です。

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「南池」の小島の「葭島」(よしじま)です。小さな島ですが、それなりの雰囲気を感じます。

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見る位置を変えての「州浜」です。向こうに見えるのは、「八ツ橋」です。

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お庭の南端には、残っている建物の一つ、茶亭の「醒花亭」(せいかてい)です。「南池」が一望できる場所にあります。

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内部には、命名の根拠になった、李白の詩が額にして掲げられています。
右から2行目の上から2文字目の「醒花」の文字です。文字も中国明の時代の人の手によるものだそうです。

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「南池」の散策路の近くには、「柿本社」の祠がありました。有名な歌人の柿本人麻呂です。

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奥の林の場所には、「仙洞御所」があったそうです。
嘉永7年(1854)、の大火で、京都御所とともに焼失し、ちょうどその時に上皇がおられなかったので、再建されないままとなったそうです。

 最後の参観場所の茶室の「又新亭」(ゆうしんてい)です。

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素朴な門が素敵です。

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もともとここにあった茶室は焼失したため、明治17年(1884)に近衛家から献上されたものだそうです。

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大きな丸窓が印象的です。

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茶室を囲っている竹垣では、枝の根元を残して切られています。侵入防止のためだとか。

 戴いたパンフレットを見ますと、秋の紅葉が素晴らしい様なので、秋にもう一度参観させて戴きたいと思いました。


 






2017年3月15日 (水)

仙洞御所を参観しました-3

 前回の続きです。
 「北池」の東側から、「南池」に移りました。「南池」の形は、広口の西洋壷を立てた感じです。池の真ん中には「中島」があり、池を分断している感じです。

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「南池」の北半分の景色です。右手奥には、小さな滝があります。
向こう側の真ん中は、「紅葉山」です。

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左手の「紅葉山」に架かる橋は、「紅葉橋」です。命名が判り易くて良いですね。

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「南池」の真ん中に架かる橋で、「八ツ橋」です。石造りの橋で、上には藤棚が造られています。

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「南池」の北半分を、西から見た景色です。左手には「紅葉山」の一部が、右手奥には滝が見えます。

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その滝をアップして見ています。幅は80Cm、高さは180Cmの雄滝です。
小さな滝ですが、造りは凝っている様に見えました。

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「紅葉山」の全景です。紅葉時は、さぞ見事なことでしょう。

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「南池」の南部分の西側には、見事な「州浜」が広がっていました。
楕円形のやや平たい石が、11万1千個も敷き詰められています。
左手に少しだけ見えるのが「八ツ橋」です。

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「州浜」の石です。「一升石」と言うそうで、石1個につき米一升で運ばせたと言う伝承があるそうです。

 次回にも続きます。








2017年3月11日 (土)

仙洞御所を参観しました-2

 前回の続きです。
 「仙洞御所」は、皇位を退かれた天皇(上皇とか院などと言われる)の御所です。江戸時代の後水尾上皇の御所として造られました。今はもう建物は無く、茶室のみで、広大なお庭が広がっています。それを拝見します。
 また、「大宮御所」は、皇太后の御所のことで、孝明天皇の女御の英照皇太后のために建てられたものです。
 総面積は、約9万1千平方mで、その内大宮御所が約1万6千平方m、仙洞御所が約7万5千平方m(82.4%)あります。

 では、「大宮御所」の「御車寄」前からスタートです。

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再び「大宮御所」の「御車寄」を、違った位置から、ご覧戴きます。

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「御常御殿」です。説明によりますと、外観は和様ですが、中は完全に洋式になっているとのことです。入洛された皇室の方は、ここでお過ごしになるとのことです。

 ここからは、「仙洞御所」のお庭を巡ります。
 先ず始めは「北池」です。

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「北池」は、東西に長い凡そ梯形をしています。この眺めは、梯形の左側の景色です。

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北池の真ん中から右側の景色です。

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真ん中部分をアップして見ています。

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見える石碑は、この辺りにあったと言う「紀貫之」の邸宅跡を示すものです。

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その近くの、御所造営以前からあった古い池「阿古瀬淵」(あこせがふち)です。

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小高い丘には、「鎮守社」がありました。
この辺りで、池の北側に来たことになります。

 次回に続きます。





2017年3月10日 (金)

仙洞御所を参観しました-1

 京都御所・仙洞御所・修学院離宮・桂離宮などの参観の手続きが、随分簡略化されました。京都迎賓館も同様です。
 私は、この中で未だ参観していなかったのが、「仙洞御所」(せんとうごしょ)でした。
 過日、最も手っ取り早い参観手続きで、参観して来ました。最も手っ取り早いとは、当日参観申込みして、当日参観することです。
 当日、午前11時に現地(正門前)に行き、手続きして整理券を戴き、午後1時30分から参観しました。但し、人数の制限があり、この日は35人限定でした。詳しくは、宮内庁京都事務所のホ-ムペ-ジをご覧願います。

 指定の20分前に、「正門」前に集合し、「参観者休所」内で、仙洞御所のビデオを見ました。予備知識を頭に入れてから、宮内庁京都事務所の方の案内・説明で、御所内を回りました。

 その前に、仙洞御所の外の様子を、ご紹介します。

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仙洞御所(以後、御所と言います)の西南角から見た様子です。

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西南角から北の方向を見ています。即ち、御所の西面を見ています。

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御所の「表門」です。ここから入ると、今はもう無き御所の住居跡には最短です。

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こちらは「正門」です。参観者の出入り口です。
天皇陛下など皇室の方が京都にお出での時に、お泊りになる「大宮御所」へは、多分この門から入られると思います。

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「正門」前から、さらに北を見た様子です。

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御所の東側の様子です。

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「正門」前には、こんな古木が見られました。「スダジイ」の様です。

 いよいよ「正門」(大宮御所の正門でもあります)から中へ。

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「大宮御所」の「御車寄」です。

 次回からは、御所内の参観の様子を、ご紹介します。















2016年12月 6日 (火)

初冬の京都御苑

 11月29日の午後、初冬の京都御苑の南部の一部を歩きました。
 「堺町御門」から、御苑に入ります。

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堺町御門の傍のイチョウの木が、美しく黄葉していました。

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「旧九条邸」への小道には、その落葉が道を彩っていました。

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「鷹司邸跡」の近くでは、黄色い実が鈴なりに生っていました。

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近付いて見ると、こんな様子でした。何の実でしょうか?
葉っぱの形から、柑橘系の様です。

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名残の紅葉も見られました。御苑内の深くは入っていません。

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堺町休憩所近くから、「建礼門」を拝しています。
今年の時代祭は、右手寄りの辺りで、拝観したことを思い出しました。

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西の方向に歩いています。この先には「閑院宮邸跡」があります。

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ここにも、名残の紅葉が見られました。
少し北に向きを変えました。

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「白雲神社」(西園寺家のお社)の塀越しに、木々の彩りが見られました。

「蛤御門」から、外に出ました。

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「烏丸通」を隔てて、御苑内の木々の様子を眺めています。

今年の京都市内の紅葉のスピードが、想像以上に早くて、御苑内の紅葉の最適期に出合えず、残念でした。


















2016年10月16日 (日)

有栖川宮家旧邸を拝見 (2)

 前回に続いて、有栖川宮家の旧邸を紹介します。
 今回は、「客間棟」の前のお庭から始めます。

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もう一度「客間棟」の座敷と板の間の写真を、ご覧戴きます。
その2つの間の前面に、お庭が広がっています。ガラス戸の向こう側です。

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お庭の中央部分です。2009年に、「植治」こと11代小川治兵衛により、造り変えられています。大量の土を入れて、庭全体を嵩上げされたそうです。

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廊下を通って、「住居棟」に回ります。

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「住居棟」には中庭があり、真ん中に大きな梅の木が植えられていました。

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さらに廊下を通って、「玄関棟」に出ます。
廊下の左右には、幾つかの小さな部屋がありました。

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「釘隠し」も、立派なものが付けられていました。

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表門の左側には、大きな桜の木が2本、植えられています。
枝垂れ桜で、春には塀を越えて、見事な花を見ることが出来ます。
手前の石は、「立ち話ではなんですさかい」と言う名前で、小川治兵衛さんが自ら付けられたとか。腰掛石です。

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門の右側には、楓が2本植えられていて、近くには同じ様に腰掛石が置かれています。

表門から外に出て、右に回ると「長屋門」があります。下立売通に面しています。

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右手には居住の出来る部屋があり、左手には納屋等に利用されていたとのことです。

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門の様子です。専門家によれば、長屋門形式としては最上級の構えだとか。

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下立売通の南側には、「聖アグネス教会」があります。
教会の右手(西側)には、現在は「有栖川宮旧邸」の持ち主である、「平安女学院」の校舎が延びています。

最後に、歴史的なことを、戴いた資料から、ご紹介します。

◇有栖川宮家について~寛永2年(1625) 後陽成天皇の第7皇子 好仁親王によって創設された宮家。大正12年(1923)に絶家になるまで、ほぼ300年続いた。熾仁親王は、維新時征東総督として、官軍のトップとなる。当初は皇女和宮の許婚だった。

◇有栖川宮家は、当初御所の建礼門の前にあった。維新後は、京都裁判所の仮庁舎等として使用されていた。

◇その後、民有地だった現在地に移築、旧京都地方裁判所所長宿舎の一部一部となった。2007年まで使用されていた。




















2016年10月14日 (金)

有栖川宮家旧邸を拝見 (1)

 今年の「京の夏の旅」(第41回)の文化財特別公開には、「ノートルダム女学院中高等学校・和中庵」に続いて、「平安女学院大学・有栖館ー有栖川旧邸」を、先日拝見させて戴きました。かつて京都御苑内にあったものを、明治24年にその邸の一部を現在の地に移されたものです。現在地とは、京都御苑の直ぐ西、烏丸通下立売の角です。その南側の西一帯には、「平安女学院」や「聖アグネス教会」があります。

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烏丸通に面した表門です。「平唐門」と言うそうです。三井家邸宅の表門を移築したものです。

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門をくぐって中に入りますと、直ぐにこの見事な植え込みが目に入ります。

建物は、「玄関棟」 「住居棟」 「客間棟」の3つの棟で構成されています。

 先ず「客間棟」に入ります。

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客間は、奥の12畳半の座敷と、手前の15畳の板張りの間とがあります。

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座敷には、この様な「上段の間」と「付書院」があります。

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「付書院」の内側と、「床の間」の一部です。

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「付書院」を廊下側から見たところです。
雰囲気のある「花頭窓」が、目を惹きつけました。

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見事な欄間にも、流石と感じさせられました。

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板の間は、「矢筈造り」と言うそうですが、能舞台としても使用出来るそうです。
昔は板張りの下には、大きな甕が置かれていたとか。

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座敷の襖の引手には、菊の御紋章が彫られていました。

 次回では、お庭などもご紹介します。












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