カテゴリー「地域歴史」の143件の記事

2019年2月 5日 (火)

京都・島原・角屋を見る(3)

 前回のつづきです。
 1階を見た後は、2階に上がりました。こちらは一切撮影が禁止されていましたので、案内の女性から、丁寧な説明を聞きながら、各部屋を回りました。
 2階の主座敷の「緞子の間」の他、翠簾(みす)の間、扇の間、草花(そうか)の間、馬の間、青貝の間、桧垣の間など、趣向を凝らした部屋部屋でした。

 今回は、最後に「大座敷・松の間」を、ご紹介します。1階の奥座敷です。

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立派な床の間が、部屋の雰囲気を落ち着かせています。掛け軸は、墨絵の山水画です。

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床の間から右に目を移すと、この様な様子です。

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近寄って見ますと、凄いです。

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襖絵は、岸連山筆「桐に鳳凰の図」です。

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さらに右手に目を移します。

そして、この部屋の名前「松の間」の由来は、庭にある「臥龍松」です。

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庭全体に広がる松の枝です。

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松の枝の奥には、茶室が3つあるうちの1つが、奥に見える茶室です。
茶室は、左手にも2つあるとのことです。

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今繁る松は、2代目です。元の松は枯れて仕舞って太い幹のみが残っています。

◆島原と角屋について

●島原は、昔は花街の1つでした。

●その後、遊宴の場である「揚屋」と、揚屋に太夫や芸妓を派遣する「置屋」の分業制でした。角屋は揚屋でした。

●その後、この制度は消滅し、大型の宴会場に変わって行きます。

●さらに、遊宴に留まらずに俳諧などの文芸の場にもなって行きました。

●幕末には、勤皇倒幕派の武士達の密議の場にもなりました。

●角屋は、島原開設当初(寛永18年・1641年)から存在しましたが、現在の規模になったのは天明7年(1787)の増築後のことです。












2019年2月 3日 (日)

京都・島原・角屋を見る(2)

 前回の続きです。
 台所の土間から座敷に上がって、その辺りを見て回っています。

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結構広い座敷に、資料の展示も見られました。

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中々立派な「衝立」がありました。

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少しでも明かりが広がる様にの工夫ですね。現代風に言えば、「電灯の笠」です。

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「帳場」ですが、聞いた話では、ここから来客の姿を見て、即接客の対応を判断し、女中さん達に指示していた様です。

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奥には、この様に立派な神棚も。

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その横には、この様な階段が。

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神棚の先には、中庭も。

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武士の来客からは、刀を預かりこの「刀たんす」に置くとか。

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西郷隆盛も、ここに出入りしていた様で、その西郷が使った行水の盥(たらい)だとのこと。
中には入れそうに無い様に思いましたが・・・。

 次回にも続きます。















2019年2月 1日 (金)

京都・島原・角屋を見る(1)

 先日、或る会合があって、懇親会の前に会場の近くにある「角屋」(すみや)さんを見学させて戴きました。現在は、「角屋もてなしの文化美術館」と言う名前の施設になっていますが、2階のみ撮影は出来ませでしたが、凝った造作に感心するばかりでした。

 では撮影が許されている範囲で、ご紹介させて戴きます。

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玄関です。粋な赤壁が目を惹きます。
通常の出入りは、ここからは出来ません。

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通りに面した表構えです。通常の出入り口は、左手端にあります。

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「中戸口」に掛かっている「暖簾」です。

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内側から見た「玄関」の様子です。

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玄関傍に置かれていた「用水槽」です。貫録があります。

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玄関近くには、こんなものもありました。
ここでは、勤皇・倒幕の志士や対する新撰組の連中も出入りしていたとか。

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中に入ると、帳場や台所などが広がっています。私達見学者は、ここから座敷に上がります。

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玄関側と台所側との仕切り板です。

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煮炊きする竈がずらりと並んでいます。

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座敷に上がって、竈などを観ています。

 次回も続きます。

2019年1月24日 (木)

京都・西京区松尾から南へ歩く

 先日、北嵯峨から大覚寺まで歩いた後、松尾までバスに乗り、昼食などを済まして、先ず「松尾大社」に参拝し、その後「苔寺」前まで歩きました。
 その道は、西京区がお奨め「おさんぽコース」(松尾~上桂・2Km・徒歩25分)となっています。山の麓に沿った曲りくねった細い道で、ほぼ平坦な歩き易い道でした。

 昼食は、松尾大社の一の鳥居横にある「京料理とりよね別館」で戴きました。

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そのお店の出入り口辺りの外観です。水煮や鶏料理で有名な老舗です。
右端の道路は、嵐山への道です。

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店内は老舗らしい落ち着いた雰囲気でした。
店名を漢字で書くと、この様になるようです。

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お庭など自由に拝見出来ました。

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戴いたのは、「点心弁当」です。
始めに、右手のお椀の「鳥がらスープ」が出て来ました。
コクがあって、美味しく戴きました。

 美味満腹になりましたので、松尾さんにお参りをしました。

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一の鳥居の偉容です。お昼を戴いた「とりよね」さんは右手にあります。

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表参道を進みますと、やがて立派な楼門が見えて来ます。
諸社殿は、その奥にあります。

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拝殿や本殿などが並んで見えます。お参りをしました。

 お参りを済ませて、少し歩くことにしました。
 月読神社前を通り、住宅が並ぶ細い道を進みます。
 やがて見えて来たのは、

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通称「鈴虫寺」、正式名は「華厳禅寺」の入口です。

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その参道の様子です。奥が「鈴虫寺」の入口です。
この後、歩きは終了し、「苔寺」前からバスにて帰途に着きました。



















2018年12月 4日 (火)

京都・二条城の紅葉

 京都市内の紅葉を訪ねて、あちこちと歩いています。
 今回は、「二条城」を訪ねました。ここは外国からの入城者が多いところです。
 「二の丸庭園」から時計回りに、前半は特に目立った紅葉は無く、「清流園」辺りから色んな木の色付きが見られました。

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「清流園」の西にある茶室「和楽庵」付近の植え込みでも、紅葉が始まっていました。

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「清流園」の東側の様子です。手前の石は、自称「ライオン岩」です。
その向こうの木々も、それぞれに色付いています。

右手の道の途中に、右に入る道が造られていて、「紅葉の径」と名付けられていました。

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入ったところでは、「野立」の席が設けられていました。

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「紅葉の径」だけあって、美しく色付いていました。

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主に径の右手に、紅葉の木々が見られました。

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径の出口には、一際立派な紅葉が有りました。

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この辺りは、小さな広場見たいな感じの場所です。
「二の丸御殿」の北側になります。

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大きな銀杏の木が、色付きながら、落葉も始まっていました。

 京都市内の紅葉も、そろそろピークを迎えようとしています。
 後幾つかの紅葉の名所を回りたいと思いつつ、やや焦っています。




2018年11月28日 (水)

洛南・伏見3題(その3)伏見の町-2

 前回の続きです。
 酒蔵の町並みから、宇治川派流に来ました。

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「長建寺」の前の「宇治川派流」の畔に立っていた「駒札」です。

これから宇治川派流に沿って歩きました。

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流れに沿って、下の方にも小道がありますが、足許が不如意なので止めて、上の道を歩いています。

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ところどころに、この様に柳が植えられています。

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かつての「大倉酒造」の酒蔵が見られます。この辺りが「大倉浜」でしょうか?

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酒蔵の集まりが見られます。

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上の続きです。情緒ある景色です。

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橋の上から、流れをみています。

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上の場所から少し歩いたところにある「寺田屋」です。
幕末の歴史の舞台となったところです。

 ここから少し戻ったところには「竜馬通り」と言う商店街があり、そこを通って「大手筋通り」に向かいました。
 ここ伏見の町では、あまり外国の方達を見掛けなかったなあと感じました。






2018年11月27日 (火)

洛南・伏見3題(その3)伏見の町-1

 前回の続きです。
 伏見稲荷大社から始まって、伏見の町での名物店・鳥せいさんでお昼を戴き、次は「酒蔵の町・伏見」を歩きます。

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「鳥せい」さんの前の通りを南に向かって歩きます。
ここは「伏見酒造協同組合」の醸造所です。ここでは幾つかの銘柄のお酒が造られています。酒造りの見学会も、ここで見たことがあります。

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やがて右側の奥にあった建物です。
この一帯は、前の「大倉酒造」、現在は「月桂冠」関係の施設が集まっています。
この建物も月桂冠のグッズを販売しています。

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上の建物の左手一帯の様子です。酒蔵が並んでいます。

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元来た道に戻ります。酒蔵の連続です。

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ここは、「大倉酒造資料館」です。酒蔵に連なる一角で、昔はお酒を販売していたのではないかと想像します。

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今来た道の突き当りには、「長建寺」があります。
お寺なのに、この様に赤い壁を見ると、何か艶かしさを感じます。
「弁財天」がお祀りされていますので、やはり女性的ですね。

 このお寺の前には濠があって、「宇治川派流」です。
 次回に続きます。

2018年11月26日 (月)

洛南・伏見3題(その2)鳥せい

 前回の続きです。暫く時間が空きましたが・・・。
 伏見稲荷大社から、酒の町「伏見」へ遣って来ました。
 最近、ここへ来ると先ず行くのが「居酒屋・鳥せい」さんです。
 何時も混んでいて、少し待たされるのですが、この日は直ぐに席に案内されました。
 ここの定番は、「焼き鳥と日本酒」です。勿論日本酒は伏見のお酒です。鳥せいさんは伏見の酒・神聖(山本本家)の直営店です。

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その店前です。

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その右手を見通すと、この様です。「山本本家」の酒蔵です。

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その右側から、「鳥せい」さんの店前を見ています。

店内に入ります。

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店内から、入口を見ています。勘定場は入口を入ったところです(左側)。

席から店内の様子を見ています。

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カウンター席です。中で調理などをしています。

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席の前の上の方を見ています。

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「角樽」でしょうか?一人で持てるのでしょうか?

いよいよ頼んだ料理が来ました。

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「やき鳥定食」です。ご飯をはじめ全て美味しかったです。

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「やき鳥の盛り合わせ」です。始めに来たものです。

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その次に来たものです。「揚物」も付いています。

美味しくて、しっかりとお腹がふくれました。
アルコール類は、ビール(日本酒のお店なのに)と、冷やした「生原酒」を戴きました。

テーブルの上に置いてあった印刷物によりますと、
「鳥せい」さんの始まりは、1966年(昭和41年)10月22日・時代祭の日だったそうです。
四条木屋町の地で、京都初の焼き鳥専門店としてスタートしたそうです。

 しっかりと腹ごしらえが出来たので、「伏見の町」を歩くことにしました。

2018年11月19日 (月)

名勝・無鄰菴の庭園(2)

 昨日の続きです。
 紅葉に彩られた庭園を、奥にある「三段の滝」を目指して、ゆっくりと歩いています。

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静かな林の風情を感じます。

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庭園の奥まったところにある「三段の滝」です。
水は琵琶湖疏水の水だそうです。

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その水は、静かに流れていました。

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流れが少し堰き止められたところには、溜まった紅葉の葉っぱが彩りを添えていました。

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「水紅葉」とでも申しましょうか。

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見事な紅葉を飾る木々です。

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綺麗に色付いた葉っぱです。

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「茶室」です。薮内流燕庵を模して造られたそうです。

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入口を入って、左手にある「受付」の前には、コンパクトなお庭が造られています。

 見事に紅葉した木々や庭園に癒されたひと時でした。












2018年11月18日 (日)

名勝・無鄰菴の庭園(1)

 京都市左京区にある名勝・無鄰菴(むりんあん)の庭園の紅葉を見に出掛けました。
11月16日(金)の午前でした。
 「無鄰菴」は、明治・大正の元老・山縣有朋の京都の別荘です。
 明治27~29年(1894~96)に造られたものですが、庭園は山縣自らの指示により、7代目小川治兵衛が作庭したものです。

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東山を借景に、開放的な芝生空間をもつ庭園を、一望しています。
奥にある琵琶湖疏水の水を引いた緩やかな流れが、庭園の真ん中を蛇行しています。
目的の紅葉は、丁度見頃の様です。

 では、庭園内に造られた小径を、ゆっくりと歩みつつ奥に進みます。

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ちょうど庭園の指定管理をされている「植彌加藤造園」の方が作業に入っておられました。

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徐々に奥に進みつつ、同じ紅葉を違った位置から見ています。

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庭園の中央部辺りに来ています。

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深緑との対比が、目を惹きました。

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小池に映える紅と緑が美しく見えました。

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こちらも上と同様の光景ですが、小さな黒い塊は、池に置かれた石の一部が水面から出ているところです。

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ふと振り返ると、母屋の一部が、木々の向こうに見えました。

 さらに、奥にある「三段の滝」を目指して、歩を進めます。
 明日に続きます。












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