カテゴリー「地域歴史」の72件の記事

2020年4月16日 (木)

満開の桜を追って(1)二条城ー3

 前回の続きです。
 二条城内の桜のポイント「桜の園」~西側の紅枝垂れ桜並木
そして、「標本木」がある「清流園」へと回って来ました。

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左側が「清流園」です。それ沿いの道の西から東に向かって、見通しています。
「標本木」はこの先にあります。

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「清流園」の中の桜です。

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上と同じくです。

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中には、「紅枝垂れ桜」も見られます。

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これが、「標本木」です。先日・3月30日に満開の発表がありました。
それから4日が経っています。

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部分的に見ています。

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位置を変えて見ています。奥に見えるのは「北大手門」です。

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同じものがダブッてしまいました。

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「標本木」の東隣の木です。良く似た感じがします。

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アップで見ています。

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近くには、「紅枝垂れ桜」も見られます。

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「北大手門」の近くにも。

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「標本木」の南側にも、「紅枝垂れ桜」があります。

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一部をアップで見ています。

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少し離れた場所です。

 「二条城」も結構「桜」が楽しめる場所だと実感しました。

 

2020年4月15日 (水)

満開の桜を追って(1)二条城ー2

 前回の続きです。

 二条城の南のエリアにある「桜の園」から離れて、
西にある桜並木に来ました。

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城の西南部では工事が行われていて、一部この様に囲いがされています。
主に、「紅枝垂れ桜」が植えられています。

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艶やかです。

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木によつて、紅の色に濃淡がある様です。

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幹は複雑に変化しています。

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こちらでも、同様の姿が。

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「本丸」の「西橋」を渡った直ぐの辺りです。

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その位置を変えて見ています。向こうに見えるのは休憩所です。

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「紅枝垂れ」が終わり、その先に来ました。花の色は「白色」の様です。

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こちらも同様です。

 次回に続きます。北エリアの「清流園」に向かいます。

 

 

 

 

2020年4月14日 (火)

満開の桜を追って(1)二条城ー1

 京都市内の各所の桜がほぼ満開を迎えています。
 4月4日時点にて。地元新聞の「桜だより」に
よれば(元はJR西日本の情報)。
 それで、前に行った時は未だ咲いていなかった
「標本木」の桜がある「二条城」へ行って来ました。
 4月4日(土)の午前です。やはり人は極めて少な
かったです。
 二条城内の桜は、南側にある「桜の園」と、西側に
ある主として「紅枝垂れ桜の並木と、そして「標本木」
がある北側の主に3か所です。
 「東大手門」を入って、時計回りに回りました。

 その前に、

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「東南隅櫓」の傍に、桜が見えました。

 入城します。

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「南門」(何時も閉まっている)の傍にも。
 そして、その先に「桜の園」があります。

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「桜の園」の全景を東側から見ています。

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園の東北角を見ています。

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「八重咲き」の様です。

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園の真ん中に散策路が造られていますが、私は外周りの道を歩いています。

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園の木は、大体立派な木の様です。

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ほぼ西から、「桜の園」を眺めています。

 次回に続きます。

 

 

2020年2月11日 (火)

小学校の歴史

 京都市には、「京都市学校歴史博物館」なるものが
あります。出来たのは、平成10年11月でした。
 開館して20周年が過ぎました。
 京都では、明治2年に「番組小学校」が64校創設
され、「学校歴博」では今、番組小学校創設150周年
記念の諸行事が催されています。
 その1つ、記念特別展として「国宝・旧開智学校校舎の
学校資料」が催されていて、私は以前から「学校歴博」に
関心があり、良く拝見していましたが、今回も拝見しました。
 実は、この「学校歴博」は今は廃校となった「開智小学校」
でした。「開智」のご縁で、この様な催しが開かれた様です。
 「国宝・旧開智学校」は長野県松本市にあります。私は未だ
その校舎は拝見しておりません。

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京都市学校歴史博物館(元京都市立開智小学校)の正門です。

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正門横に設置されている説明板です。

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博物館の玄関です。

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展示の一部を、ご紹介します。
プラのカバーがあったためカメラの光が反射していますが、
「国宝・旧開智学校」校舎の正面です。明治9年(1876)
4月に完成し、その後90年近く使用されたとのことです。

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創建当初の様子です。上と同じ現象が起きました。

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校舎は、「擬洋風」で造られています。
瓦屋根や龍の彫刻は和風(上の写真の左側)、
ガラスや天使像やバルコニーなどは洋風(上の写真の右側)
で造られています。
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校舎を造った大工棟梁の「立石清重」氏です。
地元松本出身で、研究熱心だったとのこと。

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こちらは、ここ「旧開智小学校」の昭和11年当時の様子です。

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旧開智小学校は、番組小学校としては、下京十一番組小学校として開校され、
その後は、下京区第十三尋常小学校となりました。
その時の校舎の屋根瓦です。「十三」(三は縦になっていますが)の文字が
見られます。

 若しお時間が取れましたら、一度訪ねてみてください。
 場所は、京都市下京区御幸町通仏光寺下る西側です。

2020年1月12日 (日)

新春の行事(1)

 私の恒例の新春行事を2つ、ご報告させて戴きます。

 先ずその1つは、「京都国博」での「干支づくし」を見る
ことです。今年も、1月4日に行きました。

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そのポスターです。「京博のお正月」と言うタイトルで、3つの特集展示を
拝見しました。
①新春特集展示 子づくしー干支を愛でるー 「子」が表現されている絵画・
彫刻など16点が展示されていました。
同時に、
②京都御所紫宸殿の障壁画  計 9面 滅多に近くでは見られない
③神像と獅子・狛犬 15点
などでした。

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七条通に面した玄関です。

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展示が行なわれている「平成知新館」です。右手が入口です。

そして、

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「明治古都館」です。現在は、中には入れません。

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玄関を真正面から見ています。風格を感じます。

 構内を少しだけ歩きました。

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かつての入口です。大和大路通に面していて、西に向いています。

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こんなものも展示してありました。

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また、

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こんなものも。

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七条通に面した外壁です。入口は右手にあります。
「京博」の東西区域は、西は「大和大路通」から、
東は「東大路通」までの広大なものです。敷地は、「方広寺」の旧地を含んでいます。
「方広寺」は、豊臣家が大仏を建立したことで有名なところです。

 次回に続きます。

 

2020年1月10日 (金)

京都の初詣・付録・二条城

 ほぼ毎年、初詣の後には「二条城」に行っていました。
 今年は相棒が居なくなり、一人で寂しく行きました。

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堀川通に面した「東大手門」前です。

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門に据えられた「門松」です。年末にNHK京都のニュースでも報じられました。
立派な「門松」です。

今日1月2日は、建物の中には入れません。庭園が中心の拝観となります。

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美しい「唐門」前です。多くの人が写真を撮っていました。

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「唐門」をくぐると、そこには「二の丸御殿」が迎えてくれます。中には入れませんが。

「二の丸庭園」に向かいました。

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庭園をじっくりと拝見しました。「特別名勝」に指定されています。
「書院造庭園」と言われています。

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池の中央には、「蓬莱島」が造られています。橋が見えます。

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色んな形の石が用いられています。真ん中には小さな滝が見えます。

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滝に最接近して、見ました。水はどこから来るのでしょうか?

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「本丸楼門」前に来ました。皆さん「東橋」から下を覗き込んでいるのは、堀には
沢山の鯉が泳いでいるからです。近くには、「鯉のえさ」も売られています。

「本丸御殿」は、修理中でした。

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「内堀」の「西橋」や「天守閣跡」(遠くの高台)などが見えます。

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純白の「サザンカ」の花が、目を惹きました。

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「内堀」の北東から堀を見ています。

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北側にある「清流園」にある「香雲亭」と言う茶室です。

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そこの床の間に飾られた「掛け軸」は、正月らしいものが見られました。

城内を時計回りに回って、外に出ました。

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「外堀」の北東の部分です。「東大手門」前から北に向かって撮りました。
右手に見える建物は、入城券などを販売しているところです。改札口でもあります。

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「外堀」の東から西を見ています。右に見えるのは、「東南隅櫓」の一部です。
ここは二条城の内と外の堀の中で、一番長いのではないかと、私は思います。
(良く考えれば、城の外形は長方形ですから、北側にも同じ長さが存在します。
あえて言えば、橋が無いことでしょうか)

2019年12月23日 (月)

鴨川の橋を辿って歩く(4)

 前回の続きです。
 「七条大橋」からは、再び鴨川の右岸の河川敷を
歩きます。

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「塩小路橋」です。1953年の架橋で、長さは 53m 幅は 11m です。
比較的小さな橋です。

 次の橋は、やや複雑です。JR関係の橋が重なります。

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上流から見ています。
手前の橋が、JRびわこ線が通る橋で、「JR加茂川橋」とか「鴨川橋梁」とか言います。
その先には、「新幹線」の橋があります。

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下流側から見ています。手前が「新幹線」の橋、その向こうが「びわこ線」の橋です。

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もう1つ、鉄道用の橋(橋梁と言った方が)がこれです。
「JR奈良線」の橋です。「鉄橋」ですね。鴨川を斜めに横切っています。

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この辺りも、堤防の低さが目立ちます。手前の石積みは、そのままで平地に繋がって
います。川の流れは少し離れた所にあります。

 また少しややこしい形になっている橋に出合います。

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「九条こせん橋」と言います。上流から見ています。
「こせん」=「跨線」 何の線路を跨ぐかと言えば、JR奈良線と京阪電車京阪本線
の2つの線路を跨ぎます。左手先に「東福寺駅」(JRと京阪とも)があります。
実は左側のずっと先から、九条通がカーブして橋となっています。
1933年に架けられています。長さは 418.33m(長いです) 幅は 18m です。

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並んで歩道橋が架けられています。「東山橋」です。下流から見ています。
手前の橋です。長さ 68m 幅 18m です。

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「陶化橋」です。十条通に架かる橋です。1997年架橋、長さ 90.9m 幅22m。

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高速道路に繋がる橋です。

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「勧進橋」です。こちらも鴨川を斜めに横切っています。
1947年の架橋で、長さ 88.7m 幅 19m です。

 いよいよゴールの橋に来ました。

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「くいな橋」(水鶏橋)です。1954年架橋、長さ 94m 幅 8m です。

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「くいな橋」の上から、上流をみています。
左手の高架橋は高速道路、遠くに見えるのは「比叡山」や、東山連峰です。

 帰りは、近くにある市営地下鉄・烏丸線の「くいな橋駅」から乗車しました。

 京都市内の主な河川は、 
 (1)賀茂川と高野川が合流して、鴨川になるところ

 (2)保津川・大堰川~桂川になるところ

 の2大河川で、どちらにも多くの橋が架けられています。

2019年12月21日 (土)

鴨川の橋を辿って歩く(3)

 前回の続きです。
 「五条大橋」から左岸を歩きました。

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「正面橋」です。「正面通」に架かる橋からの命名です。
何処の「正面」?それは東にある「方広寺」(かつては大仏さんで有名)の正面から
付けられたとのことです。西にある「西本願寺」の「正面」とのことも聞いたことが
ありますが・・・。
1952年に架橋、長さは 71.15m 幅は 5.82m。

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橋の畔には、この様な「擬宝珠」が見られました。

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この辺りは、堤防の高さが低いです。

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「七条大橋」です。1913年に架けられた最古の橋です。でもモダンな感じがします。
橋の長さは、 81.9m 幅は 17.8m です。

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橋のほぼ全景です。

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橋の親柱に示す表示です。近寄って見ました。橋のアーチや橋の欄干など
目を惹きます。その後の欄干の模様も気になります。
ここから再び右岸を歩きました。

 橋の南西部分には、

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「松明殿稲荷神社」と言います。

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正面を拝観しています。

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その説明板です。

 次回に続きます。

 

 

2019年12月19日 (木)

鴨川の橋を辿って歩く(2)

 前回の続きです。
 「四条大橋」を越えて、次に向かいます。

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次は、「団栗橋」です。「団栗通」(東は花見小路通~西は木屋町通)の極短い通り
に架かる橋です。
1963年に架けられた橋で、長さ 61.5m 幅 9.5m の小さな橋です。

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「松原橋」です。1959年に架けられた橋で、長さ 83.55m 幅 6m 。
こちらも比較的小さな橋です。

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「五条大橋」に来ました。上流側から見ています。ここから左岸に移ります。

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昔の橋脚の石柱です。橋の近くに置かれていました。

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対岸に渡ります。立派な「擬宝珠」です。

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そんな「擬宝珠」の1つに、何か文字が刻まれています。
「明治十年・・・」と刻まれていますが、良く読めませんでした。

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橋の上から上流(北)を見ています。
こんな話を聴いています。この川幅は、平安京の中心大路・朱雀大路の道幅とほぼ
同じだと言うことです。如何に「朱雀大路」が広かったか、驚きです。

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この「擬宝珠」にも、多くの文字が見られます。

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左岸の橋畔には、こんな説明板も立っていました。

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こんな説明板もありました。左が上流です。字が小さくて読み難いと思いますが、
右から4つ目が、「五条大橋」(赤字で表示)です。

 「五条大橋」は、1959年に架けられました。長さは 67.2m 幅は 35m(最大)です。027a_20191211202701

左岸・下流側から見ています。

 次回に続きます。

 

 

 

2019年12月17日 (火)

鴨川の橋を辿って歩く(1)

 秋の日の半日、老人クラブの歩きの会で、
「鴨川に架かる橋」を辿って河川敷を歩きました。
 11月18日(月)のことです。
 スタートは、「丸太町橋」からです。
 河川敷が整備されているので、比較的安全に
歩くことが出来ます。

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鴨川の右岸・下流から、「丸太町橋」を見ています。堤防や橋の一部が工事中の様です。
1991年に架けられました。橋の長さは 92m、幅は 22m です。

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集合場所の様子です。参加者は毎回約800~900名位と聞いています。
京都市内の11区から集まって来ます。
午前9時45分スタート(何時も)です。担当区が先頭です。

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川の向こうに見える橋は、「琵琶湖疏水」の伏見地区に流れる分岐点です。
「疏水分線」となります。鴨川にも、一部流れ込んでいます。
その上に掛かる木造の橋です。

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「二条大橋」です。1943年に架けられました。
橋の長さは 85m 幅は 12m です。

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「御池大橋」です。1964年に架けられました。
橋の長さは、82m 幅は 29m です。市内でも道幅が広い「御池通」に架かる
橋ですから、橋幅も広いです。右に進むと「川端通」に突き当り、左右に分岐します。

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「三条大橋」です。橋の中でも最も趣きがある橋です。謂わずと知れた「東海道」
の始・終点です。橋の欄干などは、唯一木造です。
橋は、1950年に架けられました。橋の長さは、73.3m 幅は 15.5m です。

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橋の一部をアップで見ています。橋の擬宝珠には、「刀疵」があるとか。

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その下流では、鳥達の姿がありました。「ユリカモメ」?最近は数が減っているとか。

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「四条大橋」ですが、見たいものがあって、上流側から見ています。
見たいものとは、真ん中から左寄りの建物です。芝居小屋「南座」です。
最近耐震工事が終わってリニューアルされました。
この日は、「年末恒例・顔見世興行」が催されていました。

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下流側から、アップで見ています。

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「四条大橋」は、1942年に架けられました。
橋の長さは、 64.8m 幅は 24m あります。

 次回に続きます。

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