カテゴリー「地域歴史」の98件の記事

2017年4月24日 (月)

今日もまた、京都の桜を追って-2 二条城(1)

南禅寺界隈の桜を愛でた後は、地元新聞の「桜だより」(16日現在)では、市内では唯一「満開近し」と言う「二条城」に遣って来ました。
 「東大手門」の修復が終わり、ここから入城出来るようになって、うんと助かります。二条城内の桜は、京都気象台の開花の標準木があり、桜は3カ所に纏まって見ることが出来ます。
 一つは「桜の園」、二つ目は「本丸の西側」(主に紅枝垂れ)、三つ目は「清流園」から「北大手門」近くにかけてと、はっきりと区別されています。
 先ず「桜の園」から。「二の丸御殿」の「唐門」を横目に見て直進しますと、そこが「桜の園」です。城内の南端の真ん中辺りになります。

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「桜の園」の南東付近です。

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少し北方向へ移動しました。

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桜の花は、白ばかりではなく、この様なピンクもあります。

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アップで撮って見ました。凄い八重です。

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こちらもアップで見ました。こちらも八重の様です。

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この様にして見ると、「桜の園」は計画的に造られたことが判ります。
規則正しく植林された様に思われます。

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「桜の園」の北西部分に移動して来ました。
向こうに見えるのは、外壁の南部分です。

この後は、二番目の「本丸の西側」に進みました。













2017年4月17日 (月)

一日・京都の桜を堪能-1 宝ケ池(その2)

 前回の続きです。
 「宝ケ池」の周辺の道を、反時計方向に歩き始めます。

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「寝子ケ山」と池と桜です。

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反時計方向に歩き始めています。右手が「国際会議場」です。

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道の右手にあった歌碑です。今の季節にピッタリの歌かと思いました。

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「比叡山」と会議場の屋根、そして桜です。

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道の途中には、所々にツツジも咲いていました。

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静かな池面には、桜の色が仄かに映っていました。

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池面に大きく枝を伸ばす桜です。

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歩いていると、比較的白い花の桜がありました。

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その枝の1つを見上げて見ました。

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池の一番奥には、こんな休憩所があります。私達も、ひと時休憩しました。

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元の場所に戻って来ました。左手奥に会議場があります。

 この後は、府立植物園に向かいました。

























2017年4月16日 (日)

一日・京都の桜を堪能-1 宝ケ池(その1)

 快晴の一日、満開と言う京都の桜を、あちこちと訪ねて歩きました(4月13日)。
 先ず、久し振りに、市内の桜の名所の1つとされる、洛北・宝ケ池を訪ねました。京都市営地下鉄・烏丸線の北の終点・国際会館にて下車、地上に出て南の方向に向かって先ず目にした光景です。市内の中心部・烏丸御池から地下鉄で僅か14分、別世界の雰囲気です。

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「宝ケ池」に向かう道の初っ端の景色です。春爛漫の景色でした。

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今来た道を振り返って見ました。左手奥に「国際会議場」があります。

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途中、スタージ風になった、こんなところもあります。

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「宝ケ池」への道には、この「高野川」に架かる橋を渡ります。
川の上流方向を見ています。

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同じく橋の上から、下流方向を見ています。寛ぐ人の姿も見られます。

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「国際会議場」の敷地内にも、多くの桜が見られます。

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途中の左手には、「桜の森」があります。

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その中で、一際目立つさくらの木がありました。

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「宝ケ池」の入口に来ました。その手前にも、大きな木が私達を出迎えてくれました。

 次回では、池の周りを散策しつつ、その様子をご紹介します。

















2017年4月15日 (土)

京都府庁・旧本館の中庭の桜達-2

 前回の続きです。
 先ず、紅枝垂れ桜から。

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内庭には、大きな紅枝垂れ桜が2本もあります。その内の1本です。

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もう1本は、こちらです。

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広がった枝の下に入って、上を見上げて見ました。

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近寄っても見ました。

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未だ若木ながら、花の色に魅せられました。

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八重の花びらが素敵です。

八重と言えば、この「八重の桜」です。「はるか桜」と言います。

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東北大震災後に、福島県から送られた桜です。平成27年で命名は、綾瀬はるかさんだそうです。

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京都府庁の旧本館の正面です。中庭は、この建物の奥にあります。

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幕末の京都の治安を担当した「京都守護職」の上屋敷が、ここにありました。
守護職の任にあったのが、会津藩主・松平容保でした。

 今年の京都市内の桜は、開花が遅く、満開は早かった様に思います。
 これからの天候に一喜一憂しなければならないようです。

2017年4月14日 (金)

京都府庁・旧本館の中庭の桜達-1

 所用があって、近くまで行ったついでに、少し足を伸ばして、「京都府庁・旧本館」の中庭を覗いて見ました。
 中庭には、色んな桜達が見られます。中庭の中央の大きな桜は、早や散り始めていましたが、紅枝垂れは今が満開の状態でした(4月10日の午前撮影)。
 皆さん良くご存じと見えて、多くの人達の姿がありました。

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旧本館は、ロの字形になっていて、その真ん中に中庭があります。
旧本館の玄関から入って、建物を突ききって、中庭に入った直ぐの景色です。
庭の真ん中には、散り始めた大きな桜の木があります。

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その根元の様子です。

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反対側から見た、庭の様子です。

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違う位置からの様子です。

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部分的に見た様子です。結構花が付いています。

私が、この庭で早くから注目していたのが、「容保桜」です。

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「容保桜」の全容です。

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部分的に見ています。

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アップで見ています。ヤマザクラの変種だとか。曇天で残念です。
今年は晴天に恵まれず、桜の本来の優しさ、可憐さそして綺麗さが見られません。

 次回では、紅枝垂れや珍しい品種をご紹介します。













2017年4月 8日 (土)

インクラインと桜の花と人・人・人

 琵琶湖疏水は、明治時代に水車動力・舟運・かんがい・精米水車などの効用をはかる目的で建設されました。インクラインでは、滋賀県方面から来た舟が、蹴上船溜りに到着してから乗り降りすることなく、舟ごと台車に乗せ、南禅寺舟溜りへ移動させていました。
 約582mの傾斜鉄道跡に約90本のソメイヨシノが咲き、桜の観光スポットともなっています。特に若いカップルや子供たちにも人気で、桜の季節以外にも散策する人たちの姿が見られます。


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お父さんが坊やに、「ハイ ポーズ」

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こちらでも外国の観光客が目立ちます。

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かと、思えば結婚式を終えた新婚カップルも。

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何時もはあまり注目されないインクラインも、この日ばかりは被写体としても人気上々です。

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太くて立派な幹にも歴史を感じます。
今にも雨が降り出しそうな曇り空で残念ながら、桜色の桜にはお目にかかれませんでした。やはり太陽の光が欲しいです。


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レンガ造りの建物は”ねじりまんぽ”の一部です。
 これは、地下鉄東西線「蹴上駅」を地上に上がってすぐのところにある歩行者用トンネルです。上からの 大きな負荷に耐えられるよう、ねじったように斜めにレンガを積んであります。「雄観奇想 」「陽気発所」と刻まれた扁額は粟田焼きで、揮毫は第三代京都府知事・北垣国道。



             ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

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こちらの桜は名前は分かりませんが、向かい側に在る京都市国際交流会館の玄関に咲いていた濃いピンクの花です。
人の目にもつかずにひっそり咲いていました。(撮影 どちらも6日です。)

2017年3月23日 (木)

世界遺産「二条城」の可憐な梅の花

 二条城は、有名な徳川慶喜による「大政奉還」の舞台となった城で、世界遺産に登録されています
 今年で大政奉還から150周年を記念し、幕府がその内容を発表した「元離宮二条城」では、1月7日から『二の丸御殿大広間障子開放』と『中庭特別公開』がおこなわれています。

 そして、あまり知られていないですが梅の花が大変綺麗です。
種類は、紅梅、白梅、桃色梅、しだれ梅、源平咲き分けなのです。
  種類も多いので、見応えがあります。

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京都御苑の黒木の梅を愛でた後に行きましたが、全く異なった梅の花を見られて幸運でした。


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時間的に殆どの方は梅の花の香りと可憐な花びらに満足して、帰ってゆかれる様でした。

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石垣と白梅。

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同じく石垣と紅梅です。この姿こそお城に咲く梅ですね。

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ここ数年は外国の観光客が目立ちますが、特に今年は大政奉還の行事も有り、観光バスやマイカーが連なっていました。
観光都市京都としては嬉しいことですね。


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この日は風が強く、時折小雨がパラツク寒い日でした。梅の花を愛でるには少し遅いようでしたが、そして、必見の1本の木から、紅白両方の花が咲く「源平咲き分けの梅」は、残念ながら少し色あせていましたが、梅林に漂う梅の花の香りに癒されるひと時でした。
 ところで、なぜこのように呼ばれるようになったのでしょうか?
それは、源氏の旗が白、平家の旗が赤だった事から、「源平咲き分けの梅」と呼ばれるようになったそうです。

2017年3月20日 (月)

満開の京都御苑の「黒木の梅」

 3月になってから京都御苑の前を通る度に「黒木の梅」は?と気にかかっていました。
 17日に梅林を散策した時に「遠くからでも様子を見よう」と思いました。
 ところが何と、遠くからでも濃いピンクの梅の花が咲き誇っているのが判りました。数人のカメラマンや外国の観光客も思い思いにカメラを向けておられました。


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 苑内には約5万本の樹木が生育しています。近衛邸跡の糸桜や出水の小川周辺などの里桜・梅・桃などの花木・モミジなどが季節ごとに御苑を彩り、私達の目を楽しませてくれます。

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急いで・・・・・、気持ちは駆け足です。それにしても、見事な枝ぶりです。
遠くに見える御門は、京都御所の正門とも言える「建礼門」です。


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樹齢はどれくらいでしょうか?見事な花を付けています。
「黒木の梅」は、元は旧九条邸内にあったとか・・・。

↑のお二人は多分ヨーロッパ諸国の方の様です。
英語ではなかったので。


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前方に見える山は、勿論!京都北山の峰々。
そして手前の建物は、京都御所内の紫宸殿の大きな屋根です。  

         ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 京都市中京区に位置する「京都御苑」は市内の中心部にあり、南北約1,300メートル東西約700メートルの広さを誇ります。国民の公園として終日開放しており、市民の憩いの場としても親しまれています。
 江戸時代には宮家や公家の屋敷が立ち並んでいましたが、明治時代の東京遷都に伴って整備が行われ、砂利敷の広い苑路と築地塀そして芝生と松林で構成された現在の景観となりました。

2017年3月16日 (木)

仙洞御所を参観しましたー4

 前回の続きです。
 「南池」の南部分に遣って来ました。

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「南池」の南部分を、北の方から見ています。右手が「一升石」を敷き詰めた「州浜」です。

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「南池」の小島の「葭島」(よしじま)です。小さな島ですが、それなりの雰囲気を感じます。

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見る位置を変えての「州浜」です。向こうに見えるのは、「八ツ橋」です。

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お庭の南端には、残っている建物の一つ、茶亭の「醒花亭」(せいかてい)です。「南池」が一望できる場所にあります。

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内部には、命名の根拠になった、李白の詩が額にして掲げられています。
右から2行目の上から2文字目の「醒花」の文字です。文字も中国明の時代の人の手によるものだそうです。

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「南池」の散策路の近くには、「柿本社」の祠がありました。有名な歌人の柿本人麻呂です。

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奥の林の場所には、「仙洞御所」があったそうです。
嘉永7年(1854)、の大火で、京都御所とともに焼失し、ちょうどその時に上皇がおられなかったので、再建されないままとなったそうです。

 最後の参観場所の茶室の「又新亭」(ゆうしんてい)です。

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素朴な門が素敵です。

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もともとここにあった茶室は焼失したため、明治17年(1884)に近衛家から献上されたものだそうです。

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大きな丸窓が印象的です。

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茶室を囲っている竹垣では、枝の根元を残して切られています。侵入防止のためだとか。

 戴いたパンフレットを見ますと、秋の紅葉が素晴らしい様なので、秋にもう一度参観させて戴きたいと思いました。


 






2017年3月11日 (土)

仙洞御所を参観しました-2

 前回の続きです。
 「仙洞御所」は、皇位を退かれた天皇(上皇とか院などと言われる)の御所です。江戸時代の後水尾上皇の御所として造られました。今はもう建物は無く、茶室のみで、広大なお庭が広がっています。それを拝見します。
 また、「大宮御所」は、皇太后の御所のことで、孝明天皇の女御の英照皇太后のために建てられたものです。
 総面積は、約9万1千平方mで、その内大宮御所が約1万6千平方m、仙洞御所が約7万5千平方m(82.4%)あります。

 では、「大宮御所」の「御車寄」前からスタートです。

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再び「大宮御所」の「御車寄」を、違った位置から、ご覧戴きます。

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「御常御殿」です。説明によりますと、外観は和様ですが、中は完全に洋式になっているとのことです。入洛された皇室の方は、ここでお過ごしになるとのことです。

 ここからは、「仙洞御所」のお庭を巡ります。
 先ず始めは「北池」です。

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「北池」は、東西に長い凡そ梯形をしています。この眺めは、梯形の左側の景色です。

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北池の真ん中から右側の景色です。

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真ん中部分をアップして見ています。

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見える石碑は、この辺りにあったと言う「紀貫之」の邸宅跡を示すものです。

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その近くの、御所造営以前からあった古い池「阿古瀬淵」(あこせがふち)です。

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小高い丘には、「鎮守社」がありました。
この辺りで、池の北側に来たことになります。

 次回に続きます。





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