カテゴリー「地域歴史」の53件の記事

2020年9月19日 (土)

京都市考古資料館を拝見(2)

 前回の続きです。
 前回ご紹介した「墨書人面土器」が発見された経過について、
ご紹介します。前回の記事と合わせてご覧願います。

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出土したところは、長岡京左京七条三坊の川の跡です。左の図の真ん中下
(赤字表示)のところ。

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出土時の状況の復元写真です。

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出土状況を部分的に捉えた写真です。

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上と同じくです。

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出土土器を集めた写真です。

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まつりには、「墨書人面土器」の他に、人形(ひとがた)・斎串・土馬・
小型かまどなども合わせて用いていました。

 最後に、「墨書人面土器」が出土した川からは、延暦10年(791年)
3月16日の日付が記された荷札木簡が出土しており、この祭祀が長岡京
の時代に行われていたことを示す貴重な資料となっているそうです。
 延暦9年には長岡京で「疱瘡」(ほうそう)が大流行したことが伝えら
れています。

2020年9月18日 (金)

京都市考古資料館を拝見(1)

 京都市考古資料館で、企画陳列の「古代の祓え」
展が開かれて
いることを知り、拝見しに行きました。
 古代の人は疫病とどう戦ったのか!!

 コロナ感染問題に関連した催しです。
 医療なるものが未開の古代に、人々が考えた切実な方法
ではないかと思います。
 9月5日(土)の午前のことです。

 先ず企画陳列のケースの中を拝見しました。

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ケースの中の様子です。「墨書人面土器」と言うものです。

面白いので、個々に見て行きましょう。

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やや怒っている顔です。

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情けなそうな顔です。鼻の下はひげでしょうか。

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少し惚けた様な顔です。顔中ひげだらけです。

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太い鼻っぱしらに、下がり目は愛嬌があります。

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真面目そうな顔です。

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目が吊り上がっています。ちょっと怒っているのかな?

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おちょぼ口のおすまし顔です。

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ややいかつい表情です。

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土器(椀)の中を覗いて見ました。

 ここで解説を。考古資料館の資料による。
◆口径 16cm 高さ 8cm前後 小さいものは 10cm・4cmの
 素焼きの土器で、広口の壺形で胴の部分はわずかに湾曲している。
◆全体の作りは粗い。
◆約200個出土した。
◆発見場所は、今から約1200年前、僅か10年間だけ都が置かれた「長岡京」
 の東南部になる。
◆出土したのは、川幅が5~10m、深さ約1mの川の跡。
◆何故川跡から出土したのか?ここがポイント。
 この土器は、穢れを祓うまつりに用いられたことが分かっている。
 土器の中に自分の穢れを息とともに吹き込み、紙などで土器の口を封印し、それ
 を川に流したという祭祀であったらしい。
◆土器に描かれた人面は、祓いを行う本人のものと言う説と、厄病神を表している
 という説もあるらしい。

 次回に続きます。

 

2020年7月26日 (日)

麒麟がくるin亀岡(3)

 前回の続きです。
 そろそろ最終コーナーに近くなりました。

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光秀の多面性が示されています。

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光秀ゆかりの各地で、催されている「大河ドラマ館」の案内です。
展示会場は終わり、外に出ました。
 

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出て直ぐの目の前では、「愛宕山」の姿が見えました。奥に見える山並み
です。

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違う位置からアップで撮りました。

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JR亀岡駅の駅舎から見た「京都スタジアム」の全景です。
手前は、亀岡駅のホームです。
 
 少し時間があったので、「旧亀山城跡」の近くに行って見ました。

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内堀の近くには、こんなものが見られました。
最近建てられた「光秀公」像と、左右に天守の「鯱」像が置かれています。

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「光秀公」像です。

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「お顔」をアップで見ました。
この像の模造品は、展示にもありました。

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「旧亀山城跡」の内堀の一部です。この一帯は、「南郷公園」になっています。
亀岡駅から歩いて約5分程です。

 展示で私が見応えがあったと感じたのは、ドラマの監修に当たっておられる
歴史学者の「小和田哲男」先生のビデオでした。

 暫くお休みとします。

2020年7月25日 (土)

麒麟がくるin亀岡(2)

 前回の続きです。
 漸く撮影OKのコーナーに来ました。

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撮影OKコーナーの最初は、「本能寺」に向けて亀岡からいざ出陣です。
どこを通って行ったか?諸説ある様です。

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光秀の書状の部分を、アップしました。

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次のコーナーは、右が「光秀は何者か?」、奥は「愛宕信仰」に関する展示
です。

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光秀が生きた年表です。生まれから暫くは不明になっていました。

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ここにも、光秀の書状がありました。元亀2年9月2日付とありました。

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「愛宕信仰」に関するコーナーです。

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「愛宕曼荼羅」です。真ん中に「勝軍地蔵」が描かれて
います。

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その「勝軍地蔵」のお姿です。
多くの武将の信仰を集めていたとのことです。

 次回に続きます。

 

 

2020年7月24日 (金)

麒麟がくるin亀岡(1)

 7月19日現在、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が
お休み中で寂しいです。
 その為では無いですが、亀岡市内で催されている展示会
に行って来ました。私は大の大河フアンで、当初から見て
います。
 会場は、出来て間もないサッカーを中心とした「京都
スタジアム」内の特設会場です。
 名称は、「麒麟がくる 京都大河ドラマ館」と言います。
 JRさがの線「亀岡駅」下車、北口に出ます。

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会場の入口は、スタジアムのほぼ半分を回ったところにありました。

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ここは、スタジアムの入口です。未だ左手に進みます。

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入口は近いです。

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漸く入口に到着です。

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入口を入って直ぐの右手に、ズラリと並んだ甲冑類です。模造品です。
チケット購入時、検温と住所などを書きます。

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会場内です。

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撮影は、一旦ここまでです。暫くは撮影禁止です。

①エントランス
 作、音楽、語り、題字などドラマを支えるスタッフの紹介。
②オープニング映像・人物紹介
 オリジナルメイキング映像。光秀、信長、道三などの登場
 人物・出演者の紹介。
③「麒麟がくる」の世界
 ドラマに登場する衣装や小道具などの展示。
 ドラマ制作の監修や歴史考証など舞台裏を紹介。
④出演者サイン展示
 出演者の大河ドラマ館へ宛てた直筆サインを展示。
⑤「麒麟がくる」ドラマシアター
 「麒麟がくる」の世界感を4K映像で楽しむことができる
 メイキングやインタビュー映像を上映。
⑥デジタル体験コーナー
 実際にドラマに登場する人物になれる着せ替え型デジタル
 体験コンテンツ。写真撮影もできます。
この後、⑦史実展示 ⑧「麒麟がくる」フォトスポット
⑨エンディング は撮影可なので、次回にご紹介します。

2020年4月16日 (木)

満開の桜を追って(1)二条城ー3

 前回の続きです。
 二条城内の桜のポイント「桜の園」~西側の紅枝垂れ桜並木
そして、「標本木」がある「清流園」へと回って来ました。

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左側が「清流園」です。それ沿いの道の西から東に向かって、見通しています。
「標本木」はこの先にあります。

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「清流園」の中の桜です。

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上と同じくです。

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中には、「紅枝垂れ桜」も見られます。

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これが、「標本木」です。先日・3月30日に満開の発表がありました。
それから4日が経っています。

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部分的に見ています。

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位置を変えて見ています。奥に見えるのは「北大手門」です。

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同じものがダブッてしまいました。

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「標本木」の東隣の木です。良く似た感じがします。

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アップで見ています。

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近くには、「紅枝垂れ桜」も見られます。

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「北大手門」の近くにも。

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「標本木」の南側にも、「紅枝垂れ桜」があります。

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一部をアップで見ています。

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少し離れた場所です。

 「二条城」も結構「桜」が楽しめる場所だと実感しました。

 

2020年4月15日 (水)

満開の桜を追って(1)二条城ー2

 前回の続きです。

 二条城の南のエリアにある「桜の園」から離れて、
西にある桜並木に来ました。

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城の西南部では工事が行われていて、一部この様に囲いがされています。
主に、「紅枝垂れ桜」が植えられています。

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艶やかです。

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木によつて、紅の色に濃淡がある様です。

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幹は複雑に変化しています。

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こちらでも、同様の姿が。

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「本丸」の「西橋」を渡った直ぐの辺りです。

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その位置を変えて見ています。向こうに見えるのは休憩所です。

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「紅枝垂れ」が終わり、その先に来ました。花の色は「白色」の様です。

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こちらも同様です。

 次回に続きます。北エリアの「清流園」に向かいます。

 

 

 

 

2020年4月14日 (火)

満開の桜を追って(1)二条城ー1

 京都市内の各所の桜がほぼ満開を迎えています。
 4月4日時点にて。地元新聞の「桜だより」に
よれば(元はJR西日本の情報)。
 それで、前に行った時は未だ咲いていなかった
「標本木」の桜がある「二条城」へ行って来ました。
 4月4日(土)の午前です。やはり人は極めて少な
かったです。
 二条城内の桜は、南側にある「桜の園」と、西側に
ある主として「紅枝垂れ桜の並木と、そして「標本木」
がある北側の主に3か所です。
 「東大手門」を入って、時計回りに回りました。

 その前に、

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「東南隅櫓」の傍に、桜が見えました。

 入城します。

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「南門」(何時も閉まっている)の傍にも。
 そして、その先に「桜の園」があります。

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「桜の園」の全景を東側から見ています。

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園の東北角を見ています。

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「八重咲き」の様です。

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園の真ん中に散策路が造られていますが、私は外周りの道を歩いています。

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園の木は、大体立派な木の様です。

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ほぼ西から、「桜の園」を眺めています。

 次回に続きます。

 

 

2020年2月11日 (火)

小学校の歴史

 京都市には、「京都市学校歴史博物館」なるものが
あります。出来たのは、平成10年11月でした。
 開館して20周年が過ぎました。
 京都では、明治2年に「番組小学校」が64校創設
され、「学校歴博」では今、番組小学校創設150周年
記念の諸行事が催されています。
 その1つ、記念特別展として「国宝・旧開智学校校舎の
学校資料」が催されていて、私は以前から「学校歴博」に
関心があり、良く拝見していましたが、今回も拝見しました。
 実は、この「学校歴博」は今は廃校となった「開智小学校」
でした。「開智」のご縁で、この様な催しが開かれた様です。
 「国宝・旧開智学校」は長野県松本市にあります。私は未だ
その校舎は拝見しておりません。

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京都市学校歴史博物館(元京都市立開智小学校)の正門です。

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正門横に設置されている説明板です。

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博物館の玄関です。

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展示の一部を、ご紹介します。
プラのカバーがあったためカメラの光が反射していますが、
「国宝・旧開智学校」校舎の正面です。明治9年(1876)
4月に完成し、その後90年近く使用されたとのことです。

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創建当初の様子です。上と同じ現象が起きました。

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校舎は、「擬洋風」で造られています。
瓦屋根や龍の彫刻は和風(上の写真の左側)、
ガラスや天使像やバルコニーなどは洋風(上の写真の右側)
で造られています。
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校舎を造った大工棟梁の「立石清重」氏です。
地元松本出身で、研究熱心だったとのこと。

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こちらは、ここ「旧開智小学校」の昭和11年当時の様子です。

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旧開智小学校は、番組小学校としては、下京十一番組小学校として開校され、
その後は、下京区第十三尋常小学校となりました。
その時の校舎の屋根瓦です。「十三」(三は縦になっていますが)の文字が
見られます。

 若しお時間が取れましたら、一度訪ねてみてください。
 場所は、京都市下京区御幸町通仏光寺下る西側です。

2020年1月12日 (日)

新春の行事(1)

 私の恒例の新春行事を2つ、ご報告させて戴きます。

 先ずその1つは、「京都国博」での「干支づくし」を見る
ことです。今年も、1月4日に行きました。

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そのポスターです。「京博のお正月」と言うタイトルで、3つの特集展示を
拝見しました。
①新春特集展示 子づくしー干支を愛でるー 「子」が表現されている絵画・
彫刻など16点が展示されていました。
同時に、
②京都御所紫宸殿の障壁画  計 9面 滅多に近くでは見られない
③神像と獅子・狛犬 15点
などでした。

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七条通に面した玄関です。

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展示が行なわれている「平成知新館」です。右手が入口です。

そして、

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「明治古都館」です。現在は、中には入れません。

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玄関を真正面から見ています。風格を感じます。

 構内を少しだけ歩きました。

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かつての入口です。大和大路通に面していて、西に向いています。

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こんなものも展示してありました。

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また、

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こんなものも。

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七条通に面した外壁です。入口は右手にあります。
「京博」の東西区域は、西は「大和大路通」から、
東は「東大路通」までの広大なものです。敷地は、「方広寺」の旧地を含んでいます。
「方広寺」は、豊臣家が大仏を建立したことで有名なところです。

 次回に続きます。

 

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