カテゴリー「地域歴史」の133件の記事

2018年10月17日 (水)

洛南・伏見3題(その1)伏見稲荷大社

  久し振りに、「伏見」の町を訪ねました。明治の初めには「伏見市」があった位重要な町だった様です。今は京都市伏見区に変わっていますが・・・。
 先ず「伏見稲荷大社」を訪ねました。最近外国の観光客がとみに多いと聞いていますので、果たしてその実態は如何?と言うのが本音でした。

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伏見稲荷に行くのには、JRと京阪とがありますが、JRは高い陸橋を渡らないといけないので、京阪にしました。そして、京阪電車の「伏見稲荷」駅から稲荷大社に向かう途中では、早くも大勢の外国の方達と出会いました。この道は京阪に乗るための道です。
確か午前10時頃だったと思うのですが、皆さん早くもお参りを済ませて、次の場所に向かっておられる様に見受けました。

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JRの駅「稲荷」に近いのは、この場所です。駅は右手になります。ここでも外国の人達の姿が・・・。着物を着ている人達は、大抵外国(特にアジア系)の人達です。

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一の鳥居前です。表参道を歩きます。

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立派な楼門前に来ました。左手が手水所です。

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こちらも立派な拝殿が見えて来ました。

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拝殿の正面からは撮影禁止なので、横から撮らせて貰いました。
外国の人達の拝む姿は、余り見られませんでした。

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お札やお守りなどの授与所にも、外国の人達の姿がありました。

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左手が本殿、右手が拝殿です。横から見ています。

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奥社や千本鳥居などがあるところから出て来た人達です。
ここでは外国の方達ばかりの様に見えました。

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脇参道から帰る人達です。ここでも外国の方達の姿が多かったです。
噂に違わず、伏見稲荷大社は、外国の方達のパワーポイントでした。

 この後は、京阪電車で「伏見の町」に向かいました。











2018年10月 7日 (日)

京都の御大礼展を拝見(3)

 前回の続きです。
 京都市美術館別館で催されている「京都の御大礼展」を拝見しました。
 2階では、江戸時代の御大礼の様子が拝見出来ました。

 東山天皇の御即位式が紫宸殿で行われています。

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紫宸殿とその前庭(南庭)の様子です。

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紫宸殿の右側から、「高御座」を見通しています。

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「高御座」の前の様子を、横から見ています。

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「高御座」を、後ろから見ています。

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紫宸殿の後ろを回って、右手横に来ました。「高御座」も見えます。

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「高御座」の近くに座す「親王代」(この頃は親王ご自身では無く身分の高い人が代理として参列していたとか)です。

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南庭の隅には、この様な「内弁」と言う人が控えています。
御即位式の諸事に対する責任者だそうです。この時は、「左大臣 近衛基熈」が務めたとか。

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「承明門代」の中では、何かの行事が行われています。
左端の人は、何かの文書を読み上げています。

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儀式には、色んな旛(はた)が立てられていましたが、その実物大のものです。
右から、萬歳・日・月・八咫烏・金鵄です。
幕末維新の時の「錦の御旗」も、こんなものだったのでしょうか。

 結構見応えのあった展示だったと思いました。




2018年10月 5日 (金)

京都の御大礼展を拝見(2)

 前回の続きです。
 京都市美術館別館で催されていた「京都の御大礼展」の続きです。
 次は、別館の2階で展示されていた「霊元上皇御譲位行列図屏風」と「東山天皇御即位式図屏風」などが拝見出来ました。

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2階に上がって直ぐに目にしたのは、これでした。
「牛車」(ぎっしゃ)です。前乗り・後降りだそうです。3種類程種類があるとか。

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右隻は、「東山天皇御即位式図屏風」の一部、紫宸殿のところです。

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「高御座」を中心に、大きくしました。

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左隻は、「霊元上皇御譲位行列図屏風」の一部です。

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その様子を人形達で表現されています。

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通り過ぎて行く様子を、後方から見ています。

 同じフロアでは、「東山天皇御即位式」の様子が、多くの人形を使って表現されていました。

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紫宸殿前の南庭の入口にある「承明門」(当時は承明門代といっていたそうです)の様子です。門前では「左右・検非違使」が控えています。

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紫宸殿とその前庭の様子です。

 紫宸殿内の様子は、次回にご紹介します。







2018年10月 3日 (水)

京都の御大礼展を拝見(1)

 明治150年・平成30年記念「京都の御大礼」展を、京都市美術館別館で拝見しました。
 副題として、「即位礼・大嘗祭と宮廷文化のみやび」とありました。
 別館の1階と2階とを使って、見事な展示でした。
 1階では、大正天皇の「御大礼」の儀式の様子の再現を、2階では霊元上皇の御譲位行列と東山天皇の御即位式が再現されています。
 では1階での展示の様子から、ご紹介します。

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大正天皇の「御即位式」についての説明です。大正4年(1915年)に行われました。
「御大礼」とは、即位礼と大嘗祭のことを指します。

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その模型です。正面が「紫宸殿」です。

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模型に向かって右側の様子です。その先には、「左近の桜」が見えます。

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向かって左側です。その先には、「右近の橘」が見えます。

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式に参列する主な人々についての説明です。

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三権の長として、内閣総理大臣が、紫宸殿の前の「南庭」に立ちます。
大正天皇の御即位礼の時には、当時の総理大臣だった「大隈重信」が立ちました。

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「紫宸殿」を、南東から見ています。

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紫宸殿の中を、後ろから見ています。
右が天皇の御座の「高御座」、左が皇后の御座の「御帳台」です。

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「高御座」の最も近くに控えるのは、「侍従長」です。

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「高御座」の右手には、勲一等以上の高等官とその夫人達です。

 総てが見事に造られているのには、感動しました。
 次回に続きます。





2018年7月29日 (日)

京都鉄道博物館へ行く(番外編)

 前回の続きですが、今回は「京都鉄道博物館」へ行く途中でのことです。
 市バスを「七条大宮」BSで下車し、「鉄博」に向かいました。

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実はお洒落な「道標」なのです。七条大宮の南西角にありました。
右(東)に行くと「京都駅」、手前(南)に行くと「京都水族館・京都鉄道博物館」を示しています。物体は、「電気機関車」です。

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「ペンギン」が2羽、「京都水族館」を示しています。
「梅小路公園」の入口にありました。

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公園内の道の途中にあったのが、これでしたが「可愛い女の子」でしょうか?
「緑の館」とは、公園内の施設の1つです。

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水族館に近付いて来ました(右側)。「アシカ」?。水族館でショーを遣っている筈?(実は未だ水族館には行ったことがないのです、鉄博に行く時、何時も右手に見つつ通り過ぎています、1回来ないとねえと言いながら)。

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梅小路公園内には、「市電のひろば」があって、旧京都市電の電車が数台置かれています。時に「チンチン電車」が動いているのも見掛けます。

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同じく公園内です。市バスと地下鉄のマスコットです。

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「鉄博」に近付いて来ました。トンネルから出て来た「トワイライトエクスプレス」と見ましたが・・・。

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京都市電でしょう。どれも上手くデフオルメされていて、親近感があります。

 漸く「鉄博」に到着しました。

2018年7月28日 (土)

京都鉄道博物館へ行く(2)

 前回の続きです。
 目的の企画展を見た後は、「鉄道ジオラマ」を久し振りに見たり、外へ出て「扇形車庫」や「SLスチーム号」を見たりしました。

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新幹線500系など、JRの特急達。

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新幹線0系など、懐かしの車両達。

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特急車両を牽引していた電気機関車。

外へ出ました。

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「扇形車庫」を見ています。SL達は中に入っているので、良くは見えません。

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「転車台」上のSL 2両です。

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扇形車庫の外側に置かれたSLです。

「SLスチーム号」が、スタンバイしています。

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懐かしいSLの煙が、時に風に乗ってこちらにも流れて来ます。

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動き始めました。もっと蒸気を激しく噴き出して欲しいなあと思いつつ、見送っていました。

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梅小路公園まで行って、折り返して帰って来ました。
SLは、何時見ても惹かれるものがあります。

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最後になりましたが、「京都鉄道博物館」の正門前です。
左手に少しだけ見えているのが、「旧二条駅」の和風の建物です。

 帰りのバスは、この前から出ています。



























2018年7月27日 (金)

京都鉄道博物館へ行く(1)

 猛暑の中、京都鉄道博物館の企画展「明治の鉄道人物伝」鉄道の夜明けを支えた14人の男たち を拝見して来ました。
 結構見応えかある企画展でした。7月16日までの開催で、13日(金)に行きました。猛暑の中、夏休み前とあって、入館者は少な目でしたが、中国や韓国の人が目立ちました。最近の京都市内の現状です。
 企画展は、本館2階の展示室でした。

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展示室の入口にあったこの展示のポスターです。

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展示室内に入って、真ん中に立って全体を見渡しています。

右手の人物 「井上 勝」は、鉄道の日本導入の中心人物の様です。
明治3年(1870)12月に工部省が設置され、翌年9月にはこの井上が鉱山頭兼鉄道頭に任命され、鉄道行政を一手に担っていきました。
井上は、長州藩士で、伊藤俊輔(博文)らとイギリスに留学しています。当時は野村弥吉と言いました。晩年は、子爵になっています。

左手の人物 「藤岡市助」は、工部大学校で電信学を学び、当時の日本の電気工学の第一人者で、後に日本初の電気鉄道となる京都電気鉄道(のちの京都市電)の営業の開始を指導しました。

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留学時代の井上 勝です。

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上の写真の左手には、井上の言葉と、自室の一部が再現されています。

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萩市にある井上 勝の銅像の台座の石材の一部です。

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新橋停車場のホームの石材です。
旧暦明治5年9月12日(1872年10月14日)日本で初めての鉄道が、新橋~横浜間に開業しました。

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初代の京都駅舎です。

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日本初の京都市電 狭軌 1型です。

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藤新平は、乱立する鉄道会社を買収し国有化を図り、従業員88,000人の巨大組織となった国有鉄道の初代責任者となり、規格の統一を推進しました。

 企画展はこの辺りまでとして、久し振りの館内などを回りました。
 次回で、ご紹介します。












2018年6月17日 (日)

緑陰を辿って東山麓を歩く(その2)

 前回の続きです。
 「曼殊院」の前まで来ました。

 

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曼殊院の表門前です。拝観などは左手の道から入ります。

 

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また少し中を覗き見しました。立派なお堂が見えました。

この近くの東山連峰の山は、第5峰の「葉山」らしいのですが、良く判りませんでした。お昼になったので、ここから白川通に向かって、なだらかな坂道を下りました。
お昼を「銀閣寺道」沿いにある馴染みの食堂で摂りました。
そこでは、偶々静岡県の「牧の原」の修学旅行生と交流し、「牧の原茶」を戴きました。

午後は、「哲学の道」を歩くことにしました。

 

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この道を真っ直ぐ行くと、「銀閣寺」に行けますが、右に折れて「哲学の道」に入りました。
なお、銀閣寺の庭園の借景になっているのは、第10峰 月待山です。
室町幕府第8代将軍・足利義政は、次の様な歌を詠んでいます。
わが庵は 月待山のふもとにて かたむく月の影をしぞ思ふ

 

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入口の標識です。向こうに見えるのは、上の「銀閣寺橋」です。

 

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琵琶湖疏水の分線の流れに沿って、哲学の道を歩きます。
流れの方向は、京都市内の流れの内、唯一北に向かって流れています。

 

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哲学の道から分かれて、少し坂道を上がったところにある「法然院」の萱葺の山門です。

 

門をくぐって境内に入って、直ぐに目にするのは、この眺めです。

 

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参道の左右には、砂を盛り上げた造りです。
右にもあるのですが、光が当たり過ぎて、真っ白になって仕舞ました。

 

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右の造りも、左と同じものでした。

 

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左へ行くと庫裏へ、右へ行くと本堂へ、その分岐点です。

 

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本堂への道の傍には、この様な木の根っこが広がっています。

 

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左手に本堂があります。殆ど人が居ない静寂そのものの佇まいでした。

境内の小さなお堂では、「あかりとひびき展」が催されていて、拝見しました。
その様子は、次回にご紹介します。

 

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山門を内側から、見ています。
「法然院」の近くの山は、第14峰・善気山です。法然院の山号になっています。

 

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ここが法然院への正面入口です。石段を上がって左手に進みます。

法然院に通じる道を、南下します。

 

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「安楽寺」です。
後鳥羽上皇の官女・鈴虫と松虫が、法然の弟子・住蓮と安楽にまつわる悲劇ゆかりのお寺です。

 

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その南にある「霊鑑寺」です。臨済宗南禅寺派の尼門跡寺院です。
多数の名椿が植えられています。

 今回の散歩は、ここで終わりとし、哲学の道から白川通に出て、東天王町にてコーヒータイムを楽しみ帰途につきました。

 次回は、法然院で見た「あかりとひびき展」を、ご紹介します。

 

 

















 

2018年6月16日 (土)

緑陰を辿って東山麓を歩く(その1)

 新緑の季節、朝晩の気温差も大きい日々ですが、日中やや汗ばむ様になりました。涼しさを求めて、新緑の緑陰を辿りつつ、東山の麓の道を歩きました。
 スタートは、東山36峰の第3峰・赤山の「赤山禅院」(せきざんぜんいん)です。「赤山禅院」は、紅葉の名所でもあります。


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鳥居があります。ここは神社? 扁額には「赤山大明神」とあります。
兎に角鳥居をくぐって中へ。

 

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やがて山門が。そこには、こんな表示が。

 

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天台宗修験道総本山管領所とあります。
ここは、比叡山の千日回峰行者さんにとっての「聖地」です。
また、ここは京都御所の表鬼門にあたり、「皇城守護」の寺、延暦寺の守り神でもあります。神仏習合の色を濃く残してもいます。

 

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参道は、正に「緑陰」です。

 

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石段の下から参拝をさせて戴きました。

元来た道を通って、次のポイントに行きます。

 

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山門の傍のお宅の屋根は、ちょっと変わっています。
元は、茅葺の屋根だったのかも?

 

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次に遣って来たのは、第4峰・修学院山」の麓に広がる「修学院離宮」です。
以前は拝観手続きが大変でしたが、今はかなり簡略になっている様で、当日受付のテントがありました。

 

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門の中を少しだけ、覗き見を。

 

門の前の道を南下。

 

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少し行くと、こんな山門のお寺の前に。地図で調べると「禅華院」とありましたが・・・?
調べて見ると、解脱山・禅華院(ぜんけいん)と言い、臨済宗大徳寺派で、門は「鐘楼門」と言い、2層目は鐘楼になっています。

 

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山門から中を覗くと(良く覗きますが)、この様な様子でした。

 

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その向い側には、「修学院離宮」が、農地と共に見られます。
何時もここに来ると不思議に思うのは、離宮内に農地があると言うことです。
実際に農家の方が、一般には「立ち入り禁止」のエリアで農業をされています。

 

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金網を通して、離宮内を見ています。右手に見える山が「修学院山」かと思われます。離宮の借景になっています。

 

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こちらも上と同じです。

 

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緩やかな坂道を進むと、こんな光景が見えました。
離宮内にある「林丘寺」の山門でしょうか。

 

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「音羽川」です。左手が離宮で、右手の道は比叡山に上る道「雲母坂」(きららざか)です。

 

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近くには、こんな説明板が立てられていました。

山麓の道を、さらに南に向かって歩きました。

 

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緑はあるのですが、陰がありません。辛抱して歩きました。

 

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やがて「曼殊院」が見えて来ました。

 次回に続きます。








 

 

 








2018年6月 4日 (月)

京都・宇多野と鳴滝の歴史探訪(その2)

 前回の続きです。
 宇多野・鳴滝周辺は、起伏に富んだところで、これから行くお寺も坂道を上がったところにありました。
⑥西寿寺(さいじゅじ)

 

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坂道を上がったところに、山門がありました。

 

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山門をくぐった先には、本堂がありました。ちょっと変わった形です。
創建は
江戸時代初期で、浄土宗・捨世派(しゃせいは)の尼寺です。
映画やテレビドラマ等のロケ地として何度か登場するとか。

この後、境内の高台に登りますと、

 

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京都の北西部が展望出来ました。先に見える小山は、「双ケ丘」です。

 

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近くの真下の風景です。

 

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⑦法蔵寺

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その横には、こんな石碑が。

 

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山門まで上がって見ました。

 

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⑧鳴滝址
 現在の「鳴滝」と言う地名の語源となった滝です。

 

⑨福王子神社(ふくおうじ・じんじゃ)

 

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福王寺5叉路の北東角にあります。

 

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拝殿や本殿などです。

 

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ご祭神は、班子女王(桓武天皇の孫で光孝天皇の女御)で、庶民的な方だったとか。

戴いた資料によると、
「宇多野」とは、「ウべなる田、ウべなる野→(良い田、良い野)が語源ではないかとの説がある様に、「宇多野」は古来、風光明美で良い田が広がる土地であった。
「鳴滝」も、古くから風光明美な土地として、多くの天皇陵や公卿の山荘が営まれていた。





 














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