カテゴリー「地域歴史」の108件の記事

2017年8月 5日 (土)

「銃後の暮らし展」

 戦中の建物強制疎開以前の五条通を復元した地図や、戦争遺品などを並べた企画展「戦争と銃後のくらし展・しもぎょう」を京都市下京区のひと・まち交流館京都で拝見しました。
 企画展は、下京区在住の高齢者6人が、食事をともにする会で出会い、戦時中の暮らしが話題になったことがきっかけで始まったとの事です。

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画像は見辛いと思いますが、自分の子供のころを思い出しました。
 残念だったのは見学に来られている方の殆どが、戦時中もしくは戦後まもなくの直接もしくは、間接的に経験をした人ばかりで、若者の姿が無かったことです。

「二度と戦争を起こしてはならない」との強い思いで、実施された展示会なのですが・・。


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左は現在、右は戦時中の同じ場所の風景です。

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この写真に一番自分の姿を重ねました。

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祇園祭が、当時もこの様に立派に執り行われていたことに感動しました。
今も変わらぬ、町衆の心意気ですね。


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ハガキや双六にも「兵隊さん」や「軍事」の言葉が・・・

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兵隊さんと一緒にお餅つき。洗濯物を干した下で。仄々する光景です。

現在は、下京区民ら9人で実行委員会をつくる。
回数を重ねるにつれ、企画展に訪れた人からさまざまな情報が寄せられ、写真や遺品を寄贈、貸与してもらえるようになった。
 今年は10回目の節目を迎え、実行委員会は「戦争の記憶をこれからも次世代へと伝えていきたい」(以上地元の新聞や会場の説明より抜粋)

2017年7月 9日 (日)

歴史探訪 嵐山編

  今回は、「或る会」の嵐山周辺の歴史探訪に参加しました。
 京都の観光名所としての「嵐山」とはまた違った場所を、案内して戴きました。
 時には、アジア系の観光客が格別多い嵐山の雑踏をすり抜けながらの、歴史探訪でした。

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渡月橋から見た、今回の探訪地域です。
遠くに愛宕山が、その手前の形の良い山が「小倉山」、その手前の小高い丘(判り難いかと思いますが)・亀山が今回のメインです。
川は、渡月橋の上流ですから「大堰川」、橋から下流は「桂川」です。

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この位置から見る「渡月橋」は、少ないかと思います。
場所は、嵐山・中ノ島公園の上流部分です。渡月橋の西南部分です。
朝の10時頃なので、逆光となり、橋が黒く見えます。
「渡月橋」の名前の由来は、亀山天皇が「くまなき月の渡るに似たり」と言われたことからとか。

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渡月橋を渡り、大堰川の左岸に来て、「嵐山」に相対しています。
昔は桜の山だつたとか。今はちらほらと桜が見られる程度です。
国有林になってから、山の様子が変わってしまったそうです。

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渡月橋の西北にある「小督塚」(こごうづか)です。
美女「小督の局」をめぐる悲恋の物語は有名です。

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そこから、川岸の道を少し上流に来ました。対岸を見ています。
木々が少し少なく成っている所に、明治時代まで「戸無瀬滝」(となせのたき)と言う「三段に落ちる雄大な滝があったそうです。今は全く見られません。
かなり有名だった様で、当時の絵図にははっきりと描かれていました。

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「亀山公園」の入口に着きました。これから公園内の歴史を訪ねて歩きます。

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先ず訪れたのは、ここです。かつて中国の首相をされていた「周恩来」さんの「詩碑」です。
来日時京都に来られた時のもので、「雨中嵐山」(うちゅうらんざん)と言う題名で、日中友好を象徴する碑だそうです。

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「角倉了以」像です。1554~1614年の人です。豊臣秀吉の時代から江戸時代初期にかけて活躍した嵯峨の豪商でした。
保津川の開削や高瀬川の開削などを手掛け、京都の発展の為に多大な貢献をしました。

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上半身をアップで見ました。流石意志の強そうな風貌をされています。

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こちらも強い意志を持って幕末を生きた女性・津崎村岡局(つざきむらおかのつぼね)像です。幕末、京の都で勤皇の志士達に協力した罪で幕府に逮捕されたりしました。

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こちらもアップで見ました。柔和な表情の下には、強固な意志が隠されています。

 この後は、大河内山荘~竹林の道~野々宮神社と歩き、野々宮神社で解散となりました。

 ここで「閑話休題」 野々宮神社について
 今では、野々宮神社はカップルや若い女性の良縁・幸せを願っての人気のお宮さんですが、元々はここは伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王が、斎王となるために一年間精進潔斎するための清浄の地でした。














2017年6月10日 (土)

東華菜館本店で贅沢なランチを戴きました「ランチ編」

 昨日の続きです。
久しぶりに本格的な北京料理が戴ける東華菜館本店で、私にしては贅沢なランチを戴きました。
 今までも何どかこちらを利用したことはありましたが、こんなに贅沢なランチは初めてでした。
 

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戴いた料理は、7000円のコースで、その内容は↑から順番に

 1. 什錦冷葷 種々前菜の盛り合せ
 2. 紅焼魚翅 カニ入りフカヒレスープ
 3. 乾炸両様 揚げ物二種
 4. 塩爆海鮮 海鮮類の強火炒め
 5. 宮保大蝦 大エビの唐辛子炒め
 6. 紅燜扣肉 豚バラ肉の醤油煮込み
 7. 烤鶏烤肉 鶏肉と豚肉の中華パン包み
 8. 三鮮水餃 水餃子
 9. 豆沙元宵 餡入り揚げ餅
10.杏仁豆腐 アンニンドウフ の10品でした。

戴いたお料理は美味しかったのは当然ですが、お店の方たちのさりげない目配りが嬉しかったです。

2017年6月 9日 (金)

東華菜館本店で贅沢なランチを戴きました「建物」編

 東華菜館本店の建物の豪華さ、歴史を感じさせる佇まいは、ヴォーリズによるもので生涯唯一のレストラン建築です。
 特に玄関ファサードで印象的な海の幸・山の幸等食材のモチーフは、館内にちりばめられており、目を楽しませてくれます。
 シンプルな直線と曲線を組み合わせた天井や梁・腰板・扉の装飾が美しいのも特徴的。
 又、建物は、ほぼ大正15年竣工当時の姿を残しており、今もその維持管理・保存に努めておられるとの事です。


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エレベーターは1924年米国で製造、輸入されたOTIS製。
格子形の蛇腹式内扉や時計針式のフロアインジケーターなど非常に珍しい器具が備わっている、現存する日本最古のエレベーターです。
昇降は運転手による手動式であり、その操作盤・L字方向での二面開き扉等洗練された設計になっています。


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建物に合わせヴォーリズ氏により設計された調度品や花台も残っています。

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ホテルのホールを思わせる、広くてゆったりした、ダイニングルームにも気品のようなものを感じさせます。

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窓越しに隣の南座(耐震化工事中)、東山連峰が望めます。
又、こちらの建物は鴨川縁に建ち、夏は納涼床で、そよ風に吹かれながら料理を楽しむことが出来ます。
 明日はこの日戴いた料理を紹介します。

2017年6月 4日 (日)

平安神宮「神苑」無料公開に行ってきました (その2 )

昨日 の続きです。

 広い神苑を綺麗な空気を胸一杯吸いながら、花菖蒲や可愛い睡蓮を愛でながら散策しています。


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赤いモミジは印象が強く、1年に1~2回しか来ませんが、懐かしい気がします。

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白い睡蓮が際立って美しい様に思いました。

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神苑に来る大きな目的の一つ、「泰平閣」(橋殿)を見ること、そして中で一休みすることです。
池面を渡る涼しい風を楽しみながら、談笑しておられる人たち、特に女性の姿が多く見られます。


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花菖蒲や睡蓮は勿論ですが、色とりどりのツツジの花も見応えが有りました。

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久しぶりの平安神宮の神苑、目も心も癒され洗われた気持ちで、満足しながら帰途に就きました。
無料が何より嬉しいでしたが・・・・・

2017年6月 3日 (土)

平安神宮「神苑」無料公開に行ってきました (その1)

 平安神宮の池泉回遊式庭園の神苑の花菖蒲は、日本人が古くから愛でてきた品種ばかり約200種、2千株を集めており、6月の上旬にはこれらが一斉に開花します。
 花菖蒲が見ごろになる時期に毎年、一日、神苑が無料で公開されますが、今年は6月2日でした。
 昨夜の激しい雨もすっかり上がり青空です。久しぶりの雨に恵まれた木々や花も元気を取り戻したのでは?と期待して出かけました。

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池に映る青空は心まで洗われる気がします。

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あまり見掛けない「コウボネ」の黄色い花です。

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10時半頃に着きましたが、既に多くの方たちです。

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蕾も多くあり、当分楽しめそうです。

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晴天に誘われて、次から次へ絶え間なく観光客が来られています。
修学旅行生の姿も有りました。

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雨粒を貰ってツツジの花も嬉しそうです。

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写真は白くなりましたが、清楚で凛とした姿に清々しい気がします。
この後も広い神苑をゆっくり?花を愛でながら散策しますが、その様子は明日ご紹介します。


2017年5月16日 (火)

京都の三大祭の一つ 「葵祭」を拝観しました

 2017・5月15日(月)、晴天に恵まれたこの日、京都御苑の一角で、「葵祭」の行列を拝観しました。昨年の「時代祭」の時とほぼ同じ場所でした。御所出発の2時間程前に現地に着きましたが、早くも多くの方が、それぞれの場所に陣取っておられました。
 御所出発は、午前10時30分ですが、私の場所に先頭が来たのは、40分頃でした。

 先ず「近衛使代列」です。

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行列のトップは、この方です。「肝煎」(きもいり)と言うそうです。
「催方」(もよおしかた)とも言うそうです。

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続くのは、「雑色」と、馬に乗っている「乗尻」です。
雑色は、雑役の無位の役人。「乗尻」は、上賀茂神社の競馬会(くらべうまえ)の騎手です。それぞれ冠には「葵」の葉っぱを付けておられます。

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「検非違使志」(けびいしさかん)と言い、警察と裁判を司る役人。行列の警護に当たっています。

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「山城使」(やましろのつかい)と言います。
山城介(やましろのすけ)で、国司庁の次官、5位の文官です。

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この「牛車」(ぎっしゃ)には、この後に続く方、「近衛使代」が乗られるものですが、その方は馬に乗っておられるので、賑わいのための空車だそうです。
前を行く「牛童」(うしわらわ)が、可愛いです。

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この方が「近衛使代」(このえのつかいだい)です。行列の中で、最も位が高く、四位近衛中将がこれを勤めるそうです。

 次は、皆さんお目当ての「斎王代列」です。

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「風流傘」です。祭列を豪華にするためのものだそうです。

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「命婦」(みょうぶ)と言い、高位の女官または高位の妻女達です。一人では無く、多くの方達がおられました。

 いよいよ「斎王代」の登場です。

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俗に言う十二単の五衣唐衣衣裳(いつつぎぬ・からぎぬ・も)で、その上に小忌衣(おみごろも)を身に纏っておられます。

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少しだけ微笑みを浮かべて。

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こちらは「斎王代」の「牛車」ですが、もちろん空車です。

 午前11時20分過ぎに、行列は通り過ぎて行きました。

 ○今年の「斎王代」は、第62代に当り、富田紗代さん(19才・同志社大2年)
   か゛勤められました。姉2人も内侍や命婦役を勤められたそうで、姉妹3人
   とは大変珍しいことです。
 

2017年5月11日 (木)

久しぶりに「半兵衛麩」でランチを楽しみました

京の鴨川、五条大橋のたもとにある「半兵衛麸」は元禄二年(1689年)の創業とのことです。

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 京都には100年以上の老舗が数多くありますが、こちらは300年以上も
よい水と素材と技にこだわり、伝統の味を守り続けた麩を販売し続けています。


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最初にお断りしておきますが、写真が室内の為かイマイチで美味しそうに見えません。

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その為にご紹介が遅くなりまし
店内に飾られていた雛飾りです。段飾りですが、歴史を感じます。

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 今回は3度目だったのですが、いつ頂いても変わらぬ上品で素朴なお味に身体中が喜んでいるように思いました。
 時代の変化に合わせ、現在は販売だけでなく、麩を使用した調理法を広める活動も行っているとの事。

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 京都は上質な地下水に恵まれ、日本酒は勿論、味噌や醤油そして豆腐、和菓子等素材を生かした食文化が生き続けています。
こちら「半兵衛麩」も水の恩恵を受けている思います。

2017年4月26日 (水)

今日もまた、京都の桜を追って-2 二条城(3)

 前回の続きです。
二条城の「東大手門」をくぐって城内に入り、城内を時計回りで進んで来ました。「桜の園」や「本丸の西側」から、東に向きを変えて、北側にある「清流園」に来ました。

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「清流園」の主、「ライオン岩」です。私が勝手に言ってるのですが・・・。

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「清流園」の北東部にある桜達です。

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さらに、東に進んだ辺りです。

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「清流園」の東の端辺りです。

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「お城まつり」の行事の1つです。琴の音が心地良く響いていました。
左手には、模擬店や観客席などがあります。大勢の方が聞き入っておられました。

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この辺りには、ソメイヨシノもありますが、盛りも過ぎて余り目立たなく、紅枝垂れの世界でした。

 最後に、修復が終わった「東大手門」を、ご覧戴きましょう。

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「東大手門」の正面です。ひっきりなしに人の出入りがありました。

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門を飾る飾り金具も、美しく修復されています。こちらは、門の上部です。

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こちらは、門の下部です。京都の伝統工芸の技が駆使されています。

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今年は、ご覧の様な記念すべき年です。色んなイベントが計画されています。

そろそろ京都の桜も、見納めでしょうか。














2017年4月25日 (火)

今日もまた、京都の桜を追って-2 二条城(2)

 前回の続きです。
 二条城内の桜を見て回っています。次は、本丸の西側にある主に「紅枝垂れ桜」が集まっている場所に遣って来ました。

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梅林の横を通って、左手に「西南隅櫓」を見て、右折するとこの様な景色に出合います。可なり背の高い「紅枝垂れ桜」が並んでいます。南側から見ています。

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柳の様に枝が枝垂れていて、情緒があって素敵な景色です。

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今にも地面に届きそうです。風流ですね。こちらの木は、並木状の仲間から外れて、少し中の方に立っています。

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こちらの集団も、桜林の内側に立っています。

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近くの木は真っ直ぐに立っているのに、何故かこの木は大きく傾いています。

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北側から南方向を見ています。手前の木の幹のくねり様は異常です。

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こちらの木も、しっかりと枝垂れています。

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本丸からこちらに来た人達で、賑わっていました。
左手奥は、休憩所です。

この後は東に向きを変えて、「清流園」に向かいます。








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