カテゴリー「地域歴史」の125件の記事

2018年3月 8日 (木)

大政奉還150周年(4)鳥羽・伏見の戦い-2

 前回の続きです。
 前回は、「鳥羽」地区での戦いの跡を見て来ましたが、今回は「伏見」地区での戦いの跡を訪ねました。伏見での戦闘は、鳥羽での戦闘が始まって間もなく始まった様です。
 先ず、新政府軍の薩摩藩軍が陣地を構えた「御香宮神社」へ。少し高台にあるので見通しが良かったのでしょう。

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「表門」です。伏見城の大手門を移築したものだそうです。
この前の道を右方向に進むと、明治天皇などの「伏見桃山御陵」に至ります。

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表門をくぐって境内に入ります。社殿等は、この奥にあります。

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かなり中に入って振り向きますと、こんな景色です。左右にも神社関係の建物等がありますから、境内は結構広いです。

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さらに奥には、立派な拝殿があります。

 次に、ここから新政府軍(薩摩藩軍)の砲撃を受けて焼失した、旧幕府軍の陣地だった「伏見奉行所」跡に向かいます。

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例によって、駒札を使わせて戴きます。

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跡地一帯は、広い住宅地になっています。

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石碑と駒札が立っているところです。表門は西向きだったとか。左手になります。ここには、会津藩軍と新選組がいて、戦ったそうですが、壮絶な市街戦の結果、伏見の町の南半分は焼けてしまったとか。

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幸い焼失は免れた料理屋の「魚三楼」の格子戸には、当時の弾痕が残っています。

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町中にある「伏見御堂」は、会津藩の駐屯地でした。

ここで、「鳥羽伏見の戦い」とは無関係ですが、江戸時代の悲劇の跡が、御香宮神社の境内にありますので、ご紹介します。

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またまた、駒札を利用させて戴きます。

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顕彰碑と祠があり、広い土地に設けられています。
そして、狛犬も。

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ちょっと変わった狛犬です。右側です。

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左側です。義民達の怒りを表わしている様に感じました。

「大政奉還150周年」に関係する記事は、今回で一応完了としますが、
大政奉還150周年は、同時に「明治150年」ともなります。
最近この言葉が目に付くようになりました。
関連した行事も行われる様です。ここでも取り上げられたらと思っています。






































2018年3月 7日 (水)

大政奉還150周年(4)鳥羽・伏見の戦い-1

 久し振りのこのテーマです。
 (1)二条城 (2)京都御所・京都御苑 (3)新選組と来ましたが、多分最後となるのは、「鳥羽・伏見の戦い」としました。
 「鳥羽」での戦いは、城南宮や鳥羽離宮跡周辺で、「伏見」での戦いは、御香宮神社から伏見奉行所跡に掛けての一帯で行われました。

 先ず「鳥羽」地区での戦いの跡を、訪ねました。

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文字が小さくて読み難いと思いますが、最初に訪ねた「城南宮」の中の鳥居傍に立てられていた駒札を使わせて戴きました。

「城南宮」の東口から、境内に入ります。

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 石の鳥居をくぐります。

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 参道を進むと、暫くして右手に赤い鳥居が見えます。この赤い鳥居は少し変わっているとか。
鳥居をくぐって境内に入ります。

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 結構広い境内です。左手に神苑の入口があります。
戦いに備えて新政府軍の薩長土藩が、ここに拠点を置いたことも頷けます。

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 拝殿前です。後部の神殿では何かの工事が行われている様です。
お参りをしてから、境内を少し歩きました。

参道に戻ると、かなり立派な説明文が立てられていました。
それは「鳥羽・伏見の戦い」における、ここ城南宮を中心にしたものでした。

 東口を真っ直ぐに進むと、西口に達します。

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 国道1号線を通して、西口の鳥居を見ています。神苑は鳥居の奥の左右に広がっています。神社の区域の広さを感じます。

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 城南宮から西に歩いたところに立っている石碑です。
戦いが始まった「小枝橋」近くです。

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 上の石碑は、右手のガードレールの端近くにあります。
この道を真っ直ぐ進むと鴨川に出ます。
そこに架かっていたのが「小枝橋」です。

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 向こうに架かる橋が、今の「小枝橋」ですが、当時はもう少し下流(左手側)に架かっていた様です。

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 「小枝橋」近くに建つ石碑の近くにある「鳥羽離宮公園」の北寄りにある「秋の山」と言う名の小高い丘です。
ここにも「鳥羽の戦い」に関する碑などが立っています。

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 「秋の山」の頂に登って見ました。
そこにも「鳥羽の戦い」に関する石碑(奥の黒い碑)が立っていました。

この後、「伏見地区」の戦いの跡を訪ねました。

 















2018年2月11日 (日)

京都・二条城の障子開放

 「世界遺産 二条城 冬の特別公開」で、国宝二の丸御殿大広間の障子を特別開放され、大広間の廊下から「二の丸庭園」を眺めることが出来ました。
2/1~3/2の限定公開です。

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二の丸御殿の入口「唐門」は、何時見ても豪華絢爛を感じます。

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見る位置を変えて、上部を中心に見ました。

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二の丸御殿の玄関や建物群です。左手に広がっています。

外から、今回の対象になる「大広間」を見てみました。

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大広間の建物を、外から見ています。確かに障子が外されています。

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大広間を見る位置を変えて見ました。
左手からが、「二の丸庭園」を見るのに、絶好の場所となります。

では、建物の中に入って見ます。

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少し高い位置から見た「二の丸庭園」です。

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僅かに「俯瞰観」を感じます。

この後、何時も見ている「梅林」に向かいました。

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まだ蕾堅しの状態ですが、真ん中の蕾が少し膨らんでいると見るのは、贔屓目でしょうか。

まだまだ寒さが続きます。皆様ご自愛の程を。

 















2018年2月10日 (土)

京都鉄道博物館へ(その4)

 前回の続きです。
 地面に下りて来ました。「扇形車庫」などが見られるところです。
 「動くSL」の動きを気にしつつ、先ず「扇形車庫」に向かいました。

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扇形車庫のほぼ全景です。博物館の本館は、左手にあります。

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車庫の右端を見ています。

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展示SLの中で最も古そうなSLです。

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目下修理中のSLもありました。

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転車台上の「C612」の雄姿です。

この後、「動くSL」の方に移動しました。

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「動くSL」の全容です。発車も間近い様です。牽引する客車が新しくなった様に思います。

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汽笛一声、動き出しました。先ず始めはバックで進みます。
梅小路公園まで行って、引き返して来ます。

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係りの方の皆さんのお見送りを受けて・・・。

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白い蒸気一杯に覆われて進むSLです。

「鉄道博物館」内の多種多様な車両などや動くSLを見たりと、半日鉄道浸けでした。懐かしさに浸りながら過ごしました。
















2018年2月 9日 (金)

京都鉄道博物館へ(その3)

 前回の続きです。
 鉄道博物館の3階にある展望テラスに行きました。西方向の一部が、建物の陰になって見え難いのですが、その他の方向は眺望抜群です。

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東の方向を見ますと、特に目立つのが「京都タワー」です。
背景の山並みは、東山連峰です。
タワーの右下は「リーガロイヤルホテル京都」です。
下の架線は、JRさがの線のものです。

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次に南の方向(少し東寄りですが)を見ますと、目立つのは「東寺・五重塔」です。その右にも東寺の大伽藍が見えます。
手前には、丁度上りの新幹線が通り掛りました。
下の架線は、東海道本線(京都線)のものです。
遠くの山並みは、東山連峰の南端部です。

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北東方向を見ています。遠くの山は「比叡山」かな?。
手前下には、鉄道博物館の一部の「扇形車庫」が見えます。
この後、行きました。

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少し視線を移すと、こんな車両が見えました。
右手は「嵯峨野トロッコ列車」(冬季は運転休止中)と、左手はかつての「トワイライトエクスプレス」の一部?。
右手奥に「動くSL」の水蒸気が見えました。

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暫くすると、SLが遣って来ました。

 この後、扇形車庫の方に行きました。










2018年2月 8日 (木)

京都鉄道博物館へ(その2)

 前回の続きです。
 お目当ての「EH800形式電気機関車」を堪能した後は、館内のあちこちを見て回りました。
 2回目なので、何となく余裕を持っての見学でした。

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京都鉄道博物館の玄関です。

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こちらも玄関です。建物は、旧・二条駅舎です。
こちらからは、扇形車庫や動くSLなどには近いです。

新しい方の玄関から入りました。

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建物の中に入って直ぐに目に入るのは、この光景です。
手前から、SL時代→電化時代→新幹線時代の各時代を代表する車両が並んでいます。

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さらに、その後ろにもスピード時代の代表的車両が並んでいます。

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その一方で、こんな古典的なSLも。

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さらに中に進むと、色んな「信号機」が並んでいました。
原始的には、人手による手旗信号だったわけです。

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階へのエスカレーターの壁面には、こんなものがズラリと。
SLや電気機関車の前面に取り付けられていた「車両番号プレート」です。

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2階から見た、1階の様子です。

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先程1階で見た部分を、2階から見ています。

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1階の別の場所には、2台の電気機関車に出合いました。
右は客車用、左は貨物用のものです。

 次回も続きます。















2018年2月 7日 (水)

京都鉄道博物館へ(その1)

 2回目の「京都鉄道博物館」です。今回のお目当ては、限定展示の「EH800形式交流電気機関車」です。この機関車は、北海道と本州ををつなぐ青函トンネルなどで運行しているJR貨物の新型車です。

 前回来た時には、「トワイライトエクスプレス号」の一部が置かれていたところにお目当ての機関車がありました。

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左がその機関車、右のコンテナ台車は、その機関車が牽引しているものだそうです。
機関車に近付きましょう。

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普通の電気機関車が2台が繋がっている感じです。
近寄ると、威圧感を感じます。

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真正面を見ています。北海道の「五稜郭駅」から遣って来た様です。

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「EH800形式機関車」は、北海道新幹線開業に合わせて、2016年に導入されました。約500トンの荷物を運ぶことが出来るそうです。

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上からも見ることが出来ます。

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屋根の上のパンタグラフです。

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この機関車が引っ張るコンテナ台車群ですが、手前のコンテナは風が通る構造になっているそうです。北海道産のたまねぎが満載です。

 次回も続きます。








2018年1月31日 (水)

京都市学校歴史博物館とポルタへ

 京都市には、「学校歴史博物館」と言うのがあります。
 閉校になった旧小学校校舎を利用して造られたもので、開館して20年になります。「企画展・近代日本の道徳教育」を拝見するために訪れました。
 場所は、下京区御幸町通仏光寺下る(西側)橘町437 です。

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御幸町通に面した入口です。明治34年(1901)に建てられた高麗門です。

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門をくぐって中に入りますと、こんな光景を目にします。
真ん中に見える古風な建物が玄関です。

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この玄関は、明治8年(1875)に建築された旧成徳小学校の玄関車寄せを移築したものです。京都市最古の学校建築物です。

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今回の企画展のポスターです。
展示内容は、明治初期から第2次世界大戦期までの小学校における道徳教育の歩みを様々な史料を通して振り返るようになっています。
写真は撮れません。

丁度同時期に、京都駅ビルで関連展示があったので、見に行きました。
駅ビル2階の総合案内所の前です。

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その展示のポスターです。その中の一部で「学校歴博」のことが展示されています。

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左から3枚目に、その部分が説明されています。
その部分を拡大しました。

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史料の展示もありました。

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この中で気になったのが、この史料でした。

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明治初期の山城国の郡や村の名前が本になったものです。
書き方の手本に使ったものだそうです。

この後、駅前地下にある「ポルタ」に寄りました。
中央エリアには、春の花々が飾られていました。

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地下街「ポルタ」も、外国の観光客が増えて、賑わっています。



















2018年1月29日 (月)

山科・四宮地蔵に詣でる

 写実的な犬の大絵馬が飾られている、山科「諸羽神社」の後、少し東に行った所にある「四宮地蔵」さんにお詣りしました。
 ここは、「六地蔵巡り」の1つで、正式には「山科廻地蔵尊・徳林庵」と言います。

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旧東海道に面した「地蔵堂」の正面です。

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地蔵堂を横から見ています。お堂は六角形に造られています。
左手奥が、徳林庵の本堂です。

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お地蔵さんのお姿は、中が暗くて良く見えませんでした。

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お堂の裏手は、こんな様子です。

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上の写真の奥には、こんな供養塔がありました。
右の「人康親王」とは、第54代・仁明天皇の第4皇子で、この地に山荘があったとかで、この地名の「四の宮」の語源となったと言われています。御墓もこの近くにあります。

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お堂の前に置かれている手水舎には、こんな文字が刻まれています。
随分範囲が広いです。
 地元の方か?お参りの方2人に出会いましたが、それ以外は、人の姿も殆ど無く静かな通りでした。
毎年8月22日と23日に開催される「四ノ宮地蔵会は、露店も並び、大勢の人々で賑わいます。

2018年1月26日 (金)

初詣(3)北野天満宮 ついでに歴史探訪-3

 前回の続きです。漸く中門の「三光門」前に来ました。

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ここからは、更に塀に囲まれた狭い神域となります。
その入口が、この門となります。
三光とは、梁間に日輪・月輪・三日月が彫刻されていることからです。

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「拝殿」前に来ました。

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拝殿の右側には、お札・お守り・お神籤などを授与するコーナーがあります。
入学シーズンには、多くの方達が求められています。

拝殿前には、幾つかの記念すべきものがあります。

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拝殿に向かって、右に松が、左に「飛梅」(ご神木)が植えられています。
大宰府(流された先)から、こちらに飛んで来たと言う伝承があります。

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囲いに囲まれて、2組の灯篭が見られます。
右側は、霊元天皇御寄進の石灯篭 1対(天和2年・1682年)
左側は、有栖川宮韶仁親王御寄進の石灯篭 1対(文政6年・1823年)

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狭い神域から外にでました。そこには、お庭が出来ていました。

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神殿を裏側から見ています。「権現造り」と言う形式で造られています。

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神殿の裏にある「地主社」です。一際鮮やかな朱色が目立ちました。

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天神さんに、その境内の西側には「お土居」があります。
「お土居」とは、豊臣秀吉が京都大改造の1つとして、京都の「洛中」を守る為に築いた土塁です。その一部がここに残っているのです。ここは近くを流れる「紙屋川」を上手く取り込んでお土居が造られました。

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東北のここにも「手水舎」があります。古風な感じがします。

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その右手には、「竈社」があります。

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「竈社」の東には、「東門」があります。この東方向には、「上七軒」があります。
別の時期に、ご紹介します。
長い「初詣」となって仕舞ましたが、ご覧戴き有難うございました。
「北野天満宮」には、まだまだ多くの謎や不思議がある様です。奥が深い天神さんです。














 

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