カテゴリー「地域歴史」の158件の記事

2019年8月10日 (土)

京都・五条坂・陶器まつりへ

 予想最高気温が38℃の8月8日(木)の午前中、
久し振りに「五条坂陶器まつり」に行って来ました。

 少し人が少ない様に感じつつ、会場の五条坂の
南側を東から西に向かって歩き始めました。

018a_20190808152301

或るお店に貼ってあったポスターです。

001a_20190808152301

最近の京都市の連日の猛暑から考えれば、人の少なさも納得。
お店の構え?も色々です。

002a_20190808152901

003a_20190808153101

振り返って、東を見ています。山並みは、東山連峰です。

006a_20190808153301

五条通を渡って、北側に来ました。ここから東に向かって歩きました。
遠くは東山連峰です。少し人が増えて来た様に思います。

009a_20190808153601

お値段は幅が広いです。私も欲しいものを心に決めて物色しました。

010a_20190808153701

「九谷焼」専門のお店です。

011a_20190808153801

お店の個性を前面にしたお店も多かったです。

012a_20190808154001

女性のお客さんが多い様に思いました。

014a_20190808154101

016a_20190808154101

清水焼の専門店も、こんな様子でした。私も涼みがてらお店の中に入って見ました。

022a_20190808154301

途中にある「若宮八幡宮」です。境内には陶器の神様もお祀りされています。

025a_20190808154601

いよいよお店もお終いの様です。やはり人は少なかった様です。

027a_20190808154801

東大路通五条を少し上ったところ西側で見付けた光景でした。
清水焼の窯の跡かと思われます。

 思い切り汗をかいての「陶器まつり」でした。
 結局私が欲しいと思っていたものは見付かりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

2019年7月14日 (日)

JR京都鉄道博物館へ(4)企画展ー3

 前回の続きです。
 今回の企画展の副題が、「お召列車と貴賓室」です。
 今回は、その「貴賓室」について、ご紹介します。

031a_20190703131101

そのコーナーの一方向から見た様子です。

032a_20190703131401

この様な形の展示でした。

 個々に見て行きましょう。

026a_20190703131601

京都駅のものです。3代目の京都駅にあったものだそうです。
昭和27年5月に造られたとか。

013a_20190703132201

2代目京都駅の貴賓室にあった「シャンデリヤ」です。昭和初期に造られたそうです。

015a_20190703132501

鏡に映ったシャンデリヤの下部です。

021a_20190703132701

3代目の神戸駅に造られた貴賓室で、昭和9年11月の改装じに造られたものだとか。

028a_20190703133101

新大阪駅の貴賓室です。

023a_20190703133401

3代目の広島駅(昭和40年)のシャンデリヤです。

024a_20190703133701

鏡に映った下部を見ています。

030a_20190703134001

テレビなどで見るお馴染みの光景です。実際の「行幸啓」の様子です。

 貴重な資料などで、しっかりと勉強させて戴きました。

 暫くお休みをさせて戴きます。

 

2019年7月12日 (金)

JR京都鉄道博物館へ(3)企画展ー2

 前回の続きです。
 特別な囲い(初代お召車内部の再現)から出て、その他の
展示を拝見します。

033a_20190703114001

専用SLを飾った色んな装飾の展示の全景です。

019a_20190703114201

展示の真ん中には、除煙板に取り付けられた「鳳凰」です。

018a_20190703114601

同じく、上が「D51ー838号」に、下が「D51ー758号」に、それぞれ取り付けられた
ものです。

037a_20190703115001

一部に焦点を当てて見ました。

017a_20190703115201

SLの前面に付けられた「菊の御紋章」などです。

 さて、実際にどの様に飾られているのか、「扇形車庫」に行って見ました。

058a_20190703115501

専用SLの正面です。

060a_20190703115601

斜めから見た様子です。

063a_20190703115701

後部の「炭水車」を見ています。

064a_20190703115901

説明板です。

 次回は、主な駅に造られた「貴賓室」の様子です。

 

 

2019年7月10日 (水)

JR京都鉄道博物館へ(2)企画展ー1

 前回の続きです。
 いよいよお目当ての「企画展」へ。
 本館2階が会場です。

007a_20190703110701

会場の入口と、少し中の様子が見えます。

008a_20190703110901

初めての「お召列車」の内部を再現して、そこに歴史的な史料が展示されています。
再現は、左手の車窓と奥の車両内部の装飾です。

010a_20190703111201

反対側から見た車両内部です。

036a_20190703111301

今度は、車両の外側の一部を見ています。
これらは、当時の史料が残っていたので、再現出来たとのことでした。

011a_20190703111901

絵画史料ですが、「初の公式なお召列車」とのことです。

012a_20190703112101

「盛り上がる鉄道開業式」とあります。
明治5年(1872)10月14日、新橋~横浜間で鉄道が開通しました。

009a_20190703112501

レンガ造りの初代京都駅です。

 次回は、お召列車専用のSLを飾った「鳳凰」などです。

2019年7月 8日 (月)

JR京都鉄道博物館へ(1)

 今回も久し振りに、「JR京都鉄道博物館」へ行きました。
 主目的は、「企画展」を見ることでした。
 企画展は、「鉄路を翔けた鳳凰」~お召列車と貴賓室~ です。
 天皇の代替わりに因んだ企画かと思います。
 私は実際に「お召列車」を拝見したことは一度もありませんでした。
 そんなことで、この企画展には大変関心がありました。

 JR京都駅とさがの線・丹波口駅の間に新しい駅が出来たので、
一度その駅で降りたいと思い、さがの線に乗りました。

003a_20190703102701

新駅は、「JR梅小路京都西駅」と言います。京都らしい丸みを帯びた駅舎のデザインです。
また、梅小路に因んで「梅」の花が散りばめられています。

066a_20190703102901

違った場所から駅を見ています。

004a_20190703103101

ここ梅小路公園は、最近一気に開発されて、色んな施設が出来ました。
これから行く「JR鉄・博」を始め、「京都水族館」などがあります。
また、ここには嘗て「平家の八条邸」がありました。

001a_20190703103401

駅から南を見ると、もう目の前には「JR鉄・博」です。

068a_20190703103501

鉄・博の玄関です。

065a_20190703103601

その左手には、「旧二条駅」の建物があります。ここからも退館出来ます。

 では正面玄関から中に入りましょう。

005a_20190703103901

そして、先ず目にするのが、この光景です。
鉄道の各時代の代表的な車両達です。
左手から、SL C62  湘南型電車  新幹線 0系  です。

006a_20190703104401

さらに、その奥にも代表的な特急列車達が勢揃いです。

 次回は、目的の「企画展」です。

2019年6月28日 (金)

或る歩きの会へ

 今回も「或る会」の歩きの会に参加して来ました。
 6月21日(金)の午前のことです。
 日中の気温が30℃を超え、結構暑くてしんどかったでした。
 コースは、宝ケ池公園をスタートして、池を約半周して、狐坂を
歩き「深泥池」の近くを通り、大田神社~上賀茂神社~賀茂川左岸
から北大路橋でゴールと言うものでした。

 京都市営地下鉄・烏丸線の終点「国際会館前」で下車、5番出口から
地上に出ますと、その先が集合場所でした。

001a_20190623194601

直進すると、やがて広い園地に着きます。この一帯に各区毎に集合しました。
「宝ケ池公園」です。遠くに見える山容は、「比叡山」です。

 ここから「歩き」がスタートです。

 暫く歩くと、「宝ケ池」に出ました。

005a_20190624144301

「宝ケ池」です。最も距離が長いと思われる場所から、池全体を見渡しています。
ここは、江戸時代に造られた人工の農業用ため池です。
池の名前は諸説あるようですが、獲れるお米=宝の発想の説もあるとか。

008a_20190624144801

上の位置の対岸からの景色です。国際会議場や比叡山などが望めます。

011a_20190624145101

池から離れて、西側にある「狐坂」を歩きます。坂の名前の由来は判りませんが、
昔はこの辺りは大変寂しいところだったと思われるので、「キツネ」が沢山棲んで
いたのかも知れません。

「松ケ崎」地区を通り、「深泥池」を右手に見て、やがて「大田神社」に着きました。

012a_20190624145901

ここは、上賀茂神社の境外摂社で、アメノウズメノミコトがご祭神です。
ここには、国指定の天然記念物の「カキツバタ」がありますが、もう花は終わったのか
見られませんでした。

014a_20190624150501

左側の「社家町」の傍には、こんなに大きなクスノキがあります。かなり古そうに思います。

016a_20190624150701

上賀茂神社の「社家町」です。この一帯は、「重要伝統的建造物群保存地区」に
指定されています。

017a_20190624151201

その「上賀茂神社」の前に来ました。一の鳥居の位置から、二の鳥居などを見ています。

019a_20190624151401

「賀茂川」に出ました。この辺の川の様子は、下流の三条~五条辺りと随分様子が
違います。手入れが不足なのか、或いは自然を残しているのか。
対岸は「加茂街道」です。

021a_20190624151801

ゴールの「北大路橋」に着きました。川に出てからもかなり歩きました。
全行程は、約6Kmと聞いていますが、約3分の1は川沿いでした。

025a_20190624152101

北大路橋の上から、上流を見ています。この辺りも多くの中洲風が見られます。
遠くの山並みは、「北山」です。

 結構気温も上がり、暑くてしんどい歩きでした。
 7~8月と9月前半は暑い季節なので歩きは無いとのことです。

005a_20190623195501

何故か余計な写真が入っていました。

 

2019年6月14日 (金)

京都市内を歩く 二条から壬生まで(3)

 前回の続きです。最終回です。

 「六角獄舎」跡から、直ぐ近くの「武信稲荷神社」に来ました。

054a_6

小さな神社ですが、ほぼ全貌です。

043a_1

正面です。

046a_6

社殿です。

051a_3

ご神木の「エノキ」です。

047a_4

ご神木のエノキに関する説明の駒札です。

 境内には、①一寸法師とのゆかり や、②坂本龍馬とお龍さんとのエピソード
などの掲示もありました。

 「壬生」地域に入っています。「壬生寺」に向かいました。

060a_3

「壬生寺」の山門から、境内を見通しています。

057a_3

本堂の前まで来ました。ここは「節分詣で」で凄く賑わうところです。
「壬生狂言」も有名です。

062a_2

そして、壬生と言えば「新撰組」ですね。ここは屯所があった「八木邸」です。

063a_1

また近くの「前川邸」も屯所として有名です。

 二条から壬生まで、約1時間半強の歩きでした。多くの史跡を訪ねることが出来ました。

2019年6月13日 (木)

京都市内を歩く 二条から壬生まで(2)

 前回の続きです。
 JR二条駅をスタートして、二条城の外をほぼ一周して、
二条城の南側から「神泉苑」に入りました。

023a_4

神泉苑は、実はお寺なんです。東寺真言宗のお寺です。
ここは本堂で、ご本尊の聖観世音菩薩が祀られています。

024a_3

そして、こちらには平安時代に空海が勧請して祈雨の修法を行った「善女龍王」が
祀られています。

025a_5

さらに、これは日本で唯一つの「恵方社」です。その年の恵方に向けられています。
お社が新しくなっていました。毎年大晦日にご住職がお社の向きを変えられるそうです。

027a_2

平安京造営の際には、ここは禁苑でした。
また、祇園祭の発祥の地でもあります。境内一帯は、国の史跡に指定されています。
二条城造営の際には、苑域が大幅に縮小されました。
朱色の橋を願いを込めて渡ると、願いが叶うとか。

028a_4

神泉苑から御池通を渡って、大宮通を下がって、ここ「二条陣屋」前に来ました。

029a_3

門から中を覗いて見ました。中には色んな仕掛けがあるとか。
さらに大宮通を下がって、「三条通」まで来ました。

031a_3

ここ三条大宮から「三条商店街」の西の方を見ています。この商店街は、東は堀川通から
西は千本通まで通っている庶民の町です。
左手に見える木々は、三条大宮公園で、ここでトイレ休憩です。

この商店街は、別名「金メダルロード」とも言われ、オリンピックのマラソン選手の「野口みずき」さんが
雨天の日の早朝練習に、ここを走っていたと言われています。

036a_2

三条大宮公園の一角では、アジサイが咲いていました。

大宮通から六角通を経て、ここ「六角獄舎跡」に来ました。

040a_3

江戸時代、ここに「六角獄舎」がありました。
ここでの歴史上の出来事として、2つが挙げられます。
その1 幕末、近辺で火災が発生し、当時獄に居た「平野國臣」ら倒幕勤皇の志士達が、
     ここで殺された。

その2 幕末、蘭学者の「山脇東洋」が、刑死した人間の解剖を、我が国最初にここで行った。

 次回に続きます。

 

 

2019年6月12日 (水)

京都市内を歩く 二条から壬生まで(1)

 「或る会」の催しで、「二条から壬生まで」を歩きました。6月5日(水)のことでした。

 001a_4

JRさがの線の「二条駅」西口が集合・出発地です。JRのホームは2階です。
ホームの覆いがユニークです。

二条駅の北側から「押小路通」を東に向かいます。

004a_10

やがて「二条城」の「西南隅櫓」が見えて来ました。
押小路通を左折して、「美福通」(びふくどおり)を歩きました。二条城の外濠に沿って。

005a_9

やがて「西門」が見えて来ました。

009a_5

城の北西角に来ました。

010a_6

狭い通りが見えましたが、「竹屋町通」です。二条城の張り出しのために、通りが
少し屈折してここに繋がっています。この先は「千本通」に出ます。

 外濠の北側を東に向かって歩きます。

011a_3

やがて「北大手門」が見えて来ました。城内への車の出入りは、ここからです。

015a_6

二条城の東南角に来ました。右先には、さっきの「北大手門」が見えます。

018a_5

やがて正門である「東大手門」に来ました。
明治になって宮内省の所管になり、昭和14年まで「離宮」でした。

019a_5

「東南隅櫓」に来ました。外濠は南の部分です。その先が当初の「西南隅櫓」に至ります。

022a_3

「南門」前に来ました。以上で「二条城」の総ての門を見たことになります。
そして、始めの「押小路通」に来ました。

 次回に続きます。

2019年5月 4日 (土)

歴史の町ウォーク・亀岡(5)

054a_2

(手違いでここに入って仕舞ました、後程説明させて戴きます)

 

 

 前回の続きです。
 今回のウォークも終盤となりました。

051a_2

町中での1シーン。

053a_3

「稱名寺」です。生憎山門(薬師門)は工事中でした。城下で一番古い薬師門(元禄時代)
とのこと。
横手から境内に入らせて戴きました。

056a_1

本堂です。

054a_3

この梵鐘には、戦時下の傷跡が残されています。

055a_2

それはこの4つの穴です。説明によりますと、戦時下に金属供出で一旦出されましたが
奇しくも生き残り、終戦後返還されました。供出時金属分析のために試料として取り
出されものだそうです。

057a_2

街角に建つ「毘沙門堂」です。国分寺から明智光秀がここに安置後、
小早川秀秋の守護としたとか。

 その右隣にある「聖隣寺」です。

058a_1

山門前に建つ石碑です。

059a_1

境内を覗いて見ました。小早川秀秋の子菩提寺で、秀勝が建てたとか。
織田信長の五輪塔もあるとか。

060a_2

先の石碑の左側にはこんなものも。

064a

「坂部公園」の一角には、総堀のお土居が残っています。
この坂部氏は、槍奉行だったとか。坂部氏は後に「日本クロス」(京都市内)を
経営されていました。

066a

日本クロスの創業者・坂部三次氏像です。

067a_1

「三宅神社」です。古代奈良時代より年貢の屯倉に由来します。
建物は元禄時代頃のものとか。

069a

最後の見学地です。藩主形原松平家の菩提寺です。
形原松平家は、徳川譜代の大名で、この地で明治まで8代121年間続きました。
境内の撮影は禁止でした。境内には、歴代藩主の墓碑がありました。
流石大名家のお墓は立派でした。

 以上で、「歴史ウォーク・亀岡」は終りとさせて戴きます。

 なお、「亀岡市」は、京都市の西に位置し、京都市・宇治市に次ぐ人口8万8千人の都市で、
京都府下3番目の都市です。
 亀岡祭・亀岡光秀まつり・佐伯燈籠祭・保津川下り・嵯峨トロッコ列車・湯の花温泉などが
あります。
 

 

 

 

 

 


 

より以前の記事一覧

2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

京 歩き