カテゴリー「旅行」の63件の記事

2017年7月27日 (木)

木次線などに乗る(その4 )宿泊

 旅の楽しみの一つは地元で戴く美味しいものですが、今回も地元の食材をふんだんに使った料理を戴くことが出来ました。

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↑のシジミ汁です。流石に宍道湖のシジミです。味も香りも久しぶりにこれこそ「シジミ汁」が実感でした。

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お料理はすべて薄味で、こちらでも最近は薄味が好まれるのと事。名物のお蕎麦も勿論美味しいでしたが、お漬物の美味しかったこと。
お替りを戴いてしまいました。
地元の野菜を使った手作りのものでした。


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ホテルは宍道湖沿いの、文字どおり風光明媚な場所にありました。

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ホテルの窓から見た夜景ですが・・・コデジでは到底無理でした。

2017年7月26日 (水)

木次線などに乗る(その3)松江市内を散策

 前回の続きです。
 今回の旅の主目的は、先ず「木次線」に乗ること。そして「一畑電車」にも乗ることでした。2つの目的を果して、僅かに残る時間に「松江市内」を、少しだけ歩きました。
 松江と言えば「宍道湖」ですが、昨年のこの地域の旅では、しっかりと「宍道湖」に親しみましたが、今回も宿が湖畔にあったので、「一畑電車」に乗る前に、少しだけ湖畔の道を歩きました。

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宿の窓から見た「宍道湖」です。漁船が数隻、漁場?に向かって急いでいます。朝の8時頃でした。
この後、下の方に見える湖岸の道を歩きました。

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遊歩道では、朝の散歩を楽しむ人の姿もありました。
遠くに見える高いビルは、去年あの上から「宍道湖」を眺望させて戴いた「山陰合同銀行本店ビル」です。

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対岸に見えるのは「島根県立美術館」です。

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一畑電車の「しんじ湖温泉駅」前から、このバスに乗って、目的地に行きました。

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少ない時間の中で選んだのは、この建物です。「カラコロ工房」とその広場です。この建物は、旧日本銀行松江支店だそうです。

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中へ入って見ました。正面は、正に銀行の窓口です。
京都の「京都府文化博物館」の別館、旧日本銀行京都支店と良く似た雰囲気です。

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地下に行くと、大金庫が2つ、公開されていました。凄い扉に驚きです。

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クラシックな感じの「松江大橋」です。

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歩いていて、ずっと気になっていた時計台の近くから、見ています。
古い時計屋さんのものだとか。

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カラフルなマンホールの蓋を見付けました。デザインは、「武家屋敷」の表側の様です。

 以上で、今回の旅は終了しました。帰りは、松江から特急やくも号に乗り岡山へ、岡山からは新幹線で京都へと、行きに比べてスピーディに帰りました。
車中で、次は何処へ行こうか?これも毎回の事ですが、次回へ夢は広がります。








2017年7月23日 (日)

木次線などに乗る(その2)一畑電車-2

 前回の続きです。
 映画「RAILWAYS」の舞台の一つになった「伊野灘」駅で、しばし映画を想像しながら、帰りの電車を待ちました。

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やがて帰りの電車が来ました。

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その車内風景です。乗客は、この時点ではこんな状態でした。
終点の手前位から、高校生達が多く乗って来ました。

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帰りも宍道湖を見ました。漁港と言う程では無く、何隻かの漁船が見られました。

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行き違いの駅で見た車両です。色んな車体がある様です。

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湖の反対側は、この様な田園地帯が続いていました。

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終着駅・松江しんじ4湖温泉駅で見た、ここまで乗って来た電車の外観です。

他に面白いボデーの電車がないか探して見ましたら、

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こんなのを見付けました。

 この後は、少しだけ松江市内の極一部を観光しました。














2017年7月22日 (土)

木次線などに乗る(その2)一畑電車-1

前回の続きです。

 松江・宍道湖畔の温泉宿に1泊して、翌日は「一畑電車(いちばた・でんしゃ)」に乗りました。
 この電車は、映画でも取り上げられた知る人ぞ知る、有名な電車です。
 松江・しんじ湖温泉駅から、出雲市・出雲大社前まで行っています。時間の都合で少しだけ乗りました。

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一畑電車の松江市内の始発駅「松江しんじ湖温泉駅」です。
映画「RAILWAYS」の舞台 一畑電車へようこそ の文字が見えます。

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待ち時間も無く、飛び乗った電車・出雲市行きの車内の様子です。2両編成でした。前の車両が面白そうなので、前に行きました。
片側の座席が全て「宍道湖」の方を見られる様になっています。進行方向に向かって左手に「宍道湖」が広がっています。

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ふと見上げると、網棚は木製になっていました。車内は多くの木が使われています。

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車窓から見た宍道湖の景色です。

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漁船でしょうか? 汽水湖である宍道湖では、七珍とか言って、スズキ・モロゲエビ・ウナギ・アマサギ・シジミ・コイ・シラウオなどが獲れるそうです。

時間の都合で、途中の「伊野灘」駅で下車しましたが、これが思わぬラッキーでした。

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ここまで乗って来た電車の外観です。車両は未だ新しい感じがしました。

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乗って来た電車の後部車両の外観です。

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ホームに立っていた駅名の表示板です。

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ラッキーとは、このことです。ここで映画の撮影が行われた様です。

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伊野灘駅のホームの様子です。前方が松江方面です。

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駅から見た宍道湖です。

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前掲のポスターで、主役の中井貴一が座って居たベンチです。
線路の向こう側は、出雲市方面です。
私達は、ここから引き返しました。

 続きは次回で。





















2017年7月21日 (金)

木次線などに乗る(その1)木次線ー2

 前回の続きです。
 「3段式スイッチバック」の現場に来ました。先ず車両は、小屋に入りました。

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ここで運転手さん(ワンマンカーですから1人2役です)は、運転台を前から後に移動しました。

そして、今まで後部だつたのが前部になって、「出雲坂根駅」に向かいました。

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「JR出雲坂根駅」と、掲示が見えます。
ここで再び、運転手さんの移動が見られました。

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出雲坂根駅のホームと線路です。

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待ち時間を利用して、駅構内の様子を撮りました。

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少しだけ、車外に出ました。これは、ここに来たと言う証拠物件です。

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漸く出雲坂根駅を出発しました。線路が複雑です。私には、全く判りませんが・・・。
これで、「3段式スイッチバック」が完了したのでしょか?
参考にした資料によれば、その通りの動きにはなっていました。

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出雲坂根駅構内を出て、次の駅「八川駅」に向かいます。

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運転席があるところから、外を見ています。車両のスピードは、超スローです。
結構カーブが多いです。

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車窓から見た一風景です。この辺りは大きな平地でした。

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路線名の元にもなっている「木次」駅に着きました。この路線の中では、一番大きな駅の様です。

17時36分、漸く「木次線」の終点・「宍道駅」に到着しました。
81.9Kmを約3時間掛けての移動でした。平均時速は27.3km/時と言う事になります。

 資料に依りますと、この様な「スイッチバック」は、日本ではここの他に
  豊肥本線の立野駅(熊本県)
  箱根登山鉄道の大平平駅(神奈川県)  の3か所とのことです。
 予想通りの貴重な体験が出来ました。

 この後、山陰本線の「宍道」駅から「松江」駅まで乗車し、松江市内で宿泊しました。

2017年7月20日 (木)

木次線などに乗る(その1)木次線-1

 中国山地を越えるルートは、幾つかあるかと思いますが、今回は「木次線」(きつきせん)に乗って越えることにしました。と言うよりは、「木次線」に一度乗ってみたかったのです。ですが、「木次線」ってなに? 実は知る人ぞ知る特殊な部分がある路線なんです。すなわち、「3段式スイッチバック」があるのです。「スイッチバック」ってなに?追々ご説明します。

 先ず行程をご紹介します。
 JR京都駅から、東海道・山陽新幹線に乗り、岡山駅まで行きます。
 岡山駅から、伯備線に乗り新見駅へ、新見駅から芸備線に乗り、備後落合駅へ。ここから「木次線」に乗り「宍道」(しんじ)まで、宍道から山陰本線に乗って松江駅まで。
 問題の個所は、木次線の「三井野原駅」と「出雲坂根駅」の間にあります。
 簡単に言えば、鉄道線路の九十九折れ道です。

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新見駅から芸備線経由で、ここ備後落合駅に到着、折り返し新見駅に戻ります。

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備後落合駅の様子です。改札口(無人ですが)は、左手にあります。
木次線のホームは、左手のホームの手前先にあります。

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木次線の時刻表です。左側がそうですが、1日3本しかありません。
私達は、14時41分発の宍道行き(全部がそうですが)に乗ります。

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木次線のホームです。進行方向は、向こう側になります。

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やがて木次線の車両が到着しました。これが折り返して、宍道駅に向かいます。私達は、これに乗りました。乗客が多いかと心配していましたが、発車時点で たった6人で「木次線」に乗るのが目的らしい人は、1人だけでした。

 定刻の14時41分に、備後落合駅を発車しました。

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備後落合駅から2つ目の「三井野原駅」(みいのはらえき)に到着、ここから次の「出雲坂根駅」の間が、「3段式スイッチバック」となります。

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その間の車窓からの景色です。見えているのは、「三井野大橋」です。全長 303m、高低差 105m もあります。

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二重のループ橋「奥出雲おろちループ橋」と言います。
全長 2,360m 区間標高差 105m コンクリート製の橋です。

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ディーゼル車は、ゆっくりとした走りで、出雲坂根駅に近付いています。
乗っている車両(左手から右へ)から下を見ると、線路が見えました。
スイッチバックした後の車両が、通る線路かと思われます。

 次回は、出雲坂根駅でのスイッチバックの様子を、ご紹介します。



















2017年7月 7日 (金)

2017・3人旅(9)松本市へ(その2)松本市内

 前回の続きです。
 「国宝・松本城」を観た後は、松本市内の一部を歩きました。
 観光案内所で教えて貰った「古い町並み」が見られる「縄手通り」と「中町通り」を散策しました。市内の真ん中を流れる「女鳥羽川」を挟んで、その両側にある町並みでした。

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女鳥羽川に架かる橋「千歳橋」を渡ったところに、城下町特有の「桝形」がありました。ここがそうです。
左前方を直進すると、松本城の正面に至ります。
右寄り前方に見える鳥居は、後程でもご紹介します「四柱神社」です。
私達は右端に見えるパトカー?の更に右手にある「縄手通り」の入口に向かいます。

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その前に、「大名町通り」で見掛けた本屋さんです。立派な天守が載っています。

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縄手通りの入口には、こんな奇怪なものが置かれていました。
蝦蟇の上に大蛇か?、そして人間の手に刀が・・・。

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縄手通りを少し入ったところに「四柱神社」(よはしら・じんじゃ)がありました。
縄手通りは、ここの参道だそうです。「縄手」とは、城の南総堀と女鳥羽川とに挟まれた「縄の様に細長い土手」と言うところから由来しているとか。
四柱とは、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・天照大神です。

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縄手通りを見通しています。色んなお店があり、歩行者天国になっています。
この通りにあつた老舗のパン屋さんでお昼を戴きました。

縄手通りの出口から、女鳥羽川に架かる「一つ橋」を渡って、「中町通り」に出ました。

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中町通りの一部です。ご覧の様に、白壁となまこ壁の土蔵が建ち並ぶ町です。再三にわたる火災の結果、生まれた景観です。

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そんな中で見掛けた、蔵造りのお店です。

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中町通りの拠点となっている「蔵シック館」です。元は酒造家の様です。

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正面です。

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中に入って見ました。

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ここも立派な蔵造りのお店です。

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マンホールの蓋です。「松本てまり」とか。

JR松本駅まで、本町通り~あがたの森通りを通って歩きました。

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JR松本駅ビルから見た「北アルプス」の山々です。
ここから見えるのは、槍ケ岳・常念岳・大天井岳・燕岳なとと、説明書きには書いてありましたが・・・。

少し時間があったので、駅ビル内でコーヒーを戴きながら、反省会を開きました。
帰りは、中央本線~名古屋から新幹線で帰洛しました。












2017年7月 6日 (木)

2017・3人旅(8)松本市へ(その1)松本城

 前回の続きです。
 今回の旅も、3日目・最終日となりました。
 JR中央本線・上諏訪駅から特急・スーパーあずさ3号に乗り、松本に向かいます。正確に言いますと、塩尻までが中央本線で、塩尻から松本は篠ノ井線と言うことになります。(「スーパーあずさ」等の写した写真も無くなっていました。)

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上諏訪駅のホームには、「足湯」がありました。見えている線路は、中央本線です。JRの乗車券か入場券があれば入れるようです。年中無休です。

 「松本駅」に到着、何時もそうしていますが、「観光案内所」に飛込み、「松本城」への道順を教えて戴きました。道順は判り易くて安心して、お城に向かいました。お城の正面に向かう通りは、「大名町通り」と言います。

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松本城の入口に着きました。

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早くも「松本城」の天守の姿が目に入りました。

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「内堀」です。

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本丸に入るためにくぐる「黒門」です。櫓門と桝形からなり、本丸防衛の要です。

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本丸域に入って、松本城の正面を見ています。
真ん中が「天守」で、高さが 29.4mあります。
右手は、「乾小天守」で、高さは 16.8m。2つの天守を繋ぐのは「渡櫓」と言い、高さは12.0m。
左手は、手前が「月見櫓」で、高さは 11.1m、その後ろは「辰巳附櫓」で高さは 14.7mあります。
本丸域内には、色んな草花が植えられていました。(この時に写した写真もすべて無くなりました。)

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位置を変えて、天守を見ています。
階段が多いので、内部には入っていません。天守の最上階は6階もあります。

本丸域から外に出て、内堀の外からお城を眺めてみました。

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静かな内堀の水面には、天守の姿が見事に映えていました。

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内堀の畔からは、遠くに「北アルプス」の山々が、頂に雪を残して、望むことが出来ました。

 ここで、松本城の歴史を簡単に、ご紹介します。
○始まりは、戦国時代の永正年代初め(1504~)に造られた「深志城」だそうです。
○戦国時代は、松本平を中心に、信濃の守護・小笠原氏が治めていましたが、武田信玄が小笠原氏を追い、この地を信濃支配の拠点にしました。

○その後、天正10年(1582)に、本能寺の変の動乱に乗じ、小笠原貞慶が再びこの地を回復し、名を「松本城」と改名しました。
○豊臣秀吉の時代、石川数正をここに封じ、子の康長と共に、この城と城下町を整備しました。
○江戸時代、松本藩の藩主は、短期間に変わっていきました。
小笠原氏・戸田氏(先)・松平氏・堀田氏・水野氏・戸田氏(後)
○明治になって、松本城も破壊の運命にありましたが、市川量造氏らが再建に乗り出しましたが、上手く行かず、明治34年に小林有也・松本中学校長らが保存会を設立し、12年間掛って明治の大修理を終え、倒壊の危機を救いました。

 








2017年7月 5日 (水)

2017・3人旅 (7-2)かんぽの宿・諏訪(施設)

 昨日はかんぽの宿・諏訪で戴いた夕食を紹介しましたが、今日はお庭など施設をご紹介します。

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施設内も今までに利用したかんぽの宿の中では、一番広々として綺麗、室内もゆったりしていましたが、お庭も見事でした。

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ツツジは季節的には少し遅かったのですが、また、昨夜の雨で花は萎れていましたが、緑の中でひと際鮮やかさに目を奪われました。

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どうどうと流れ落ちる滝の下の川に繋がる池では

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立派な高そうな鯉が悠々と泳いでいました。
合計でいくら位になるのかなあ?と・・・・・


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こちらも雨にぐっしょりの鮮やかなカキツバタです。
近くには近づけないので遠くから撮りました。


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施設内の廊下には地元の方々の絵手紙が紹介されていました。
どの作品もとても上手に描かれていて、暫し見とれてしまいました。

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この後、朝食を戴いたのですが、美味しくて昨夜完食したのが信じられない程、食欲旺盛で、これが若さの秘訣、元気の素と自己満足した次第です。

2017年7月 4日 (火)

2017・3人旅 (7-1)かんぽの宿・諏訪(食事)

 前回の続きです。
 2日目の宿は、上諏訪温泉のかんぽの宿「諏訪」に宿泊しました。
 旅の楽しみの一つはやはり地元で戴く料理です。温泉は勿論ですが。
 こちらは夕食も朝食も美味しく 心のこもったものでした。


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盛り付けも工夫されていて食欲がわきます。

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どの料理も美味しく量的にも大満足でしたが、炊き込みご飯の美味しかったこと、勿論お替りを戴きました。

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