カテゴリー「旅行」の72件の記事

2018年2月15日 (木)

愛知県への旅(3)大須観音

 前回の続きです。
 旅の2日目は、久し振りに名古屋市内見物としました。さて、何処にしようかと考えた末、下町情緒一杯の「大須観音」としました。実は「名古屋城」も候補にあったのですが、ここに決めました。久し振りの名古屋地下鉄に乗りました。新しい路線もあって少し戸惑いつつ、漸く目的地に着けました。

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国道19号線から境内に入りました。

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立派な本堂などが目に入りました。

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先ず本堂に向かいました。見上げるばかりの豪壮なお堂です。

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堂内に入って、手を合わせました。

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本堂の隣にある、こちらのお堂にもお参りしました。

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沢山の仏様が並んでいました。

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干支ごとにお守りくださる仏様達です。

観音様の境内から出て、近くの繁華街を歩きました。

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観音様に向かう参道の1つです。下町情緒が一杯でした。

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その途中にあった、ここでお昼を戴きました。

雨も降って来たので、帰ることにしました。

以上で、今回の「愛知県への旅」は終わりとします。


























2018年2月14日 (水)

愛知県への旅(2) 西浦温泉 「食事」

 旅の楽しみは初めて知る旅先の様子、文化や歴史そして自然の素晴らしさ、そして出会った人たちとの触れ合い、中には心に深く刻まれる人も有ります。
いつも思い出を一杯詰め込んで帰ってきます。
もう一つ、忘れてはいけないのは、やはり、食事です。

今回も夕食も朝食もどれも美味しく心に残るお料理でした。

まずは、夕食です。

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         最初に旬のお造りです。

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           オードブルプレート

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    本日のスープ (小芋でしたが触感が滑らかでとても美味しいでした)

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            本日の魚介焼き

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            取り合わせサラダ

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     国産牛フィレステーキ(付け合わせ野菜)
 (国産サーロイン鉄板焼き」かどちらかを選べました。

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    御飯(バターライス)、香の物 赤出汁 

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               デザート

それとコーヒか紅茶を選べましのでコーヒを戴きました。

そして朝食です。最近はバイキングが多くどうしても食べすぎになっていました。今回はお膳で色々な食材が丁寧に調理されていて、お腹にも優しい朝食でした。

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名前は忘れましたが、豆乳鍋のお魚でした。
初めて戴きましたが、生臭くなく上品な味付けでした。
 今回のホテルの食事は、きめ細かい味付けと盛り付けで、流石は西浦温泉と感心しました。

    

 

 

 

2018年2月13日 (火)

愛知県への旅(2) 西浦温泉 「館内の様子」

今日は宿泊した西浦温泉の館内の様子をご紹介します。

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以上はすべて玄関ロビーの様子です。
贅沢な設えに見入ってしまいました。
写真は撮っていませんが壁や柱、天井も。最近リニューアルされたそうですが、館内(客室も)の何処も上品で豪華でした。


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こちらは、レストランです。窓側が海で朝食は海の風景を見ながらの食事でした。

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ガラスの器にビー玉が入っているのですが、下からの照明が幻想的な雰囲気を作り出していました。
 このように、館内至る所に工夫がなされていて、御もてなしの心が感じられました。

2018年2月12日 (月)

愛知県への旅(2)西浦温泉

前回の続きです。
 「重伝建」の町・愛知県豊田市足助町を散策した後は、今夜の宿・西浦温泉に向かいました。
 名鉄名古屋本線の東岡崎から新安城で乗り換え、西尾線の吉良吉田で更に乗り換え、蒲郡線の西浦までと、遣って来ました。西浦駅の駅舎は予想に反してローカル一杯のものでした。

 駅前で宿の送迎バスに乗り、漸く今夜の宿「銀波荘」に着きました。最近リニューアルされたとかで、気持ち良く過ごさせて戴きました。
 建物は、3棟ありましたが、各棟との連絡は出来る様になっていましたがが覚えるまで少し時間が掛りました。お風呂・食事場など上がったり下りたりでした。、
 お部屋は、三河湾(身近に言えば 渥美湾)が一望出来る、お気に入りのお部屋でした。

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手前の小さいビーチは、「マイ・ビーチ」でしょうか。
広がる海は、「三河湾」と言うより、やはり「渥美湾」でしょう。
遠くに見えるのは、「渥美半島」です。

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渥美半島(向こうに見える)には、この様な山々があったとは?
渥美半島の先端(ここでは見えないですが)には、「伊良湖岬」があります。

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小さな湾には、この様な突堤が造られています。魚釣りには最適な場所でしょう。

 翌日の朝、海岸に下りて朝食前の散歩をしました。

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宿から直ぐの海岸です。美しく舗装されています。前方に向かって歩きました。

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魚釣りに良さそうだと思った突堤です。足許が良く無かったので、先には行きませんでした。

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浜辺に来ました。何故か貝殻が沢山見られました。
そんな中から、大きな貝殻を2個選んで見ました。

 遊歩道を歩きました。

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噴火の時(何時か?)の溶岩が、浜辺を形成していました。

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「槍ケ岳」の様です。

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遊歩道が歩き易く整備されています。

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この先は歩き難そうなので、引返しました。

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向こうに見えるのは、「知多半島」かと思います。
見える島は、「日間賀島」?でしょうか。
曇り空のため、残念ながら光る海は見られませんでした。






















2018年2月 6日 (火)

愛知県への旅(1)足助町-5

 前回の続きです。
 「重伝建」の町・足助町を歩いています。町並みの家々は、それぞれ個性的で、魅力的です。とうとう5回目まで、引っ張って来ました。今回で最終回です。

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 こちらも間口が広く、複雑な妻入りになっています。そして右隣は平入りです。

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 こちらは「太田家住宅」(三嶋館)で、当初は呉服屋で、明治初期から旅館を営んでいたそうです。

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 こちらも「和菓子屋・かえで」さんですが、「加東家」とも言い、建物は文化元年(1804)のものです。
江戸後期に酒造業、大正期から昭和初期には質屋を営んでいたとか。
左手の建物の座敷の床柱には、天保7年(1836)の加茂一揆による打ち壊しの際のもの思われる刀傷があるそうです。

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 時々家やお店の軒先で、こんなものを見掛けました。稲藁で作られている様ですが、何なのか誰にも聞かずに終わって仕舞いました。

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 違う通りの入口には、この様な「豊田信用金庫」がありました。

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 その前の通りの様子です。

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 引き返してバス停に向かう途中で見掛けた、随分と凝った金属製の樋です。
この町では余り見掛けなかった「うだつ」らしきものも見えます。

 長々とご覧戴きまして有難うございました。
 「足助町」は、今回で終わりました。
 この後は、今夜の宿の「西浦温泉」に向かいます。
 この旅は、平成29年10月12日~13日でした。




2018年2月 5日 (月)

愛知県への旅(1)足助町-4

 前回の続きです。
 「重伝建の町・足助町」を歩いています。「新町通」を東に向かって歩いています。

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 こんな景色も、この町の特徴の様です。所々で見掛けました。
ここは登り坂ですが、反対側は川に向かうので、下り坂でした。

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 先に進みます。左手は「妻入り」の大きなお宅です。
右手の先には、目下修復中の大きなお宅です。
この町の多くの家が、何らかの修復がされていて、割合新しい感じがしました。

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 左側にある「和菓子屋・両口屋」です。
文化文政期(1804~1829)頃の建物だそうで、大正期頃までは繭問屋を営み、戦後学校給食のパン製造を手掛けていたとか。

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 そろそろお昼近くになって来たので、昼食場所を探していたら、こちらがありました。「お米屋さん」で、おにぎりを戴きました。

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 大きくて、しっかりと握られた3種類のおにぎりです。別に卵焼きも戴きました。
大変に美味しかったです。次々とお客さんが来られていました。

 もう少し歩きました。

 

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この町のマンホールの蓋です。今人気があるそうです。

 

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ここも「お米屋さん」です。

 

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ちょっと中を覗かせて貰いました。

 

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「地蔵堂」です。「だき地蔵」とあります。

 

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説明板を使わせて戴きました。「本町」とありますが、何処から「新町」から変わったのか気付きませんでした。「本町」とは、昔の町の中心地だと思います。

 

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郵便局も、ここではこの通りです。東に向かって右側にあります。

 

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「妻入り」「平入り」と混在しています。

 

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随分間口の広いお宅です。昔は「旅籠」だったかな?と思いましたが、地図などには記載が無かったです。

 

 次回(最後)に続きます。
























 

2018年2月 3日 (土)

愛知県への旅(1)足助町-3

前回の続きです。
「重伝建」の町・足助町を歩いています。
中橋を渡って、北に向かって歩いて来ました。

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 中馬街道(右手)と新町(手前の道)との交点にあった「お天王はん」です。

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 祠の傍に掲げてあった、ユニークな説明板です。

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 その場所から振り返って見ました。左手には祠が、画面の真ん中には「中橋」が見えます。

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 新町の町並みです。右手が祠の場所です。

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 終わったばかりの「足助祭り」のポスターです。山車も出る様です。
「足助八幡宮」のお祭りです。

この通りに、目ぼしい建物が多い様です。

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 和菓子屋さんが割合多い様に思いました。
「風外」と言う名のお店です。ここで「どら焼き」を2個買いました。
お店の方と話をしたのですが、「ここは和菓子屋さんが多いですね」と言うと、
「いえいえ昔はもっと沢山の店があったけど、後継者問題でうんと減ったのですよ」とのことでした。

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 この町で、伝統的な建物には、この様な説明板が表に掲げられていました。

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 道の左側の町並みの様子です。手前のお宅は古くからの建物の様に見えます。バイク屋さんの様です。

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 右側の家々です。「さかなや」の看板が見えます。

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 平入り(手前)や、妻入り(向こう側)の家が混在しています。

 次回も続きます。














2018年2月 2日 (金)

愛知県への旅(1)足助町-2

 前回の続きです。

 愛知県豊田市足助町に来ています。目的は、「重伝建」地区の町並みを見ながら散策することです。
 前回では、足助支所の周辺や三州足助屋敷などを見て回りましたが、いよいよ目的の町中に向かいます。

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国道420号線の傍に建つ「常夜灯」です。秋葉講の人々により建てられたものだそうです。寛政11年(1799)の建立だとか。
当初は本町の地蔵堂境内にあったと伝えられています。
ここから、目的の町並みに入ります。因みに反対方向に行くと「香嵐渓」に活けます。

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 町中に入って始めの辻を入って直ぐの様子です。
町中の道は、ほぼ東西に走っています。新旧色んな町家が並んでいる様です。

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 それらしきお宅を1軒ずつ見て行きます。
こちら、進行方向右側のお宅です。間口が広いです。

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 こちら、左側の家々です。こちらも間口が広いです。

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 暫く行くと、こんな石碑がありました。
「中馬の道」とありますが、ここは昔の「塩の道」(中馬街道)でした。
三河湾で採れた塩を信州や美濃地方に運んだそうです。
江戸時代には「伊那街道」、明治以降は「飯田街道」と呼ばれていたそうで、
中山道の脇往還でした。この町は、それの街道の宿場でもありました。

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 石碑前から少し北に進みます。

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 その先にあった「足助商工会」です。明治19年(1886)の建物です。
昭和33年までは「足助警察署」でした。

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 足助川に架かる「中橋」です。橋頭には、「大正18年」の文字が見えます。

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 その橋の上から足助川や家々の裏側を見ています。

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橋を渡って、更に北に向かっています。

 次回も続きます。































 

 

2018年2月 1日 (木)

愛知県への旅(1)足助町-1

 愛知県への旅は、前回(平成28年11月)の知多半島・常滑・有松以来約1年ぶりです。
 今回は、わが愛する「重伝建」地区の「足助町」を訪ねました。紅葉の名所「香嵐渓」の近くです。京都から新幹線で名古屋まで、名古屋から名鉄名古屋本線で東岡崎へ、そこから名鉄゛バスで香嵐渓まで。愛知県豊田市足助町(あすけちょう)・商家町です。
 動機は、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で、ゲストの近藤正臣さんと共に紹介されたことでした。近藤正臣さんには特に親近感を持っています。
1泊の旅でした。


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バス停前の「豊田市足助支所」の構内に建てられていた標識です。
支所の中に入り、係りの方に町の歩き方を教わりました。

 

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支所の近くの「巴川」に架かる「巴橋」です。
コンクリート橋ですが、古びていて木の橋の様な感じがしました。
道路を渡らないで、右下に見える橋の下の道を通り、向こう側に行く様支所の方に言われました。

 先ず、「三州足助屋敷」に向かいました。

 

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三州屋敷に向かう途中で見た「巴側」の様子です。向こうに見える赤い橋は、「待月橋」です。この後、この橋を渡ります。

 

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生憎とこの日は定休日でした。

 

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上の写真で見えていたのは、左下の門と、左上の「母屋」の屋根でした。
明治時代のこの地方の豪農の屋敷を再現したものだそうです。
中では色んな体験が出来るそうです。

 

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三州屋敷の近くの食べ物屋さんです。ここもお休みでした。

 

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対岸で見た建物です。住まいの様には見えないが・・・。

バス停の近くに戻りました。

 

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その近くには、2つのお宮がありました。
こちらは、「足助神社」です。弓の名手・足助次郎重範を祀っています。
重範は、元弘の変で後醍醐天皇を護衛し、3千人の兵の総大将として活躍した武将です。


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その左隣にある「足助八幡宮」です。
足にご利益があるとされています。昔、この地は交通の要所として人々の足を助けた地だったそうです。

 中々町並みに至りませんが、次回にはご紹介します。


 

2017年7月27日 (木)

木次線などに乗る(その4 )宿泊

 旅の楽しみの一つは地元で戴く美味しいものですが、今回も地元の食材をふんだんに使った料理を戴くことが出来ました。

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↑のシジミ汁です。流石に宍道湖のシジミです。味も香りも久しぶりにこれこそ「シジミ汁」が実感でした。

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お料理はすべて薄味で、こちらでも最近は薄味が好まれるのと事。名物のお蕎麦も勿論美味しいでしたが、お漬物の美味しかったこと。
お替りを戴いてしまいました。
地元の野菜を使った手作りのものでした。


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ホテルは宍道湖沿いの、文字どおり風光明媚な場所にありました。

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ホテルの窓から見た夜景ですが・・・コデジでは到底無理でした。

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