カテゴリー「旅行」の44件の記事

2017年4月 3日 (月)

愛知県の町への旅 2カ所 常滑市(3)

前回に続いて、「常滑・やきもの散歩道」を歩いています。
「瀧田家」では思わぬ時間を取ってしまいましたので、先を急ぐことにします。

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これが、「現・土管坂」です。説明は、↓に。

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「やきもの散歩道」の休憩地点の「登窯広場」の真ん中には、こんなオブジェも。

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昭和49年まで使われていた「登窯」です。昭和57年に国の重要有形民俗文化財に指定されています。10個の窯が並んでいます。

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焼き物の出し入れ口が並んでいます。

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「焚き口」も広いです。始めは薪だった様ですが、後に石炭でも可能な様に変えていた様です。煙突も当然ある筈ですが、周りをぐるっと歩いたのですが、気が付かなかったです。パンフの写真では出ているのですが・・・。

「やきもの散歩道」は、以上で終わりですが、名鉄常滑駅から散歩道の入口までの間に、「とこなめ招き猫通り」と言うのがあって、そこを一部ご紹介します。

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擁壁の上に、招き猫の巨大な顔が、出ています。
見守り猫の「とこにゃん」です。幅6.3m 高さ3.8mもあるそうです。

その擁壁の下の方には、様々な姿の猫が並んでいます。その中から幾つかを。

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常滑市の陶芸作家39人が、愛情込めて造られたものだそうです。
微笑ましく拝見しつつ駅に向かいました。

以上で、今回の旅のご紹介は終わりです。





2017年4月 2日 (日)

愛知県の町への旅 2カ所 常滑市(2)

 前回の続きです。今度は、コース中唯一大きなお屋敷の「廻船問屋・瀧田家」(常滑市指定有形文化財)を見学させて戴きました。「瀧田家」の歴史等については、最後にご紹介させて戴きます。

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「瀧田家」正門前の道路の様子です。右手が「正門」です。
沢山の甕や土管が埋められています。圧巻としか言い様がありません。
地図では、「旧・土管坂」と書いてありました。現・土管坂は次回に。

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「瀧田家」の正門です。見学の手続きをして中に入らせて戴きます。

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入って直ぐは、2階建ての母屋です。

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2階部分には、「うだつ」が見えます。

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2階建ての母屋の左隣には、1階建ての母屋があります。お庭も造られています。

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2階建ての母屋の中に入ります。手前は「帳場」ですね。

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さらに中に入りますと、廻船問屋らしく持ち船の模型が置かれていました。
「常滑船」と言うそうですが、瀧田家では幕末4艘の持ち船があったとか。

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勿論、立派な蔵もありました。

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裏手には、「離れ」もありました。

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お庭から入って、中を覗かせて貰いました。

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横手の庭園から見た建物の外観です。

「瀧田家」を見学した後は、再び「やきもの散歩道」に戻ります。

 「廻船問屋・瀧田家」について(戴いた資料から)
○代々「金左衛門」と称していた。初代は1740年に没しているが詳細は不明。4代目から廻船経営を始めた。明治16年(1883)に廻船経営から撤退。
8代目は1998年没、その子等も死没して、途絶えて仕舞った様。

○積み荷は、色んなものを扱っていた。「拾い荷」と言う商法だった。
米・常滑焼・酒・糠・水油・瓦・切干大根などを江戸へ。
江戸からは、魚肥・雑穀(大豆・麦など)を。

○敷地面積 1,662平方m 建物面積 主屋 301平方m 土蔵 50平方m 離れ 61平方m 以上が復元建物 他に新築建物が納屋・長屋門など









2017年4月 1日 (土)

愛知県の町への旅 2カ所 常滑市(1)

 愛知県の町への旅、名古屋市有松町に続いて2カ所目は、焼き物で有名な「常滑市」です。旅の2日目に行きました。

 今回の旅は、名古屋以降は「名鉄」に乗っての旅でした。「名鉄」は、その営業範囲が物凄く広いのには驚きました。「近鉄」も広いですが、それに匹敵する広さでした。西は岐阜市、東は豊橋市、そして多くの支線があります。
 近畿に住む私としては、正直余り馴染みはありませんが・・・。
 前日の宿からは、「太田川」駅で乗り換え、常滑線で「常滑」駅まで行きます。その先には「中部国際空港」があります。

 「名鉄常滑」駅からは歩いて約10分程で、「やきもの散歩道」に着きます。
 見学コースが2コース整備されていて、案内板もきちんとされていました。
私達は、Aコースを歩きました。
 スタートは、「陶磁器会館」前です。

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その前に、名鉄常滑駅近くの「観光案内所」の壁面です。「常滑焼」の質感がしっかりと表現されている様に感じました。

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いよいよAコースに入ります。「やきもの散歩道」の雰囲気を感じます。

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上の擁壁に張り付けられていた陶板です。子供達の作品の様です。日常生活のいろんな場面が表現されています。

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コースに入ってから初めて出合った煙突です。随分大きくしっかりとした煙突です。これがここの特徴でしょうか?

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段々と焼き物の町の雰囲気が出て来ました。

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工場?倉庫? 黒い建物が多い様に思いました。

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丘陵地に造られた町の為、坂道が多いです。

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そして、道も狭いです。

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こんな道もありました。

この後は、この散歩道で唯一の大きなお屋敷の「廻船問屋・瀧田家」に行きます。

2017年3月30日 (木)

愛知県の町への旅 2カ所 有松町(3 町並み)

昨日の続きです。 町並み歩きは、当初の地点から北西方向に歩きました。
 こちらの方には、何故か比較的大きな建物が多い様に思いました。

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こちらにも、「山車庫」がありました。中町の「唐子車」と言うそうです。
名古屋市の文化財に指定されていて、毎年10月の第1日曜日に曳き出して巡行するとのことです。

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特別な表示は無かったのですが、絞り問屋の形を表わしているのかと思います。或いは現業かも?

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「中舛竹田荘」の表示がありました。説明文によりますと、
中舛竹田家は、旧東海道の歴史的な町並みを伝える貴重な建物であり、有松絞りの開祖である竹田庄九郎ゆかりの江戸時代の建物であったと伝えられています。老朽化が進み、建物と町並みの存続が危ぶまれる状況の中、保存について検討がなされ、、所有者の竹田様と地元の方々・名古屋市・事業者・市民の協力で、復活再建されました。

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「竹田家住宅」です。名古屋市指定有形文化財です。
江戸期に建てられたと思われる主屋を中心に、明治から大正にかけて整備されたとのこと。絞り問屋の伝統的形態を踏襲した建物です。

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奥行を見ると、ご覧の通りの凄いものです。
主屋・書院・茶席・宝蔵・その他の蔵3つ・西門・長屋門などがあります。

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向い側にあったお宅ですが、飲食店?の様です。

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「岡家住宅」です。こちらも名古屋市指定有形文化財です。
主屋・作業場が各1棟、倉が2棟 があります。
江戸時代末期の重厚な有松の絞り問屋の建築形態です。
2階窓の優美な縦格子は、有松の代表的な美しい外観を備えていると言われています。

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「小塚家住宅」です。こちらも市指定の文化財です。
主屋 1棟・倉 2棟があります。明治期まで絞り問屋を営んでいたそうです。

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「うだつ」が変わっています。

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「有松一里塚」です。大正年間に無くなったものを、平成24年に復元されました。

 最後に、例によって「有松」の町の歴史について、ご紹介します。
○有松は、旧東海道の鳴海と知立の宿の間に、慶長13年(1608)に、「間宿」(あいのしゅく)として開かれた。

○尾張藩の奨励により、阿久比村から移住した人達の一人、竹田庄九郎により、絞染めが考案され売り出されると、藩の庇護も受け、絞は有松名産として、全国にその名が知られた。

○有松は絞と共に繁栄したが、天明4年(1784)、大火が起こり全村ほとんどが焼失した。

○村の復興に当り、建物は従来の萱葺を瓦葺にし、壁は塗籠造り、2階の窓は虫籠窓に改め、当時の防火構造で造られた。

○豪壮な商家が建ち並ぶ現在の町並みは、この時に形成された。

2017年3月29日 (水)

愛知県の町への旅 2か所 有松町(2 絞染他)

 昨日は有松の町の約半分の様子と、こちらの名産品とも言える絞染を展示販売している絞染会館について、ご紹介しましたが、今日は会館の様子をご紹介します。

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旅行客が気軽に立ち寄れる館内はこの後、多くの方の姿がありました。

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これもあれも絞染めで、上品な中にも豪華さがありました。

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宿泊した「かんぽの宿」で戴いた夕食”知多海船彩”の12種の中から、その一部をご紹介します。


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どのお魚も「新鮮」そのもの。正しく”地の利”です。

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サービスの一品
オープンキッチンで、お刺身にしたその日の一番のお勧めの「のどぐろ」です。
これが口の中でとろける様な美味しさでした。
一皿ずつ、料理長みずからの配膳です。


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鮑です。こんなに大きな鮑を頂いたのは久しぶりです。

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名古屋コーチンと八丁味噌の変わり鍋
おうどんが滑らかななかにしっかり、歯ごたえがあり、気に入りました。


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炙り秋刀魚のカルパッチョ。野菜とのコラボが新鮮で爽やかなお味でした。

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宿の窓から撮った中部空港に着陸前の飛行機と、

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名古屋港を出港して、輸出先に向かう自動車運搬船です。

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そしてこちらも室内から撮った夕日です。
 明日は、魅力的な有松の町の続きをご紹介します。

2017年3月28日 (火)

愛知県の町への旅 2か所 有松町(1 町並み)

 愛知県知多半島にある「かんぽの宿・知多美浜」を拠点に、愛知県下の2つの町を歩きました。1つは、平成28年7月25日に、国の重伝建群地区に選定された「名古屋市緑区有松町」と、もう1つは焼き物の町「愛知県常滑市」です。

 先ず「有松町」から。名古屋鉄道名古屋本線の「有松」駅下車。南西方向に歩いて直ぐのところに、目的の町並みがありました。
 東南方向から歩き始めました。

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通りに出て直ぐに目に入った光景です。

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期待に違わぬ光景が続きます。

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「藍と絞りの店・中濱」さんです。

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凄く大きなお宅ですが、特に表示などは見られませんでした。

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いよいよ本格的に町並みになって来ました。

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実は、この道路は「旧東海道」だつたのです。
ここ有松は、鳴海と知立の間に、慶長13年(1608)に、「間宿」(あいのしゅく)として、開かれたそうです。

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この辺りでの注目の建物は、この「服部邸」です。有松を代表する建物の1つで、屋号は「井桁屋」。創業は、今から約200年前とかで、有松の町家建築の特徴を全て備えた建物だそうです。愛知県の指定文化財です。

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母屋の正面の様子です。

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特長ある「うだつ」です。右端にも同じ様な「うだつ」がありました。

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この町にも「山車」がある様です。北西方向にも、同じ建物がありました。

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この町の名産は、「有松絞り」です。ここは、その有松絞りの会館です。
内部の様子は、明日ご紹介します。

2016年12月 8日 (木)

歴史と自然を満喫の旅2016 境港から帰途へ

昨日の続きです。
 今回の旅の最終場面となりました。
 境港市内を散策しています。もっと港町の雰囲気を味わいたくて歩きました。

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JR境港市駅に近いところにあった「隠岐」行きの港に停泊中の客船です。
旅もいよいよ最終段階となって来ました。
JR境港市駅に来ました。

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米子駅まで、JR境港線に乗ります。車体は、「水木しげるモード」一杯です。

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2両編成の先頭車両も、こんな様子です。

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車内の天井にも、「ネズミ男」が貼り付いています。

今回の旅の中で、自然の1つに「伯耆大山」を考えていました。
せめて麓近くにでもと思っていましたが、叶いませんでした。
そして、やっと思いが叶ったのが、帰途の車中でした。

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帰途に乗ったJR伯備線の特急「やくも」の車窓から、その姿が見られました。
米子駅を出て直ぐの左手でした。

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車窓からの撮影は、中々難しいのですが、何とか満足が行くシーンが撮れました。因みに、大山の標高は、1729mです。

多くの思い出を残した旅も、今回で完了となります。
ご覧いただいてありがとうございました。

2016年12月 7日 (水)

歴史と自然を満喫の旅2016 境港へ

前回 の続きです。
 今回の旅の最終日は、境港から美保関の方面を予定していましたが、時間的に無理かなと思い、境港だけに止めることとしました。
 丁度、皆生温泉・観光センターから境港行きのバスがあると、宿の方に教えて貰い、それに乗ることにしました。進行方向の右手は「美保湾」、左手は「中海」に挟まれた細長いところを、バスは北上します。並行してJR米子駅から「境港線」も走っています。帰りは、JRに乗りました。

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境港市の玄関口とも言える、JR境港駅(左手)などのターミナルです。

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境港と言えば、水木しげるの出身地です。駅前には、色んなモニュメントが見られます。

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皆揃ってのお出迎えも。

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港、漁港、魚センターなどを訪ねて、こんなバスに乗りました。
右まわりと左まわりとがあって、観光案内所で親切・丁寧に教えて戴きました。

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「魚センター」内の様子です。観光客だけではなく、地元の方も見られました。
色んな魚や加工品が売られていました。

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カニがお奨めの様でした。

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境漁港です。停泊中の漁船は、どれも大きいです。

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こちらの漁船も、比較的に大きいです。
見える鉄橋は、美保関の方に行く道です。
左端に船尾が見えていますが、

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この大きな船です。

 もう少し境港市内を、散策しています。

2016年12月 5日 (月)

歴史と自然を満喫の旅2016 皆生温泉の宿

昨日の続きです。
松江市内の観光を終え、第2泊目の宿がある「皆生温泉」に向かいました。
JR松江駅から米子駅へ、米子駅からは路線バスで、皆生温泉観光センターまで、そこからは宿の送迎バスを利用させて戴きました。
 今夜の宿は「海色・湯の宿・松月」さんです。部屋は6人は泊まれそうな大きな部屋でした。8帖位の部屋が3つ並んでいて、露天風呂もあり、窓は大きくて、日本海に面しています。夕食は部屋食でした。

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「松月」さんの玄関です。部屋数が19室と、比較的こじんまりとしたお宿でしたが、使わせて戴いた部屋には、大満足でした。

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部屋の窓から見た「美保湾」、そして日本海です。遠くに見える半島は、「美保関」などがあるところです。

早速お風呂に入り、寛ぐこと暫し、夕食の時間となりました。
戴いたのは、「スタンダード会席」でした。

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先ず食前酒を戴きながら、「先付」は、水無月豆腐・ジュンサイ・美味出汁です。ここで水無月にお目に掛かるとは・・・。ジュンサイとの不思議な食感でした。

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一挙に3品を。手前は、「旬鮮・一口姫寿司」、奥の右手は、「造り」で境港の旬のとれたて盛り、左手は、「前菜」で7品も入っていました。

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夕食を戴きながら、夕日も気になります。只今、18時50分です。

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「温物」です。昆布茶仕立ての地物水タコのしゃぶしゃぶです。
初めて戴いたお料理の1つかと思います。玄米しゃぶ餅なども入ります。

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「揚物」です。海老ホップ揚・白キス・他季節の野菜天です。

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日は完全に沈みました。19時10分です。

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鳥取県産黒毛和牛の「溶岩焼」です。お肉は柔らかくて美味しかったです。
お好みのたれを付けて戴きました。

後は、酢の物・ご飯・香の物・止め椀などを戴き、

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最後は、旬の地産果物と自家製スイーツの「水菓子」で、完食しました。
大々満足でした。

 第2日目が終わり、旅も後1日を残すまでになりました。
 第3日目は、「境港」に行く予定です。

2016年12月 4日 (日)

歴史と自然を満喫の旅2016 松江・塩見縄手

前回の続きです。
松江市伝統美観保存地区「塩見縄手」を歩きました。
 松江城の城下町の面影をとどめる町並みです。
 ここでは、武家屋敷の他、小泉八雲旧居などが見られます。

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塩見縄手の全景です。中級藩士邸が並んでいたと言うことです。
お城は、堀を隔てて右手にあります。

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最も手前にあるのが、「小泉八雲記念館」です。

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その右隣には、「小泉八雲・旧居」があります。

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玄関から中の様子を見てみました。

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その先の様子です。そこには、見学出来る「武家屋敷」がありますので、行ってみました。

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その武家屋敷の建物です。右が勝手口、その左が式台玄関です。

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式台玄関(内玄関)です。この建物は、江戸初期から松江藩の600石程度の中級藩士が住んでいたそうです。それなりの格式ある玄関です。

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座敷です。訪ねて来た下級藩士が、当主に挨拶している場面でしょうか。

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その裏側にある当主の居間です。その左には、奥方の居間があります。

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奥方の居間から納戸、台所と繋がっています。
他に茶室や仏間などもあり、10以上の部屋がある様です。
長屋門もあり、そこには中間部屋もありました。

 第2日目の予定は完了し、今夜の宿がある「皆生温泉」に向かいました。
 松江から米子へ、そしてバスで皆生温泉へ。

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