カテゴリー「旅行」の85件の記事

2018年5月24日 (木)

九州温泉旅(4)飫肥城跡と城下町-2

 前回の続きです。
 「飫肥城跡」から、城下町を少しだけ散策しました。

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ここが「重伝建地区」であることの証明です。
「日南市飫肥伝統的建造物群保存地区」とあります。
昭和52年5月18日に指定されました。九州では最初の指定だつたとか。

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大手門の直ぐ手前の、門に向かって右側の様子です。石垣で囲まれた屋敷が多いです。

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大手門通りの、門に向かって左手にある「豫章館」(よしょうかん)の入口です。
閑静な佇まいの枯山水式庭園が広がっているとかですが、時間がないので、女性にお詫びしてパスさせて戴きました。

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大手門(突き当り)に向かって、右側の様子です。上の「豫章館」は、左側になります。

飫肥の有名人は、明治時代の外交官「小村寿太郎」です。

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「国際交流センター小村記念館」前です。
小村寿太郎没後80周年を記念して、小村の功績を後世に伝えるとともに、国際化に対応出来る人材育成や文化活動の拠点をめざして、平成5年(1993)1月に開館されたものです。

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大手門通りを、大手門を背に見通しています。

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ちょっと横丁を見通しています。

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玄関に「式台」がある屋敷です。低い身分の方のお屋敷でしょうか?

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こちらも同程度の武家屋敷の様です。

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「小村寿太郎(侯爵)生誕の地」です。
安政2年(1855)に、この地で生まれました。父は禄高18石の徒士席と言う下級藩士でした。
小村は、日露戦争後の講和会議で全権大使として、ポーツマス条約を結びました。

慌ただしい「飫肥城下町」観光でしたが、深い感銘を受けました。
この後は、第3夜の宿・別府に向かいました。




























 

2018年5月23日 (水)

九州温泉旅(4)飫肥城跡と城下町-1

 前回の続きです。
 第2日目の夜を、「飫肥」の地元にある「かんぽの宿・日南」で済ました翌日・第3日目です。
 今回の旅の観光の目玉の1つが、「重伝建」の町・飫肥城跡や城下町を巡ることです。余り時間がないので、駆け足での観光となりました。九州で初めて「重伝建」地区の「飫肥」なのです。

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5万1千石・飫肥藩伊東家の居城、飫肥城の「大手門」です。
大手門は、明治時代初めに取り壊されましたが、昭和53年(1978)に復元されました。木造渡櫓2階建てで、高さは 12.3mあります。

大手門をくぐって中に入って見ました。

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時間が無いので、余り中深くまでは入れませんが・・・。雰囲気があります。

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さらに中へ。

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長い城壁が印象的です。

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戻ることにしました。

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見納めに、もう一度振り返りました。
当時の武士達は、この石段をゆっくりと、或るは慌ただしく行き来していたことでしょう。

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大手門から、大手門筋の様子を見ています。城下町の雰囲気抜群でした。

この後、暫し城下町を散策しました。次回で。

















2018年5月21日 (月)

九州温泉旅(3)鉄道の旅・指宿 (食事)

 前回の続きです。第一泊目の指宿の旅館で戴いた、夕食をご紹介します。
まず、レストラン?で配膳などのお世話をして頂いた女性が素朴で良い意味で田舎(失礼)の方でした。
 「お品書き」はありませんね!?に「はい ありません」
田舎らしい素朴な味付けと盛り付けです。


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お袋を思わせる味付けです。

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デザートまで、ゆったりした時間と空間の中で、どれも美味しく戴きました。

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こちらは、朝食です。今は、一般的にパン食が多いようですが、懐かしい「家庭の朝ごはん」のように思われました。
お味噌汁が特に美味しいでした。

        ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

次の2点は、館内に飾られていた物です。


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大英帝国海軍 フリゲート艦 船名 ユーリアラス スペイン戦争などで活躍したとの事です。

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2018年5月20日 (日)

九州温泉旅(3)指宿温泉から飫肥へ

 前回の続きです。
 JR指宿・枕崎線に乗り、第一夜の宿・指宿温泉「指宿コーラルビーチホテル」に着きました。鹿児島で時間を取り過ぎたため、予定の列車に乗れず、宿到着が午後6時を過ぎてしまいました。宿は創業100年とのことですが、最近リニューアルされた様で、部屋は直ぐ下が海岸で、いわゆる「オーシャンビュー」を楽しむことが出来ました。「指宿」とは、湯が豊富な宿と言う言葉が語源だとか。「砂むし温泉」で有名ですが、そちらには行きませんでした。温泉好きの「西郷どん」も度々ここを訪れたそうです。

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ホテルの玄関です。正面に置かれていた植物が気になって、丁度出て来られた女将に尋ねてみました。

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名前は、「プラティケリウム」と言うそうですが、本体の植物に葉っぱの根を差し込んでおくと、段々と大きく生長して、こんなに大きく育つそうです。
傍には、次の小さな本体の植物が造られていました。

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部屋の窓から見た、海の朝の景色です。漁船の姿も見られます。

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やがて朝日が昇って来ました。海は錦江湾、対岸は大隅半島です。

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アップで見てみました。朝日がきらきらと輝いています。

「指宿駅」から列車に乗り、「鹿児島中央駅」に向かいます。

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その車窓からの景色です。やはり暖かい土地なんでしょうか? ナノハナが美しく咲いていました。

鹿児島中央~宮崎~飫肥と遣って来ました。

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JR日南線の「飫肥駅」です。「飫肥城」を連想した外観となっています。

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駅前に立つ像は、毎年10月に行われる「城下町まつり」の中で踊られる「泰平踊り」の姿です。

今夜の宿は、「かんぽの宿・日南」です。

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翌日の朝、宿の部屋から見た「飫肥」の町の様子です。
「飫肥城跡」は真ん中辺りかなと思われます。

明日は、「飫肥城跡」などを観光が楽しみです。

2018年5月19日 (土)

九州温泉旅(2)鹿児島市内-2

 前回の続きです。桜の追っ駆けや新緑に惹かれて、暫くお休みしてました。
 島津家の別邸「仙厳園」内を散策しています。「桜島」が正面に見る庭園に行きます。

 

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庭園から見た「桜島」です。活火山で、今も時々噴煙を上げて降灰で困っている時があるようです。島ですが、大隅半島側では陸続きになっています。鹿児島からは船で行く様です。

 

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少し庭園の中まで来て、桜島を見ています。

 

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御殿の近くに立つ大きな木です。「ヤクタネゴヨウ」と言います。
屋久島と種子島で自生する五葉松で、絶滅危惧種に指定されているそうです。齢は約350年と推定されています。

 

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さらに見る位置を変えて、桜島を望んでいます。

 

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庭園のあちこちで、梅が満開を迎えていました。

 

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庭園内には小さな川が流れていますが、その傍にあった「高枡」(たかます)と言う施設です。水の分岐と水量を調整するための施設です。サイフォンを利用して、御殿前の池などに水を送っているとか。

 

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庭園の奥には、小さな滝が造られていました。

 

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最後にもう一度、桜島を見ました。
手前の鉄道は、「日豊本線」、海は、「錦江湾」です。

この後は、再び観光バス的な路線バスに乗り、JR鹿児島中央駅に向かいました。
鹿児島中央駅からは、指宿・枕崎線に乗って、今夜の宿の「指宿」を目指します。

2018年3月22日 (木)

九州温泉旅(2)鹿児島市内-1

 前回の続きです。
 「鉄道の旅」に続いて、各地で観光しました。
 先ず「鹿児島市内」です。僅かな時間を使って、NHK大河ドラマ「西郷どん!」ゆかりの地の1つを訪ねました。それは、薩摩藩主島津家の別邸「仙巌園」(せんがんえん)でした。眼前に「錦江湾と桜島」が展開する結構な場所で
した。

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長時間の列車の旅が終わり、終着駅の鹿児島中央駅から外へ出てほっと一息ついて、駅前の様子を眺めました。やはり県庁の所在地の表玄関だけあって立派な建物が並んでいます。

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前方右手に気になるものがありました。それは「若き薩摩の群像」と言うものでした。1865年、日本の近代化のため、幕府に極秘でイギリスに派遣された若き留学生たちの群像だそうです。

駅前から観光バス見たいな路線バスで、「仙厳園」に向かいました。

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車中から見た「西郷隆盛像」です。城山の近くに建っていました。
その他、西郷ゆかりの地を通過しました。
あちこちを回りながら、漸く「仙厳園」前に到着しました。

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仙厳園の入口にあった説明板です。戴いた資料によると、横幅は途轍もなく広く、奥行は山が迫っていて割合浅い感じの地形で、左手には「尚古集成館」を中心にした薩摩藩の近代化の設備があり、右手には御殿や庭園があります。

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「反射炉跡」です。鉄製大砲の鋳造のため、28代島津斉彬が築いた施設の跡です。

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島津家の家紋を中心にした、構造物ですが何か?判りませんでした。

御殿の領域に来ました。

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御殿の「正門」です。明治28年(1895)、29代島津忠義が立てさせたものです。建材は樟が使われているそうです。

正門をくぐって中に入り、右手に進むと、

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朱色が目立つ門がありました。「錫門」と言います。屋根を錫で葺いてあります。錫は薩摩の特産品です。江戸時代は、藩主とその世子(長男)だけが通ることを許されていたとか。

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その門をくぐって中に進むと「御殿」の全景が目に入りました。
江戸時代は別邸として、明治時代からは一時本邸として使用された御殿です。現存する建物は、明治17年(1884)に改築された建物が主となったそうです。

次回に続きます。「桜島」が登場します。




2018年3月21日 (水)

九州温泉旅(1)鉄道の旅-2

 前回の続きです。
鹿児島市内の1か所だけを観光した後、第1夜の宿がある「指宿」に向かいます。鹿児島中央駅から「指宿・枕崎線」に乗ります。 距離は 45.7Kmです。
「指宿・枕崎線」は、薩摩半島のほぼ海岸近く(錦江湾沿いに、大隅半島を向いに見ながら)を走っています。指宿市は、薩摩半島の先端近くにあります。

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指宿駅前の様子です。開聞岳近くにある「竜宮神社」(浦島太郎伝説あり)に因んだ飾りだとか。

第2日目は、指宿~鹿児島中央~宮崎~日南・飫肥へと向かいます。

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指宿から鹿児島中央に向かう「指宿・枕崎線」の途中にあった「薩摩今和泉駅」です。ここは、「今和泉島津家」の本拠地で、ここの娘が後の「篤姫」(将軍・徳川家定の奥様)です。

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鹿児島中央駅から宮崎駅に向かいます。ここまで 45.7Km×2(往復)となります。

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日豊本線に乗ります。特急きりしま10号に乗りました。125.9Kmです。

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車内の様子です。豪華な感じがしました。網棚が飛行機と同じ形です。

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宮崎駅の外に出て見ました。ちょっと変わった建物の装飾でした。

ここから「日南線」に乗り、第2夜の宿がある「飫肥」(おび)に向かいます。

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「飫肥駅」の改札口です。
翌日は「飫肥城」やその城下町を観光しましたが、取り敢えず今夜の宿に向かいます。
翌日は、飫肥~宮崎~大分~別府に向かいます。宮崎から大分までは「特急にちりん」に乗りました。

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日豊本線にある「日向市駅」の表示を裏から見ています。

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大分で一旦下車して、大分駅の外へ出て見ました。
そして、各停に乗って「別府」に向かいます。

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「別府駅」に着きました。宮崎からここまで 219.1Kmでした。
遠くに見える山は、お猿で有名な「高崎山」です。

翌日は、ここから「特急ソニック号」に乗って、「小倉駅」に向かいました。

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その「特急ソニック号」です。恰好が良いですね。
別府~小倉間は、120.8Kmです。
小倉~京都間は、594.1Kmです。
そして、総計距離が 2699.9Kmとなりました。

以上で、「鉄道の旅」は終わりとし、この後は各地の観光地をご紹介します。



































2018年3月17日 (土)

九州温泉旅(1)鉄道の旅-1

 久し振りに3泊4日の九州温泉旅を決行しました。2月14日~17日のことでした。鉄道は、新幹線を含め京都から指宿までの往復です。総乗車距離は、約2,700Kmでした。温泉は、1泊目が「指宿」、2泊目は「日南・飫肥」、3泊目は「別府」(鉄輪)でした。
 先ず始めに「鉄道の旅」のことについて、ご紹介したいと思います。
①京都~鹿児島中央 1463.8Km(時刻表の営業キロ数に依りました)
 東海道・山陽新幹線 のぞみ5号と博多からは九州新幹線 さくら549号

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 出発駅「京都」です。
が、しかし、実は帰りに撮ったものです。往きに撮ったのをうっかり消却して仕舞ったのです。誤魔化しは出来ません。駅名表示の矢印の方向を見ればいっぺんに判ります。

東海道・山陽道はカットして、列車は関門海底トンネルを通って、九州の地に出ました。

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 海底トンネルに何時入ったのか判りませんでした。
地上へ出て初めて見た海峡?の景色です。

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 九州に入って初めての駅・小倉です。

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 そして、博多駅です。ここで九州新幹線に乗り換えです。

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 右手の「さくら号」に乗ります。

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 主要駅の一つ・熊本駅です。

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 東北の「仙台」ではなく、九州の「川内」です。地名としては「薩摩川内市」です。原発で時々耳にします。

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 そして、やっと終着の「鹿児島中央駅」に到着しました。
冒頭に書きました様に、約1,500Kmの旅でした。
「鹿児島中央駅」とは別に、元からある「鹿児島駅」もあります。

鹿児島中央駅で下車して、次の目的地「指宿」まで少し時間を取って、NHK大河ドラマの舞台の1つを観光しました。別の項でご紹介します。
























 

2018年3月12日 (月)

中山道・木曽路の宿場を訪ねて(2)ホテル木曽路-2館内

前回は、こちらで戴いた夕食をご紹介しましたが、今日は館内の様子をご覧ください。

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すごく広いエントランスです。
至る所に豪華な花が飾られていて、宿泊者への心遣いが感じられます。


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チェックイン前後の寛ぎスペースですが、皆さん思い思いにゆったり寛いでいます。
飲み物「ウエルカムドリンク」のサービスもありました。


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これはメインの生け花です。香りが漂って旅の疲れが取れるようでした。

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二階の読書スペースです。子供たちのコーナーも設けられています。

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ロビーの飾り棚ですが、高価な置物が置かれています。

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シャンデリアが何か所かに下がっています。これは夜に撮ったものです。
 カメラのせいか腕の問題か、どの写真もイマイチでした。
唯、煌びやかな非日常の空間にいるようで、これも旅の楽しみかもしれませんね。

2018年3月11日 (日)

中山道・木曽路の宿場を訪ねて(1)ホテル木曽路-1夕食

 前回の続きです。
旅の楽しみの一つはやはり現地で戴く料理です。特に宿泊したホテルでゆっくり戴く夕食は美味しいです。
 料理の詳しい説明が出来ませんが、味は薄味でとても美味しかったです。
 
では戴いた順番にご覧ください。

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篭に盛られた「季節の盛り合わせ」秋が満載です。

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   お造り 季節の二種盛り

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   しゃぶしゃぶ

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ワカサギとキノコの天ぷら

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  牛下味噌煮 特に茄に出汁が沁みていて美味しいでした。

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            野沢菜茶漬けと自家製漬物

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 デザート 柿ムース

 事前に聞いていましたが、少量で食材は豊富、味わって戴きました。


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