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2019年12月15日 (日)

京都府園部の町へ(2)

 前回の続きです。
 園部藩では、当初は「陣屋」でした。
 幕府に城の造営を願っていた様ですが、中々許されず
大政奉還後、明治新政府になって漸く築城の許可が下り、
完成したのは、明治2年(1869)のことでした。
 まさに日本最後の「近世」城郭となりました。
 しかし、明治4年には廃藩置県により「園部藩」は無くなり、
翌5年には、建物は払下げになって仕舞いました。
 現在残っている城郭は、城門と巽櫓と番所(城門横)だけです。

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城門前の様子です。

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「城門」です。現在は、「京都府立園部高校」の校門になっています。奥に見える
建物は、校舎です。

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「城門」を内側から見ています。右手に少し見えているのは、「番所」です。

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もう1つ残っているのが、この「巽櫓」です。
「城門」に向かって、左手にあります。

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立つ位置を変えて、見ています。

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「城門」の近くには、こんな紅葉が見られました。

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さらに、その右側には一寸した庭園がありました。

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同じ区域です。

 「園部藩」は、地方の小藩でしたが、明治維新まで10代に亘って維持されて来た
ことは、藩主以下藩全体で上手く運営されて来た結果ではないかと思っています。

 

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