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2019年9月

2019年9月30日 (月)

京都の秋・音楽祭を堪能(3)

 前回の続きです。
 今回は、今回まで続いて来た「京都の秋・音楽祭」のポスターを
ご紹介したいと思います。 
 今回の展示は、前回でご紹介した「エントランスホール」で行われて
いました。

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照明や外からの光線、さらにポスターのホルダーなどの影響で、画面が大変見難く
なっていますことをお許し願います。

 今年の第23回のものです。嵐山や渡月橋、桂川の秋の景色です。
 以下、遡って見て行きます。展示もその様になっていました。

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第21回 「法然院」の山門前です。

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第20回 こちらも「嵐山」です。やはり「嵐山」は、京都の秋の景色の代表格
の様です。

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第17回 こちらも京都の紅葉の名所の「東福寺」の通天橋の景色です。

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第15回 「保津峡」の秋の景色です。以前はJR山陰線が、今は嵯峨野鉄道
トロッコ列車が左手を走っています。

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第12回 路地の奥から見た紅葉の景色です。「祇園白川」かな?

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何回目か不明ですが、再び「嵐山」です。

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第9回 「三条大橋」です。

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第4回 私は「広沢池」だと思います。遠くに愛宕山が、近くは遍照寺山が。

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同じものが2枚展示されていますが、1997年開催 第1回のものです。
どこかのお寺?の丸窓を通しての紅葉です。

 最後に、私が拝聴した2回に亘るコンサートの概要をお伝えしたいと思います。

①第23回 京都の秋・音楽祭 開会記念コンサーと 9月15日(日) 午後2時開演

 指 揮   飯守 泰次郎(文化功労者・日本芸術院会員)
 ソプラノ  森 麻季
 管弦楽  京都市交響楽団

 曲 目  モーツアルト・ビゼー・ヴェルデ゛ィ・ワグナーなどの歌劇や楽劇の中から
       計 10曲

②第9回 関西の音楽大学オーケストラ・フェステイバル 
  9月16日(月・祝) 午後3時開演

 参加音楽大学 大阪音楽大学 大阪教育大学 大阪芸術大学 京都市立芸術大学
           神戸女学院大学 相愛大学 同志社女子大学 武庫川女子大学

 指 揮   秋山 和慶(京都市立芸術大学客員教授)

 曲 目   ベルリオーズ   序曲 ローマの謝肉祭
        モーツァルト   戴冠式ミサ曲ハ長調 
        サン=サーンス 交響曲第3番ハ短調 オルガン付

以上でした。   

2019年9月28日 (土)

京都の秋・音楽祭を堪能(2)

 前回の続きです。
 「京都コンサートホール」に着きました。
 玄関入口には、「京都の秋・音楽祭」の今年のポスターが。

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ポスターの絵は、「嵐山」の秋の景色です。渡月橋とその下を流れる桂川です。
右手に並ぶ各コンサートのリストの内、上の2つを今回は楽しみました。

 入口を入って直ぐ左手のガラスには、

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市立芸大・大学院生1回生の「秋のリズム」と言うタイトルの絵が貼られていました。

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 さらに、その先には、

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こんな旗も。

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地下道で見た、2日目のコンサートのポスターです。

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ホールの入口へのスロープから下の「エントランス・ホール」を見ています。
平面なのに、目の錯覚で、立体的に見えます。

 受付を済ませて、大ホールの中に入りました。

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これが大ホール内の開演前の様子です。
正面がステージです。その上には大きなパイプオルガンが見られます。
その下には、「ポデュウム席」があります。

 次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

2019年9月26日 (木)

京都の秋・音楽祭を堪能(1)

 今年も「京都の秋・音楽祭」が、9月15日(日)から「京都コンサートホール」で
スタートしました。
 毎年、音楽好きの相棒と一緒でしたが、今年5月に亡くなりましたので、今年は
寂しく一人で
行って来ました。
 15日(日)は、「開会記念コンサート」に、
 16日(月・祝)は、「関西の音楽大学オーケストラ・フェステイバル」に、
連日のクラシック音楽を堪能しました。
 詳しくは、最後にご紹介するとして、その途中での光景などを、ご紹介したいと
思います。

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京都コンサートホールは、京都市営地下鉄・烏丸線の北山駅で下車します。
駅からホールに向かう地下道には、「京都コンサートホールに響く音楽」と言うタイトルの
京都市立芸大生の作品が、壁面を賑わしていました。

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円形に並んだ楽団員達です。

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指揮者ですね。

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コンサートホールには、立派な「パイプオルガン」があります。

地下道は、やがて地上に出ます。

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その階段には、こんな表示があります。

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さらに、その上には、こんな表示も。

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やがて右手には、こんな大きな建物が見えて来ます。
「京都コンサートホール」です。
手前の円形部分は、ホールへのスローブです。その先がホール部分です。
ホールは、「大ホール」と「小ホール」の2つがあります。
その先は、「ステージ」部分です。

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左手の1階は、レストランです。その先がホールの玄関です。

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その位置から東の方向を見ると、「比叡山」が見えます。終演後の風景です。

「京都コンサートホール」は、
平成7年(1995)1月に開館しました。阪神・淡路大震災の年です。
地上 5階 地下 2階  敷地面積 9,900平方m
大ホールの客席数 1,833席  です。

 次回に続きます。

2019年9月24日 (火)

平安宮内の史跡を辿る(5)

 前回の続きです。最終回です。
 「平安宮」内のうち、「内裏」内の史跡を辿って、
「下立売通」を西から東に向かって歩いています。

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進行方向右手(南側)にある史跡です。

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「承明門」跡です。内裏の正門です。門をくぐったその先には、「紫宸殿」が
あります。今の京都御所と同じ配置です。

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その反対側(北側)には、「紫宸殿」跡の説明板が民家の軒先に掲げられていました。

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さらに、その先にも「内裏」跡の説明板がありました。

「内裏」は、何度も焼失したそうですが、安貞元年(1227)の焼失以降は再建される
ことなく、「里内裏」(主に摂関家の邸宅内に設けられた仮りの内裏)が皇居となったとのことです。

 さらにその先に進むと、北側にある「山中油店」の東寄りには、

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内裏外の「一本御書所」跡があります。

下立売通での史跡巡りを終えて、「京都アスニー」に向かいました。

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「京都アスニー」には、「平安宮造酒司倉庫」跡があります。

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その石碑です。ここでは、内裏に納める酒や甘酒や酢などを醸造していたそうです。

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「京都アスニー」の正面玄関前には、この様なものが見られます。
これは、「造酒司倉庫」跡の柱穴を示したものだそうです。

 折角ここまで来たのですから、「京都アスニー」の中に入りました。
 以前は良く出入りしていましたが、最近はご無沙汰しています。

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入って左手には、「京都市平安京創生館」が展開しています。
見える壁画は、源氏物語の中の「車争い」の場面です。

展示スペースの中に入って見ました。

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平安京の全景復元模型です。東南角から眺めています。
縮尺1000分の1の復元模型で、我が国最大級の歴史都市の復元模型だそうです。
平安京の研究者の総力を結集して造られたそうです。
「朱雀大路」は、左手に左右に平坦地(東寺と西寺)の真ん中を通って右斜めに通じて
いますが、小さくて良く見えませんね。
ここから真っ直ぐ先に見える山は、多分「愛宕山」だと思います。

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「豊楽殿」の復元模型も、ここで見られます。20分の1の模型だそうです。

 まだまだ訪ねられていないところがありますが、主なところは辿れたと思っています。

 次は、「平安京」の外周を歩いて見たいと考えていますが、体力が心配です。

2019年9月22日 (日)

平安宮内の史跡を辿る(4)

 前回の続きです。
 発掘調査によってその存在が確認された「平安宮」内の史跡を
辿って歩いています。
 「朝堂院・大極殿」と「豊楽院・豊楽殿」とを見て来ましたが、
今回は、「内裏」の史跡を見て回りました。
 主に、千本通より東、丸太町通より北の地域に点在しています。
 最近も発掘調査の結果が、地元新聞に掲載されました。
 内裏の内郭回廊跡の地下を通る「排水溝」が発見されたとのことです。
切石や河原石を使って、丁寧に造られているたそうです。
 場所は、土屋町通下立売下ル付近です。

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「内裏内郭回廊跡」です。説明板によれば、昭和49年4月 平安博物館とありますので
少し古い時代の発掘調査によるものと思われます。
お地蔵さん?が祀られているのは、如何にも京都らしい感じがします。

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その場所の説明板です。「平安博物館」は、今も「京都文化博物館」内にあったと
思います。

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(またまた写真がダブッて仕舞ました)

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こちらは最近の説明板です。

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その場所のほぼ全景です。東北角から見渡しています。
冒頭の記事の場所も、ここではないかと思います。

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ほぼ真ん中に置かれた石碑です。

「下立売通」を東に向かって歩いています。

やがて北側にあったのが、この史跡です。

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「蔵人」とは、元は天皇や皇室の蔵の管理人だったのが、後に天皇の側近になった様です。
そんな人達が住んでいた場所です。

 次回も続きます。

 

 

 

 

 

2019年9月20日 (金)

平安宮内の史跡を辿る(3)

 前回の続きです。
 今回は、千丸交差点の西南にある「豊楽院」跡を訪ねます。
 丸太町通の1つ南の通りにあります。千本通を西に行くか
七本松通を東に行くかです。

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千本通を西に向かって歩くと、こんな光景のところに来ます。史跡は道の両側にあります。

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先ず左側から見ます。豊楽院の正殿が「豊楽殿」です。豊楽殿は、国家的饗宴の場です。

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変色していて殆ど読めませんが、説明板です。

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史跡を東北角か見ています。

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史跡の真ん中辺りを見ています。

 次に、北側の史跡を見ますと、

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こちらは南側より後に発掘調査されました。「平安宮跡豊楽院跡」と刻まれています。

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説明板ですが、図の下側が、史跡の南の部分、上側が今見ているところです。

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史跡の全景を、東南角辺りから見ています。
低い石碑が奥(左手)の方と、手前に見えます。

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奥にあった方がこれです。「清暑堂」とは、天皇の控えの間です。

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手前側の石碑です。表示の通りです。豊楽殿の大きかったことが、良く判りました。

 次回も続きます。次回は、「内裏跡」の史跡を訪ねます。

2019年9月18日 (水)

平安宮内の史跡を辿る(2)

 前回の続きです。
 千本丸太町付近の「平安宮」内の「朝堂院・大極殿」跡を
辿りつつ歩いています。
 千丸交差点から、少し北西に来ました。千本丸太町の北行きのBS前です。

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西側にある食堂の北隣には、こんな大きな石碑が立っています。

その右手の細い道に入ります。そこは、「内野公園」と言います。

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そこの配置図が示されています。左手に「千本通」と書いていあるところから入って来た
わけです。そして、赤字で「現在地」と書いてあるところに立っています。
右手(西方向)に進みますと、

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直ぐに、この大きな石碑が見えます。

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石碑の真正面に立っています。
平安遷都1100年(明治28年)に建てられたとか。

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少し西寄りから見ています。

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ここには、2つの説明板が立っています。

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もう1つの説明板です。

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内野公園の西から東の千本通を見ています。丁度市バスが停車しています。
千本丸太町の北行きのBSです。
内野公園は、最近整備されて、すっきりとしました。

 次回も続きます。次回は、「豊楽院」跡に行きます。

 

 

2019年9月16日 (月)

平安宮内の史跡を辿る(1)

 先日来は、「平安京」の中心部の「平安宮」の外周を歩きましたが、
今回は、「平安宮」の内部の「史跡」を辿って歩きます。
 発掘調査で多くの史跡が見られますが、その主なものについて
ご紹介したいと思います。
 宮内の施設の中で重要なものとしては、
  「内裏」 天皇の居所  「朝堂院・大極殿」 政の場  「豊楽院」 饗宴の場
 などが挙げられるかと思います。

 今回は、それらの史跡を巡ります。

 先ず、政(まつりごと)の場 「朝堂院・大極殿」関係の史跡から、
ご紹介します。これらの史跡は、千本通丸太町(所謂 千丸)付近に集まっています。

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その「千丸」交差点の様子です。東南角から見ています。
斜め上下が「千本通」=平安京の主通り「朱雀大路」です。左右が「丸太町通」です。
各角の歩行路には、平安京や平安宮に関する説明板が設置されています(但し北東角
にはありません)。

東南角には、この様なものが見られます。

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この付近の観光案内図です。見難いかも分かりませんが、真ん中の赤い四角が
現在地点の「千丸」です。赤い線で囲まれたところが「平安宮」です。
右下の四角は「二条城」です。ほぼ真ん中を上下に通っているのが「千本通」=「朱雀大路」
です。鉄
道線路は、「JRさがの線」です。左方向が「嵯峨嵐山駅」、下の方向は「二条駅~京都駅」
になります。

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上と同じ場所には、こんな図も見られます。「平安宮」の復元図です。
中央が「朝堂院」と、その奥に「大極殿」があり、その右上には「内裏」が、
朝堂院の左手には「豊楽院」があります。
平安宮の北(上)には「一条大路」が通っています。

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さらに、同じ場所には「朝堂院」跡についての、こんな説明板も見られます。

「千本通」を西に渡って、千丸交差点の南西部に来ますと、

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「平安宮」跡の、こんな説明板があります。

ここから、「丸太町通」を北に渡ると、西寄りには

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(何故か同じ写真が出て仕舞いましたが)工事中の「りそな銀行千本支店」の東南角にこんな石碑が建っています。
「朝堂院跡」とあり、「平安博物館」が建てられたやや古い史跡表示の石碑です。

千丸交差点の北西角にも、多くの史跡表示が見られます。

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先ず「大極殿」跡の説明板です。丁寧な説明がされています。

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こんな色彩付きの「大極殿」での「朝賀」の図です。

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地面には、ここに「大極殿」があったであろう表示も見られます。
向こうに見える道路は、「丸太町通」です。
ここに、大極殿を模して、8分の5の大きさで建てられた平安神宮の外拝殿より
大きな建物が建っていたとは、想像しきれません。

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近くで撮りました。人影は、私です。

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その近くの「千本通」の道端にも、こんな石碑が見られます。

 次回に続きます。

2019年9月14日 (土)

平安宮の外周を歩く(9)

 前回の続きです。今回が最終回となります。
 「平安宮」の外周の「東辺」の「大宮通」を北に向かって歩いています。

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「中立売通」との交差に来ました。その北西角には、こんな石碑が建っています。
「此付近大内裏(平安宮)及聚楽第跡」とあります。
後に豊臣秀吉が、平安宮の跡地に自分の城の「聚楽第」を造営しましたが、
養子の秀次の失脚ごは、徹底的に破却しました。

ここまで、門を1つ飛ばして仕舞いました。「上長者町通」にあった「上東門」です。

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北に進みます。道幅がやや広くなっています。

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右側には、「名和長年公遺跡」があります。南北朝時代の武将ですね。

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漸く「一条通」の手前まで来ました。横断歩道の手前が一条通です。

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再び「一条大路跡」の説明板とも再会です。

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今、自転車に乗った人が来た道が、「一条通」です。

 さて、最後に四周の歩数を確認したいと思います。

 (1)北辺  1,783 歩  しかし歩幅から言って異常値かと?       東西 約1.2Km
 (2)西辺  3,475 歩                               南北 約1.4Km
 (3)南辺  3,126 歩
 (4)東辺  約3,000歩 道探しの為に行ったり来たりしたので不正確

 何れにしても、「平安宮」の外周を歩いた結果、トータル約1万歩を超える歩数だつたと言う
ことが出来るかと思います。実際には猛暑の中を歩いたので、体感的にはその2倍近く歩いた
思いです。

 最後になりましたが、「平安宮」の地図をご覧願います。

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拡大した為、文字がぼやけていて申し訳ありません。
なお、下に入っているカーブは、JRさがの線ですが、上のカープは
判りません。
これからの予定ですが、「平安宮」内の主な施設について、発掘調査された
結果を、ご紹介したいと考えております。

2019年9月12日 (木)

平安宮の外周を歩く(8)

 前回の続きです。
 「平安宮」の外周歩きは、いよいよ最後の「東辺」を歩きます。
 「東辺」は、現在の「大宮通」ですが、「二条城」がそれを中断
していますので、二条城の北辺の通り「竹屋町通」から北に向
かいます。
 道路標示が無くて、大宮通を探し出すのに一苦労しました。

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向こうが「二条城」、その手前の道路が「竹屋町通」です。
ここには「郁芳門」がありました。

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ここから「大宮通」、すなわち「平安宮」の外周の「東辺」の始まりです。
道は狭くて、寂しげな雰囲気です。

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直ぐに「丸太町通」(左右の通り)に出ました。
ここには「待賢門」がありました。現在近くには「市立待賢小学校」があります。

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丸太町通を渡って、北に向かいます。この辺は普通の町屋が続いています。
道幅もそれなりの広さです。

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やがて「出水通」と交差します。ここには「陽明門」がありました。

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「下長者町通」との交差で、大宮通は少しばかり「屈折」しています。
すなわち、突き当りを左折して少しして右折します。
「洛中」でも何故か時々こんなところがあります。

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再び直進、北に向かいます。

 次回に続きます。

2019年9月10日 (火)

平安宮の外周を歩く(7)

 前回の続きです。
 この辺り少しややこしいのですが整理しますと、

 「平安宮」の南辺は、本来は現在の道路名では「上押小路通」ですが、
多分江戸時代に「二条城」が、そんなことは無視して造られたため
道路は無くなってしまった。現在はその南に少し下がったところの
「押小路通」に引き継がれたものと思います。
 二条城の造営は、「神泉苑」をも大幅に呑み込んでいます。

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千本通から押小路通に入って直ぐのところから東の方向を見ています。遠くの
山並みは、東山連峰です。左手前は、「京都市立中京中学校」です。

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その校門の傍に立っている説明板です。

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その説明板にあった地図をお借りしました。「千本通」の文字の「千」の直ぐ上の右手
に延びる狭い道路が、「上押小路通」です。

押小路通を東に向かって歩いています。

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やがてこの様な石碑に出合いました。昔の「神泉苑」の西端の位置を示して
います。市営地下鉄東西線の工事中に発掘調査で分かったそうです。

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逆光で見難くなりましたが、現在の神泉苑の北門です。画面一杯が現在の神泉苑
の境内です。昔は北の方向に大きく広がっていた様です。今の二条城の中にまで。

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こちらは、昔の神泉苑の東端を示しています。

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平安宮の東辺の現在の「大宮通」です。南の方向を見ています。

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そこから北の方向を見ています。大宮通は二条城に呑み込まれています。
即ち、大宮通は二条城のために、中断されています。

 さて、南辺の歩数は、3126歩 でした。東西は 約1.2Km と言われていますので、
1歩は 0.384m となります。
 北辺の歩数は 1783歩だったので 何故か随分歩数は違います。
 3126÷1783=1.75 自分が認識する歩幅から考えて 北辺の歩数は間違いと
言わざるをえません。
 最後「東辺」の歩きの結果を見て、再考したいと思います。

2019年9月 8日 (日)

平安宮の外周を歩く(6)

 前回の続きです。
 外周の南辺を、東に向かって歩いています。
 平安京の主道路である「朱雀大路=現在の千本通」に
います。「押小路通」より少し北に(上る)と東側に、こんな一郭があります。

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「此附近平安京大内裏(=平安宮)朱雀門跡」と刻まれています。

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その傍には、こんな説明板も。

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文字の部分をアップして見ますと。

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上の一郭の手前、中華の店「天下一品」(左手)の前の道=「上押小路通」が平安宮の
南辺の道路の様です(私の持っている地図では)。

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(同じ画面が入って仕舞いましたが、未だ画面の消し方が判りません、悪しからず)

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その道の東は「二条城」の西辺に突き当ります。そこから西の方を見ています。
千本通を見ていることになります。

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突き当りの二条城の西辺です。右手には「西南隅櫓」が見えます。
左右の通りは、「美福通」(現在の)です。ここにも「美福門」がありました。

 次回に続きます。

 

2019年9月 6日 (金)

平安宮の外周を歩く(5)

 前回の続きです。
 「平安宮」の東辺と西辺を歩き終え、今回は「南辺」を歩きました。

 前回の西辺の南端、御前御池の交点から、東に向かって歩きます。

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上下の通りが「御前通」、左右が「御池通」です。本当は御池通ではなく「上押小路通」
(御池通の一筋北にある筈ですが、この辺りには無かった)になる様です。
上の写真の「花登」から右方向に歩き始めます。

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東に向かって歩いています。突き当りには「JRさがの線・二条駅」が見えます。
鉛色の屋根が見えます。

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南北路の「七本松通」との交点に来ました。
ここには「皇嘉門」がありました。

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その位置から東を見ますと、御池通は右手に見えるJR二条駅の方向になり、
左手の道は「押小路通」となって「千本通」に向かいます。

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先程の場所から、少し東に進みますと、上に述べた景色がより分かり易くなるかと
思いますが・・・。前方の高架はJRさがの線のものです。

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千本通に来ました。左右が千本通、上下が押小路通です。

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千本通の中央から北を見ています。千本通は、平安京のメインロード「朱雀大路」です。

 次回に続きます。

 

 

 

2019年9月 5日 (木)

暑さも峠を越えたか植物園(4)

 前回の続きです。
 暑さもやや和らぎ、少しだけ過ごし易くなった、京都府立植物園内を
歩いています。「観覧温室」で珍しい花を見て、満たされた気分で、
「四季彩の丘」に来ました。

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少し涼しくなったとは言え、「秋」は未だ早いですよね。
秋の景色の「ススキ」の代わりに、この「パンパスグラス」でちょっぴり気分を。

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「ヘビウリ」が、前回より大幅に増えていました。先端が地面に着いているのもありました。

「四季彩の丘」から、北山門に向かう途中で見掛けました。

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「リコリス スクアミゲラ」(ナツズイセン)と言います。

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アップで見ています。

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北山門近くの「ワイルドガーデン」で、一際目立った「サルビア・スプレンデンス」です。

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その傍には、背の低い「ヒマワリ」の群生です。

 次は、「秋」の気配が感じられる頃に訪れたいと思います。

 次回は、「平安宮」外周歩きに戻ります。

2019年9月 4日 (水)

暑さも峠を越えたか植物園(3)

 前回のつづきです。
 「観覧温室」内を歩いています。

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お目当てのものに行く前に出合ったのが、これでした。

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「トーチジンジャー」と言います。ここでは不思議な植物や花に出合えます。

さて、お目当ては!

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「アフリカバオバブ」です。

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かなり高いところで咲いていました。

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位置を変えて撮って見ました。不思議な形をしています。

 夜咲く花が見られる「昼夜逆転室」にも入って見ました。

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狭い部屋ですが、全景です。

 幾つか撮ったのですが、上手く撮れていませんでした。

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辛うじて撮れた1つです。名前も自信がないのですが「コマツヨイグサ」?

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もう1つは、これでした。「マツヨイグサ」?
「ゲッカビジン」などもあるそうですが、咲いていませんでした。

 次回も続きます。

2019年9月 3日 (火)

暑さも峠を越えたか植物園(2)

 前回の続きです。
 「観覧温室」に向かっています。

 「観覧温室」の入口の手前には池があって、色んな「スイレン」が
咲いていました。

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薄い黄色の花達が、背比べの様に咲いています。
池面に映っているのは、観覧温室の建物です。

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少しお疲れ気味の薄ピンクです。

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こちらの紫達は、どれも元気そうです。

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こちらの白達は、お互いに自己主張している様です。

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薄紫は高貴な感じです。

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近くで咲いていたので、やや大きく撮れました。

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可愛い感じの白紫色です。

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こちらの白達も一生懸命の背比べです。

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温室に入って直ぐにも小さな池があって、ここにもスイレンが咲いていました。
ここでは「オニバス」なども見られます。

 「スイレン」シリーズを終わりまして、お目当ての所へ。
 次回も続きます。

2019年9月 2日 (月)

暑さも峠を越えたか植物園(1)

 硬い話が続きますので、ここいらで気分転換を。 

「朝顔展」以来の京都府立植物園へ。8月26日(月)の午前中のことです。
 日差しは未だ未だ強いですが、蒸し暑さが無く、吹く風に爽やかさを感じながら
その後の変化を求めつつ、園内を歩きました。
 何時もの様に「北山門」から入って、今回は時計回りに歩きました。

 前回良く咲いていた「タイタンビカス」などが咲くところに、先ず行って見ました。

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するとどうでしょう!未だ皆さん頑張って咲いているではありませんか!
赤が一番多いですが、その他の色も頑張っていました。

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モミジアオイも、この様に。

「あじさい園」内に立つ「フウ」(親しみを込めて「フウちゃん」と)の様子を見ました。

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少し離れた場所からの全景です。
何故か葉っぱの着き方が前と違う様に思います。

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枝の部分を見ていますが、葉っぱが枝に纏わりつく様に見えます。
例えば「蔓」性の植物が枝に絡んでいる感じです。
台風がどんな作用をしたのでしょう?

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夏の花「カンナ」も、少し衰えが見られます。

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元気そうな部分を見てみました。
近くに植えられていた「ヒマワリ」は無くなっていました。

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正門から入ったところの「カンナ」達は元気でした。

 この後、久し振りに「観覧温室」に入りました。是非見たいものがあって。
 夏は敬遠していたのですが・・・・。

2019年9月 1日 (日)

平安宮の外周を歩く(4)

 前回の続きです。
 「平安宮」の西辺を歩いています。現在の通り名では「御前通」になります。

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左手は「朱二校」です。向こうに見える高架は、「JRさがの線」です。
左方向が二条・京都で、右方向が太秦・嵐山です。

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この辺りの道幅は、少し広くなっています。

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前出の説明板にもあった様に、この辺りは「平安宮・左馬寮」があったところです。

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現在の「太子道」との交点で、ここには「談天門」がありました。

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この辺りは、「右馬寮」がありました。

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さらに南に進みます。左側はグランド、右側は量販店です。

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西辺の最南端に来ました。左右の通りは「御池通」です。

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それを示す道路標識です。

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左右が「御前通」、上下が「御池通」で、御池通の東方向をみています。
すなわち、この通りが「平安宮」の南辺」になります。次回は、ここから東に向かいます。

 今回の西辺を歩いた歩数は、3,475歩 でした。南北の距離は、約1.4Km と言われて
いますので、1400m÷3475歩=0.403m/歩 となります。

 この程度ならば最近の私の歩幅から言えば妥当なところかと思います。
 前回の北辺では、 0.673m/歩 でしたので、大き過ぎると思っていました。

 後 南辺と東辺を歩きますので、再び検証したいと思います。

 

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