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2019年6月 9日 (日)

京都市西京区・樫原地区の「のきさき市」へ(2)

 前回の続きです。
 「のきさき市」が催されている「樫原」の町並みを西に向かって歩いています。
 狭い旧街道を路線バスやマイカーが、結構多く通ります。
 思い出しました。私が個人でお墓詣り(西山霊園)に行く時、老の坂行の
路線バスは、ここを通っていました。

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ずっと右側でしたが、初めて左側に変わります。この家の主でしょうか?
和物の店を開いておられます。

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府道67号線との交点の手前・左側です。お二人目下お食事中の様です。

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67号線を越えた左手角には、「蔵之助」と言う名の生パスタのお店がありました。

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その店の前から、前方を見通しています。
左手先の建物については、次の場面でご紹介します。右手はマンションです。
そのマンションの手前にもご紹介場面があります。

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先ず左手の建物ですが、古い米倉です。「郷倉」と言います。
平安時代に各郷(ここ樫原は「岡郷」と言った)にそれぞれ年貢米等を収蔵する
「郷倉」が設けられたそうです。近隣で「郷倉」が残っているのは、ここだけだそうです。

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その向い(マンションの右横)に立てられていた駒札(説明板)です。
こんなことがあったのですね。

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草などに覆われた「小畠川」です。極狭い水路です。
傍には「勤皇家殉難之碑」と言う石碑も建っていましたが、何の説明も見当たりません。

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涼しげな浴衣姿の若い女性 3人が何やらお店を遣っていました。

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その隣には、浄土宗西山深草派 紫雲山 龍淵寺」と言うお寺がありました。
「辻のお地蔵さん」と、親しみを持たれているそうです。
無病息災・諸願成就・安産に霊験あらたかとか。

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そこから先、右手のお宅の格子には、地図が掲示されていました。
近寄って見ると、江戸時代から現代までのこの近辺の地図でした。

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江戸時代のものです。左手下に赤線が引いたところが「樫木原」とあります。

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明治25年当時です。岡村字樫原(右から書いて)とあります。
道路は、旧山陰街道でしょうか。

 次回に続きます。

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