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2019年6月13日 (木)

京都市内を歩く 二条から壬生まで(2)

 前回の続きです。
 JR二条駅をスタートして、二条城の外をほぼ一周して、
二条城の南側から「神泉苑」に入りました。

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神泉苑は、実はお寺なんです。東寺真言宗のお寺です。
ここは本堂で、ご本尊の聖観世音菩薩が祀られています。

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そして、こちらには平安時代に空海が勧請して祈雨の修法を行った「善女龍王」が
祀られています。

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さらに、これは日本で唯一つの「恵方社」です。その年の恵方に向けられています。
お社が新しくなっていました。毎年大晦日にご住職がお社の向きを変えられるそうです。

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平安京造営の際には、ここは禁苑でした。
また、祇園祭の発祥の地でもあります。境内一帯は、国の史跡に指定されています。
二条城造営の際には、苑域が大幅に縮小されました。
朱色の橋を願いを込めて渡ると、願いが叶うとか。

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神泉苑から御池通を渡って、大宮通を下がって、ここ「二条陣屋」前に来ました。

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門から中を覗いて見ました。中には色んな仕掛けがあるとか。
さらに大宮通を下がって、「三条通」まで来ました。

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ここ三条大宮から「三条商店街」の西の方を見ています。この商店街は、東は堀川通から
西は千本通まで通っている庶民の町です。
左手に見える木々は、三条大宮公園で、ここでトイレ休憩です。

この商店街は、別名「金メダルロード」とも言われ、オリンピックのマラソン選手の「野口みずき」さんが
雨天の日の早朝練習に、ここを走っていたと言われています。

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三条大宮公園の一角では、アジサイが咲いていました。

大宮通から六角通を経て、ここ「六角獄舎跡」に来ました。

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江戸時代、ここに「六角獄舎」がありました。
ここでの歴史上の出来事として、2つが挙げられます。
その1 幕末、近辺で火災が発生し、当時獄に居た「平野國臣」ら倒幕勤皇の志士達が、
     ここで殺された。

その2 幕末、蘭学者の「山脇東洋」が、刑死した人間の解剖を、我が国最初にここで行った。

 次回に続きます。

 

 

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