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2019年5月

2019年5月10日 (金)

京都・嵐山の新緑(2)宝厳院

 前回の続きです。
 次は天龍寺の近くにある塔頭の一つ
「宝厳院」(ほうごいん)に向かいました。

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北側から進むと、初めて目にする「宝厳院」の北限です。

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「宝厳院」は秋の紅葉の名所ですが、従って新緑の今の時期の「青もみじ」の名所でもあります。

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新緑は続きます。

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ほぼ真ん中辺まで来たでしょうか。中には入らず外からの眺めです。

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未だ未だ続きます。奥深くには建物が見えます。

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萱葺の山門は、観覧の受付でもあります。

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その辺りの新緑です。

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さらに南に少し進んだ辺りの新緑です。背景の山並みは「嵐山」の一部です。

 或る事情により、当分休みとさせて戴きます。

 

 

2019年5月 9日 (木)

京都・嵐山の新緑(1)天龍寺ー4

 前回の続きです。

 天龍寺の「百花苑」から、「曹源池」の後の道を歩いています。

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シャクナゲの花の集合です。

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「青もみじ」の林を進みます。

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シャクナゲの女王さまです。

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ツツジですが、少し花の形が乱れている様に見えます。

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何の花でしょうか?

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アップしても花の名前は出て来ませんが・・・。

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これの名前は判っています。「黄蓮華躑躅」(キレンゲツヅジ)です。

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再び「シャクナゲの女王さま」です。

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最後に道の出口の「青もみじ」です。

 新緑と季節の花々を堪能して、「天龍寺」を後にして、次のポイントに向かいました。

 

2019年5月 8日 (水)

京都・嵐山の新緑(1)天龍寺ー3

 前回の続きです。

 「百花苑」内を歩いています。

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「小手毬」(こでまり)です。

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新緑の林です。

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「百花苑」から「北門」付近まで来ました。竹林です。沢山の「筍」(たけのこ)が見られます。
この奥には、有名な「嵯峨野の竹林の道」があります。

 ここから南の方向に進みます。曹源池の後を歩くことになります。

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竹林の中に咲く「シャクナゲ」です。

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「ボタン桜」が、未だ咲き誇っていました。

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「青もみじ」が美しいです。

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「シャクナゲ」の花が、仲良く並んでいます。

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こちらは白い「シャクナゲ」の集まりです。

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こちらは華やかな「シャクナゲ」です。女王さまの如く。

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再び「青もみじ」の群れです。

 次回も続きます。

 

2019年5月 7日 (火)

京都・嵐山の新緑(1)天龍寺ー2

 前回の続きです。
 「曹源池」の北のところに居ます。

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曹源池の北端から、大方丈を見ています。大きな建物に驚きです。

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大方丈の北側から、次の見どころ・百花苑へ向かいました。

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百花苑の入口です。

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躑躅です。

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八重の山吹です。

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藤です。色んな花が見られます。

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目が覚める様な新緑です。

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赤花蝋梅とありました。丁度トンボが止まっていました。

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塀越しの若葉です。

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純白の牡丹です。

 次回も続きます。

2019年5月 6日 (月)

京都・嵐山の新緑(1)天龍寺ー1

 桜の季節が終わり、新緑の季節へと移りました。
 そんな1日、4月28日 久し振りに「嵐山」にを新緑を求めて歩きました。
 そう言えば、暫く「嵯峨・嵐山マイコース」にも歩けていないことに気付きました。
1か月以上行っていません。
 こちらも久し振りに「嵐電」に乗って嵐山に向かいました。
 嵐山では、10連休の始めでもあり、外国の観光客を中心に大賑わいでした。
 着物姿の女性を多く見掛けました。

 「嵐電」嵐山駅に近い「天龍寺」からスタートしました。

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境内の奥に、この「庫裏」があります。
拝観券は2種類あって、お庭の拝観はこの手前を左へ、堂内拝観の場合はこの庫裏から
入ります。私は今回はお庭だけの拝観です。拝観券を買ってお庭に向かいます。

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(ダブって仕舞ました)

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「大方丈」(本堂)です。

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「大方丈」の前庭です。綺麗に掃き清められています。

「曹源池」に向かいます。

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曹源池の南の端の部分です。

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少しだけ北の方に目を転じます。

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更に北の方を見ています。奥に石組が見えます。

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その石組に寄って見ました。小さな滝組が見えます。
木々は池の水を吸い上げていて、活き活きとしている様です。

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北から南の方を見通しています。遠景の山は「嵐山」です。

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少し「大方丈」も入れて見ました。多くの人の姿が見えます。

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石組を近くから見ています。

 もう少し池の近くに居ました。次回に続きます。

 

 

2019年5月 4日 (土)

歴史の町ウォーク・亀岡(5)

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(手違いでここに入って仕舞ました、後程説明させて戴きます)

 

 

 前回の続きです。
 今回のウォークも終盤となりました。

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町中での1シーン。

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「稱名寺」です。生憎山門(薬師門)は工事中でした。城下で一番古い薬師門(元禄時代)
とのこと。
横手から境内に入らせて戴きました。

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本堂です。

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この梵鐘には、戦時下の傷跡が残されています。

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それはこの4つの穴です。説明によりますと、戦時下に金属供出で一旦出されましたが
奇しくも生き残り、終戦後返還されました。供出時金属分析のために試料として取り
出されものだそうです。

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街角に建つ「毘沙門堂」です。国分寺から明智光秀がここに安置後、
小早川秀秋の守護としたとか。

 その右隣にある「聖隣寺」です。

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山門前に建つ石碑です。

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境内を覗いて見ました。小早川秀秋の子菩提寺で、秀勝が建てたとか。
織田信長の五輪塔もあるとか。

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先の石碑の左側にはこんなものも。

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「坂部公園」の一角には、総堀のお土居が残っています。
この坂部氏は、槍奉行だったとか。坂部氏は後に「日本クロス」(京都市内)を
経営されていました。

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日本クロスの創業者・坂部三次氏像です。

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「三宅神社」です。古代奈良時代より年貢の屯倉に由来します。
建物は元禄時代頃のものとか。

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最後の見学地です。藩主形原松平家の菩提寺です。
形原松平家は、徳川譜代の大名で、この地で明治まで8代121年間続きました。
境内の撮影は禁止でした。境内には、歴代藩主の墓碑がありました。
流石大名家のお墓は立派でした。

 以上で、「歴史ウォーク・亀岡」は終りとさせて戴きます。

 なお、「亀岡市」は、京都市の西に位置し、京都市・宇治市に次ぐ人口8万8千人の都市で、
京都府下3番目の都市です。
 亀岡祭・亀岡光秀まつり・佐伯燈籠祭・保津川下り・嵯峨トロッコ列車・湯の花温泉などが
あります。
 

 

 

 

 

 


 

2019年5月 3日 (金)

歴史ウォーク・亀岡(4)

 前回の続きです。
 城下町・亀岡を歩いています。

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「形原神社」に来ました。ここは亀山城の大手門があったところだそうです。
亀山藩の最後は、形原松平家8代にわたって藩主を務めました。
形原松平家は、三河の出身です。ここは拝殿です。

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本殿です。ご祭神は、形原松平信岑(のぶみね)です。

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本殿の屋根の棟に、〇に利の字が見られます。

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ここにも。その謂れは、次の通りです。
形原松平家の家紋の〇に利の字は、4代家広が三河・大樹寺合戦の時に、
「利即是」の旗を掲げて戦い、あまりにも激しい戦いのために旗の「利」の文字
を残すのみになりまし
た。子孫がその武勲を忘れないために、家紋としたとか。

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「本町通り」です。城下町で本町通りとか大手門通りと言えば、メインストリートですね。
東西の通りとなります。手前が「形原神社」です。

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「亀岡祭」には多くの山車が出ます。ここはその山車の倉庫です。

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ここは「矢田町」です。その説明板です。山車は写真の通りです。

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この辺りにはお寺が多く見られました。歩いたコースでは、お寺が多い様に思いました。

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「古世地蔵堂」です。平安時代の武将・源 頼政の守り本尊がお祀りされています。

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お堂の上に掲げられている扁額です。

 次回に続きます。

2019年5月 2日 (木)

歴史ウォーク・亀岡(3)

 前回の続きです。
 「亀山城跡」(大本本部)を離れて、町中を歩きました。

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亀山城の「外堀」跡です。

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「元秋葉神社」です。
江戸時代の宝永年間に城下で大火があり、防火の神様として浜松から「秋葉三尺坊」が
祀られました。

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再び「外堀」に出合いました。流石城下町です。

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流石歴史の町、酒蔵にも出会いました。

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酒造家の表側の様子です。確か酒造家は2軒あったと思います。

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「マツモト」と見ました。スーパー「マツモト」は亀岡が発祥の地だそうです。
今は店舗はなく、物流拠点になっているそうです。

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古民家が、「観光案内所」になっていました。

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こちらの古民家も、観光拠点になっていました。

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亀岡の三大偉人は、石田梅岩(心学の提唱者) 出口王仁三郎(大本教祖) 
山脇東洋(初めて腑分けをした)と言われていますが、その「山脇東洋」の
邸宅跡が、この建物です。

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今年はさぞ盛り上がることでしょう。

 次回に続きます。

2019年5月 1日 (水)

歴史ウォーク・亀岡(2)

 前回の続きです。
 JR亀岡駅から、南郷公園を経て、「亀山城」跡に来ました。
 現在、「亀山城」跡は「宗教法人・大本」の「天恩郷」になっています。

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「大本」の関係建物は避けて、城跡を主にご紹介します。

城と言えば「石垣」ですが、復元されたものだそうです。

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慶長年間、亀山城は「天下普請」として、西国大名を動員して整備されました。
その時に、自藩の印を付けて石垣を築きました。

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嘗ての「内堀」が池になっています。カキツバタが植えられています。

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復元された「天守石垣」です。

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下から約3分の1は、光秀が築城した当時の「穴太積み」だそうです。

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反対側から見ています。

 次回に続きます。

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