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2019年3月 9日 (土)

紀州の旅(4)紀伊田辺市内-2

 前回の続きです。
 「紀伊田辺市内」の古きを訪ねて歩いています。
 そんな雰囲気が残っていると言う「南方熊楠旧宅」に向かいました。

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その近くに来ました。趣のある土塀がありました。目的地は、この先です。

ここには、南方熊楠の旧居とその顕彰館とがあります。
こちらは旧宅の本屋とその玄関です。彼は後半生ここに住んだとのことです。

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旧宅の主屋の玄関前です。質素な建物と見ました。

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玄関脇には、こんな表示がありました。

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主屋(右)と小屋(左)との間を覗いて見ました。

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裏の駐車場から見た建物群です。主屋は屋根の天辺が少し見えます。その手前は土蔵ででしょうか。

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旧宅の右側には、「南方熊楠顕彰館」が建てられています。ユニークな建物と見えました。

 旧宅前から海岸方向に向かって歩きました。

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暫く歩くと見えて来たのが、この邸宅でした。
「脇村義太郎」邸です。1900年生まれ、1997年死去された、経済学者です。
田辺市生まれ。日本学士院院長、文化功労者など。

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玄関は左手にあり、右手の奥行きを見ています。

 海岸に出ました。

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「扇ケ浜公園」や「海水浴場」です。海は「田辺湾」です。

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漁港もありました。見える橋は、「田辺大橋」です。

この辺りには、田辺市役所や文化会館などがありました。

その近くにあったのが

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これでした。

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草叢を掻き分けて見付けました。

 この後、「田辺大通り」を通って、JR紀伊田辺駅に向かいました。

 ◆限られた時間内で、紀伊田辺市内の古い町並みを見たいと思ったが、予め駅近くの観光案内所で聞いた範囲でも余り期待出来る所は無い様に感じたし、教えられた場所も以上でご紹介した程度でした。

 ◆城下町と言われているが、城は維新後取り壊され、残っているの「田辺城水門跡」だけとのことで、見学はしなかった。

 ◆田辺市が観光に力を入れているのは、熊野古道を中心にした「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産部分の様です。

 ◆江戸時代、紀州藩主徳川頼宣の執政家老安藤直次のもと、3万8千石の城下町として栄えた様だが、現在その面影は全く無かったと思う。

 ◆田辺市ゆかりの有名人物は、武蔵坊弁慶 南方熊楠 植芝盛平(合気道の創始者)
山本玄峰(禅僧) が挙げられています。

 















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