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2019年2月

2019年2月27日 (水)

久し振りの観覧温室

 久し振りに、京都府立植物園の「観覧温室」に、暖かさを求めて(動機不純!)入りました。やっぱり中は暖かかったです。

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「オニバス」の花です。

変わった花を集めて見ました。

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クレロデンドルム クァドリロクラレ シソ科 原産地 フィリピン

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名前不明 花の形に惚れました。

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アフェランドラ シンクライリアナ キツネゴマ科 原産地 コスタリカ パナマ ニカラグワ

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ビグノニア マグニフィカ  ノウゼンカズラ科  原産地 パナマ ベネズエラ

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ペリカンバナ  ウマノスズクサ科 原産地 グアテマラ アンティル諸島
府立植物園内で一番大きな花だそうです。

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オオベニゴウガン(赤花) マメ科  原産地 ボリビア 
白い花も咲いていました。

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フレイキネティア ムルチロラ  タコノキ科  原産地 フイリピン

 観覧温室には、まだまだ珍しい植物があります。



2019年2月26日 (火)

今年も「早春の草花展」がはじまりました(5)

 前回の続きです。最終回となります。「エリア 7」 牡丹庭園です。

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これぞ「牡丹」と言った色合いです。

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上とは反対に、こんな柄の「牡丹」もあるのですね。

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また、こんなエレガントな色調の花もありました。

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こちらの方も、ジスイズ・ボタンですね。

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こちらは、白色に極薄いピンクに染まった奥床しい色調です。

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「冬ぼたん」と「寒ぼたん」とは違う様です。

 今回の観察は終わりますが、もう1~2度行って見たいと思っています。

 地元紙の記事によりますと、

 ●地中海沿岸など夏は涼しく冬は温暖な地域を原産とする植物を中心に、

 ●約200品種 1万株を展示

 ●展示場は、約100メートルもあります。

2019年2月25日 (月)

今年も「早春の草花展」がはじまりました(4)

 前回の続きです。

 「エリア 1」から「エリア 5」まで来ました。
 今回は、「エリア 6」です。品種見本コーナーです。

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「エリア 6」を見通しています。

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個々に見て行きましょう。

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春らしい品種が見られます。

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珍しい品種でしょうか?

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陳列棚にずらり。

 次回(最終回)に続きます。











2019年2月24日 (日)

京都御苑の梅林を見る

 京都市内の梅が、満開を迎えようとしている様です。
 地元紙の「梅だより」を参考に、「京都御苑」の梅林に行ってみました。

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丸太町通に面した「間ノ町口」(あいのまちぐち)から御苑に入った正面に、やや小振りな白梅がありました。

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一部をアップで見ると、こんな具合です。五分咲きといったところでしょうか。

御苑内の一番西の道を、北に向かって歩きました。「宗像神社」の少し北のところに、白梅と紅梅の木が並んで立っています。

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手前が白、その先が紅です。ほぼ同じ位の大きさです。

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紅梅側から見ています。

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「出水の小川」の近くでは、蝋梅が何本か植えられていました。未だ木は小さいです。

「梅林」に入ります。

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梅林に入って直ぐの光景です。結構咲いています。

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紅梅をアップで見ています。こちらも五分咲き程度かと思われます。

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こちらの白梅は、満開に近い様です。

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こちらも満開近い状態と見ました。幹を見ますとかなり古木の様です。

 これから梅の花盛りを向かえそうです。


2019年2月22日 (金)

今年も「早春の草花展」がはじまりました(3)

 前回の続きです。
 「エリア 4 花のテラス」に移ります。

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「エリア 4」を見通しています。

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窓辺のイメージでしょうか?

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テラスに置かれたテーブル上の花達です。

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木の空洞を利用した展示です。

 次は、「エリア 5 京モダン」です。

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「エリア 5」のほぼ全景です。

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「花詣」風の展示です。

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まさに「京モダン」です。

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こちらも「花詣」風です。

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可愛くて美しい花達です。

 次回も続きます。













2019年2月21日 (木)

紀州の旅(2)紀伊田辺へ

 前回の続きです。
 「重伝建・湯浅町」を堪能した後は、今夜の宿の紀伊田辺へ向かいました。
 湯浅駅は特急が停車しない時があるので、停車駅の御坊駅まで行き、そこから特急に乗りました。偶々乗った特急が、「パンダ号」でした。
 車内や車体の外観を、ご紹介しましょう。

 先ず、車内の様子から。

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車内の自動開閉式の扉には、パンダが3頭が見えます。

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座席の頭の部分のカバーでも。

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カバーの裏側にも。

 次に、紀伊田辺駅に着いた時に撮った車体の外観です。

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特急列車の先頭車の前面です。上手く造られていて、面白いですね。

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車体の側面の一部です。

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さらに、その先を見ました。

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パンダばかりではありません。
元は、「白浜アドベンチャーワールド」に依るもだと思われます。

 次回にも続きます。紀伊田辺が対象となります。















2019年2月20日 (水)

今年も「早春の草花展」がはじまりました(2)

 前回の続きです。
 今年の「早春の草花展」の「エリア2」 大きなハートを添えて に入ります。

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外形がハート形に見える様に感じました。

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後半を見通しています。

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こちらは、はっきりとハート形です。

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このエリアの最後部分です。

次のエリアに移ります。「エリア3」は、苔庭三題 です。

(1)茶庭錦葉集

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お茶室前のお庭でしょうか。

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そこには梅が咲いていました。

(2)陽春

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(3)鶴島・亀島

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左が亀島、右の大きいのが鶴島です。

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鶴島では、「フクジュソウ」が咲いていました。

 次回にも続きます。


















2019年2月19日 (火)

紀州の旅(1)湯浅町-4

 前回の続きです。
 「重伝建地区」を歩いています。その中でも、最も雰囲気がある「北町通り」を西から東に向かって歩いています。

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醤油醸造家の「角長」からスタートして、町並みを見通しています。道幅は狭いです。

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この北町通りには、これがやたら多かったです。鋏や文鎮は判りますが、万年筆?ボールペン?後は判りません。

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この辺りは、かつて醤油醸造家だった家が多い様です。

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こちらは、「盃」(さかづき)ばかりです。

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「太田久助吟製」と言うお店です。
建築年代は江戸末期頃とか。元は醤油醸造家だった様ですが、現在は「金山寺味噌」を製造販売されています。私は好きなので、お土産に買いました。

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北町通りから裏に回って見ました。「大仙堀」です。
昔、醤油の原材料や商品の積み下ろしをした内港です。
石積みの堀に建ち並ぶ醤油蔵などが独特の景観を見せています。

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こんなレトロな街燈も見られました。

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「加納家」です。大正10年の建築とか。この町の特徴が殆ど揃っています。
その時代に流行した黒漆喰仕上げの2階の壁が魅力的です。

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江戸末期の民家を改装した「北町茶屋いっぷく」です。

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そろそろ終点のこの町並みを見通しています。

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2つも並べたお宅もありました。色んな小物が飾られています。

この先に、前回ご紹介した「麹屋」や「岡正」があります。

以上で、「湯浅町伝統的建造物群保存地区」のご紹介は終わりですが、簡単にこの町の概要についてご紹介します。

◆旧市街地の北西に位置し、東西約400m 南北約280m、面積にして約6.3ヘクタールあります。
◆16世紀末期頃に開発されたと言われています。北町・鍛冶町・中町・浜町を中心とする醤油醸造業が最も盛んであった一帯。、
◆平成18年(2006)12月19日に、全国初の醤油醸造の町として、「重伝建群保存地区」に選定されました。

 この後は、JR湯浅駅から、今夜の宿がある「紀伊田辺駅」に向かいました。




























2019年2月18日 (月)

紀州の旅(1)湯浅町-3

 前回の続きです。
 「鍛冶町通り」や「北町通り」の一部を見た後、丁度お昼になったので、食べる所が生憎の定休日(この地の)だった為、中々見付かりません。醤油醸造家「角長」さんに教えて貰い、
前々回にご紹介した「しらす丼」のお店で、漸くお昼に有り付けました。
 そして、お昼の後は、「重伝建地区」の1つの通り「浜町通り」を通って、「北町通り」に向かいました。

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その入口に掲げられた表示です。

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入口近くから、北の方向を見ています。

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この通りで、目立ったお宅が少し先の建物です。「旧赤桐家」です。
明治40年の建築で、醤油醸造家の主屋です。町家建築としては最大規模を誇る、長さ5間半以上に及ぶ虫籠窓です。

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この町で多く見掛ける小形ショーウィンドー「切子格子」です。
そのお宅の家宝的な物品が展示されている様です。

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浜町通りの突き当りは、北町通りになります。
そして、突き当りのお宅は、醤油醸造家の「角長」(かどちょう)です。

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近寄って見ました。建物としての特徴は、「厨子」(つし)二階と「本瓦葺」の2つです。

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西の方向を見ています。

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反対の東方向です。手前がこのお宅の入口です。
「角長」は、天保12年(1841)の創業で、慶応2年(1866)建築の職人蔵と醤油資料館になっています。

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浜町通りを振り返って見ています。

 次回も続きます。次回は見所の「北町通り」を歩きました。























2019年2月17日 (日)

紀州の旅(1)湯浅町-2

 前回の続きです。
 湯浅町の「重伝建地区」に、漸く辿り着きました。

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先ず「重伝建地区」の地図を、ご覧戴きましょう。
最も雰囲気があったのは、「北町通り」でした。
湯浅駅から歩いて来て、最初に通ったのは、上の地図で左端の「鍛冶町通り」でした。

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案内書には特に名前は記載されてないのですが、町の雰囲気に合わせて造られている様に感じた町並みでした。

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「栖原家」住宅です。明治7年建築の醤油醸造家の主屋は、全体的な構造から細部意匠に至るまで、湯浅特有の様式をよく残しており、代表的な町家建築として位置づけされているとのことです。

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「竹林家」住宅です。長大な間口に6つの虫籠窓がずらりと並ぶ主屋は、醤油と漁網の販売を営んでいたとか。

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鍛冶町通り(左)と北町通り(右)との交点角にある「岡正」です。
最初の地図は、この左手先にありました。

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この「岡正」に掲げられた表示です。

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立ち位置を変えて、交点角を見ています。
北町通りは、突き当りを左に進みます。

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その突き当りにあるのが、「津浦家」住宅です。
かつては醸造に用いる「麹」(こうじ)の製造販売店です。主屋は、明治11年の建築とか。
この建物には、2つの特徴が見られます。
1つは、軒にある「幕板」(まくいた)です。もう1つは、中2階の「虫籠窓」の形状です。

 次回も続きます。

2019年2月16日 (土)

紀州の旅(1)湯浅町-1

 久し振りに紀州に出掛けました。
 目的は、(1)有田郡湯浅町の伝重建群地区を観る (2)田辺市内を歩く の2つでした。

 先ず、醤油の町・湯浅町の「伝重建地区」をご紹介します。私達にとって「伝重建地区」探訪は生涯のテーマと言えます。

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スタートは、ここJR勢本線・湯浅駅からです。時に特急も停車する駅です。
駅近くにある観光案内所で、「伝重建地区」などについて、教えて貰いました。

目的地に向かって歩き始めました。

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先ず始めに出合ったのが、この石碑でした。「熊野古道」が、この町を通っていて、これは「立石道標」と言います。天保9年81838)に建てられました。

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見る位置を90度変えて見ています。

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マンホールの蓋の図柄は、その町の名所や名物を端的に示していますが、お城は「湯浅城跡」を表わしています。後は魚類や蜜柑なども現わしています。

熊野古道とは、立石道標から離れて進みました。そして直ぐにあったのが「深泉寺」(しんせんじ)でした。

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お寺の正面です。西山浄土宗のお寺で、和歌山県指定文化財だそうです。

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本堂の屋根には、こんな凄い「鯱」(しゃち)が付いていました。

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山門の右手には、不思議な木がありました。
良く見ると、木の幹が捻じれているのです。自然にこんな状態になったのでしょうか?
そして、山門の左手には、

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地震と津波の記念碑です。地震や津波の恐ろしさを伝えています。

丁度お昼になったので、醤油の醸造屋の女ご主人に食堂を教えて戴き、そこでお昼を戴きました。

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ここの名物食べ物の「しらす丼」(左手)を戴きました。
右手のお蕎麦とセットになっていました。何故か「ハモ」が入っていました。
どちらも美味しかったです。

 次回も続きます。漸く「重伝建地区」に入ります。

2019年2月15日 (金)

今年も「早春の草花展」がはじまりました(1)

 2月8日(金)から始まりましたが、先ず11日(月・祝)に行きました。

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今年のPRポスターです。

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会場の外観です。「森のカフェ」の近くにあり、「大芝生地」の北側にあります。
西から東に向かって伸びています。

今年も、7つのテーマが設定され、テーマに即した展示がされています。

先ず 「エリア1」ブランコと花畑 から、ご紹介しましょう。

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エリア1のほぼ全景です。春景色です。

目ぼしい展示に注目して見ましょう。

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春色一杯です。

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春の代表選手ですね。

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これから徐々に開花を迎えます。

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満開の様です。

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そろそろ満開か?

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漸く主役の1つ、ブランコが登場!動きませんが・・・。花達に囲まれてご機嫌の様です。

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エリア1の最後の展示です。お花畑ですね。

 次回、まだまだ続きます。













2019年2月14日 (木)

面白いものを見付けました(2)

 前回の続きです。
 個々に近寄って見ました。

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プラの原野に立つ「ゴジラ」。

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プラ人形達の「タワー」。

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ゴジラに吼える「プラ犬」。

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何かの「怪獣」、「龍」?。

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低く唸り声をあげる「プラ犬」。

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「プラ基地」?

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旧日銀京都支店の窓口から首を出す「ゴジラ」。

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笑み?を浮かべる「ゴジラ」ちゃん。

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吼えつつ、ノッシノッシと歩く「ゴジラ」。

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低く身構えた「プラ犬」。今にも飛び掛かりそうな感じ。

 力作揃いの「プラオモチャ」の世界でした。













2019年2月13日 (水)

面白いものを見付けました(1)

 京都文化博物館では、1月19日から2月3日まで、「Kyoto Art for Tomorrow 2019」 京都府新鋭選抜展 と言う美術展が開かれました。その中で、「特別出品」として
「ジュラから受け継ぐ」が同館別館で展示されました。作者は「藤 浩志」氏です。

 私の印象・感想は、良くぞまあこんなに膨大な材料を集め、見事に「ゴジラ」などを造り上げられたもんだなあと感心するばかりです。

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文博本館のロビィにて、早くも出現!

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真横からも観察。

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本館内の通路でも。

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別館の外でも。

別館内に入ります。

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別館内での全景です。

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東側から見ています。

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反対の西側から見ています。手前には大きな山が出来ています。

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山を中心に見ています。色んなプラのオモチャが積み上げられています。
集めるのもさぞ大変だったことと思います。

 次回に続きます。個々に近寄って見ます。








2019年2月12日 (火)

シェフの饗宴もお終いに

 以前は、毎年親しんでいた「シェフの饗宴」が、今年で終了とのことで、最も良く通った「京都センチュリーホテル」に行って来ました。

 今年で78回になるこの催しは、1999年から始まったもので、京都駅周辺の8つのホテルのシェフ達が、限られた価格の中で、工夫をして腕によりを掛けて料理を提供すると言うものです。ランチとディナーとがあります。
 参加ホテルは、リーガロイヤルホテル京都 京都新阪急ホテル 京都センチュリーホテル
 京都タワーホテル 京都東急ホテル 新・都ホテル ホテルグランヴィア京都 
 ホテル京阪京都グランデ  です。

 2月8日(木)お昼に、京都センチュリーホテルの2階 オールディダイニング「ラジョウ」で、
 ランチ+ワンコインメニューを戴きました。
 今回の企画には、「御食国」(みけつくに)・三重県の食材が多く使われています。

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今日の料理に合ったワインと言うことで、赤ワインを戴きました。

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スープは、三重県産の夢しいたけによるもので、上には牛乳を泡立てたものが載っています。

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泡を除けて見ると、スープはこの様な色です。温かいスープで、やはりしいたけの味がしました。

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パン2種類です。ここでは、以前からオリーブ油を付けて食べるのでした。
どちらも暖かくて美味しかったです。

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伊勢まだいの蒸し焼きに、これも三重県産の青さのりと蕪のとろり状のもの。

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中の"まだい"の蒸し焼きは、こんな状態で、掻き混ぜながら戴きました。
初めての食感でした。こちらも美味でした。

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メインデッシュの、国産牛フィレのステーキです。
たまねぎや牛蒡などの野菜も添えられています。
赤いのは、金時人参のピューレが添えられています。

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実は、お肉を楽しみにしていたのです。勿論美味、一気に満腹に。

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最後は、デザート。アイスクリームといちごが爽やかでした。
コーヒーや紅茶も戴きました。

同じフロアーに飾られていた「有職雛」です。

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左手奥が調理場です。

料金は、1人前 3,500円にワンコインメニュー500円とワイン代でした。
十分に満足のひと時でした。
今年が最後の「シェフの饗宴」なので、3月末までもう1~2か所行きたいと思いつつ、ホテルを後にしました。




















2019年2月11日 (月)

京都御所の特別公開を拝見(5)

 前回の続きです。最終回となります。

 「御常御殿」前の「御内庭」を拝見しています。

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先の「御池庭」に比べて、こちら「御内庭」の方は雅な感じがしました。
やはり「御常御殿」前のお庭だからでしょうか。

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赤い←は、明治天皇お手植えの松を示しています。

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秋の庭らしい雰囲気を感じます。

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「御涼所」と言って、厳しい京の夏を過ごすための避暑された建物です。

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建物の名前は判らないのですが、御所内の建物としては、鄙びた感じがしたので関心を持ちました。

「御常御殿」に繋がる「御三間」が、最後の拝見建物となります。

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上段の間  朝賀図  住吉 弘貫 筆

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中段の間  賀茂祭群参図  駒井 孝礼 筆

 最後に、御常御殿の中にあった「御寝の間」にあった襖絵です。

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「竹ニ虎」と言う名前だそうです。土佐 光文 筆
そんなに怖い感じの虎の図ではありませんが、天皇となるとこんな環境でも眠らなければならないのですね。

 以上で、今回の特別公開の拝見ご紹介は終わりです。














2019年2月10日 (日)

京都御所の特別公開を拝見(4)

 前回の続きです。
 「小御所」から北隣の「御学問所」に来ました。
 慶長18年(1613)に、清涼殿から独立した御殿だそうです。御読書始や和歌の会などが行われていたそうです。
 ここでも、襖絵が見易く公開されていました。このことが今回の特別公開の目玉の様です。

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下段の間  丘陽楼図  原 在照 筆

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下段の間  前と同じ

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中段の間  蘭亭ノ図  岸 岱 筆

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上段の間  床の間

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上段の間  十八学士登瀛(えい)州図  狩野 永岳 筆

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 前と同じ

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「小御所」前に続いての「御池庭」の北側です。

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「御池庭」の続きです。

少し回り込んで、「御常御殿」に向かいます。

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ここでも障壁画などが、見易くされています。
ここには15の部屋があるそうで、全て畳敷きになっているとか。
天皇のお住まいであるとともに、儀式や対面の場として使われたそうです。
神器を納める剣璽の間や天皇の寝室・御寝の間などもあるそうです。

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長閑な景色が描かれています。

 次回も続きます(最終回)。





























 

2019年2月 9日 (土)

京都御所の特別公開を拝見(3)

 
 前回の続きです。

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清涼殿から紫宸殿の裏側を通って、紫宸殿の東側に来ました。
紫宸殿に上がる方が一時待機する場所かなと想像します。

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その場所から少し左手には、こんな写真が掲示してありました。
この「地球儀」は、明治天皇の即位式の場に飾られたものだそうです。
この「地球儀」は、水戸藩主だった徳川斉昭が、孝明天皇に献上したものだそうです。

「小御所」に来ました。「西郷どん」でも登場しましたが、幕末ここで「小御所会議」が開かれました。ただ現在の建物は、昭和29年(1954)に焼失したため、同33年(1958)に復元されたものです。
襖絵が良く見られる様に公開されていましたので、丁寧にご紹介します。

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鮮やかな群青色の絵の中で、この白黒の絵はかえって目を惹き付けます。

「小御所」前の「御池庭」です。

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このお庭は、隣の「御学問所」とも共通しています。

 次回にも続きます。



























 

2019年2月 8日 (金)

京都御所の特別公開を拝見(2)

 前回の続きです。
 「建礼門」の内側から左手に回りました。

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その先には、「建春門」が見えます。先の「建礼門」と同様華やかさを感じます。

少し進むと「日華門」があり、その近くには「明治天皇と京都御所」をテーマに、「明治天皇附図」(昭和8年作製)の写真が展示されていました。
その中から1枚、「即位の礼」をご紹介します。

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これから拝見する「紫宸殿」での様子が描かれています。
この当時は、未だ「高御座」などは無かったのですね。
「日華門」をくぐって、「紫宸殿」前の「南庭」に入ります。

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「紫宸殿」の前面のほぼ全景です。
やはり中は寂しいです。何時もあるものが無いからです。
その代り、今まで見られ無かったものが見えました。それは、奥にある巨大なふすま絵が見られました。

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ふすま絵は、高さが約2.3m、全幅は約22mもある巨大なものですが、紫宸殿の奥にあり、かなり離れた場所から撮影ですので、コデジでは限界がありますと、言い訳をして、先ず始めに真ん中の絵をご紹介します。
上部には「負文亀」と下部には「獅子と狛犬」です。
白く見える線は、何の目的か判りませんが、殿内に紐見たいなものが張られていました。

上の絵の両側には、「賢聖障子」(けんじょうしょうじ)が、東四間と西四間に、計32人の賢聖人が描かれています。

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殿内の奥に見えるのが、そのふすま絵です。

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「西四間」の一部です。ここでも白線が邪魔をしています。

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参考に絵を見易く展示された写真です。
一枚上のふすま絵は、この写真の右端の人物達ですね。
「紫宸殿」の左側を通って、次の建物は「清涼殿」です。

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「清涼殿」は、初めは天皇の日常のお住まいだっそうですが、大正年間には主に儀式の際に使用されました。
見えているのは、「昼御座」と言い、天皇のご日常の御座です。

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「清涼殿」から、次の建物に移る時、ふと空を見上げましたら・・・。
下に見える建物は、次の「小御所」に繋がる建物かと思われます。

 次回に続きます。














2019年2月 7日 (木)

京都御所の特別公開を拝見(1)

 例年「秋の一般公開」とされる「京都御所」が、今年(平成30年)は「特別イベント・宮廷文化の紹介」と言う公開を拝見しました。平成30年11月3日(土・祝)午後のことでした。

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御所公開の際に入口となる「宜秋門」(ぎしゅうもん)の上部の様子です。
細かな彫り物が見られます。
この門は、江戸時代は公卿達の出入り口だったそうです。

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御所内の拝観コースで、最初に拝観するのこの「御車寄」(おくるまよせ)です。
何時もの公開の時に、障子が開かれて、衝立かお花が置かれていました。

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「新御車寄」(しんみくるまよせ)です。
大正4年(1915)、大正天皇の即位礼が紫宸殿で行われるに際し、馬車による行幸に対応する玄関として新設されたものだそうです。
ここでも何時もの公開の時には、御所車などが置かれていました。

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その前から、右に目を移すと、こんな光景が目に入ります。
左手から、新御車寄~紫宸殿の大屋根~月華門となります。

その月華門の右手では、華道展が見られました。

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以上の3つの流派の生花でした。

左手に曲がると、

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「承明門」(現在工事中)の右横から、「南庭」を通して「紫宸殿」の大きな建物が見えます。
紫宸殿に、現在「高御座」などが東京に行っているので、その写真が左手に掲げられていました。

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手前が「高御座」で、その奥が「御帳台」です。

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その前辺りにあるの、「建礼門」の内側から見たところです。
建礼門は、御所の正門と言った存在です。

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門の左手に、見事な巨木が見られました。門に当らない様に身をくねらせています。

 「承明門」を始め、御所内のあちこちで工事が行われていました。

 次回に続きます。






















2019年2月 6日 (水)

節分詣・吉田神社

 今年も「節分詣」に「吉田神社」に行きました。節分の日・2月3日(日)のことです(勿論のこと!ですが)。

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京大の正門前を通って、表参道を進みます。

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上から見た「表参道」の様子です。参道の両側には、ぎっしりと露店が建ち並んでいます。
左端の鳥居が、上の写真の場所です。

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「二の鳥居」付近の混雑の様子です。この日は日曜日とも重なり、子供達の姿が多く、凄い人出でした。「二の鳥居」の先に本殿があります。

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私がここ吉田さんにお詣りする理由の一つが、お正月飾りや祇園祭のちまきなどを焼却して貰うためです。処分品の受付場所と、右が「火炉」です。

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その「火炉」の全体像です。約半分位溜まっています。

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「拝殿」前に来ました。大混雑でした。

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その横手でも、人だかりでした。

坂道を上って、「大元宮」に向かいました。

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門の前も、この様な行列が出来ていました。こんなに多くの人の行列は、初めてです。
中に入るのに、約10分位掛かりました。

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お詣りを済ませて、横から見るとこんな様子です。

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大元宮の建物は、八角形に成っていて、左手が拝むところです。

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その建物の後には、「内宮」と「外宮」があります。こちらは「内宮」です。

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また、周辺には全国の八百万の神々が、旧国別に祀られています。
こちらは地元の「山城国中」とお隣の「大和国中」の神々を祀ったところです。
この大元宮の場所には、日本国内の神々が祀られていると言うことになります。

 今年の節分詣りは、「吉田さん」だけでした。









2019年2月 5日 (火)

京都・島原・角屋を見る(3)

 前回のつづきです。
 1階を見た後は、2階に上がりました。こちらは一切撮影が禁止されていましたので、案内の女性から、丁寧な説明を聞きながら、各部屋を回りました。
 2階の主座敷の「緞子の間」の他、翠簾(みす)の間、扇の間、草花(そうか)の間、馬の間、青貝の間、桧垣の間など、趣向を凝らした部屋部屋でした。

 今回は、最後に「大座敷・松の間」を、ご紹介します。1階の奥座敷です。

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立派な床の間が、部屋の雰囲気を落ち着かせています。掛け軸は、墨絵の山水画です。

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床の間から右に目を移すと、この様な様子です。

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近寄って見ますと、凄いです。

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襖絵は、岸連山筆「桐に鳳凰の図」です。

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さらに右手に目を移します。

そして、この部屋の名前「松の間」の由来は、庭にある「臥龍松」です。

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庭全体に広がる松の枝です。

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松の枝の奥には、茶室が3つあるうちの1つが、奥に見える茶室です。
茶室は、左手にも2つあるとのことです。

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今繁る松は、2代目です。元の松は枯れて仕舞って太い幹のみが残っています。

◆島原と角屋について

●島原は、昔は花街の1つでした。

●その後、遊宴の場である「揚屋」と、揚屋に太夫や芸妓を派遣する「置屋」の分業制でした。角屋は揚屋でした。

●その後、この制度は消滅し、大型の宴会場に変わって行きます。

●さらに、遊宴に留まらずに俳諧などの文芸の場にもなって行きました。

●幕末には、勤皇倒幕派の武士達の密議の場にもなりました。

●角屋は、島原開設当初(寛永18年・1641年)から存在しましたが、現在の規模になったのは天明7年(1787)の増築後のことです。












2019年2月 3日 (日)

京都・島原・角屋を見る(2)

 前回の続きです。
 台所の土間から座敷に上がって、その辺りを見て回っています。

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結構広い座敷に、資料の展示も見られました。

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中々立派な「衝立」がありました。

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少しでも明かりが広がる様にの工夫ですね。現代風に言えば、「電灯の笠」です。

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「帳場」ですが、聞いた話では、ここから来客の姿を見て、即接客の対応を判断し、女中さん達に指示していた様です。

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奥には、この様に立派な神棚も。

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その横には、この様な階段が。

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神棚の先には、中庭も。

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武士の来客からは、刀を預かりこの「刀たんす」に置くとか。

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西郷隆盛も、ここに出入りしていた様で、その西郷が使った行水の盥(たらい)だとのこと。
中には入れそうに無い様に思いましたが・・・。

 次回にも続きます。















2019年2月 1日 (金)

京都・島原・角屋を見る(1)

 先日、或る会合があって、懇親会の前に会場の近くにある「角屋」(すみや)さんを見学させて戴きました。現在は、「角屋もてなしの文化美術館」と言う名前の施設になっていますが、2階のみ撮影は出来ませでしたが、凝った造作に感心するばかりでした。

 では撮影が許されている範囲で、ご紹介させて戴きます。

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玄関です。粋な赤壁が目を惹きます。
通常の出入りは、ここからは出来ません。

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通りに面した表構えです。通常の出入り口は、左手端にあります。

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「中戸口」に掛かっている「暖簾」です。

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内側から見た「玄関」の様子です。

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玄関傍に置かれていた「用水槽」です。貫録があります。

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玄関近くには、こんなものもありました。
ここでは、勤皇・倒幕の志士や対する新撰組の連中も出入りしていたとか。

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中に入ると、帳場や台所などが広がっています。私達見学者は、ここから座敷に上がります。

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玄関側と台所側との仕切り板です。

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煮炊きする竈がずらりと並んでいます。

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座敷に上がって、竈などを観ています。

 次回も続きます。

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