カテゴリー「祇園祭2018」の8件の記事

2018年10月 1日 (月)

写真や図絵が語る祇園祭の移りかわり(3)

 前回の続きです。
 前回までの2回は、写真編でしたが、今回は「図絵」などです。

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「長刀鉾図」 久保田 米遷 筆 複製

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「大船鉾図」 幸野 楳嶺 筆 複製  「大船鉾」の復興の参考になったとか。

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少し絵は違いますが、上と同じ。

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「修学院離宮」の杉戸絵「放下鉾」など。

 宣伝用のポスターも展示してありました。

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昭和5年のポスター

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昭和30年のポスター 川端 弥之助 画

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昭和31年のポスター 徳力 富吉郎 画

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昭和32年のポスター 西山 英雄 画

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昭和33年のポスター 伊谷 健蔵 画

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昭和34年のポスター 作者不明

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年代不明 三輪 晁勢 画

 以上で終わりですが、参考までに近年の「祇園祭」について、ご紹介します。
◆明治6年の改暦によって、7/17 神幸祭 前祭  7/24 還幸祭 後祭 が決定

◆戦時中 昭和18年から4年間 巡行中止

◆昭和22年 復活

◆昭和31年 前祭の巡行路が変更 四条烏丸~四条寺町~寺町松原~松原東洞院 が
         四条烏丸~四条寺町~寺町御池~烏丸御池 に。

◆昭和36年 四条烏丸~四条河原町~河原町御池~烏丸御池  現行ルートに。

◆昭和41年 17日に前祭と後祭が統一。

◆平成26年 49年振りに 後祭が24日に復活  前祭 23  後祭 10 に。




2018年9月13日 (木)

写真や図絵が語る祇園祭の移りかわり(2)

 前回の続きです。続いて「写真」編です。

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函谷鉾町の様子です。明治後期です。
函谷鉾町は、四条通烏丸西入ル北側です。

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その函谷鉾の鉾建ての様子です。昭和3年7月です。
四条通を走る市電の架線の支柱が見えます。

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函谷鉾と市電の様子です。市電は、四条通を走っているところです。
昭和37年の様子で、上の2枚とは町の様子が大分違います。

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長刀鉾の稚児が降りようとしている場面です。昭和初期のです。
今は、稚児が途中で降りることは無いですが、昔はあったのですね。

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粽(ちまき)を受け取る若者たちと「船鉾」の様子です。昭和初期です。
何故ここにこんなに若者が集まっているのでしょう?
今では見られ無い光景です。

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昔は、こんなことがあったのですね。

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その帰りの光景です。

以上で、懐かしの写真でした。次の2枚は、現代のものです。

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「菊水鉾」の「辻回し」の迫力です。

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「車方」の技の凄さです。

 写真編が終わって、次回は図絵やポスターなどを、ご紹介します。















2018年9月11日 (火)

写真や図絵が語る祇園祭の移りかわり(1)

 都のまつり文化研究会さんが、「写真・図絵が語る 祇園祭の移りかわり」と言う展示会を開催されていたので、懐かしく思い拝見して来ました。
 明治から平成までの姿を伝える写真や、江戸から昭和までの図絵など約150点が展示されていました。
 そんな中から、私の判断で今はもう見ることが出来ない貴重なものを選んで、ご紹介させて戴きます。
 展示は、写真や図絵をグループに分け、写真などは撮影場所別に展示されていて、判り易く見易かったです。
 先ず、「写真」からご紹介します。

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先ず「三条通」を巡行する山鉾の様子から。今は「三条通」は巡行しませんが。
三条通を東に巡行する「北観音山」です。明治36年の様子です。
三条富小路付近です。

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三条通を巡行する「南観音山です。昭和33年とありますが、戴いたリストでは、明治後期とあります。私は明治の方に賛成ですが、皆さんの服装から判断すると明治では無い感じもします。昔は「ちまき」をこんな風にして受け取っていたことは知っていました。

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三条通高倉東入ル北側で、「鯉山」が「籤改め」をしている場面です。
昭和中期です。後ろに見える建物は、旧日銀京都支店(現京都文博・別館)ではないかと思われます。

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(左)寺町通を巡行する「南観音山」です。 (右)烏丸三条を巡行する「北観音山」です。
   昭和32年                     昭和40年

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次は、「新町通」での様子です。
新町通を巡行する「長刀鉾」です。昭和初期です。この頃は、総ての山鉾は新町通を北上していたとのことです。

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新町通で、「岩戸山」を抜かす「船鉾」です。昭和初期です。
両者の位置関係から、この様になったとか。

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四条河原町での「菊水鉾」と京都市電です。昭和中期です。
鉾と市電とは、直角関係にあります。私の想像では、鉾は「河原町通」を北上する様子かと。

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河原町通を巡行する「長刀鉾」などです。昭和36年です。
前祭で、初めて河原町通を巡行する様子だそうです。
状況から察するに、「辻回し」の様子かと思われます。

 次回も続きます。






2018年7月25日 (水)

後祭の宵山の日中(2)山や鉾など

 前回の続きです。
 「鷹山」(三条通新町東入る)の後は、後祭の殿(しんがり)を務める「大船鉾」に向かいました。鉾町の中心地の「新町通」を通って。
 その途中で、出合ったのは・・・。

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「北観音山」です。前面を見ています。

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左側(進行方向の)を見ています。ここの会所は、反対側にあります。
美しい胴掛や見送(右側)です。
鉾と山の違いは、鉾には真木の先・鉾頭に金属製の何かが付いているのに対して、山には松の木か杉の木が立てられています。その点以外は、鉾と全く変わりません。

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新町通を南に歩いています。「下がっています」。
「屏風祭」も、祇園祭の楽しみの1つです。
「夏のしつらえ」がされ、涼しそうな感じです。

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屏風が良く見える位置へ?

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こちらも「屏風祭」では有名なお宅です。京町家の奥深さも感じられます。

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屏風が少しでも良く見える様に?

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「南観音山」です。斜め前方を見ています。こちらも美しい胴掛です。

 「四条通」を越えると、前方に「大船鉾」が見えて来ました。

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沢山の人だかりです。

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大勢の人達が、鉾に上がって楽しまれています。

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恐ろしそうな龍の頭です。今は白木のままですが、何時かは美しく彩色されるのでしょうか。

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後尾を中心に見ています。舵も美しく彩色されています。

 24日は、後祭の巡行が、猛暑の中行われました。
 同時に行われる「花傘巡行」は、猛暑のため中止となりました。



























 

2018年7月24日 (火)

後祭の宵山の日中(1)鷹山

 日本中でも猛暑のトップクラスにある京都では、高齢者にとって、白昼の山鉾巡行の拝観には勇気が要ります。去年・今年と、とうとう巡行の拝観は出来ませんでした。地元テレビによる中継の拝観となって仕舞ました。
 前祭では、「綾傘鉾」の「ちまき」の授与を目的に、少しだけ日中に主な鉾を拝観しました(祇園祭余話として先日ご紹介済み)。
 そして、後祭では今日7/23の日中に、「休み山」の「鷹山」を、会所で拝観した後、「大船鉾」に向けて、途中幾つかの山や屏風祭を拝見して歩きました。
 以上を、2回に分けて、ご紹介したいと思います。

 先ず、「鷹山」の会所へ。

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その途中で出合った「行者さん」の行列です。この通りは、三条通ですがこの先を左折するとねその先に「役行者山」があって、そちらへ向かっておられます。
「ボウー ボウー」と法螺貝の音が響きます。

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杖をついておられるのが、この行列の中で一番偉い方なんでしょうね。

 行列を見送って直ぐに、「鷹山」の会所がありました。

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会所前です。中に入らせて戴きます。

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人形 3体について、ご説明しますと、
右から、右手に犬を率いる「犬遣い」 真ん中は、樽を背負い手に粽を持つ「樽負い」、左は、左手に鷹 右手に餌飼を持つ 中納言 行平卿(右大将 頼朝とも)。

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左手を中心に見ています。左側の見送りは、やはり「鷹」が描かれています。

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右側を中心に見ています。下に犬も見えます。

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会所の近くのここでは、粽など関連の物品が授与(販売)されていました。


昔の「鷹山」は、人形3体に囃子を有し、非常に大きな曳山で、車は長刀鉾と共用していたとか。文政9年(1826)神事の際、大風雨にて大破に及び、翌年より加列しなくなった。以後会所2階にて人形飾りを行い、現在に及んでいる。但し元治元年(1864)大火の節、3人形の首及び上手のみ焼失を免れ現存している。
近い将来には、行列に参加する目途も付きつつある様で、その日が待ち遠しい想いです。












2018年7月23日 (月)

祇園祭絵画展 その2

 祇園祭絵画展 その1 の続きです。
 会場に並べられた子供達の、無邪気な作品をご紹介します。
 どの絵画も可愛くて、撮っていて心が仄々温かくなりました。


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吊るされているハンケチ大の作品は、染めの専門家の手ほどきを受けたものだとか。

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残念なことに、会場に人の姿が少なかったことです。
会場に居られた多分先生かと思われる人と、話をしていたのですが、
「一人でも多くの方にご覧いただけることが子供達の励みになります」
との事でした。


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ここ数年は毎年、発表されているとの事。
来年も是非にと思いながら会場を後にしました。

2018年7月22日 (日)

祇園祭絵画展 その1

 今年も祇園祭に日常的に何かの関りを持っている地域の小学生達、「京都市立洛央小学校 高倉小学校 御所南小学校」の子供達が、彼らの祇園祭を絵で表現しました。

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先ず、「うちわ」に表現しました。

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「行灯」達は、床に置かれていました。

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これは会場に飾られていた作品の極一部です。
その様子は( 2 )で紹介します。

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会場に居られた多分先生から、是非・・・と言われて紹介します。
子供達が、種から育てたとの事です。

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これは古来ヒオウギで悪霊が退散したことから、厄除けの花として飾られるようになったとのことで、もともと祇園祭が疫病・災厄除けを祈願した祭であることもあって、ヒオウギを飾る風習が定着したと考えられています。(HPより)

2018年7月16日 (月)

祇園祭余話

 毎年暑い中の「祇園祭」ですが、今年は殊の外猛暑の中の祇園祭になりました。
猛暑下の前祭の山鉾巡行は、熱中症続出にならないか、大変心配です。
巡行を観覧される方は、万全の備えで行って欲しいと思っています。

 私は、そんな荒行は避け、幾つかの「祇園祭」の気分を味合せて貰いました。

 その1は、京都文化博物館開館30周年記念の「祇園祭ミュージアムコンサート」を、別館ホールで楽しみました。7/14~15の2日間のうち、14日の始めの2つのコンサートでした。

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別館は、日本銀行旧京都支店の建物で、銀行の窓口や営業室があったところです。ホールの正面を見ています。

待ち時間の間、席から上をグルリと見渡しました。

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2階の各部屋に通じるバルコニー?です。装飾が素敵です。

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高い天井にも、見事な装飾が見られます。

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天井の装飾の一部をアップで見ています。

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ミュージアムコンサートの最初のプログラムは、「タンゴ」です。
タンゴアンサンブル・アストロリコのアルゼンチンタンゴです。
女性の方が曲の紹介などをされました。バンドネオンは男性の方でした。
ピアノが加わることもあるそうです。
12時30分の開演で、約40分間程でした。
フランク永井の「おまえに」も、タンゴ調でありました。
最後は、名曲「ラ・クンパルシータ」でした。

プログラムの2番目は、「吹奏楽」です。京都橘高校の約100名の熱演でした。
2部に分かれていて、後の3年生の皆さんの演奏は、チアダンスも有り感動ものでした。
コンクールで金賞をとったとか。
残念ながら、撮影は禁止でした。

 その2は、毎年頂いている「綾傘鉾」の「ちまき」を買い求めに、途中飾り付けが終わった、長刀鉾や函谷鉾や鶏鉾などを観ながら向いました。

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綾小路通室町西入ルにある「綾傘鉾」です。

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これが「綾傘鉾」です。

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傘の中を覗いて見ると・・・。傘の骨や色の美しいこと。

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綾傘鉾のご守護は、ここ「大原神社」です。1年間の無事をお祈りしました。

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これが、綾傘鉾の「ちまき」です。

 今年も、前祭の山鉾巡行は、遠慮させて戴くことにしました。




















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