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2018年2月

2018年2月28日 (水)

中山道・木曽路の宿場を訪ねて(1)奈良井宿ー1

 中山道の木曽路の2つの宿場を訪ねる旅をしました。その2つとは、奈良井宿と妻籠宿です。どちらも「重要伝統的建造物群保存地区」です。
 平成29年11月21日~22日の1泊の旅でした。
 先ず始めに「奈良井宿」を訪ねました。JR中央本線・奈良井駅で下車、少し歩くともうそこには宿場町が広がっています。昔は「奈良井千軒」と言われ、奈良井川に沿って、約1Kmの及ぶ最長の宿場といわれています。

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奈良井宿の玄関口「奈良井駅」です。明治42年(1909)の開業です。
この地の雰囲気にぴったりの駅舎です。

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駅の近くにあった、「奈良井宿」の案内図です。
見難いかと思いますが、右端の真ん中辺りに「現在地」の赤い表示が見えます。ここから、左方向に歩き始めました。

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その向いに、こんな看板も。

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歩き始めて間も無くの光景です。ほぼ北から、ほぽ南の方向に向かって歩き始めました。

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漆器店が多い様に思いました。宿場の雰囲気が感じられます。

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手前は漆器店、その先は民宿などです。光が逆光的です。

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ある漆器店の中を覗かせて貰いました。

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民宿の入口は、奥まったところにありました。
どの家屋も、間口が狭く奥行が深いです。

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こちらは進行方向の右手にある「水場」です。「水場」は何か所かありました。
裏側にある山からの湧水の様です。「重伝建」の石碑も見られます。

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間口が狭いと言いましたが、こちらの建物はどれも間口も広く、立派な家々です。進行方向の左手になります。

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右端は、「奈良井会館・観光案内所」です。中に入って掛りの方と少し話をさせて戴きました。ここまてで宿場町の約半分位来ました。

次回に続きます。



















2018年2月27日 (火)

早春の草花展の後、園内を散策する

  前回の続きです。
 「第13回 早春の草花展」を見た後、園内を散策しました。

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先日地元新聞に掲載されていた「シナマンサク」の花を見に行きました。
クスノキ並木道の傍にあります。

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不思議な形をした花です。
春一番に咲く花だとか聞いたことがあります。
昭和11年に中国から種子を入手し、昭和16年2月に、この場所に植えられたとのことです。

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「自然生態園」では、「セツブンソウ」が咲いていました。小さな花です。

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同じ場所で見付けた「桃から生まれた桃太郎」状に開いた「?」です。

芳しい香りに誘われて「梅林」の中の「ロウバイ」へ。

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地味な花ですが、香りは抜群です。

そろそろ植物園も、彩りが少しずつ増えて来ます。楽しみです。




2018年2月26日 (月)

第13回目の早春の草花展(その3)

 前回の続きです。
 「街の春」~「山の春」まで進みましたが、次は「里の春」です。

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ほぼ全景です。出口方向を見ています。開園早々だつたので、まだ掛りの方が何やらされていました。

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里では「梅」が満開近くです。

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ここでも「ナノハナ」が咲いていました。

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「クリスマスローズ」も満開でした。

最後のコーナーは、「品種見本コーナー」です。今年初めてかなと思います。

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ロベリア アクア スカイブルー キキョウ科 とありました。 

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パパイヤ 台農2号

今回は以上で終わりですが、3月11日の最終日までに、もう1~2回訪れたいと思っています。
この後、園内を散策しました。次回にご紹介したいと思います。



















2018年2月25日 (日)

第13回目の早春の草花展(その2)

 前回の続きです。
 2番目のコーナーの「街の春 第二景」です。

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左側のほぼ全景です。

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早春の草花のオブジェ?流石専門家です。お見事!

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鮮やかな黄色です。

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成長はこれからでしょう。

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第二景を振り返って見ています。ナノハナも春の人気者と言えます。

次は「山の春」のコーナーです。

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山は春とは言え、まだまだ暖炉が必要です。

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しかし、早春の草花達はその輝きを見せ始めています。

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春の使者の1つ、「フクジュソウ」です。

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こちらもその1つ、「フキノトウ」です。

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木々にも春が・・・。

次回も続きます。











2018年2月24日 (土)

第13回目の早春の草花展(その1)

 今年も始まりました。京都府立植物園の「早春の草花展」は第13回目になります。先ず、2月12日の午前中に行って来ました。
 今年は、各コーナー毎の展示が、街・里・山のそれぞれの早春の草花が展示されていました。何時もより判り易く感じました。
 また、今年は入口が西側に変わっていました。
 これも何時もの通り、入口には冬囲いした「寒ぼたん」が置かれていました。

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見頃までは未だ時間がありそうです。

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簡易温室の展示室の入口に貼られたポスターです。
展示室内に入ります。先ず「街の春 第一景」です。

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「街の春 第一景」のほぼ全景です。

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入室直後の様子です。

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春の草花の代表格ですね。

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鮮やかな色に目を奪われました。

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開花が楽しみです。

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「花の塔」ですね。

次回も続きます。




























2018年2月23日 (金)

京都市内・洛中を歩く(3)寺町通-5

 前回の続きです。
 「寺町通」を北上していますが、漸く終点が近付いて来ました。

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最終地点の手前から2つ目のお寺「西園寺」です。

そして、最後のお寺「天寧寺」です。

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山門を通して「比叡山」が真正面に見えます。「額縁門」と呼ばれています。

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京都市の「駒札」を利用させて戴きました。

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山門をくぐって境内に入らせて戴きました。

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門を通して、本堂が見られました。

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駒札の説明にあったお堂です。

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寺町通の北端で、「鞍馬口通」との交点です。

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交点の北東に「上善寺」と言うお寺があります。
京都の六地蔵めぐりの1つです。

次は、残りの四条通から下を歩きたいと思っています。




 

2018年2月22日 (木)

京都市内・洛中を歩く(3)寺町通-4

 前回からの続きです。
 「寺町通」を、四条通から発して北上しています。「今出川通」まで来ました。
 漸くこの辺りから「寺町」らしい雰囲気になって来ました。

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寺町今出川の東北角に建つ「史跡 大原口道標」です。
この2面は、北の方向と西の方向に何があるかとそこまでの距離を示しています。例えば西には「内裏」(御所)が三丁先にあることを示しています。

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こちらは東と南とを、同様に示しています。

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今出川通から少し北へ入ったところから、北の方を見ています。

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少し進んだら、右手に「出町商店街」があります。
庶民の町と言った雰囲気です。

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漸くお寺の前に来ました。「本満寺」です。山中鹿之助の墓があるとの石碑が見えます。

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「十念寺」の本堂?です。モダンなお寺です。

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通りを南から北に向かって、見通しています。この辺り殆どのお寺が東側にあります。

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「阿弥陀寺」です。「織田信長公本廟」の石碑が、左手に見えます。

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今度は、通りを北から南を見通しています。

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通りの右手の路地からは、「比叡山」が見えました。

次回も続きます。最終回になります。

























2018年2月21日 (水)

京都市内・洛中を歩く(3)寺町通-3

 前回の続きです。
 寺町通を、四条通から北上し、御池通まで来ました。さらに北上します。

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御池通を渡って、さらに北へ。右手は市役所の西側になります。

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その市役所の囲い塀には、こんな絵画が見られました。

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何故か、この辺りには立派な看板が多く見られます。
「蚊帳眞綿蒲団商」と、書き手の銘入りで造られています。
日本古来の右からの文字の書き方です。

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こちらも看板を支える象?2頭です。象では無く、夢を喰うと言う「獏」(ばく)?。今は閉店していますが、確か古美術商だったと気憶しています。

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こんな京町家もありました。この辺りでは、このお宅しかありませんでした。

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看板に示された「蛸螺堂」は、古美術店です。読み方は?(調べたけど判りませんでした。お店に行って聞くしかない様です。)

立派な看板が続きます。

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「看板屋さんの看板」です。この辺りの看板は、このお店が手掛けられたのかな?と想像したりして。

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「象彦」と言う漆器屋さんがありますが、ここは「熊彦」さんです。
何らかの由来があるのでしょうが、どちらも扱い商品に似つかわしく無い感じがしますが・・・。

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三条大橋の西北の畔にもお店がありますが、ここが本店なんですね。

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ショーウインドウを覗いて見ました。色んなものが並べられています。

「寺町通」を、さらに北に向かって歩いています。
次回も続きます。




















2018年2月20日 (火)

京都市内・洛中を歩く(3)寺町通-2

前回の続きです。
 寺町通を、四条通から北に向かって歩いています。寺町三条まで来ました。

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三条通から少し北に入った右側に、「矢田寺」です。お地蔵さんがお祀りされています。

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この界隈には、画廊や画材店が多いです。

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消防に携わる方の用品店でしょうか?

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有名なお店です。紙類・筆類の他、線香もありました。中に入ると良い香りがします。

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古書店の「書林竹苞堂」です。創業は宝暦元年(1751)とのこと。

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元あった場所で「本能寺の変」が発生・焼失後、ここに移転しました。

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「御池通」に来ました。左が「京都市役所」、右手の高いビルが「京都ホテルオークラ」です。

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御池通から、今まで歩いて来た「寺町通」を見返しています。
御池通は、戦中の疎開計画によって、片側の家屋が取り壊されて、道幅が大変広くなっています。下の五条通もそうです。

 市役所の西側を通り、更に北に進みます。
 次回に続きます。









2018年2月18日 (日)

京都市内・洛中を歩く(3)寺町通-1

 前回の続きです。
「京都市内・洛中を歩く」、漸く本来の「洛中」を歩くことが出来ました。とは言うものの「洛中」の一番東の端、「東京極」です。それもスタートは、「四条通」から北に向かいました。気まぐれです。

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京都市式の地名で言うと、「寺町通四条上る」となります。
四条通から、寺町通に入った直ぐの様子です。
四条通の南側に面してある「八坂神社・御旅所」のほぼ前と言うことも出来ます。ここから北に向かって歩き始めました。
以前は、東隣にある「新京極通」の賑わいには負けていましたが、近年急激に変化し、「新京極通」と肩を並べる位の賑わいを呈しています。

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通りの左側にある「お茶屋」さんです。昔風のお店の感じです。

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右側にあった衣類・雑貨店です。始めは新京極通に誕生し、こちらでも広がって来ました。若者向きの店ですね。

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利用させて戴きました。最近良く遣る手です。

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今、外国観光客にも人気の「錦通」です。寺町通錦の角です。

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錦通は、寺町通を越え、突き当りの新京極通まで達しています。そこには「錦天満宮」があります。

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左側の角にある古書店です。版画も見られます。

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昔から、ここには珠数屋があった様ですが、こちらのお店もそれを継承したお店でしょうか。

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寺町通蛸薬師角から、新京極通とそこにある「蛸薬師」(寺院)を見ています。
蛸薬師通の語源になったところです。

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寺町三条の角にあるすき焼店の「三嶋亭」です。牛肉の販売もしています。
残念ながら、未だ一度も入ったことはありません。

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三嶋亭の車ですから、文句も言えませんが・・・。
左隣は、版画店ですが、閉まっていました。
寺町通は、ここで少し折れ曲がっています。

 次回に続きます。


















2018年2月17日 (土)

京都府立植物園 「花詣」 その2

前回の続きですが、ご紹介が随分遅くなりました。
 前回は、ハンキングバスケットをご紹介しましたが、今回は池の周りに優雅に華麗に生けられた花達です。


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それでは、池の周りを散策しながらゆっくりご覧ください。

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如何でしたか?
 生けられた方たちの、工夫して愛情一杯が感じられて心が温かくなりました。
素敵な花々に幸せな気持ちになって帰途に着きましたが、感謝感謝です。

2018年2月15日 (木)

愛知県への旅(3)大須観音

 前回の続きです。
 旅の2日目は、久し振りに名古屋市内見物としました。さて、何処にしようかと考えた末、下町情緒一杯の「大須観音」としました。実は「名古屋城」も候補にあったのですが、ここに決めました。久し振りの名古屋地下鉄に乗りました。新しい路線もあって少し戸惑いつつ、漸く目的地に着けました。

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国道19号線から境内に入りました。

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立派な本堂などが目に入りました。

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先ず本堂に向かいました。見上げるばかりの豪壮なお堂です。

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堂内に入って、手を合わせました。

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本堂の隣にある、こちらのお堂にもお参りしました。

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沢山の仏様が並んでいました。

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干支ごとにお守りくださる仏様達です。

観音様の境内から出て、近くの繁華街を歩きました。

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観音様に向かう参道の1つです。下町情緒が一杯でした。

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その途中にあった、ここでお昼を戴きました。

雨も降って来たので、帰ることにしました。

以上で、今回の「愛知県への旅」は終わりとします。


























2018年2月14日 (水)

愛知県への旅(2) 西浦温泉 「食事」

 旅の楽しみは初めて知る旅先の様子、文化や歴史そして自然の素晴らしさ、そして出会った人たちとの触れ合い、中には心に深く刻まれる人も有ります。
いつも思い出を一杯詰め込んで帰ってきます。
もう一つ、忘れてはいけないのは、やはり、食事です。

今回も夕食も朝食もどれも美味しく心に残るお料理でした。

まずは、夕食です。

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         最初に旬のお造りです。

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           オードブルプレート

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    本日のスープ (小芋でしたが触感が滑らかでとても美味しいでした)

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            本日の魚介焼き

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            取り合わせサラダ

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     国産牛フィレステーキ(付け合わせ野菜)
 (国産サーロイン鉄板焼き」かどちらかを選べました。

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    御飯(バターライス)、香の物 赤出汁 

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               デザート

それとコーヒか紅茶を選べましのでコーヒを戴きました。

そして朝食です。最近はバイキングが多くどうしても食べすぎになっていました。今回はお膳で色々な食材が丁寧に調理されていて、お腹にも優しい朝食でした。

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名前は忘れましたが、豆乳鍋のお魚でした。
初めて戴きましたが、生臭くなく上品な味付けでした。
 今回のホテルの食事は、きめ細かい味付けと盛り付けで、流石は西浦温泉と感心しました。

    

 

 

 

2018年2月13日 (火)

愛知県への旅(2) 西浦温泉 「館内の様子」

今日は宿泊した西浦温泉の館内の様子をご紹介します。

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以上はすべて玄関ロビーの様子です。
贅沢な設えに見入ってしまいました。
写真は撮っていませんが壁や柱、天井も。最近リニューアルされたそうですが、館内(客室も)の何処も上品で豪華でした。


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こちらは、レストランです。窓側が海で朝食は海の風景を見ながらの食事でした。

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ガラスの器にビー玉が入っているのですが、下からの照明が幻想的な雰囲気を作り出していました。
 このように、館内至る所に工夫がなされていて、御もてなしの心が感じられました。

2018年2月12日 (月)

愛知県への旅(2)西浦温泉

前回の続きです。
 「重伝建」の町・愛知県豊田市足助町を散策した後は、今夜の宿・西浦温泉に向かいました。
 名鉄名古屋本線の東岡崎から新安城で乗り換え、西尾線の吉良吉田で更に乗り換え、蒲郡線の西浦までと、遣って来ました。西浦駅の駅舎は予想に反してローカル一杯のものでした。

 駅前で宿の送迎バスに乗り、漸く今夜の宿「銀波荘」に着きました。最近リニューアルされたとかで、気持ち良く過ごさせて戴きました。
 建物は、3棟ありましたが、各棟との連絡は出来る様になっていましたがが覚えるまで少し時間が掛りました。お風呂・食事場など上がったり下りたりでした。、
 お部屋は、三河湾(身近に言えば 渥美湾)が一望出来る、お気に入りのお部屋でした。

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手前の小さいビーチは、「マイ・ビーチ」でしょうか。
広がる海は、「三河湾」と言うより、やはり「渥美湾」でしょう。
遠くに見えるのは、「渥美半島」です。

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渥美半島(向こうに見える)には、この様な山々があったとは?
渥美半島の先端(ここでは見えないですが)には、「伊良湖岬」があります。

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小さな湾には、この様な突堤が造られています。魚釣りには最適な場所でしょう。

 翌日の朝、海岸に下りて朝食前の散歩をしました。

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宿から直ぐの海岸です。美しく舗装されています。前方に向かって歩きました。

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魚釣りに良さそうだと思った突堤です。足許が良く無かったので、先には行きませんでした。

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浜辺に来ました。何故か貝殻が沢山見られました。
そんな中から、大きな貝殻を2個選んで見ました。

 遊歩道を歩きました。

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噴火の時(何時か?)の溶岩が、浜辺を形成していました。

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「槍ケ岳」の様です。

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遊歩道が歩き易く整備されています。

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この先は歩き難そうなので、引返しました。

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向こうに見えるのは、「知多半島」かと思います。
見える島は、「日間賀島」?でしょうか。
曇り空のため、残念ながら光る海は見られませんでした。






















2018年2月11日 (日)

京都・二条城の障子開放

 「世界遺産 二条城 冬の特別公開」で、国宝二の丸御殿大広間の障子を特別開放され、大広間の廊下から「二の丸庭園」を眺めることが出来ました。
2/1~3/2の限定公開です。

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二の丸御殿の入口「唐門」は、何時見ても豪華絢爛を感じます。

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見る位置を変えて、上部を中心に見ました。

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二の丸御殿の玄関や建物群です。左手に広がっています。

外から、今回の対象になる「大広間」を見てみました。

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大広間の建物を、外から見ています。確かに障子が外されています。

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大広間を見る位置を変えて見ました。
左手からが、「二の丸庭園」を見るのに、絶好の場所となります。

では、建物の中に入って見ます。

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少し高い位置から見た「二の丸庭園」です。

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僅かに「俯瞰観」を感じます。

この後、何時も見ている「梅林」に向かいました。

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まだ蕾堅しの状態ですが、真ん中の蕾が少し膨らんでいると見るのは、贔屓目でしょうか。

まだまだ寒さが続きます。皆様ご自愛の程を。

 















2018年2月10日 (土)

京都鉄道博物館へ(その4)

 前回の続きです。
 地面に下りて来ました。「扇形車庫」などが見られるところです。
 「動くSL」の動きを気にしつつ、先ず「扇形車庫」に向かいました。

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扇形車庫のほぼ全景です。博物館の本館は、左手にあります。

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車庫の右端を見ています。

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展示SLの中で最も古そうなSLです。

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目下修理中のSLもありました。

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転車台上の「C612」の雄姿です。

この後、「動くSL」の方に移動しました。

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「動くSL」の全容です。発車も間近い様です。牽引する客車が新しくなった様に思います。

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汽笛一声、動き出しました。先ず始めはバックで進みます。
梅小路公園まで行って、引き返して来ます。

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係りの方の皆さんのお見送りを受けて・・・。

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白い蒸気一杯に覆われて進むSLです。

「鉄道博物館」内の多種多様な車両などや動くSLを見たりと、半日鉄道浸けでした。懐かしさに浸りながら過ごしました。
















2018年2月 9日 (金)

京都鉄道博物館へ(その3)

 前回の続きです。
 鉄道博物館の3階にある展望テラスに行きました。西方向の一部が、建物の陰になって見え難いのですが、その他の方向は眺望抜群です。

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東の方向を見ますと、特に目立つのが「京都タワー」です。
背景の山並みは、東山連峰です。
タワーの右下は「リーガロイヤルホテル京都」です。
下の架線は、JRさがの線のものです。

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次に南の方向(少し東寄りですが)を見ますと、目立つのは「東寺・五重塔」です。その右にも東寺の大伽藍が見えます。
手前には、丁度上りの新幹線が通り掛りました。
下の架線は、東海道本線(京都線)のものです。
遠くの山並みは、東山連峰の南端部です。

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北東方向を見ています。遠くの山は「比叡山」かな?。
手前下には、鉄道博物館の一部の「扇形車庫」が見えます。
この後、行きました。

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少し視線を移すと、こんな車両が見えました。
右手は「嵯峨野トロッコ列車」(冬季は運転休止中)と、左手はかつての「トワイライトエクスプレス」の一部?。
右手奥に「動くSL」の水蒸気が見えました。

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暫くすると、SLが遣って来ました。

 この後、扇形車庫の方に行きました。










2018年2月 8日 (木)

京都鉄道博物館へ(その2)

 前回の続きです。
 お目当ての「EH800形式電気機関車」を堪能した後は、館内のあちこちを見て回りました。
 2回目なので、何となく余裕を持っての見学でした。

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京都鉄道博物館の玄関です。

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こちらも玄関です。建物は、旧・二条駅舎です。
こちらからは、扇形車庫や動くSLなどには近いです。

新しい方の玄関から入りました。

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建物の中に入って直ぐに目に入るのは、この光景です。
手前から、SL時代→電化時代→新幹線時代の各時代を代表する車両が並んでいます。

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さらに、その後ろにもスピード時代の代表的車両が並んでいます。

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その一方で、こんな古典的なSLも。

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さらに中に進むと、色んな「信号機」が並んでいました。
原始的には、人手による手旗信号だったわけです。

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階へのエスカレーターの壁面には、こんなものがズラリと。
SLや電気機関車の前面に取り付けられていた「車両番号プレート」です。

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2階から見た、1階の様子です。

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先程1階で見た部分を、2階から見ています。

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1階の別の場所には、2台の電気機関車に出合いました。
右は客車用、左は貨物用のものです。

 次回も続きます。















2018年2月 7日 (水)

京都鉄道博物館へ(その1)

 2回目の「京都鉄道博物館」です。今回のお目当ては、限定展示の「EH800形式交流電気機関車」です。この機関車は、北海道と本州ををつなぐ青函トンネルなどで運行しているJR貨物の新型車です。

 前回来た時には、「トワイライトエクスプレス号」の一部が置かれていたところにお目当ての機関車がありました。

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左がその機関車、右のコンテナ台車は、その機関車が牽引しているものだそうです。
機関車に近付きましょう。

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普通の電気機関車が2台が繋がっている感じです。
近寄ると、威圧感を感じます。

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真正面を見ています。北海道の「五稜郭駅」から遣って来た様です。

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「EH800形式機関車」は、北海道新幹線開業に合わせて、2016年に導入されました。約500トンの荷物を運ぶことが出来るそうです。

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上からも見ることが出来ます。

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屋根の上のパンタグラフです。

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この機関車が引っ張るコンテナ台車群ですが、手前のコンテナは風が通る構造になっているそうです。北海道産のたまねぎが満載です。

 次回も続きます。








2018年2月 6日 (火)

愛知県への旅(1)足助町-5

 前回の続きです。
 「重伝建」の町・足助町を歩いています。町並みの家々は、それぞれ個性的で、魅力的です。とうとう5回目まで、引っ張って来ました。今回で最終回です。

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 こちらも間口が広く、複雑な妻入りになっています。そして右隣は平入りです。

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 こちらは「太田家住宅」(三嶋館)で、当初は呉服屋で、明治初期から旅館を営んでいたそうです。

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 こちらも「和菓子屋・かえで」さんですが、「加東家」とも言い、建物は文化元年(1804)のものです。
江戸後期に酒造業、大正期から昭和初期には質屋を営んでいたとか。
左手の建物の座敷の床柱には、天保7年(1836)の加茂一揆による打ち壊しの際のもの思われる刀傷があるそうです。

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 時々家やお店の軒先で、こんなものを見掛けました。稲藁で作られている様ですが、何なのか誰にも聞かずに終わって仕舞いました。

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 違う通りの入口には、この様な「豊田信用金庫」がありました。

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 その前の通りの様子です。

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 引き返してバス停に向かう途中で見掛けた、随分と凝った金属製の樋です。
この町では余り見掛けなかった「うだつ」らしきものも見えます。

 長々とご覧戴きまして有難うございました。
 「足助町」は、今回で終わりました。
 この後は、今夜の宿の「西浦温泉」に向かいます。
 この旅は、平成29年10月12日~13日でした。




2018年2月 5日 (月)

愛知県への旅(1)足助町-4

 前回の続きです。
 「重伝建の町・足助町」を歩いています。「新町通」を東に向かって歩いています。

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 こんな景色も、この町の特徴の様です。所々で見掛けました。
ここは登り坂ですが、反対側は川に向かうので、下り坂でした。

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 先に進みます。左手は「妻入り」の大きなお宅です。
右手の先には、目下修復中の大きなお宅です。
この町の多くの家が、何らかの修復がされていて、割合新しい感じがしました。

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 左側にある「和菓子屋・両口屋」です。
文化文政期(1804~1829)頃の建物だそうで、大正期頃までは繭問屋を営み、戦後学校給食のパン製造を手掛けていたとか。

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 そろそろお昼近くになって来たので、昼食場所を探していたら、こちらがありました。「お米屋さん」で、おにぎりを戴きました。

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 大きくて、しっかりと握られた3種類のおにぎりです。別に卵焼きも戴きました。
大変に美味しかったです。次々とお客さんが来られていました。

 もう少し歩きました。

 

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この町のマンホールの蓋です。今人気があるそうです。

 

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ここも「お米屋さん」です。

 

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ちょっと中を覗かせて貰いました。

 

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「地蔵堂」です。「だき地蔵」とあります。

 

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説明板を使わせて戴きました。「本町」とありますが、何処から「新町」から変わったのか気付きませんでした。「本町」とは、昔の町の中心地だと思います。

 

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郵便局も、ここではこの通りです。東に向かって右側にあります。

 

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「妻入り」「平入り」と混在しています。

 

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随分間口の広いお宅です。昔は「旅籠」だったかな?と思いましたが、地図などには記載が無かったです。

 

 次回(最後)に続きます。
























 

2018年2月 4日 (日)

京都の節分参り

 2月3日は「節分」です。京都市内での「節分参り」の聖地?は、「吉田神社」と「壬生寺」です。午後は2か所を結ぶ直行バスが出る位です。私もご多分にもれず、午前中に両方にお参りしました。土曜日でもあって子供の姿も多く見掛けました。お天気も良く、やや暖かだったせいか、共に人出は凄かったです。
 先ず「吉田さん」(親しみを込めて)へ。

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 拝殿直前の様子です。

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 拝殿前には中々到達出来ません。
漸く拝殿の前に来て、拝礼した後は、そこから脱出するのに又大変でした。

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 皆さん何を求めておられるのでしょうか?。お札?お守り?色々あります。
抽選券付きの「節分豆」も売っています。若い女性達が売り子です。

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 古いお札や正月の注連縄など、ここへ持参して燃やして貰います。
私がここにお参りする目的の1つでもあります。

この後、少し上ったところにある「大元宮」へ。

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 国内の八百万の神様をお祀りしています。
八角形の変わった社殿です。

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 神様と繋がる柱(右寄りのもの)に触れて拝礼します。
この後は、このお社の後にある外宮と内宮にもお参りします。

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 さらに、お社の周りにある全国の旧国名別の神々にもお参りします。
左端にあるのが、山城国 一二二神と大和国 二八六神 が祀られています。

吉田さんのお参りを終えて、「壬生寺」に向かいます。

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 「壬生寺」も大賑わいです。正面奥が本堂です。

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 本堂前の様子です。沢山の行列待ちでした。
線香の煙がこの場の雰囲気を醸し出していました。

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 「壬生狂言」を見る人達の行列もこんな状況です。
この日に因んだ「節分」と言う演題を2~3日に演じられていることをNHKのニュースで知りました。

壬生寺の厄除けには、「炮烙」(ほうらく)に願い事を書いて納めます。
そして、溜まった多くの炮烙を壬生狂言で気持ち良く落として割るところがあります。見ていて気持ちがスッとします。

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 売り場の様子です。1枚500円です。

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 願いを込めて、願い事を書く人です。

吉田神社と壬生寺とを、駆け足でお参りさせて戴きました。
今年もたくさんの福を貰ったような気分です?

 

 

2018年2月 3日 (土)

愛知県への旅(1)足助町-3

前回の続きです。
「重伝建」の町・足助町を歩いています。
中橋を渡って、北に向かって歩いて来ました。

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 中馬街道(右手)と新町(手前の道)との交点にあった「お天王はん」です。

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 祠の傍に掲げてあった、ユニークな説明板です。

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 その場所から振り返って見ました。左手には祠が、画面の真ん中には「中橋」が見えます。

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 新町の町並みです。右手が祠の場所です。

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 終わったばかりの「足助祭り」のポスターです。山車も出る様です。
「足助八幡宮」のお祭りです。

この通りに、目ぼしい建物が多い様です。

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 和菓子屋さんが割合多い様に思いました。
「風外」と言う名のお店です。ここで「どら焼き」を2個買いました。
お店の方と話をしたのですが、「ここは和菓子屋さんが多いですね」と言うと、
「いえいえ昔はもっと沢山の店があったけど、後継者問題でうんと減ったのですよ」とのことでした。

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 この町で、伝統的な建物には、この様な説明板が表に掲げられていました。

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 道の左側の町並みの様子です。手前のお宅は古くからの建物の様に見えます。バイク屋さんの様です。

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 右側の家々です。「さかなや」の看板が見えます。

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 平入り(手前)や、妻入り(向こう側)の家が混在しています。

 次回も続きます。














2018年2月 2日 (金)

愛知県への旅(1)足助町-2

 前回の続きです。

 愛知県豊田市足助町に来ています。目的は、「重伝建」地区の町並みを見ながら散策することです。
 前回では、足助支所の周辺や三州足助屋敷などを見て回りましたが、いよいよ目的の町中に向かいます。

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国道420号線の傍に建つ「常夜灯」です。秋葉講の人々により建てられたものだそうです。寛政11年(1799)の建立だとか。
当初は本町の地蔵堂境内にあったと伝えられています。
ここから、目的の町並みに入ります。因みに反対方向に行くと「香嵐渓」に活けます。

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 町中に入って始めの辻を入って直ぐの様子です。
町中の道は、ほぼ東西に走っています。新旧色んな町家が並んでいる様です。

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 それらしきお宅を1軒ずつ見て行きます。
こちら、進行方向右側のお宅です。間口が広いです。

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 こちら、左側の家々です。こちらも間口が広いです。

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 暫く行くと、こんな石碑がありました。
「中馬の道」とありますが、ここは昔の「塩の道」(中馬街道)でした。
三河湾で採れた塩を信州や美濃地方に運んだそうです。
江戸時代には「伊那街道」、明治以降は「飯田街道」と呼ばれていたそうで、
中山道の脇往還でした。この町は、それの街道の宿場でもありました。

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 石碑前から少し北に進みます。

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 その先にあった「足助商工会」です。明治19年(1886)の建物です。
昭和33年までは「足助警察署」でした。

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 足助川に架かる「中橋」です。橋頭には、「大正18年」の文字が見えます。

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 その橋の上から足助川や家々の裏側を見ています。

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橋を渡って、更に北に向かっています。

 次回も続きます。































 

 

2018年2月 1日 (木)

愛知県への旅(1)足助町-1

 愛知県への旅は、前回(平成28年11月)の知多半島・常滑・有松以来約1年ぶりです。
 今回は、わが愛する「重伝建」地区の「足助町」を訪ねました。紅葉の名所「香嵐渓」の近くです。京都から新幹線で名古屋まで、名古屋から名鉄名古屋本線で東岡崎へ、そこから名鉄゛バスで香嵐渓まで。愛知県豊田市足助町(あすけちょう)・商家町です。
 動機は、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で、ゲストの近藤正臣さんと共に紹介されたことでした。近藤正臣さんには特に親近感を持っています。
1泊の旅でした。


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バス停前の「豊田市足助支所」の構内に建てられていた標識です。
支所の中に入り、係りの方に町の歩き方を教わりました。

 

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支所の近くの「巴川」に架かる「巴橋」です。
コンクリート橋ですが、古びていて木の橋の様な感じがしました。
道路を渡らないで、右下に見える橋の下の道を通り、向こう側に行く様支所の方に言われました。

 先ず、「三州足助屋敷」に向かいました。

 

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三州屋敷に向かう途中で見た「巴側」の様子です。向こうに見える赤い橋は、「待月橋」です。この後、この橋を渡ります。

 

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生憎とこの日は定休日でした。

 

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上の写真で見えていたのは、左下の門と、左上の「母屋」の屋根でした。
明治時代のこの地方の豪農の屋敷を再現したものだそうです。
中では色んな体験が出来るそうです。

 

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三州屋敷の近くの食べ物屋さんです。ここもお休みでした。

 

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対岸で見た建物です。住まいの様には見えないが・・・。

バス停の近くに戻りました。

 

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その近くには、2つのお宮がありました。
こちらは、「足助神社」です。弓の名手・足助次郎重範を祀っています。
重範は、元弘の変で後醍醐天皇を護衛し、3千人の兵の総大将として活躍した武将です。


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その左隣にある「足助八幡宮」です。
足にご利益があるとされています。昔、この地は交通の要所として人々の足を助けた地だったそうです。

 中々町並みに至りませんが、次回にはご紹介します。


 

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