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2017年7月25日 (火)

2017京都祇園祭の後祭

 京都に住まいをする者として、祇園祭を皆さんにご紹介することは当然のことと思い、ここ3年間連続して、ブログで丁寧にご紹介して来た積りです。「京歩き」では、2014年を、「京歩き2」では、2015年と2016年を記事にしました。
 そこで、今年2017年は、視点を全く変えて、「休み山」の「鷹山」(たかやま)に絞って、取材をしようと思っていました。が、結果は完全に失敗でした。事前調査をせずに、私の憶測で動いた結果でした。
 詳しくは最後に。

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私が御池通新町に到着した時、丁度「大船鉾」が新町通を通って、御池通に着き、方向転換をしている最中でした。約45度位転換しています。

私は遠回りして、御池通の南側に移動しました。

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御池通新町の位置から、東の方を見ています。
勢揃いした山や鉾が並んで見えました。
背の高いのは、北と南の観音山です。山なのに鉾並みの高さがあります。
お囃子も載っています。

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「鷹山」の会所に行く前に、「大船鉾」の真横を見ました。

 では最後に、私の「恨み節」を。

後祭の鉾建て(後祭では鉾は大船鉾のみで、後は山ばかり)が始まったであろう20日午前に「鷹山たかやま」の会所に行きました。そうしたら、会所では未だ準備が始まったばかりだつたので、已む無く諦めて帰りました。
 次に、22日の午前に行ったら、会所は閉まっていて、係りの方に聞いたら午後になるとのこと。同じく諦めて帰宅。
 そして、後祭の巡行の日・24日9時30分頃に行ったら、もう全く何もなし。お囃子の屋台のみが会所近くのテントに置かれていて、人は全くの0。
 そんな無残な結果に、今年は終わりました。

 そんな「鷹山たかやま」について
 鷹山は、後祭の曳山です。
 文政9年(1826)の風雨で、懸装品を傷めて以降、巡行には参加していない。元治元年(1864)の大火で、鷹遣いを含む3体のご神体人形は難を逃れたものの、懸装品や山本体を失った。鷹は明治期に復元され、宵山期間に町家で飾られるが、巡行は未経験。
 最後の巡行から200年となる2026年までの早期復帰を目指している。
 (京都新聞の記事から引用させて戴きjました)
 

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