« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月

2017年10月31日 (火)

文化 文化 これも文化 あれも文化

 文化と言っても色々ありますね。これから色んな文化を、ご紹介します。

(1)車体ラッピング文化(そんなのあった?)しかし、今や流行です!

 JR京都駅でのこと。

001a

突然入ってきた電車です。JR草津線の回送車両です。
「SHINOBI TRAIN 忍」です。数少ない草津線の京都行の車両です。
草津線と言えば、沿線に「甲賀」があります。甲賀忍者です。
最近は、外国の方にも人気だとか。

002a

1編成の半分位が、この車両の様です。
最近あちこちで、この様な「ラッピング・カー」を見掛けます。

003a

部分的にアップで見ました。恰好良いですね。

004a

005a

006a

(2)生け花文化(あえて文化と付けなくても良いですが・・・)

085a

京都駅ビル内の「ホテルグランビィア京都」のロビーに置かれていたものです。

088a

90度回転した位置で見ています。

フラワーアーティストの「川崎由貴」さんの作品です。
テーマは「偉大なる道」。
使われいるのは、シンビジューム・オレンジュウム・スマイラックス・キイチゴ・
バラ(プリザ)とありました。

この場所には、何時も何かが置かれていて、近くに来た時には、わざわざ見に寄ります。

(3)食文化(と言う程大袈裟げさでは無いのですが・・・)

029a

或る日のお昼のご馳走です。
「進々堂・河原町三条店」で戴いたものです。ここではセットでお願いすると、色んな種類のパンが、好きなだけ食べられます。コーヒーもお代り自由です。
何時も満足して店を出ます。

 「文化」と付く言葉は、色々ありますが、京都では国の機関「文化庁」が移転して来ます。































2017年10月29日 (日)

京都「野外彫刻」展」 at 「京都府立植物園」

 ここ10年位でしょうか。京都市内の数か所で開催されている「野外彫刻展」を今年も京都府立植物園で見ることが出来ました。
 これらは、コスモスの花などを愛でた時に写したものです。
隣の陶板名画の庭でも展示されていたのですが゛、生憎の雨が降ってきて残念ながら諦めました。



Img_4934

北山門から入った所では、数々の花や、彫刻がにぎにぎしくお出迎えです。

Img_4938_2

タイトルを撮るのを忘れていました。

Img_4940

           「人生七転び八起」

Img_4943

                「M A N」

Img_4949

                   「イガイガ三型」


Img_4962



Img_4963

        「プチプリマ とっておきの・・・」
この彫刻は、例年観覧温室の前で 「はい!ポーズ」。愛くるしいお顔で人気者です。


Img_4968

                  「 ひと模様 」

Img_4969

 こちらは、勿論彫刻では無いですが、写生を楽しんでいる子供たちの姿を園内のあちらこちらで見かけました。子供たちも、両親も熱心です。
長閑な光景はホッと嬉しくなります。

2017年10月27日 (金)

大政奉還150周年(3)新選組-4

 前回の続きです。
 「新選組」が壬生界隈に活動の場を置いていたのは、文久3年(1863)3月から慶応元年(1865)2月の間でした。隊員数は 68名でした。
 慶応元年5月には、100名を超えましたので、より広い場所を求めて2月末に
「西本願寺」に移りました。「北集会所」に屯所を置いたそうです。現在はその建物は他所に移築されています。

024a

右の建物は、「太鼓楼」ですが、この辺りに屯所があったそうです。

022a

その「太鼓楼」についての駒札です。

023a

西本願寺が、太鼓楼の近くに掲示されている説明文です。丁寧に説明されています。
当時、西本願寺にとっては、大変迷惑な話だったかと思います。
慶応3年(1867)6月まで、ここにいました。

 その後に移ったのは、ここから南へ約500m程行った所でした。
 「不動堂村屯所」と言います。

029a

堀川通塩小路にある「リーガロイヤルホテル」がある付近です。

026a

ホテルの表示がある黒い囲いの中には、この様な石碑がありました。

027ab

石碑の傍には、この様な金属製の銘板がありました。
ここでは隊員は、157名程だったそうです。

 幕末、世情不安な京の都の治安を取り締まるために置かれた「京都守護職」に、会津藩主・松平容保は、黒谷の「金戒光明寺」(こんかいこみょうじ)に本陣を置きました。藩兵約1000人を率いての上洛でした。

001a

金戒光明寺の山門には、「京都守護職 本陣」の木札(左側)が掲げられています。

003a

以前のNHK大河ドラマ「新選組」のタイトルバックに、隊員達がこの石段を上がって行く場面がありましたが、多分ここでは無いかと撮りました。

008a

本堂です。
本陣は、どこに置かれたのかな?本堂でないでしょう。では何処に?

009a

本堂の右手の大きな建屋がありましたが・・・。食堂のようですが・・・。

 新選組は、会津藩預かりの組織でしたから、近藤局長など幹部ら時々ここにも来ていたのではないでしょうか?
 金戒光明寺の境外には、ここで亡くなった会津藩士達の多くの墓があります。

 新選組ゆかりの地を訪ねては、今回で終了です。














2017年10月25日 (水)

大政奉還150周年(3)新選組-3

 前回からの続きです。
 「新選組」が、市中の見回りや取締りに活躍し始めると、隊員を増やす必要があり、増員していきました。100名を超える様になりました。また活躍のご褒美として金回りも良くなって来ました。

002a

「島原大門」です。勤皇倒幕の志士に人気の場所でした。従って、それらに対する「新選組」が出入りしていました。

003a

要領良くまとめられた駒札を利用させて戴きました。

「島原」の中で人気があったお店を2つ。

005a

その1つ、「輪違屋」(わちがいや)です。新選組も通っていたとか。
置屋兼揚屋でした。

006a

通常は公開していませんが、文化財の特別公開時などに公開されています。
何年か前に、拝見したことがあります。

009a

島原界隈には、今もかつての面影を留めるお宅があります。

010a

こちらのお宅も同様です。かなり大きなお宅です。

次は、有名な「角屋」(すみや)です。かなり大きな建物です。

015a_2

近くに寄って見ました。

016a

扉は閉ざされていますが、玄関です。
現在は、「角屋もてなしの文化美術館」として、公開されています。
こちらも一度拝見したことがありますが、屋内は大変広いです。

017a

こちらが一般公開の出入り口になっています。
石碑には「新選組刀傷の角屋」と刻まれています。

018a

角屋(左側)前は美しい石畳になっています。小雨に濡れて、鈍く光っていました。
南から北を見ています。

019a

丁寧な説明を利用させて戴きました。

 「新選組」はその後隊員が増加したため、壬生界隈からより広い場所に移動して行きます。

 次回に続きます。




 

 

2017年10月23日 (月)

大政奉還150周年(3)新選組-2

 前回の続きです。壬生界隈を歩いています。
 前川邸や八木邸を「屯所」としていた「壬生浪士」達は、「壬生寺」で訓練をしていたとか。

051a

「坊城通」に面した「壬生寺」の山門前です。

052a

今の壬生寺の境内図ですが、当時(幕末)では「本堂」(それもこんな立派ではなかった?)だけしか無かったとすれば、可なり境内は広く、新選組がここで訓練することは可能だったのでは無いかと想像します。

053a

中々立派な本堂です。ご本尊は、お地蔵さんです。

054a

最近京都市内で良く見掛ける風景です。
彼女らがいる場所の左手には、新選組関係の史料などがあります。

055a

その建物に掲げられていた掲示でした。

彼ら(壬生浪士隊)が、壬生屯所にいた時に、あの有名な「池田屋騒動」が発生しました。元治元年(1864)6月のことです。

034a

当時旅籠だった「池田屋」は、三条通木屋町西入ル南側(東海道の終点・三条大橋の近く)にあります。

031a

現在は、ご覧の様に飲食店になっています。

030a

「維新史跡・池田屋騒動之址」の石碑が、場違いな雰囲気の中に立っています。
新選組は、クーデターについて密会中の長州藩志士達の中へ切り込みました。
この騒動により、新選組の名前が一躍有名になった反面、倒幕の進行が遅れたとか言われています。

次回も続きます。




















2017年10月21日 (土)

大政奉還150周年(3)新選組-1

 「大政奉還」と言う面から見て、「新選組」の存在はそれを阻止する力と言えますが、結果は虚しく散って仕舞ました。しかし、NHK大河ドラマの影響もあり、「新選組」は若い人を中心に息長い人気を保っている様に思います。

 今回は、京都市内にある「新選組」ゆかりの地を訪ねました。

049a

文久3年2月、京都に入った「浪士隊」は、ここ「新徳寺」(壬生寺の向い)に本営を置きました。当時のリーダーは「清河八郎」でしたが、後に目的が違うと言うことで江戸に引き上げました。
それに反発して京都に残ったのが、芹澤鴨や近藤勇達24名でした。彼らは
京都守護職・会津藩主 松平容保の預かりとなりました。

035a

彼らの宿所になった1つ、「前川邸」です。屋敷続き(南隣り)が「新徳寺」です。

036a

前川邸の長屋門に貼られていた邸の間取り図です。見難くて申し訳ありません。左手が新徳寺です。

038a

少し門から中を覗かせて戴きました。公開はされていませんが、中では何かお仕事をされている感じでした。

040a

前川邸の横の「坊城通」に面した様子です。右奥が新徳寺になります。そしてその向いが「壬生寺」です。

もう1つの宿所は、前川邸の道を隔ててある「八木邸」です。

041a

その入口に建っている石碑「新選組遺跡」です。こちらは公開されています。

047a

右手にある和菓子屋さんで入館料を払い中へ。

043a

またまた要領良く書かれている駒札を使わせて戴きました。

045a

お馴染みの旗が掲げられているこの門から中は、撮影禁止になっていました。
着物姿が見えるところが式台です。

046a

門の右手の様子です。
ここでは、文久3年9月に芹沢一派が、近藤らによって暗殺されました。
その時の刀傷と言うのが、座敷の鴨居にありました。

044a

「八木家住宅」についての駒札です。

「壬生浪士隊」が、「新選組」と名乗ったのは、文久3年8月に「8.18の政変」(長州勢力が、三条実美らの公家達とともに都落ちした)の時に堺町御門の警備に当たった時に武家伝奏から戴いた時からです。

この後は、隣りにある「壬生寺」に向かいました。
次回に続きます。










2017年10月19日 (木)

「奉納図画展」 北野天満宮 (その2 )

 昨日の続きです。
会場の絵馬所にはカブトムシやひまわり、祇園祭の鉾を描いた夏らしい作品のほか、天満宮三光門を題材にした力作も並びました。
審査員の日本画家や洋画家は「子どもたちの感性が豊かで感心させられる作品も有った」と講評されたそうです。

Img_4800


Img_4778


Img_4783


Img_4782


Img_4776


Img_4779


Img_4799_2

子どもたちが真剣に描いた絵の数々、仄々楽しくて時間が経つのも忘れていました。

2017年10月18日 (水)

「奉納図画展」 北野天満宮 (その1)

 今年も子供たちが画才上達を願って納めた作品が並ぶ「奉納図画展」が北野天満宮で行われました。
 幼児から高校生まで678点の応募が有り、初日は審査も行われ、「天満宮賞」や「京都新聞特別賞」の入選作品が選ばれました。

Img_4798


Img_4797


Img_4796


Img_4784


Img_4781


Img_4786


Img_4780

明日はこの続きをご覧いただきます。

2017年10月16日 (月)

ひっそり咲いていた 植物園のコスモス

 10月14日は曇り空で「時々小雨と僅かな日差し」の中途半端な天候でしたが、久しぶりに植物園に行きました。
 かすかな望みは、コスモスの花です。
 私にとって秋の花の代表はコスモスです。風に揺れて頼りなげに咲いている風情が好きです。


Img_4932_2

北山門から入った所で育てておられるコスモスです。
これは管理されているコスモスですね。


Img_4929


Img_4931


Img_4930


Img_4980

場所を変えてみました。園内には多くの場所で育てておられますが、その内の一か所です。

Img_4982

こちらもロープで・・・・

Img_4984

主人公は犬?オオカミ?ライオン?はっきりわかりませんが、これも「芸術」なのですね。隣のコスモス達が見守っています。

この日は京都野外彫刻展が開かれていてユニークな彫刻が園内の至る所に飾られていました。(その様子は後日紹介します)

2017年10月14日 (土)

京都大 花山天文台へ(2)

 前回の続きです。
 「花山天文台」の本館にいます。ドームの外の回廊に出て見ました。

015a

右下に見えるのは「別館」です。口径18cmの屈折望遠鏡があるそうで、現在は太陽の観測に用いられているそうです。現役としては、日本最古の望遠鏡で、データは最先端の科学研究に用いられているとか。
左下の小屋風の建物は、「歴史館」です。この後見学しました。

016a

ドームの外から、山科盆地の一部(南部と思われます)が見えました。
右手の山並みは、東山連峰の南端かと思います。
また、左手の山並みは音羽山から南へ、醍醐・宇治に繋がる山々だと思います。
「本館」から下りて来ました。

025a

「歴史館」です。旧子午線館だそうです。本館・別館と共に1929年の花山天文台設立当初からある建物です。
当時は「子午儀」を用いて、正確な時刻を知るための観測が行われていました。

026a

これがその「子午儀」です。こちらの屋根も、観測時には開く様になっています。

最後に、もう一度「本館」を眺めました。

021a

022a

現在、花山天文台では、太陽物理学、太陽・宇宙プラズマ物理学、恒星物理学の研究が行われているそうです。
また、「アウトリーチ活動」と称して、教育関係者や高校生などの研修・実習にも広く活動されているそうです。

天文台長の柴田先生は、京都と宇宙を結ぶ新たな観光名所を目指しておられるそうです。
この種の建物が、文化財特別公開になったことも、意義がある様に思いました。

 






2017年10月12日 (木)

京都大 花山天文台へ(1)

 「京の夏の旅」2017の中に、「京都大学大学院理学研究科附属天文台・花山(かざん)天文台」が入っていたので、大変懐かしく思い、見学させて戴きました。9月30日までの催しです。
 地下鉄東西線の東山駅からシャトルバスが出ているので、それを利用させて戴きました。公共交通機関がないので、大変有難く嬉しかったです。結構利用されている方がおられました。東山駅から「東山ドライブウェイ」を通って約10分程で着きました。そこから少し歩いて現地に到着しました。

002a

入口の看板です。当初からのものらしく、かなりの年季ものです。
設立は、1929年ですから今年で88年になります。

003a

そこからでも、この様な山道をもう少し歩きます。

005a

暫く歩くと、木の間からドームが見えました。

006a

漸く「本館」に辿り着きました。
建物の中は、狭い階段の連続です。

008a

ドーム内の望遠鏡があるところに着きました。
国内で屈折望遠鏡としては3番目の口径を持つ45cmの屈折望遠鏡です。
天体の追尾には、現在でも重力時計が用いられています。右手の錘はそれのものです。

020a

見る位置を変えて見ています。
当初は口径が30cmの反射望遠鏡だったそうですが、口径が45cmとなると焦点距離が長くなって、このドームに入らないので屈折望遠鏡になったそうです。ドームの直径は、9mあります。

 次回にも続きます。







2017年10月10日 (火)

久し振りに奈良へ(4)奈良の町を歩く

 前回の続きです。
 「ならまち」を歩いています。雰囲気が大好きで、良く訪ねるのですが、少し以前の雰囲気が薄れた様に感じています。やはり保存・維持は大変なんでしょうね。

047a

こちらのお地蔵さんは、やや丁寧にお祀りされています。

048a

ならまちの中心地にある「漢方薬」店です。
この辺りには、資料館等があります。

050a

少し覗くと、お茶室の待合の様な建物が見えましたが、中はやや広いお庭が見えました。

051a

不思議な窓が取り付けられたお宅です。

053a

不思議な窓をアップしました。
傍に掲示されていた説明板によると、「ネパールの伝統的飾り窓」だそうで、
1970年の大阪万博の「ネパール館」に使われていたものだそうで、友好の記念に贈られたものです。

058a

広い大きなお宅です。真ん中の建物は、何か物を造っていた場所の様に思いました。主屋の前面の造りは、建物を大きく見せるための様に思いました。

063a

「大和茶」とあります。お茶屋さんです。

061a

お店の左手には、町名の紹介など色んな表示が見られます。

064a

普通のお宅に、こんなお洒落なステンドグラスがあるのも、「ならまち」です。

065a

町中の一角に「道祖神」が祀られていますのも、「ならまち」です。

068a

かつては奈良にも花街がありました。

069a

同じく、その町並みです。

070a

今、京都国立近代美術館で開催されている「絹谷 幸二」画伯のご実家です。
先日展覧会を拝見したばかりで、その奇遇に吃驚しました。

071a

こちらも花街の一角です。

汗をいっぱい!かきながら歩いた「ならまち」でした。


























2017年10月 8日 (日)

久し振りに奈良へ(3)奈良の町を歩く

 前回からの続きです。
 しっかりとお昼を戴いた後は、「ならまち」を歩きました。昔の奈良の町並みです。雰囲気が好きで、奈良を訪れた時には、必ずと言って良い程良く歩きます。

034a

今では滅多に見られ無い立派な格子戸です。

035a

奈良名物の「奈良漬」などの漬物屋さんです。

037a

「ならまち」は、南北の通りに趣きがあります。この先は少し坂道になっています。

038a

上の道の右側にあったお宅です。「魅せる」お宅です。

039a

さらに、その先に並ぶお宅です。

040a

町を守って下さるお地蔵様です。さり気無く、素朴なお祀りが微笑ましく思いました。

041a

お寺の様ですが、山門が2つある様です。

043b

この辺りの町・鳴川町の説明板です。

044a

小さなお寺ですが、こじんまりとまとまった感じのお寺でした。

046a

立派な古民家です。

 次回も続きます。




2017年10月 6日 (金)

京都駅前地下街ポルタの庭園

 京都駅前の地下街「ポルタ」のセンターエリアで、突然に表れた北山杉の庭園です。

027a_2

「そらつなぎの庭」とのタイトルです。

025a_2

庭園の上の屋根は、開閉式になつていて、陽光や風が通る様になっています。

028a

反対側から見ています。

029a

瀧組もあります。結構凝った造りです。

031a

位置を変えて、見ています。

回りには、秋の草花が活けられていました。

034a

035a_2

思い掛けなく、目の保養をさせて戴きました。













2017年10月 4日 (水)

天神さん「瑞饋祭(神幸祭)を拝見しました(3)

 前回の続きです。
 「神幸祭」の行列を、境内や一の鳥居近くで拝見した後は、「御旅所」に「瑞饋神輿」を拝見に行きました。ご本社からは、歩いて約20分程のところにあります。「上の下立売通」(東西)と「左井通」(南北)との交点の北西角にあります。
 「上の下立売通」には、沢山の露店が出ていました。日曜日とあって結構賑わっていました。
 境内は建物が一部新しくなり、すっきりとした感じがしました。
 「瑞饋神輿」は、大と小の2が拝殿に安置されていました。

045a_2

「瑞饋神輿」についての説明板です。

040a

大きい方の瑞饋神輿を、正面から見ています。

041a

屋根の「瑞饋」の切り口が見事です。屋根の下のコマでは、毎年その年のトピックスを表現されています。

042a

正面に向かって右側です。

043a

正面の裏側です。

044a

正面と左手を斜めに見ています。

048a

小さい方の瑞饋神輿です。正面を見ています。

049a

左横を見ています。小さくても立派な造りです。

050a

御旅所の境内の風景です。
秋めいたとは言え、この日の日中は結構暑かったです。

 「瑞饋神輿」は、4日に域内を巡行(還幸祭)されます。
















2017年10月 3日 (火)

天神さんの瑞饋祭(神幸祭)を拝見しました(2)

 前回の続きです。
 神幸祭は、10月1日(日)の午後1時に、北野天満宮本社を出発されました。
 一の鳥居を出て、直ぐに今小路通を西に進まれました。私は、その近くで行列を拝観しました。

001a

 今出川通に面した「北野天満宮・一の鳥居」前です。
出発を前に、それぞれの方がスタンバイされていました。

011a 

ご本殿前は、殆ど人の姿はありませんでした。
皆さんお祭の方に注目の様でした。

 「神幸祭」の行列が、始まりました。
 先頭は、ご協力お願いのプラカードを持った若い男性 2人でした。それに続いて「お獅子」が2頭が。

015a

皆さんのお頭を噛みながらの進行です。行列のスピードを抑えている感じでした。私も、青い方に噛んで貰いました。

018a

「先駆神職」さんです。ちょっと緊張気味です。

019a

「導山」です。怖い顔の人形が立っています。

025a

剣鉾が2基続きます。「梅鉾」と「松鉾」です。 

027a

 神器の鉾と盾、「錦蓋」と「菅蓋」です。
その後は、人気の可愛い「八乙女」さんや「お稚児」さん達の行列です。

032a

 そんな中に、こんな子もいました。

いよいよ「御鳳輦」の登場です。

035a

 「第一鳳輦」です。

036a

 子供神輿の様な小さな「御鳳輦」です。

037a

 「第三鳳輦」です。どれも車付きで、しずしずと進んで行かれます。
ワッショイ!ワッショイ!との勇ましい掛け声はありません。
大変静かな行列でした。

039a

 この後は、馬車に乗った宮司さんや講社や総代などの偉い方々が続いてお終いとなります。

 私達は、「御旅所」に行き、「瑞饋神輿」を拝見することにしました。
 次回にご紹介します。





 

 

 

 

 

 

2017年10月 2日 (月)

天神さんの瑞饋祭(神幸祭)を拝見しました(その1)

  瑞饋祭(ずいきまつり)は京都の数ある秋祭りの先陣を切って10月1日から5日間にわたって行われます。
 今年で3回目の見学ですが、お稚児さんの可愛い姿に心が癒されます。
 瑞饋祭は、京都市の無形文化財で「神幸祭」と「還幸祭」が行われますが、今年の神幸祭は日曜日と重なり沿道には多くの地元の方や観光客が拝観されていました。
 やはり一番人気はお稚児さんや八乙女さんです。
 「可愛い」の声が飛び交っています。
 
(その1)では、お稚児さんや八乙女さんの様子をご紹介します。


Img_4862

神妙な顔でお祓いを受けています。

Img_4869


Img_4872


Img_4875

午後1時に出立です。これから各町内を練り歩きます。

Img_4879

地図で見ていると、かなりの距離が有るようですが、大丈夫か?と余計なお世話です。

Img_4877


Img_4887

この後、偶然にもお稚児さんたちの行列に出会うことが出来ました。
しっかりした顔つきと足取りです。


Img_4894

少々疲れたなあ・・・

Img_4897

後もう少し?頑張ってと心の中で声援を送ります。

 次回は、「神幸祭」の様子や、御旅所の瑞饋神輿を紹介します。
 

2017年10月 1日 (日)

久し振りに奈良へ(2)奈良の町を歩く

 前回の続きです。
 「奈良国博」での「源信」展を観た後は、「奈良の町」を歩きました。

001a

近鉄奈良駅から奈良国博へ向かう途中の興福寺近くの真夏の風景です。
真ん中では鳩が飛び立つ瞬間でした。

003a

木陰では皆さん体操?をされていました。

025a

寺院?の屋根に真夏の太陽が照りつけていました。

017a

猛暑に涼しさを?「氷室神社」です。大昔の冷蔵庫?があったところです。

この後、「ならまち」を歩くのですが、お腹が空いていて歩けないと、お昼にしました。

中華料理を戴くことにしました。

033a

近鉄奈良駅近くの商店街にある中華料理店です。

026a

コース料理を戴きました。先ず「前菜」です。

028a

次は「ふかひれスープ」です。濃厚なスープでした。

029a

「唐揚げ」です。

030a

「えびチリ」です。適度の辛さが夏の食欲を促進します。

031a

最後は「酢豚」でした。美味しかったです。
お腹はしっかりと満腹しました。

さあ、お腹もふくれました。しっかりと「ならまち」を歩きます。
次回に続きます。

















« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

京 歩き