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2017年9月 7日 (木)

大政奉還150周年(1)二条城

 慶応3年(1867)10月13日、第15代将軍・徳川慶喜が大政を朝廷に奉還して、今年で150年の記念すべき年に当ります。
 京都市では、それを記念してプロジェクト運営委員会を立ち上げ、ガイドマップやスタンプラリーを実施しています。今年の8月9日から来年1月31日までの期間です。京都に住む人間にとって、この催しに是非乗りたいと、早速動き始めました。

そこで、先ず大政奉還が発せられたと言う「二条城」から、スタートしました。
 「二条城」を少し詳しく調べて見ると、結構数奇な運命を辿った「お城」だと言うことが判ります。詳しくは、最後のところでお話したいと思います。

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二条城を紹介する写真に、東大手門よりこちらの櫓「東南隅櫓」の方が、多い様に思っております。お城の構造物として、初めに目にする建物です。
何年か前に台風で壁が破損し、その後修復されていますので、美しい外観を保っています。お堀の向こうは西方向です。遠くに西の山並みが見えます。

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東南隅櫓から北の方向に進むと、「東大手門」が見えて来ます。
こちらも最近修復されたので、美しくなりました。

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このお城は、正しくは「元離宮 二条城」と呼びます。
二条城が辿った数奇な運命を表わしています。

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「東大手門」の正面です。門の金具が修復により、美しくなっています。
入城券の購入から、入城までのコースが修復後に変更されています。

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門の横に置かれている「大政奉還」の看板です。

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「二の丸御殿」の入口です。大政奉還の宣言が行われたと言う「大広間」に行くには、ここから入らねは゛なりませんが、入っても内部は全て撮影禁止です。

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「二の丸御殿」は、この様な形「雁行」(がんこう)と言う形で繋がっています。
右手奥の建物「遠侍」に入って、手前の方に進みます。
左手の建物が「大広間」で、ここで大政奉還の宣言を、徳川慶喜が在京の大名の代理者を集めて行ったところです(が慶喜はその場にはいなかったとか?)

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右手が「大広間」、この中には人形を使って、その場面を再現しています。
突き当りは「黒書院」です。

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「二の丸庭園」の一部です。右手に少し建物の一部が見えていますが、「白書院」です。

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二条城は徳川の建物でしたから、この様に「葵」の紋があっても当然ですが、
明治になって政府に接収、その後宮内省に移管されて、離宮になりました。

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こちらでは、「菊」の御紋が付けられています。
瓦と違って、割合容易に取り換えられたからでしょう。

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こちらは、「本丸御殿」ですが、元々あった建物は焼失したので、明治26~27年に桂宮本邸が移築されました。
現在は耐震性に問題があり、一般公開はされていません。

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本丸御殿の御車寄せです。

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本丸の西側の堀です。遠くに見える高い石垣は、天守閣のあったところです。
堀では、これからのライトアップの準備が進められていました。

 さて、二条城についてですが、その数奇な運命を、箇条書きに述べたいと思います。

○徳川家康が、征夷大将軍の宣下を受けるに際し、居館として築かれた。

○慶長8年2月、家康は二条城でなく伏見城で征夷大将軍の宣下を受けた。

○家康は同年3月、拝賀の礼を挙行するために、二条城に入った。

○以後、二条城は、主として徳川幕府の儀典の場として利用された。

○大阪冬の陣で、軍議の舞台となった。

○元和6年(1620)、徳川秀忠の娘・和子は後水尾天皇の女御として入内の際には、ここから儀典が行われた。

○寛永3年(1626)には、後水尾天皇が二条城に行幸。この行幸に際して、大規模な普請が行われた。

○徳川秀忠が本丸御殿を造立し、徳川家光が二の丸御殿の大改造を行った。現在の二の丸御殿は、その時の作事によるものである。

○寛永11年(1634)には、徳川家光は30万余人の大軍勢を率いて、二条城に入った。それ以降幕末まで、将軍の上洛は無かった。

○文久3年(1863)、第14代将軍・徳川家茂が、久し振りの上洛。

○慶応2年(1866)、最後の将軍・徳川慶喜が、ここで将軍宣下を受ける。

○しかし翌年(慶長3年)10月、慶喜はここで「大政奉還」を宣言。

○奇しくも、二条城は徳川幕府の誕生と終焉の両方の舞台となった。

○明治元年(18689)、二条城は明治政府によって接収され、同4年から京都府庁として活用。

○その後、宮内省に移管され、二条離宮となる。

○昭和14年(1939)、離宮が廃止され、京都市に下賜された。


















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