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2017年8月18日 (金)

福井県小浜市へ行く(4)常高寺

 前回の続きです。
 「丹後街道」沿いの山の麓には、小浜藩にゆかりの方の菩提寺が多く並んでいます。今回は、その中の1つ「常高寺」(じょうこうじ)にお参りしました。何故ここかと言えば、丁度ここで「花しょうぶまつり」が開かれていたからです。

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丹後街道から少し山側に入ったところから見た「常高寺」の様子です。
右側の石段の上には、JR小浜線の線路があり、直接的にお寺には行けないのです。石段の下に、軽自動車が停まっていますが、その左手から細い道があり、そこを通って行かなければお寺に到達出来ません。
JRの下をくぐり、右に進むとお寺の前に到着です。

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その途中にあった「常高寺」の説明板です。「常高院」の姿が隠れているのが困ったことです。「お市の方」の娘さんですから、きっと綺麗な方だったことでしょう。

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こちらも、途中に咲いていた紫陽花です。この花から「常高院」を偲びましょう。

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花菖蒲園を通して、山門(左手)を見ています。
右手の建物の裏手で、受付をされていました。

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同じく、花菖蒲園を通して、本堂を見ています。
ちょっとモダンな感じの本堂です。

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さらに、「鐘楼」も同じく眺めています。残念ながら、殆どの花が萎れていました。

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「常高院」について

○浅井長政と織田信長の妹・お市の方との間に生まれた三姉妹・お茶々(後に豊臣秀吉の側室・淀どの)、お初(常高院)、お江(後に徳川秀忠の妻に)でした。

○江戸時代初期の小浜藩主・京極高次の妻となりました。

○徳川と豊臣との戦では、両者の間を取り持ちましたが、結局姉・淀どのと秀頼の命は救えず、豊臣家は滅亡しました。

○晩年は江戸に住み、66歳で波乱の人生を閉じました。

○ここ常高寺は、常高院の発願で菩提所として建立されましたが、完成半ばで亡くなりました。遺骸は江戸からここ小浜に運ばれ、ここで葬儀が行われました。
当時の小浜城主は、息子の忠高でした。

 次回は最終回で、「小浜湾」の様子をご紹介します。

[閑話休題]

「常高寺」があるこの一帯には、小浜ゆかりの方の菩提寺が並んでいます。

○栖雲寺~若狭武田家の菩提寺
○東光寺~同上
○空印寺~小浜藩主・酒井家の菩提寺
他に 5つのお寺があります。





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