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2017年7月 9日 (日)

歴史探訪 嵐山編

  今回は、「或る会」の嵐山周辺の歴史探訪に参加しました。
 京都の観光名所としての「嵐山」とはまた違った場所を、案内して戴きました。
 時には、アジア系の観光客が格別多い嵐山の雑踏をすり抜けながらの、歴史探訪でした。

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渡月橋から見た、今回の探訪地域です。
遠くに愛宕山が、その手前の形の良い山が「小倉山」、その手前の小高い丘(判り難いかと思いますが)・亀山が今回のメインです。
川は、渡月橋の上流ですから「大堰川」、橋から下流は「桂川」です。

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この位置から見る「渡月橋」は、少ないかと思います。
場所は、嵐山・中ノ島公園の上流部分です。渡月橋の西南部分です。
朝の10時頃なので、逆光となり、橋が黒く見えます。
「渡月橋」の名前の由来は、亀山天皇が「くまなき月の渡るに似たり」と言われたことからとか。

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渡月橋を渡り、大堰川の左岸に来て、「嵐山」に相対しています。
昔は桜の山だつたとか。今はちらほらと桜が見られる程度です。
国有林になってから、山の様子が変わってしまったそうです。

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渡月橋の西北にある「小督塚」(こごうづか)です。
美女「小督の局」をめぐる悲恋の物語は有名です。

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そこから、川岸の道を少し上流に来ました。対岸を見ています。
木々が少し少なく成っている所に、明治時代まで「戸無瀬滝」(となせのたき)と言う「三段に落ちる雄大な滝があったそうです。今は全く見られません。
かなり有名だった様で、当時の絵図にははっきりと描かれていました。

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「亀山公園」の入口に着きました。これから公園内の歴史を訪ねて歩きます。

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先ず訪れたのは、ここです。かつて中国の首相をされていた「周恩来」さんの「詩碑」です。
来日時京都に来られた時のもので、「雨中嵐山」(うちゅうらんざん)と言う題名で、日中友好を象徴する碑だそうです。

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「角倉了以」像です。1554~1614年の人です。豊臣秀吉の時代から江戸時代初期にかけて活躍した嵯峨の豪商でした。
保津川の開削や高瀬川の開削などを手掛け、京都の発展の為に多大な貢献をしました。

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上半身をアップで見ました。流石意志の強そうな風貌をされています。

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こちらも強い意志を持って幕末を生きた女性・津崎村岡局(つざきむらおかのつぼね)像です。幕末、京の都で勤皇の志士達に協力した罪で幕府に逮捕されたりしました。

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こちらもアップで見ました。柔和な表情の下には、強固な意志が隠されています。

 この後は、大河内山荘~竹林の道~野々宮神社と歩き、野々宮神社で解散となりました。

 ここで「閑話休題」 野々宮神社について
 今では、野々宮神社はカップルや若い女性の良縁・幸せを願っての人気のお宮さんですが、元々はここは伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王が、斎王となるために一年間精進潔斎するための清浄の地でした。














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