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2017年7月 6日 (木)

2017・3人旅(8)松本市へ(その1)松本城

 前回の続きです。
 今回の旅も、3日目・最終日となりました。
 JR中央本線・上諏訪駅から特急・スーパーあずさ3号に乗り、松本に向かいます。正確に言いますと、塩尻までが中央本線で、塩尻から松本は篠ノ井線と言うことになります。(「スーパーあずさ」等の写した写真も無くなっていました。)

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上諏訪駅のホームには、「足湯」がありました。見えている線路は、中央本線です。JRの乗車券か入場券があれば入れるようです。年中無休です。

 「松本駅」に到着、何時もそうしていますが、「観光案内所」に飛込み、「松本城」への道順を教えて戴きました。道順は判り易くて安心して、お城に向かいました。お城の正面に向かう通りは、「大名町通り」と言います。

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松本城の入口に着きました。

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早くも「松本城」の天守の姿が目に入りました。

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「内堀」です。

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本丸に入るためにくぐる「黒門」です。櫓門と桝形からなり、本丸防衛の要です。

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本丸域に入って、松本城の正面を見ています。
真ん中が「天守」で、高さが 29.4mあります。
右手は、「乾小天守」で、高さは 16.8m。2つの天守を繋ぐのは「渡櫓」と言い、高さは12.0m。
左手は、手前が「月見櫓」で、高さは 11.1m、その後ろは「辰巳附櫓」で高さは 14.7mあります。
本丸域内には、色んな草花が植えられていました。(この時に写した写真もすべて無くなりました。)

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位置を変えて、天守を見ています。
階段が多いので、内部には入っていません。天守の最上階は6階もあります。

本丸域から外に出て、内堀の外からお城を眺めてみました。

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静かな内堀の水面には、天守の姿が見事に映えていました。

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内堀の畔からは、遠くに「北アルプス」の山々が、頂に雪を残して、望むことが出来ました。

 ここで、松本城の歴史を簡単に、ご紹介します。
○始まりは、戦国時代の永正年代初め(1504~)に造られた「深志城」だそうです。
○戦国時代は、松本平を中心に、信濃の守護・小笠原氏が治めていましたが、武田信玄が小笠原氏を追い、この地を信濃支配の拠点にしました。

○その後、天正10年(1582)に、本能寺の変の動乱に乗じ、小笠原貞慶が再びこの地を回復し、名を「松本城」と改名しました。
○豊臣秀吉の時代、石川数正をここに封じ、子の康長と共に、この城と城下町を整備しました。
○江戸時代、松本藩の藩主は、短期間に変わっていきました。
小笠原氏・戸田氏(先)・松平氏・堀田氏・水野氏・戸田氏(後)
○明治になって、松本城も破壊の運命にありましたが、市川量造氏らが再建に乗り出しましたが、上手く行かず、明治34年に小林有也・松本中学校長らが保存会を設立し、12年間掛って明治の大修理を終え、倒壊の危機を救いました。

 








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