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2017年7月

2017年7月31日 (月)

祇園祭児童画展を拝見しました(2 )

前回の続きです。
 余りにも可愛く魅力的な生徒たちの作品、それぞれに祇園祭に寄せる気持ちに感動するものが有り、一つでも多くの作品をご紹介したく2回に分けました。


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立派な堂掛です。

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こちらも胴掛です。事前に専門家の指導を受けたとの事ですが、素晴らしさに魅了されました。
図画工作の時間にみんなで顔を突き合わせて、考え作成したとの事です。


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こちらは胴掛の「見送り」だと思いますが、小学生の作品とは思えないです。
みんなで協力しながら、作品を仕上げてゆく子供たちの真面目さ、日本の未来は明るいと嬉しくなりました。

2017年7月30日 (日)

「花文字」をご存知ですか (その2)

前回(その1)の続きです。とは言っても随分経ちましたが・・・・。

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どの作品にも会場の天井のスポットライトが映り込んで、折角の作品が残念で勿体ないです。


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「色彩が美しくない」と思われるでしょうが、これはカメラ(撮影技術)に問題が有るのです。

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最後に「花文字」について少し調べてみました。
 花文字は古くから中国で育まれた伝統ある芸術のひとつです。
風水により定められた「龍」「鶴」「鳳凰」などを巧みに織り込んだ花文字には、色彩の美しさだけでなく、気持ちを明るくし運気を向上させるパワーを与えてくれるとの事です。

2017年7月29日 (土)

涼を求めて(1)上賀茂神社へ

 今年の京都の夏は、一段と暑く感じます。齢のせいもあるかも知れませんが、兎に角暑いです。それに蒸し暑さも加わって、余計に厳しく感じます。
 そんな京都市内で、少しでも「涼」が感じられる場所はないかと思案の結果、木陰の多いところに行こうと、「上・下両賀茂社」へ出掛けました。

 先ず「上賀茂神社」へ。

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一の鳥居から、表参道へ。

陰を求めて、表参道を避けて、右手にある「ならの小川」へ。

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木陰を選って、ここまで来ました。

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そこで見たのは、こんな風景でした。水は冷たくて、さぞ気持ちが良いことでしょうね。羨ましいなあ!

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歩いて来た木陰の道です。

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こちらでも・・・。

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涼を求めて、何時もは殆ど来ない場所に入りました。

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静かな雰囲気です。

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この一帯は「渉渓園」と言うそうですが、毎年春には「曲水の宴」が催されるところだそうです。まさに曲水ですね。

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「ならの小川」の水量の多さに驚きました。
上流では、2つの小川が合流していますので、その結果かも知れません。
また下流では、「ならの小川」ともう1つの小川に分かれています。

小川は境内から外に流れて、社家町を流れる「明神川」となります。


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社家町の町並みです。

 緑と水とに癒されて、すっかり納涼が果たせました。
 次は、「糺の森」がある「下鴨神社」に向かいます。















2017年7月28日 (金)

祇園祭児童画展を拝見しました(1)

 祇園祭を題材にした児童画展を拝見しました。
鉾町の3小学校(洛央小、高倉小、御所南小)の子供たちが好きな鉾を生き生きと描いていました。


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会場となった明倫ビルの展示場いっぱいに並べられた作品の数々に心和み、顔が緩みます。

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低学年から高学年まで。
皆さんが楽しく描かれている様子が目に浮かびます。


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高学年の作品でしょうか。胴掛の素晴らしさ。

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「見送り」でしょうか。

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祇園祭が地域の生活に定着しているように思われました。

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校区の友禅職人に教わって鉾の絵を染めた旗が100点余り、飾られていました。

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どの作品も祭りの特徴を捉えていて子供らしい感性が感じられました。

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唯、残念だったのは、これら数々の作品を見に来られている方が少なかったことです。

2017年7月27日 (木)

木次線などに乗る(その4 )宿泊

 旅の楽しみの一つは地元で戴く美味しいものですが、今回も地元の食材をふんだんに使った料理を戴くことが出来ました。

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↑のシジミ汁です。流石に宍道湖のシジミです。味も香りも久しぶりにこれこそ「シジミ汁」が実感でした。

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お料理はすべて薄味で、こちらでも最近は薄味が好まれるのと事。名物のお蕎麦も勿論美味しいでしたが、お漬物の美味しかったこと。
お替りを戴いてしまいました。
地元の野菜を使った手作りのものでした。


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ホテルは宍道湖沿いの、文字どおり風光明媚な場所にありました。

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ホテルの窓から見た夜景ですが・・・コデジでは到底無理でした。

2017年7月26日 (水)

木次線などに乗る(その3)松江市内を散策

 前回の続きです。
 今回の旅の主目的は、先ず「木次線」に乗ること。そして「一畑電車」にも乗ることでした。2つの目的を果して、僅かに残る時間に「松江市内」を、少しだけ歩きました。
 松江と言えば「宍道湖」ですが、昨年のこの地域の旅では、しっかりと「宍道湖」に親しみましたが、今回も宿が湖畔にあったので、「一畑電車」に乗る前に、少しだけ湖畔の道を歩きました。

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宿の窓から見た「宍道湖」です。漁船が数隻、漁場?に向かって急いでいます。朝の8時頃でした。
この後、下の方に見える湖岸の道を歩きました。

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遊歩道では、朝の散歩を楽しむ人の姿もありました。
遠くに見える高いビルは、去年あの上から「宍道湖」を眺望させて戴いた「山陰合同銀行本店ビル」です。

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対岸に見えるのは「島根県立美術館」です。

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一畑電車の「しんじ湖温泉駅」前から、このバスに乗って、目的地に行きました。

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少ない時間の中で選んだのは、この建物です。「カラコロ工房」とその広場です。この建物は、旧日本銀行松江支店だそうです。

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中へ入って見ました。正面は、正に銀行の窓口です。
京都の「京都府文化博物館」の別館、旧日本銀行京都支店と良く似た雰囲気です。

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地下に行くと、大金庫が2つ、公開されていました。凄い扉に驚きです。

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クラシックな感じの「松江大橋」です。

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歩いていて、ずっと気になっていた時計台の近くから、見ています。
古い時計屋さんのものだとか。

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カラフルなマンホールの蓋を見付けました。デザインは、「武家屋敷」の表側の様です。

 以上で、今回の旅は終了しました。帰りは、松江から特急やくも号に乗り岡山へ、岡山からは新幹線で京都へと、行きに比べてスピーディに帰りました。
車中で、次は何処へ行こうか?これも毎回の事ですが、次回へ夢は広がります。








2017年7月25日 (火)

2017京都祇園祭の後祭

 京都に住まいをする者として、祇園祭を皆さんにご紹介することは当然のことと思い、ここ3年間連続して、ブログで丁寧にご紹介して来た積りです。「京歩き」では、2014年を、「京歩き2」では、2015年と2016年を記事にしました。
 そこで、今年2017年は、視点を全く変えて、「休み山」の「鷹山」(たかやま)に絞って、取材をしようと思っていました。が、結果は完全に失敗でした。事前調査をせずに、私の憶測で動いた結果でした。
 詳しくは最後に。

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私が御池通新町に到着した時、丁度「大船鉾」が新町通を通って、御池通に着き、方向転換をしている最中でした。約45度位転換しています。

私は遠回りして、御池通の南側に移動しました。

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御池通新町の位置から、東の方を見ています。
勢揃いした山や鉾が並んで見えました。
背の高いのは、北と南の観音山です。山なのに鉾並みの高さがあります。
お囃子も載っています。

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「鷹山」の会所に行く前に、「大船鉾」の真横を見ました。

 では最後に、私の「恨み節」を。

後祭の鉾建て(後祭では鉾は大船鉾のみで、後は山ばかり)が始まったであろう20日午前に「鷹山たかやま」の会所に行きました。そうしたら、会所では未だ準備が始まったばかりだつたので、已む無く諦めて帰りました。
 次に、22日の午前に行ったら、会所は閉まっていて、係りの方に聞いたら午後になるとのこと。同じく諦めて帰宅。
 そして、後祭の巡行の日・24日9時30分頃に行ったら、もう全く何もなし。お囃子の屋台のみが会所近くのテントに置かれていて、人は全くの0。
 そんな無残な結果に、今年は終わりました。

 そんな「鷹山たかやま」について
 鷹山は、後祭の曳山です。
 文政9年(1826)の風雨で、懸装品を傷めて以降、巡行には参加していない。元治元年(1864)の大火で、鷹遣いを含む3体のご神体人形は難を逃れたものの、懸装品や山本体を失った。鷹は明治期に復元され、宵山期間に町家で飾られるが、巡行は未経験。
 最後の巡行から200年となる2026年までの早期復帰を目指している。
 (京都新聞の記事から引用させて戴きjました)
 

2017年7月24日 (月)

「美濃吉」で季節の料理”鱧御膳”を戴きました

 梅雨とは思えない?雨の少ない京都市内、暑気払いに鱧料理を戴きたいと思っていましたが、お値段が・・?の心配も有りました。

四条河原町のマルイ(元・阪急百貨店)の「美濃吉四条河原町店」で鱧料理を戴けることを知り、出かけました。


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先 付 鱧ざく(鱧の酢の物)

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     椀 替   「鱧の玉〆鍋」


    造 り   鱧落しと本日のお造り
     (何故かまた !又撮った写真がないのです。)

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             主 菜 「海老と鱧の天ぷら」
   
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                鉢 物 「季節の炊き合わせ」

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        ご 飯   鱧御飯 赤出汁 香の物
  
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            水 物  季節の果物盛り合わせ

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      サービスの 「抹茶と黒糖の外郎」
これで税込みの5000円。お味も量的にも満足のいくものでした。

2017年7月23日 (日)

木次線などに乗る(その2)一畑電車-2

 前回の続きです。
 映画「RAILWAYS」の舞台の一つになった「伊野灘」駅で、しばし映画を想像しながら、帰りの電車を待ちました。

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やがて帰りの電車が来ました。

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その車内風景です。乗客は、この時点ではこんな状態でした。
終点の手前位から、高校生達が多く乗って来ました。

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帰りも宍道湖を見ました。漁港と言う程では無く、何隻かの漁船が見られました。

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行き違いの駅で見た車両です。色んな車体がある様です。

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湖の反対側は、この様な田園地帯が続いていました。

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終着駅・松江しんじ4湖温泉駅で見た、ここまで乗って来た電車の外観です。

他に面白いボデーの電車がないか探して見ましたら、

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こんなのを見付けました。

 この後は、少しだけ松江市内の極一部を観光しました。














2017年7月22日 (土)

木次線などに乗る(その2)一畑電車-1

前回の続きです。

 松江・宍道湖畔の温泉宿に1泊して、翌日は「一畑電車(いちばた・でんしゃ)」に乗りました。
 この電車は、映画でも取り上げられた知る人ぞ知る、有名な電車です。
 松江・しんじ湖温泉駅から、出雲市・出雲大社前まで行っています。時間の都合で少しだけ乗りました。

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一畑電車の松江市内の始発駅「松江しんじ湖温泉駅」です。
映画「RAILWAYS」の舞台 一畑電車へようこそ の文字が見えます。

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待ち時間も無く、飛び乗った電車・出雲市行きの車内の様子です。2両編成でした。前の車両が面白そうなので、前に行きました。
片側の座席が全て「宍道湖」の方を見られる様になっています。進行方向に向かって左手に「宍道湖」が広がっています。

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ふと見上げると、網棚は木製になっていました。車内は多くの木が使われています。

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車窓から見た宍道湖の景色です。

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漁船でしょうか? 汽水湖である宍道湖では、七珍とか言って、スズキ・モロゲエビ・ウナギ・アマサギ・シジミ・コイ・シラウオなどが獲れるそうです。

時間の都合で、途中の「伊野灘」駅で下車しましたが、これが思わぬラッキーでした。

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ここまで乗って来た電車の外観です。車両は未だ新しい感じがしました。

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乗って来た電車の後部車両の外観です。

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ホームに立っていた駅名の表示板です。

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ラッキーとは、このことです。ここで映画の撮影が行われた様です。

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伊野灘駅のホームの様子です。前方が松江方面です。

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駅から見た宍道湖です。

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前掲のポスターで、主役の中井貴一が座って居たベンチです。
線路の向こう側は、出雲市方面です。
私達は、ここから引き返しました。

 続きは次回で。





















2017年7月21日 (金)

木次線などに乗る(その1)木次線ー2

 前回の続きです。
 「3段式スイッチバック」の現場に来ました。先ず車両は、小屋に入りました。

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ここで運転手さん(ワンマンカーですから1人2役です)は、運転台を前から後に移動しました。

そして、今まで後部だつたのが前部になって、「出雲坂根駅」に向かいました。

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「JR出雲坂根駅」と、掲示が見えます。
ここで再び、運転手さんの移動が見られました。

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出雲坂根駅のホームと線路です。

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待ち時間を利用して、駅構内の様子を撮りました。

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少しだけ、車外に出ました。これは、ここに来たと言う証拠物件です。

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漸く出雲坂根駅を出発しました。線路が複雑です。私には、全く判りませんが・・・。
これで、「3段式スイッチバック」が完了したのでしょか?
参考にした資料によれば、その通りの動きにはなっていました。

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出雲坂根駅構内を出て、次の駅「八川駅」に向かいます。

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運転席があるところから、外を見ています。車両のスピードは、超スローです。
結構カーブが多いです。

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車窓から見た一風景です。この辺りは大きな平地でした。

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路線名の元にもなっている「木次」駅に着きました。この路線の中では、一番大きな駅の様です。

17時36分、漸く「木次線」の終点・「宍道駅」に到着しました。
81.9Kmを約3時間掛けての移動でした。平均時速は27.3km/時と言う事になります。

 資料に依りますと、この様な「スイッチバック」は、日本ではここの他に
  豊肥本線の立野駅(熊本県)
  箱根登山鉄道の大平平駅(神奈川県)  の3か所とのことです。
 予想通りの貴重な体験が出来ました。

 この後、山陰本線の「宍道」駅から「松江」駅まで乗車し、松江市内で宿泊しました。

2017年7月20日 (木)

木次線などに乗る(その1)木次線-1

 中国山地を越えるルートは、幾つかあるかと思いますが、今回は「木次線」(きつきせん)に乗って越えることにしました。と言うよりは、「木次線」に一度乗ってみたかったのです。ですが、「木次線」ってなに? 実は知る人ぞ知る特殊な部分がある路線なんです。すなわち、「3段式スイッチバック」があるのです。「スイッチバック」ってなに?追々ご説明します。

 先ず行程をご紹介します。
 JR京都駅から、東海道・山陽新幹線に乗り、岡山駅まで行きます。
 岡山駅から、伯備線に乗り新見駅へ、新見駅から芸備線に乗り、備後落合駅へ。ここから「木次線」に乗り「宍道」(しんじ)まで、宍道から山陰本線に乗って松江駅まで。
 問題の個所は、木次線の「三井野原駅」と「出雲坂根駅」の間にあります。
 簡単に言えば、鉄道線路の九十九折れ道です。

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新見駅から芸備線経由で、ここ備後落合駅に到着、折り返し新見駅に戻ります。

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備後落合駅の様子です。改札口(無人ですが)は、左手にあります。
木次線のホームは、左手のホームの手前先にあります。

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木次線の時刻表です。左側がそうですが、1日3本しかありません。
私達は、14時41分発の宍道行き(全部がそうですが)に乗ります。

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木次線のホームです。進行方向は、向こう側になります。

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やがて木次線の車両が到着しました。これが折り返して、宍道駅に向かいます。私達は、これに乗りました。乗客が多いかと心配していましたが、発車時点で たった6人で「木次線」に乗るのが目的らしい人は、1人だけでした。

 定刻の14時41分に、備後落合駅を発車しました。

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備後落合駅から2つ目の「三井野原駅」(みいのはらえき)に到着、ここから次の「出雲坂根駅」の間が、「3段式スイッチバック」となります。

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その間の車窓からの景色です。見えているのは、「三井野大橋」です。全長 303m、高低差 105m もあります。

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二重のループ橋「奥出雲おろちループ橋」と言います。
全長 2,360m 区間標高差 105m コンクリート製の橋です。

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ディーゼル車は、ゆっくりとした走りで、出雲坂根駅に近付いています。
乗っている車両(左手から右へ)から下を見ると、線路が見えました。
スイッチバックした後の車両が、通る線路かと思われます。

 次回は、出雲坂根駅でのスイッチバックの様子を、ご紹介します。



















2017年7月19日 (水)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(4)天龍寺のハス

 前回の続きです。
 今回の歩きの最終目的は、「天龍寺のハス」です。
 天龍寺の境内を、東の方から入って直ぐにある「勅使門」の裏にある「放生池」に多くのハスが咲いています。

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流石に立派な「勅使門」ですが、門全体を撮ることは出来ません。
何故かと言えば、門の前も後も、駐車場になっていて、車が一杯です。
車が邪魔をしない横からの様子です。
そうですね。今時何処のお寺も、「勅使門」は過去の遺物ですね。
それでも「勅使門」を、しっかりと柵で囲って守っておられるところもあります。

 先ず「放生池」の北側から見ましょう。

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池は結構広くて、北側だけでもこれだけの大きさがあります。
見えている山並みは、嵐山などです。

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池の北側に咲くハスたちです。

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池の南側に移動しました。

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池の南側のほぼ全体の様子です。向こうに見えるのが「勅使門」です。

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池を二分する「石橋」が、見えます。立派なものです。

池の南側に咲くハスたちです。

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この「放生池」のハスは、まだ当分咲き続けることでしょう。

「ハスの花」は、極楽で咲く花と言われています。
これから、お盆に向かって、あちこちで見られることでしょう。



2017年7月18日 (火)

京都文化博物館「ろうじ店舗」

京都文化博物館へは比較的よく行きます。
 こちらでは、他の美術館では展示されない美術や、主に京都の地理や歴史の紹介が多く、学ばせて頂く事も多く、魅力的な博物館です。


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店舗ごとに異なる格子戸を見ながら、散策するのも楽しいです。

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落ち着いた雰囲気の「ろうじ」は癒しの場所でもあります。

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館内には、本館1階の「ミュージアムショップ」を始め、江戸時代末期の京の町家の表構えを復元した「ろうじ店舗」、明治の洋風建築をそのまま活用した「別館店舗」、旧金庫室を改造した喫茶店があり、京町家の建築美や近代日本の歴史に触れながら、京の味やショッピングを楽しまれる地元の人は勿論観光客も多いそうです。

そんな「ろうじ店舗」
で、久しぶりに少し贅沢なランチを戴きました。

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手打ちそばの「有喜屋」さんです。
 戴いた料理は、二八そばと天丼ですが、どちらもとても美味しく特におそばは滑らか、後を引くお味でした。今度は大盛りを食べたいが実感でした。

2017年7月17日 (月)

斑入り(ふいり)植物の数々を拝見しました。

  京都府立植物園で第3回目となる「斑入り植物展」を拝見しました。
ブログのお仲間には「斑入り」植物を心をこめて育てておられる方があります。
今回、この展示会を拝見して、思ってい以上に種類が多いのと、鮮やかな色彩と紋様に驚き、感心しました。


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恥ずかしいのですが、今まで「はんいり」と読み、口にも出していました。

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                               (6月11日撮影)
 
 斑入り(ふいり)とは、「植物においてもともと単色で構成される組織が、本来持っているべき色、つまり緑色の葉の一部が白や黄色あるいは赤の模様になることを指すことが多い。
 外的または遺伝的要因によって多色になってしまう場合を言い、多くは葉に見られる。(HP)

2017年7月16日 (日)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(3)嵯峨野

 前回の続きです。
 タイトルを「嵯峨野」としましたが、行政区域の「嵯峨野」とはかなり違った感じになります。
 例えば「京都府立嵯峨野高校」とか、地名表記の「嵯峨野」などは、もう少し南の地域になります。ですが「嵯峨野めぐり」などと言う所は、今私が歩いている一帯を指しています。
 私は今、「大覚寺」に向かって歩いています。

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その途中で、毎年も今頃見掛けるのは、この花です。
或るお宅の敷地内から、大きく伸びて道からもしっかりと見ることが出来ます。
「ノウゼンカズラ」です。私はこの花の色が好きです。

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かなり密集しています。

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花の形は、アサガオの様です。

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大覚寺の施設の近くを流れる「有栖川」の上流です。

 何時も「大覚寺前」のバス停で、しばし休憩をしてから、嵐山に向かっています。ぼんやりとバスから降りた人や、待っている人、乗る人などの動きを眺めています。
そろそろと腰を上げて・・・。

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「鳥居本」の三叉路の手前、「五山の送り火」の1つ、「鳥居形」の曼荼羅山の麓の様子です。曼荼羅山には少しだけ「火床」の鎖が見えます。
この近くには、瀬戸内寂聴さんの「寂庵」があります。

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「小倉池」です。長く亀の姿を見る程度の古池でしたが、最近整備されて「蓮」を植えられて、丁度白とピンクの花が咲いていました。
以前は、「カワセミ」の姿も見かけました。超望遠レンズのカメラで、その姿を狙っていた人の姿もありましたが・・・。

 最後は、今回の目玉の「天龍寺」の「蓮池」へ向かいます。





2017年7月15日 (土)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(2)北嵯峨田園地帯

 前回の続きです。
 「広沢池」の道を挟んで西側には、「北嵯峨田園地帯」(要は田んぼや畑ばかり)が広がっています。そこの今の様子を、ご紹介します。

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その地帯に入った直ぐには、こんな様子が見られます。
何時ごろからかは判りませんが、休耕田だつたところが、今は休日などには子供達のサッカーやラグビーなどの教室風に利用されています。
結構広いスペースです。この辺りは「歴史的風土特別保存地区」ですから、家なども建てられません。

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そこから北に少し行くと、正に田んぼが一面に広がっています。
人や獣などの侵入防止の柵(電流が流れている)は、しっかりと設置されています。

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田んぼの中を覗いて見ると、稲は順調に生育している様です。
あまり水が見えないけど、大丈夫なのかな?

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愛宕山が見える位置まで来ましたが、一面稲の緑ばかりです。

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少し視線を変えて、嵐山方向を見ています。
「北嵯峨田園地帯」の全景に近い景色です。
何軒位の農家の方が耕作されているのでしょうか?

田園地帯を取り巻く道は、北から西に変わりますが、その途中では農家らしい家は見掛けませんので、地帯の西方向辺りにある家の人達が、多分係わっておられるのだろうと推測します。

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それらの家の近くに咲いていた「ヒマワリ」です。

 「大覚寺」に向かって、引き続いて歩きます。







2017年7月14日 (金)

蓮池のハスの花もそろそろ満開に近づきました

 京都府立植物園の「蓮池」のハスを見たくて、何度か通いましたが、やっと凛と清楚に咲いている花を見ることが出来ました。
こちらへは、京都文化博物館に行った日の帰りに行きました。


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ハスと入れ替わりのように紫陽花は萎れていました。丁寧に見ればまだまだ綺麗な花も有ったと思いますが・・

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写真を写しているのも暑くて暑くて、適当に撮っていた事が良く分かります。

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蓮池の一角に咲いていた花です。
残念ながら名前は不明でした。


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背が高くて夏の花らしい濃い花色です。

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冷たい飲み物が欲しくて、涼を求めて入った「森のカフェ」の窓から大広場を見ています。
平日の事も有りますが゛、幼児の姿さえありません。
唯、一人の男性か女性か判りませんが、木陰のベンチに座っている方の姿が見えます。(7月7日撮影)
 急に雲が出てきて、大急ぎで帰途に着きましたが、ここ数日の傾向で雷が鳴っても雨は降りませんね。

2017年7月13日 (木)

梅雨の晴れ間の嵯峨・嵐山(1)広沢池

 7月6日(木)の午前中、梅雨の晴れ間を利用して、かつてのMYコース(現在は完歩が困難なので、大きく崩して仕舞っている)を、季節感を感じながら歩きました。かつて遣っていた通り、「広沢池」からスタートしました。

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池の東南角に立って、池全体を見渡しています。
今日は「愛宕山」の頂きは、雲に少し覆われています。

池の南の畔を、西に向かって、そろそろと歩いています。

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池の東北方向を見ています。そこには、或る宗教団体の施設があります。

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池の畔には、こんな碑も・・・。

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「遍照寺山」に正対しています。

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その近くには、数は少ないですが、こんな花も・・・。

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「遍照寺山」西隣の山の裾一帯の様子です。

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池に突き出た小島には、「千手観音」さんの石像がおわします。

「広沢池」にはお別れして、西隣にある「北嵯峨田園地帯」に、目を転じます。














2017年7月12日 (水)

たん熊北店でランチを戴きました

 一度行ってみたかった京料理の「たん熊」、何となくお値段が張るのでは?と敬遠していましたが、堀川の京都東急ホテルでこちらの料理が戴けることを知り、しかもお値段もそう高くはなさそう。
 交通の便が悪いのですが、京都駅八条口からシャトルバスの送迎が有るとの事、ホームページで予約して出かけました。


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ホテルのロビーです。ホテルの顔ですね、豪華な花が飾られています。

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「たん熊 北店」はエレベーターを降りた地階に有りました。

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           前 菜 「季節の八寸」

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               「お 造 り」
口の中でとろける様な美味しさです。

   
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 煮物ですが、さすがに京料理です。薄味なのに、しっかり沁みている。

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「待望のお肉料理です。」 お店の方の言葉です。

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 天ぷら五種盛、さすがにカラっと挙げられています。

これ以外にご飯とみそ汁にお漬物、そして水物が有りました。
 また、予約するとワンドリンクサービスがあります。
たしか、ビールかワインだったと思います。
私たちはビールを戴きました。


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東急京都ホテルは以前から何回となく出かけていますが、エレベーターを降りて直ぐに目に入るのは勢いよく流れる水です。
特に夏は涼風に吹かれているような、心地よさを感じます。
 帰りもシャトルバスを利用し、お腹も心も満足して帰りました。

2017年7月11日 (火)

桂川サイクリングロードを歩く

 久し振りに「ある会」の歩きを記事にしました。
 今回のコースは、嵐山を起点とする「桂川サイクリングロード」を、約4Km強歩くと言うものです。このコースは、嵐山から八幡市まで、桂川沿いにサイクリングもよし、歩きもよしの約43Kmのほぼ平坦な道です。今回は、上桂まで歩きました。

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スタートは、向こうに見える「渡月橋」を渡って左にある「中の島公園」でした。

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桂川サイクリングロードの起点の標識です。

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中の島公園内の「嵐山東公園」を歩いています。こんな木陰ばかりだと良いのですが、間も無くそうでなくなります。

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道は、こんな感じですが、自転車道と歩道とがこの様に分かれていないことの方が多いです。共用の場合、自転車の方に叱られる時があります。それは、女性達(参加者は女性が多いです)が道一杯に広がって歩くからです。

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所々で、近所の有志の方が植えられている花々にも出会います。

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「松尾橋」付近です。予定のコースの半分弱来ました。

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ここでも色んな花々が・・・。

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桂川は、この先で緩やかに左カーブしています。

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そろそろサイクリングロードともお別れです。

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サイクリングロードを離れて、地上に下りて来ました。
この辺りには、体育館などがあり、小さな公園で小休止です。

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ゴールの「上桂御霊神社」に着きました。小さなお宮です。土地の産土神をお祀りしたところの様です。

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元からの神様・大田神に、御霊として「伊豫親王」が祀られていると、由緒書にありました。

 ほぼ予定の約2時間、掛りました。以前にも経験したのですが、ここからの帰り道が一苦労です。市バスは少なく、阪急電車の嵐山線に乗るしかありません。上桂駅までちょっとあります・・・。























2017年7月10日 (月)

長閑な京都府立植物園

 気分が良くてもそうでない時でも、私にとってはいつでも京都府立植物園は憩いの場です。
四季折々の植物を愛でる、また、学ぶ場でもあります。

もう一つ、植物園での人間ウォッチング?でしょうか。
大人の方々も素直に楽しんで居られる、そんな気がします。
子供にとっても、お父さんやお母さんと一緒にいられる特別な時間ではないでしょうか。

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北山門から入った所の噴水です。お嬢ちゃんとお母さんの姿があります。
お母さんによると「ここの場所だけで満足しているのですよ。」

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池面に映った噴水を見ているようです。

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噴水を目指して駆けてきた、二人の男の子です。
兄弟の様ですね。
お兄ちゃんは悠々、弟君は小走りです。

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橋の上は歩かないようです。慎重派?

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人が増えてきました。やはり暑いときは水辺が恋しくなるようです。
噴水を見ているだけで、何となく涼しくなった気がしますね。

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噴水の前から離れて、園内を散策します。
 植物園会館の前の蘇鉄を取り囲んで、可愛い花達が彩りを添えているのに目が引かれました。

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方向を変えて撮りました。

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人影が見えますが、チラッと見て、通り過ぎた方が一人。
もう一人は気が付かないのか無視です。
こんなに色々な花を綺麗に世話されているのに、以外と人の姿が少ないです。
ここは死角になっているのでしょうか?
勿体ない気がします。      (6月11日撮影)





2017年7月 9日 (日)

歴史探訪 嵐山編

  今回は、「或る会」の嵐山周辺の歴史探訪に参加しました。
 京都の観光名所としての「嵐山」とはまた違った場所を、案内して戴きました。
 時には、アジア系の観光客が格別多い嵐山の雑踏をすり抜けながらの、歴史探訪でした。

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渡月橋から見た、今回の探訪地域です。
遠くに愛宕山が、その手前の形の良い山が「小倉山」、その手前の小高い丘(判り難いかと思いますが)・亀山が今回のメインです。
川は、渡月橋の上流ですから「大堰川」、橋から下流は「桂川」です。

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この位置から見る「渡月橋」は、少ないかと思います。
場所は、嵐山・中ノ島公園の上流部分です。渡月橋の西南部分です。
朝の10時頃なので、逆光となり、橋が黒く見えます。
「渡月橋」の名前の由来は、亀山天皇が「くまなき月の渡るに似たり」と言われたことからとか。

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渡月橋を渡り、大堰川の左岸に来て、「嵐山」に相対しています。
昔は桜の山だつたとか。今はちらほらと桜が見られる程度です。
国有林になってから、山の様子が変わってしまったそうです。

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渡月橋の西北にある「小督塚」(こごうづか)です。
美女「小督の局」をめぐる悲恋の物語は有名です。

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そこから、川岸の道を少し上流に来ました。対岸を見ています。
木々が少し少なく成っている所に、明治時代まで「戸無瀬滝」(となせのたき)と言う「三段に落ちる雄大な滝があったそうです。今は全く見られません。
かなり有名だった様で、当時の絵図にははっきりと描かれていました。

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「亀山公園」の入口に着きました。これから公園内の歴史を訪ねて歩きます。

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先ず訪れたのは、ここです。かつて中国の首相をされていた「周恩来」さんの「詩碑」です。
来日時京都に来られた時のもので、「雨中嵐山」(うちゅうらんざん)と言う題名で、日中友好を象徴する碑だそうです。

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「角倉了以」像です。1554~1614年の人です。豊臣秀吉の時代から江戸時代初期にかけて活躍した嵯峨の豪商でした。
保津川の開削や高瀬川の開削などを手掛け、京都の発展の為に多大な貢献をしました。

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上半身をアップで見ました。流石意志の強そうな風貌をされています。

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こちらも強い意志を持って幕末を生きた女性・津崎村岡局(つざきむらおかのつぼね)像です。幕末、京の都で勤皇の志士達に協力した罪で幕府に逮捕されたりしました。

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こちらもアップで見ました。柔和な表情の下には、強固な意志が隠されています。

 この後は、大河内山荘~竹林の道~野々宮神社と歩き、野々宮神社で解散となりました。

 ここで「閑話休題」 野々宮神社について
 今では、野々宮神社はカップルや若い女性の良縁・幸せを願っての人気のお宮さんですが、元々はここは伊勢神宮に奉仕する未婚の内親王が、斎王となるために一年間精進潔斎するための清浄の地でした。














2017年7月 8日 (土)

京都府立植物園 上品で清楚なハスの花が咲き始めました(2)

 前回(1)では、ハス池に主に白色のハスの花をご紹介しましたが、ハス池を後にして園内を散策します。
 そして毎年清楚な花を愛でることが出来る、紫陽花園の前の池に見事な花を咲かせるハスを見に行きました。


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少し早いかな?と思っていましたが、やはり早すぎたようです。
多くの蕾が有りましたので、数日で咲くだろうと思いながらその場を離れました。


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その代わり?半夏生(ハンゲショウ)が成長して、白と緑りの見事なコントラストを見せてくれました。涼しささえも感じます。

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「四季彩の丘」近くでで育てておられるハスの花です。


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やはり白は清楚で高貴な雰囲気を漂わせています。

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比較的、数の少ない「八重の桜」ならぬ「八重のハス」です。

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鉢植えと小さな池に咲く花が有りますが、どちらかと言えば水の中で咲く花が生き生きして見えます。

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花びらの先端がピンクですが、咲いた時の花色は知らない方が、夢が有って良いですね。

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八重の白色です。八重の白色は汚れが目立ちますが、傷みも汚れもない美しさに目を奪われました。

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「四季彩の丘」と命名?される前から、6月の中ごろから7月にかけて花の少ない季節に、色鮮やかに涼し気に咲いてくれる「ノウゼンカズラ」です。
反対側からカメラを向けている人の姿が有りました。
       (6月29日撮影)

2017年7月 7日 (金)

2017・3人旅(9)松本市へ(その2)松本市内

 前回の続きです。
 「国宝・松本城」を観た後は、松本市内の一部を歩きました。
 観光案内所で教えて貰った「古い町並み」が見られる「縄手通り」と「中町通り」を散策しました。市内の真ん中を流れる「女鳥羽川」を挟んで、その両側にある町並みでした。

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女鳥羽川に架かる橋「千歳橋」を渡ったところに、城下町特有の「桝形」がありました。ここがそうです。
左前方を直進すると、松本城の正面に至ります。
右寄り前方に見える鳥居は、後程でもご紹介します「四柱神社」です。
私達は右端に見えるパトカー?の更に右手にある「縄手通り」の入口に向かいます。

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その前に、「大名町通り」で見掛けた本屋さんです。立派な天守が載っています。

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縄手通りの入口には、こんな奇怪なものが置かれていました。
蝦蟇の上に大蛇か?、そして人間の手に刀が・・・。

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縄手通りを少し入ったところに「四柱神社」(よはしら・じんじゃ)がありました。
縄手通りは、ここの参道だそうです。「縄手」とは、城の南総堀と女鳥羽川とに挟まれた「縄の様に細長い土手」と言うところから由来しているとか。
四柱とは、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・天照大神です。

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縄手通りを見通しています。色んなお店があり、歩行者天国になっています。
この通りにあつた老舗のパン屋さんでお昼を戴きました。

縄手通りの出口から、女鳥羽川に架かる「一つ橋」を渡って、「中町通り」に出ました。

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中町通りの一部です。ご覧の様に、白壁となまこ壁の土蔵が建ち並ぶ町です。再三にわたる火災の結果、生まれた景観です。

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そんな中で見掛けた、蔵造りのお店です。

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中町通りの拠点となっている「蔵シック館」です。元は酒造家の様です。

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正面です。

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中に入って見ました。

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ここも立派な蔵造りのお店です。

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マンホールの蓋です。「松本てまり」とか。

JR松本駅まで、本町通り~あがたの森通りを通って歩きました。

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JR松本駅ビルから見た「北アルプス」の山々です。
ここから見えるのは、槍ケ岳・常念岳・大天井岳・燕岳なとと、説明書きには書いてありましたが・・・。

少し時間があったので、駅ビル内でコーヒーを戴きながら、反省会を開きました。
帰りは、中央本線~名古屋から新幹線で帰洛しました。












2017年7月 6日 (木)

2017・3人旅(8)松本市へ(その1)松本城

 前回の続きです。
 今回の旅も、3日目・最終日となりました。
 JR中央本線・上諏訪駅から特急・スーパーあずさ3号に乗り、松本に向かいます。正確に言いますと、塩尻までが中央本線で、塩尻から松本は篠ノ井線と言うことになります。(「スーパーあずさ」等の写した写真も無くなっていました。)

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上諏訪駅のホームには、「足湯」がありました。見えている線路は、中央本線です。JRの乗車券か入場券があれば入れるようです。年中無休です。

 「松本駅」に到着、何時もそうしていますが、「観光案内所」に飛込み、「松本城」への道順を教えて戴きました。道順は判り易くて安心して、お城に向かいました。お城の正面に向かう通りは、「大名町通り」と言います。

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松本城の入口に着きました。

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早くも「松本城」の天守の姿が目に入りました。

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「内堀」です。

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本丸に入るためにくぐる「黒門」です。櫓門と桝形からなり、本丸防衛の要です。

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本丸域に入って、松本城の正面を見ています。
真ん中が「天守」で、高さが 29.4mあります。
右手は、「乾小天守」で、高さは 16.8m。2つの天守を繋ぐのは「渡櫓」と言い、高さは12.0m。
左手は、手前が「月見櫓」で、高さは 11.1m、その後ろは「辰巳附櫓」で高さは 14.7mあります。
本丸域内には、色んな草花が植えられていました。(この時に写した写真もすべて無くなりました。)

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位置を変えて、天守を見ています。
階段が多いので、内部には入っていません。天守の最上階は6階もあります。

本丸域から外に出て、内堀の外からお城を眺めてみました。

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静かな内堀の水面には、天守の姿が見事に映えていました。

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内堀の畔からは、遠くに「北アルプス」の山々が、頂に雪を残して、望むことが出来ました。

 ここで、松本城の歴史を簡単に、ご紹介します。
○始まりは、戦国時代の永正年代初め(1504~)に造られた「深志城」だそうです。
○戦国時代は、松本平を中心に、信濃の守護・小笠原氏が治めていましたが、武田信玄が小笠原氏を追い、この地を信濃支配の拠点にしました。

○その後、天正10年(1582)に、本能寺の変の動乱に乗じ、小笠原貞慶が再びこの地を回復し、名を「松本城」と改名しました。
○豊臣秀吉の時代、石川数正をここに封じ、子の康長と共に、この城と城下町を整備しました。
○江戸時代、松本藩の藩主は、短期間に変わっていきました。
小笠原氏・戸田氏(先)・松平氏・堀田氏・水野氏・戸田氏(後)
○明治になって、松本城も破壊の運命にありましたが、市川量造氏らが再建に乗り出しましたが、上手く行かず、明治34年に小林有也・松本中学校長らが保存会を設立し、12年間掛って明治の大修理を終え、倒壊の危機を救いました。

 








2017年7月 5日 (水)

2017・3人旅 (7-2)かんぽの宿・諏訪(施設)

 昨日はかんぽの宿・諏訪で戴いた夕食を紹介しましたが、今日はお庭など施設をご紹介します。

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施設内も今までに利用したかんぽの宿の中では、一番広々として綺麗、室内もゆったりしていましたが、お庭も見事でした。

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ツツジは季節的には少し遅かったのですが、また、昨夜の雨で花は萎れていましたが、緑の中でひと際鮮やかさに目を奪われました。

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どうどうと流れ落ちる滝の下の川に繋がる池では

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立派な高そうな鯉が悠々と泳いでいました。
合計でいくら位になるのかなあ?と・・・・・


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こちらも雨にぐっしょりの鮮やかなカキツバタです。
近くには近づけないので遠くから撮りました。


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施設内の廊下には地元の方々の絵手紙が紹介されていました。
どの作品もとても上手に描かれていて、暫し見とれてしまいました。

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この後、朝食を戴いたのですが、美味しくて昨夜完食したのが信じられない程、食欲旺盛で、これが若さの秘訣、元気の素と自己満足した次第です。

2017年7月 4日 (火)

2017・3人旅 (7-1)かんぽの宿・諏訪(食事)

 前回の続きです。
 2日目の宿は、上諏訪温泉のかんぽの宿「諏訪」に宿泊しました。
 旅の楽しみの一つはやはり地元で戴く料理です。温泉は勿論ですが。
 こちらは夕食も朝食も美味しく 心のこもったものでした。


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盛り付けも工夫されていて食欲がわきます。

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どの料理も美味しく量的にも大満足でしたが、炊き込みご飯の美味しかったこと、勿論お替りを戴きました。

2017年7月 3日 (月)

2017・3人旅(6)諏訪湖眺望

 前回の続きです。
 諏訪湖畔の「SUWAガラスの里」美術館で時間調整をして、いよいよ「諏訪湖遊覧」へ。移動はタクシー利用です。公共交通機関は全く無い様です。
 午後3時30分出港の最終便です。初めは10人程度かなと思っていたら、突然約30人位の大集団(中国の観光客)が現われ、大賑わいになりました。

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遊覧船のりばです。諏訪湖観光汽船です。左手の「スワン」に乗ります。
右手は「亀」さんです。遊覧時間は、30分間です。

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出港して直ぐに見たのは、この人口島「初島」です。諏訪湖祭湖上花火大会の打ち上げ場になるそうです。毎年8月15日に開催、4万発もの花火が打ち上げられるとか。

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遊覧船が桟橋から離れて直ぐの湖岸の景色です。湖岸には、色んな建物が建っています。ホテルや美術館などです。

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対岸の「下諏訪町」辺りかなと思います。

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上の位置から右手に視線を移した場所です。こちらにも比較的大きな建物が見られます。比較的高い山も。

真冬には、「御神渡り」(おみわたり)と言って、諏訪湖が全面凍結し、夜間轟音と共に氷が裂け、その裂け目が山の様にせり上がるのは、有名です。
一度見てみたいものです。
自然現象ですが、上社の男神が下社の女神の元へ通う恋の路との伝説があります。

遊覧船からでは、平面的にしか見えないので、宿(比較的高所にあります)の窓からも諏訪湖を眺めてみました。

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宿の部屋から見た諏訪湖のほぼ全景です。湖の南東側からの眺望です。
手前の家々の屋根から、宿がある場所の高さがお判り戴けるかと思います。

「諏訪湖」は、面積が 13.3平方Km  周囲が 15.9Km 
         最大水深が 7.2m    平均水深が 4.7m 
         水面の標高が 759m   です。
         日本国内では、 23番目の大きさです。

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湖の東寄りを見ています。少し陽が翳って来ました。

明日は、3日目(最終日)です。松本市へ行く予定です。

2017年7月 2日 (日)

2017・3人旅(5)SUWAガラスの里美術館へ

  前回の続きです。
 諏訪湖遊覧までの時間調整のため、「SUWAガラスの里」美術館へ遣って来ました。
 タクシーから降り立った目の前には、「諏訪湖」が広がっていました。
 今回のお目当ての1つである「諏訪湖」をちょこっと眺めることにしました。
 「お初にお目に掛かります・諏訪湖さん!」です。

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「SUWAガラスの里」美術館前から、諏訪湖が見えました。

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湖に近寄って見ました。諏訪湖の最も南の地点になります。北東方面を見ています。

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SUWAガラスの里美術館の正面です。

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中に入ったところに置かれていた諏訪大社の「御柱祭」に使われた用具などです。

 さて、展示室に入りますと、これが「ガラス」製?!と驚く作品が、ガラスケースに入れられて展示されています。ガラス製の「ドレス」もありました。
 がしかし、実は撮った筈の写真が無くなっているのです。どうしてそうなったのか、判りません。そんな訳で、貴重な作品をご覧戴けません。申し訳ありません。

 この後は、「諏訪湖遊覧船」に乗りに行きました。

2017年7月 1日 (土)

京都府立植物園 上品で清楚なハスの花が咲き始めました(1)  

 6月29日は今年前半のケガレや汚れを落とす「大祓い」に行きましたが、その前に京都府立植物園に行きました。
勿論、目的は植物園の数か所で育てておられるハスの花です。
最初は木々の緑に囲まれて、最高の条件でしっとり咲いているハスの花を愛でる事ですが、


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その前に、いつもまず最初に訪れる、木々の緑と池のコラボレーション、池に映り込む木々を目的に池に行きます。
今は緑色の葉っぱが新鮮で、秋は紅葉が見事です。
木々して涼しい風が吹き抜ける場所で、汗ばんだ身体に何よりのご馳走です。


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目的の蓮池に着きましたが、残念ながらちらほら咲でした。
それでも数人の女性が東屋に腰掛けて、池の中に咲いた花を愛でておられます。


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清楚な白色です。

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優しいピンク、誰にも愛される花色です。

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花の先端を薄紅染めて愛らしい花色、花姿にうっとり見つめてしまいました。
池の涼風を受けながらハスの花を愛でる、何とも贅沢なひと時を戴き、気持ちよく次の「四季彩の丘」に向かいます。

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