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2017年5月

2017年5月31日 (水)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(6)トヨタ産業技術記念館-1

 前回の続きです。
 2日目の2か所目は、名古屋市内にある「トヨタ産業技術記念館」です。
 ここは、トヨタグループの1つ、旧豊田紡織株式会社の本社工場跡です。
 そこに、トヨタグループの共同事業として、繊維機械館と自動車館が造られました。「研究と創造の精神」と「モノづくり」の大切さを、本物の機械の動態展示と多彩な実演を通じて伝えています。

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記念館の正面玄関が、中央部にあります。
建築史的にも貴重な赤レンガの建物を、産業遺産として、保存・活用されています。

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赤レンガ建物の他の部分です。

 エントランスロビーからスタートです。

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その真ん中に据えられていたのは、これでした。
「環状織機」と言います。「研究と創造の精神」を伝える当館のシンボル。
トヨタグルーブの創始者・豊田佐吉が、1906年(明治39年)に発明した独創的な織機で、回転円運動により布を織り上げるそうです。実演があったのですが、時間の都合上見られず残念でした。

当館の学芸員の方から、レクチャーがあって、いよいよ見学です。

「繊維機械館」から始めました。
糸を紡ぐ・布を織る・動力や制御の技術そして、現代の織機技術と、それぞれのコーナーで、初めて見るものもありました。

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当時の工場全景模型です。

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「綿」の栽培から始まります。

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昔の糸を紡ぐ装置です。田舎にいた時、お年寄りが遣られていたのを見たことが有ります。

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綿の実を大量に処理して、種を取り出し、残った綿を解し、糸にし易くする機械です。

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館内の様子です。

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ここでは、布を織る機械です。

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紡織機械でしょうか。大量生産が可能な装置でしょうか。

余り時間が無いので、次の「自動車館」へ大急ぎです。


























 

 

2017年5月30日 (火)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(5)愛・地球博記念館

 前回(妻籠宿)の続きです。
 「ある会」からの旅の2日目は、2か所を回りました。
 その1か所目は、2005年(平成17年)開催の「愛知万博」の記念館、「愛・地球博記念館」を訪ねました。「モリゾーとキッコロ」がメインのキャラクタでした。
 実を言いますと、私はこの博覧会には印象が薄いのです。開催されたことは知っていましたが、見に行っていないのです。
 この場所は、名古屋市の東の方にある「長久手市」です。

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記念館の入口です。

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中庭には、こんな物が置かれていました。

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この万博のキャラクターの「モリゾーとキッコロ」が、お出迎え。

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建物の中に入ったところにも、こんな物が・・・。
この万博のテーマが、「自然の叡智」だからでしょうか。

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お馴染みのロボットも。

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「貴賓室」です。開催中は、入れなかったところです。
121カ国・4国際機関が参加し、ナショナルデーは109日・118カ国の王族や大統領や首相などがここを訪れたそうです。

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「指南車」です。面白いからくりが見られました。全体が、右に回転します。

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一周して、元の位置に戻ると、女性の人形が突然前に回転します。

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そして、元の位置に戻ると、とたんに顔が変わりました。

「ギャラリー」に入りました。

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万博会場の全景模型です。現在は「愛・地球博記念公園」として、開かれています。赤い印が見えるところが、この記念館の場所です。

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関西にいると、このポスターもあまり見掛けていない様な気持ちです。

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エピソードです。「2005 AICHI JAPAN」の文字のうち、AICHIのCが Oで出来て仕舞ったそうです。Cが修正された跡がはっきりと判りますね。
どこか外国の絨毯です。

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博覧会場で実際に使われていた展示品が、寄贈されてここに展示されています。

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記念館を見終わって外に出ました。記念公園内の一部が見られました。

 この後は、次の見学場所の「「トヨタ産業記念館」に向かいます。








2017年5月29日 (月)

京都府立植物園にひっそり咲く花達

 沈床花壇を彩るつつじを愛でた後、近くの木々に咲いていた可憐な花を見つけました。

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木は細く花房は少ないですが、藤の花です。

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藤はしなやかですね。

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こちらは、白い藤の花です。

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名前は分かりませんが、少し濃い目のピンクの花です。

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こちらもしなやかです。

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近寄って見ました。

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こちらも名前は分かりませんが、白くてまん丸の花が可愛いです。

植物園の中では、目立たない場所に咲いていますが、魅力のある花達です。


2017年5月28日 (日)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(4)妻籠宿-4

 前回の続きです。
 旧中山道の宿場町「妻籠宿」を散策しています。予定の引返し点から、戻っています。
 妻籠の人達が、この町並みを守るために実行しているのは、家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」を中心とする住民憲章をつくり守っておられるそうです。
 では「妻籠宿」の最後の章を、ご覧戴きましょう。

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妻籠宿の最も南の端かな?と思いました。

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今までの進行方向の左手にある「上嵯峨屋」です。
昭和44年の解体復元によって、18世紀中期の木賃宿(きちんやど)であることが判ったそうです。

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内部の様子です。真ん中に「いろり」があります。

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古民家が整然と並んでいます。

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案内人のおばさん(ガイドは終わっています)以下、皆が元来た場所に向かって歩いています。行きは買い物などせずに私(おばさん)について来る様に、買い物は帰りにする様にと言われていて、皆さん買い物しながら歩いていました。

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普通の古民家では無い、何か商売されていたのか?判りませんが、藻口の広い立派なお宅です。

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「枡形の跡」を帰りの道で見ています。
左手が「枡形」で、右手は普通の道です。これだけの段差があります。

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観光案内所だったかなと思いますが、雛段が飾ってありました。

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行きでも見ましたが、「柏屋」の全景です。屋号が付いていますが、何の商売かは判りません。

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軒に吊るされた「みの」など、日本の故郷の原点を感じます。

漸く「旧中山道・宿場町・妻籠宿」のご紹介は終わりです。
次回以降は、がらりと変わって、現代の見どころ2か所をご紹介したいと思います。




















 

2017年5月27日 (土)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(3)妻籠宿-3

前回からの続きです。
 「旧中山道」の「妻籠宿」内を南に向かって歩いています。見学範囲の約3分の2は来ました。

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旅館「松代屋」です。こちらも細い格子戸が美しいと思いました。

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旅愁を誘う行灯です。

松代屋の隣にある「下嵯峨屋」です。

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横手の様子です。

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当初は長屋だったものを1戸建てに改造したものです。昭和43年に行われています。有形文化財です。妻籠宿における庶民の住居を代表する形式をとどめているそうです。

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玄関から見た様子です。

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「下嵯峨屋」の屋根の様子です。沢山の石が載せられています。効果の程はどうなんでしょうね。

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そろそろ見学範囲の最後に近付いて来ました。
「寺下の町並み」です。ここは、日本で最初に宿場保存事業が行われたところです。妻籠宿保存の原点とも言うべき町並みだそうです。
右側手前の「いこまや」は旅籠で、昔は文化人などが多く利用したとか。
勿論、作家の島崎藤村も。

この辺りから引き返しました。

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その途中の一風景です。

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時々軒下で見掛けました。藁で包み込んだのは何でしょうかね?
「ゆべし」?

 帰途の様子を、次回でご紹介します。




2017年5月26日 (金)

早春の山野草展

先日、京都府立植物園で開催されていた「早春の草花展」を拝見しました。
山野草は可憐ですが、小さくてしかも室内での展示です。
コデジで撮りましたが・・・・・・(泣く)


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              オオミスミソウ

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                   ケスハマソウ
  

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                  姫シャクナゲ

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                 キクザケイチゲ
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                  セツブンソウ(洋種)

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                  キクザケイチゲ(↑と同じ名前です)
 

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               ミスミソウ

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          マルミカンアオイ

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                 シクラメンコウム

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         名前は分かりませんが、花色に魅せられました。

公開が遅れたのは、写真が余りにも見苦しいからでしたが、可憐な花達を少しでもご紹介出来ればと思い・・・・・

2017年5月25日 (木)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(2)妻籠宿-2

 前回の続きです。
 旧中山道の宿場町「妻籠宿」を歩いています。見物範囲の約3分の1くらいは来たでしょうか。

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「妻籠宿本陣」前から、南の方(馬篭宿)を見ています。
この辺りの中山道は、別名「木曽街道」とも呼ばれています。

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「妻籠郵便局」です。明治6年3月に、初めて違う場所に造られて、その後この場所に移されたそうです。「郵便史料館」でもあります。手前の箱は、ポストです。

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「高麗屋」と言う、お土産や木工品を売るお店です。家の造りに興味がありました。軒回りや廂が特徴的だと思いました。

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こちらも「さしものや」と言う、木工品を売るお店です。
こちらの廂も変わっています。

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普通の古民家の様ですが、細い格子戸が見事です。軒や廂もこの土地独自のものでしょうか。

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この辺りで、唯一の西洋風造りの建物です。「観光案内所」になっています。

この辺りから、いわゆる「枡形の跡」になります。進行方向の右側になります。
防御施設の1つで、わざと道を折り曲げています。平面的では無く、立体的にも変化させてあります。

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笠を被った方(おばさん)が、私達の案内人です。何故か下駄履きでした。
道は石畳で、緩やかな斜面になっています。

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「枡形の跡」の家々です。様々の外観を持つ家々が並んでいます。

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軒先の造りも色々です。

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如何にも古民家然としています。

この後は、「枡形の跡」を抜け出し、平地の道に戻り、さらに前進します。
次回に続きます。









2017年5月24日 (水)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(1)妻籠宿ー1

 今まで、「ある会」からと言うことで、幾つかの旅行記事をご紹介して来ましたが、今回で「ある会」からの旅は終わりとなりました。
 そんなことから、「ラスト・トラベル」と銘打ち、その旅の様子を、ご紹介します。
 今回も、バスによる1泊旅です。
 主な見所は、1日目は中山道の宿場町「妻籠宿」です。2日目はがらりと変わって、「愛・地球博記念公園」(2005年の万博会場)と、「トヨタ産業技術記念館」(トヨタグループの産業歴史館)の2か所です。移動は何時もの様に観光バスです。

 第1日目の「妻籠宿」(つまごじゅく)から、ご紹介します。ここは、私の大好きな「伝重建保存地区」の1つです。

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散策ルートのスタート地点に掲げられていた「伝重建保存地区」の説明板です。その場所は、観光バスの駐車場の近くにあり、路線バスやタクシーなどの乗車場でもあります。いわば「妻籠宿」のターミナル見たいなところでした。

 旧中山道までは少しばかり歩きました。

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緩やかな坂道を上がって行きます。その途中の景色です。
早くも鄙びた雰囲気を感じました。

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旧中山道に出て来ました。

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旧中山道の北の方を見ています。こちらの方には行きませんでした。

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看板の表示の通りであり、明治天皇妻籠御休止所でもあります。

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中には入らずに、道路からの様子ですが、建物は明治10年に建て替えられたものだそうです。国の重要文化財に指定されています。
島崎藤村(この地のゆかりの作家・詩人)の初恋の相手「ゆふ」さんの嫁ぎ先だとか。

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「妻籠宿ふれあい館」(無料休憩所)です。
これからもしばしば出て来ますが、屋根や軒先にご注目ください。雪深い田舎の民家の工夫がされています。

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こんな立派な「うだつ」も見られました。

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こちらは、「妻籠宿御本陣」です。こちらも外からの様子です。
ここには、島崎氏が任命され、明治に至るまで本陣、庄屋を兼ね務めたそうで、島崎藤村の母の生家だとか。藤村の次兄広助が養子に来ているそうです。平成7年4月に復元されました。

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屋根を見ると、多くの石が載っています。

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門の左手には、小さな小屋がありました。門番が居たのでしょうか。

 見物範囲の約3分の1位まで来たでしょうか。続きは次回に。



2017年5月23日 (火)

風薫る?5月16日の京都府立植物園「豪華な牡丹の花」

 昨日は華麗なバラの花をご紹介しましたが、この日は、牡丹園に咲く牡丹もバラの花に負けないくらい豪華な花を楽しませてくれました。

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相変わらずの夏日です。
殆どの動物はある程度、暑さを避けて日影とか、涼しい場所に避難できますが、植物は与えられた環境で頑張っています。


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               ” 春 の 粧 ”
   

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               ” バ ー ト セ ラ ”

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                ”コーラルチャーム”

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              ” か ぐ や 姫 ”

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小学生が大勢来ていましたが、子供たちも暑いでしょう。

2017年5月22日 (月)

京都府立植物園 華麗なバラの花 (その2 )  

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植物園を散策していると、どうしても豪華なバラの花に目が奪われます。
 暑い!しかも雨が降らない!そんな状況の中でも必死に咲いている健気な花達、愛おしい気持ちになります。


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↑の花も↓も少し汚れと痛みが気になりますが・・・・・

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勿論、少しでも多くの種類を綺麗に咲かせたい、との植物園の方々、ボランティアの皆様の日々の努力のお陰です。
感謝の気持ちを忘れないで愛でたいです。(5月16日撮影)

2017年5月21日 (日)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(5)姫路-2

前回に続き、世界文化遺産であり、国宝の「姫路城」内を歩いています。
 段々と、大天守に近付いて来ました。

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「西小天守」を、間近に見ています。その奥が「乾小天守」で、右手奥に少し見えるのが、「大天守」です。

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城郭の複雑さを感じます。

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「大天守」の入口ですが、階段が苦手な私達は、ここで帰途ルートに着きました。

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「大天守」の下の「本丸」(備前丸)から、「西の丸」や姫路市内を見渡ました。
右手に見える建物は、千姫ゆかりの「化粧櫓」です。

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「本丸」の広場から、天守群を見ています。

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「大天守」に最接近です。間近に見ると、迫力があります。

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帰途ルートにあった「鯱」の展示です。平成の鯱もありましたが、昭和の鯱と余り違いは無かった様に思いました。

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出口の近くには、「三国堀」と言う四角い堀がありました。
ここからの眺めも中々のものでした。

江戸時代は、最初に入城時にくぐった門「菱の門」から内側を「城山」と言いました。
城山には、2つの峰があり、その1つは「姫山」と言い、そこに「大天守」が築かれました。
もう1つの峰は「鷺山」と言い、そこを切り開いて「西の丸」が造られました。
2つの峰の間に堀が造られ、ダムの様な形になっていたそうで、その痕跡が左側の石垣にVの字に石垣が見えるのがそうです。

 しっかりと「姫路城」を堪能し、再び歩いてJR姫路駅に向かいました。

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その途中で見掛けたマンホールの蓋です。見事な蓋だと思いました。

 戴いたパンフレットから
 ○姫路城の所有者 文部科学省(文化庁)
 ○管理団体      姫路市
 ○文化財建造物数 国宝 8棟 重文 74棟
 ○大天守のサイズ 高さ 海抜 91.9m 大天守のみ 31.5m
              重さ 5,700トン(推定)
 ○櫓の数       27棟
 ○西の丸櫓群延長 約240m
 ○門の数       21棟
 ○一番高い石垣高さ 23.32m
 ○井戸の数       11カ所

 などです。

2017年5月20日 (土)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(4)姫路-1

 「かんぽの宿・播州赤穂」で一夜を過ごした翌日は、久し振りに「姫路」に行くことにしました。
 姫路となれば、やはり「姫路城」ですね。「平成の大修理」を終え、やや過剰に白くなった姫路城が、自然の色に戻った様に思いました。
 昨日の「赤穂城」跡と、今日の「姫路城」と、連日のお城見物となりました。
 JR姫路駅からは、お城に向かっての大通りをゆっくりと歩きました。途中には町の由来の説明や石垣などがあって、飽きる事無く歩けました。

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城には堀が付き物ですから、どうしても橋を渡らねばなりません。
門の名前から付けたのでしょうか?「桜門橋」です。

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橋を渡ったところには、「史蹟 姫路城」の石碑が建っていました。
「大天守」の一部が見えています。

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その位置から見たお堀の様子です。大きなお城の堀はねやはり堀も大きいです。

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漸く中の広場まで来ました。堂々たる「大天守」の雄姿です。左手は、「西小天守」です。

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広場から左手を見ますと、長々と城郭が連なっています。「長局(百間廊下)」などがあります。

入場手続きをして、城内に入ります。

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表玄関の「菱の門」です。お城の門らしくない優雅さを感じます。
門の左側は石垣に乗っています。変わった形です。

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右から左へ、大天守 西小天守 乾小天守と続いています。

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さらに中へ進みます。左手は門の1つ、「ろの門」(門には、いから始まって、るまであります)?。大天守はほぼ横からの景色に変わりました。

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「にの門」の手前から、大天守などを見ています。ほぼ真横の姿です。
左手が「乾小天守」です。

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ますます天守群に近付いて来ました。

 大城郭に圧倒されつつ、さらに前進します。
 続きは次回に。

2017年5月19日 (金)

京都府立植物園 華麗なバラの花 (その1)  

 1週間の間に植物園へ2回行き、そのうち1回目は蕾のみ、そして2回目の14日に行った時は既にバラの花は殆どが満開だったのですが、夏日の午後、日差しが強く、何となく写真を・・の気分になれなくて、今回は朝の間に出かけました。
 それでも牡丹園(後日紹介します)も、こちらバラ園も既に多くのカメラマンが来られていました。


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        朝から日差しが強いです。

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  まずは、 有名な  ” ミ  ツ コ ” です。

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            ” シ ン シ ャー ”
              
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               ” 連  弾 ”

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        名前が見つかりませんでした。

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             ”ゴールドマリー”

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          こちらも有名な”アンネのバラ(通称)”

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      同じく”アンネのバラ”です。

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              ”  早  春  ”

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               こちらも”早春”です。 

私はコデジですが、殆どの方は一眼レフで、そうでない人は、携帯かスマホですね。
コデジを使っている人は殆ど見かけなくなり、肩身が狭いです。
          

               (撮影 5月16日)
           


        

2017年5月18日 (木)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(3)赤穂-3

 前回に続いて、「国史跡 赤穂城跡」内を歩いています。
 北東の「大手門」から入城し、「大石神社」に参拝して、「三の丸」から「二の丸」に遣って来ました。そして、赤穂城の中枢の「本丸」に進みました。

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この付近に「二の丸門」があったそうです。
右手に見える門は、「大石頼母良重」の屋敷門で、その門をくぐると「二の丸庭園」跡が広がっています。

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その「二の丸庭園」跡です。

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二の丸門があった付近の左手には、甲州流軍学者であった「山鹿素行」の銅像がありました。彼は少なからず赤穂藩に影響を与えた人物でした。

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本丸を囲む城壁と堀です。右手に「本丸門」があります。

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その「本丸門」の外側です。門をくぐると本丸になります。

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その「本丸門」を内側から見ています。

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本丸内にある「天守台」です。天守閣は築かれなかったそうです。
本丸には、中央に藩主の屋敷(本丸御殿)があり、その周りには庭園とかが配置されています。また4か所には櫓台があり、東北には隅櫓も築かれたそうです。

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本丸の門の1つ、「厩口門」(うまやぐちもん)です。後に「台所門」とも言われたとか。

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赤穂城には、12の門があったそうで、この門もその1つです。

最後に、「赤穂城」について


○正保2年(1645)に、浅野長直が常陸国笠間藩からここに転じた時に、はじめにご紹介した「源八長屋」の父・近藤三郎左衛門正純が、甲州流兵法に則って、築城の縄張り設計を行いました。

○城は現在の千種川河口の西岸に位置し、南は瀬戸内海に面した海城で、変形輪郭式の平城です。

○本丸・二の丸・三の丸のすべての廓が残された貴重な近世城郭遺構で、昭和46年に国史跡に指定されました。

 この後は、今夜の宿の「かんぽの宿・播州赤穂」に、バスで向かいました。

2017年5月17日 (水)

ゴールデンウイークの京都府立植物園

ゴールデンウイークは日本中?が晴天に恵まれました。
しかも連日の暑さ、まだ5月の初旬とは思えない日が続きました。

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恒例の行事でしょうか?子供たちの姿が見えます。
画版を持っていますから、スケッチなのでしょうね。

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暑い日差しの中を行儀よく歩いています。
リュックの中にはお弁当が入っているとか、会話を聞いていると専ら昼ご飯の時間と場所を気にしているようです。

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涼し気な花が目に留まりました。 セッコウオダマキです。

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水の中に咲いていた、可憐なクリンソウ。京都府の絶滅危惧種です。

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  オンツツジ。大きな木に薄いオレンジ色の花が涼し気です。

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牡丹園の様子を見てきました。前回より開花した花も多く、人の姿も多いでした。

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ご紹介した牡丹は、前回は未だ咲いていなかった花です。

植物園を散策(徘徊?)していると、珍しい花や知らない植物に出会うことが有ります。それも楽しみの一つです。




 






2017年5月16日 (火)

京都の三大祭の一つ 「葵祭」を拝観しました

 2017・5月15日(月)、晴天に恵まれたこの日、京都御苑の一角で、「葵祭」の行列を拝観しました。昨年の「時代祭」の時とほぼ同じ場所でした。御所出発の2時間程前に現地に着きましたが、早くも多くの方が、それぞれの場所に陣取っておられました。
 御所出発は、午前10時30分ですが、私の場所に先頭が来たのは、40分頃でした。

 先ず「近衛使代列」です。

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行列のトップは、この方です。「肝煎」(きもいり)と言うそうです。
「催方」(もよおしかた)とも言うそうです。

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続くのは、「雑色」と、馬に乗っている「乗尻」です。
雑色は、雑役の無位の役人。「乗尻」は、上賀茂神社の競馬会(くらべうまえ)の騎手です。それぞれ冠には「葵」の葉っぱを付けておられます。

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「検非違使志」(けびいしさかん)と言い、警察と裁判を司る役人。行列の警護に当たっています。

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「山城使」(やましろのつかい)と言います。
山城介(やましろのすけ)で、国司庁の次官、5位の文官です。

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この「牛車」(ぎっしゃ)には、この後に続く方、「近衛使代」が乗られるものですが、その方は馬に乗っておられるので、賑わいのための空車だそうです。
前を行く「牛童」(うしわらわ)が、可愛いです。

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この方が「近衛使代」(このえのつかいだい)です。行列の中で、最も位が高く、四位近衛中将がこれを勤めるそうです。

 次は、皆さんお目当ての「斎王代列」です。

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「風流傘」です。祭列を豪華にするためのものだそうです。

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「命婦」(みょうぶ)と言い、高位の女官または高位の妻女達です。一人では無く、多くの方達がおられました。

 いよいよ「斎王代」の登場です。

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俗に言う十二単の五衣唐衣衣裳(いつつぎぬ・からぎぬ・も)で、その上に小忌衣(おみごろも)を身に纏っておられます。

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少しだけ微笑みを浮かべて。

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こちらは「斎王代」の「牛車」ですが、もちろん空車です。

 午前11時20分過ぎに、行列は通り過ぎて行きました。

 ○今年の「斎王代」は、第62代に当り、富田紗代さん(19才・同志社大2年)
   か゛勤められました。姉2人も内侍や命婦役を勤められたそうで、姉妹3人
   とは大変珍しいことです。
 

2017年5月15日 (月)

新緑の彩り うっとり

 今の季節、新緑が特に綺麗な智積院では、境内で数多くの紫陽花も楽しめますが、5月は新緑は勿論ですが、モミジも見ごろを迎えています。

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見事な新緑の中で読書をしておられる方も有ります。

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赤や白、紫が咲き誇り新緑豊かな境内を彩っていました。


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新緑とモミジのコントラストが綺麗です。

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尚、こちらのモミジは5月中旬に一斉に満開を迎えるとのことですが、夏日が続いている5月、満開も例年より早いかもしれませんね。

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学侶墓地の両側にもモミジが丁寧に植え込まれています。石段を上がった墓地にも綺麗に植え込まれていました。
 ※学侶墓地は江戸時代に智積院で修業し、志し半ばで亡くなられた方々を祀ったもので聖域です。(撮影 5月14日)




2017年5月14日 (日)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(2)赤穂-2

 昨日に続き、「赤穂城跡」を歩いています。城跡の北側にある「大石神社」に参りました。京都・山科にも、大石閑居のゆかりから「大石神社」がありますが、謂わばこちらが本家でしょうかね。

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大石神社の参道です。社殿は、突き当りを左折します。
左手の向こうにも鳥居が見えますが、多分あちら側が表参道かも知れません。

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参拝した日が、1月12日でしたので、15日の「とんど」(地域によっていろいろと名前が違いますが・・・)の準備がされていました。

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楼門脇の左右には、大きな像がありました。左側がこの「えびす様」です。

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境内に入りました。何やら賑やかですね。もっとも未だ「松の内」ですものね。
「初詣」モ-ドの境内です。「大石邸跡」は右手にあります。

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「大願成就」とは、大石にとっては「討ち入り」成功のことでしょうが、さて現代人にとっては色々とありますね。
お参りを済ませた後は、社殿を一周しました。

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拝殿の横には、ここでも干支大絵馬がありました。鶏の石像と、卵とひよこの大絵馬と、中々凝ったものでした。

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また、境内には「大石内蔵助」の銅像も。
NHKの大河ドラマをはじめ、多くの俳優さんが大石役を演じておられますが、
私達はついそのイメージで大石像を思い浮かべて見て仕舞いますね。

 「大石神社」の表参道を通って、次のエリア・二の丸や本丸の方へ進みました。

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その途中にあった堀?がありました。庭園の池の感じがしました。
右の方に行くと、二の丸方面になります。
 赤穂城跡の絵図を見ますと、大石邸などがあったところは、「三の丸」だと言う事の様でした。

 次回は、二の丸や本丸の様子をご紹介します。

2017年5月13日 (土)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路へ(1)赤穂-1

 急に思い立って「ちょこっと旅」へ。
 やっぱり冬は温泉ですね。近くの「かんぽの宿」(ご贔屓の宿です)の中から、「かんぽの宿・播州赤穂」を選びました。そして、「かんぽの宿・播州赤穂」お奨めの「姫路」へ。姫路と言えばやはり「姫路城」(平成の大改修が終わった)へ。
 播州赤穂と姫路言えば、「赤穂城」跡と「姫路城」と、2つのお城見物となりました。

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JR播州赤穂駅を降りて、「お城通り」を南に進むと、先ずお目に掛かるのが、この景色です。「赤穂城跡」の「大手隅櫓」です。左に見えるのが、「大手門」です。

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お堀端を進むと、大手門の前に着きます。

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大手門の正面です。大きなお城の大手門を見慣れた目から見ると、可愛く見えます。

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お城の防御のための構えが見られました。名前が思い出せません。

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見張りのための番所の様です。中には赤穂城についての説明が掲示されていました。

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内側から見た、大手隅櫓です。

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ここにもお城の防御の様子が見られました。

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「源八長屋」と言われる建物です。正しくは「近藤源八宅跡・長屋門」です。
近藤源八正憲は、甲州流軍学を修めた、千石番頭の重職にあった人だそうです。大石家とは親戚関係にあったとか。
この長屋門は、18世紀以降に建て替えられた様です。実際には、4戸の住宅(下級武士の)だったとかで、総長が21間半(約42.3m)もあったそうです。

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その隣には、赤穂藩・筆頭家老の「大石内蔵助」宅の「長屋門」があります。
一家3代・57年間住んでいた大石屋敷の正面門長屋です。
門口約26.8m、奥行約4.8mあるそうです。
今まで大修理や解体修理などが行われている様ですが、江戸時代の建物としては、ここと先の源八長屋の2つだけだそうです。

 この後は、大石家長屋門の裏手にある「大石神社」に参りました。

2017年5月12日 (金)

華麗なベゴニアの花

 京都府立植物園の観覧温室を華やかに染めているベゴニアの花をご紹介します。
毎年、拝見していますが、見るたびに「ベコニアの花も変わったなあ」と思います。
バラと言ってもシャクナゲと言ってもおかしくないです。


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ベゴニアは直立する「スタンドタイプ」と下垂する「ハンギングタイプ」が有りますが、ハンギングタイプは踊っているように見えます。

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観覧温室をゆっくり散策しながら、また、立ち止まってゆっくり愛でるように
工夫して展示されています。


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花の配置にも心配りが出来ていて、いつも感心しながら拝見しています。

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こうして季節ごとに花を咲かせて、私たちの目を楽しませてくれる、植物園の職員の方、ボランティアの方にはいつも感謝しながら拝見しています。

2017年5月11日 (木)

久しぶりに「半兵衛麩」でランチを楽しみました

京の鴨川、五条大橋のたもとにある「半兵衛麸」は元禄二年(1689年)の創業とのことです。

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 京都には100年以上の老舗が数多くありますが、こちらは300年以上も
よい水と素材と技にこだわり、伝統の味を守り続けた麩を販売し続けています。


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最初にお断りしておきますが、写真が室内の為かイマイチで美味しそうに見えません。

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その為にご紹介が遅くなりまし
店内に飾られていた雛飾りです。段飾りですが、歴史を感じます。

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 今回は3度目だったのですが、いつ頂いても変わらぬ上品で素朴なお味に身体中が喜んでいるように思いました。
 時代の変化に合わせ、現在は販売だけでなく、麩を使用した調理法を広める活動も行っているとの事。

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 京都は上質な地下水に恵まれ、日本酒は勿論、味噌や醤油そして豆腐、和菓子等素材を生かした食文化が生き続けています。
こちら「半兵衛麩」も水の恩恵を受けている思います。

2017年5月10日 (水)

沈床花壇を彩るつつじの花達

 前回は、蹴上の見事なつつじの花をご紹介しましたが、今回は京都府立植物園の沈床花壇を彩るつつじの花達をご覧ください。

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 噴水の似合う沈床花壇です。こちらでは四季折々に見事な、また、可憐な花達を愛でることが出来ます。
 噴水は北門を入った所にもありますが、全く違った環境にあるのも興味深いです。


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中央を流れ落ちる水が涼しげです。

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こちらも少し遅かったのですが、それでも植物園です、園の方たちの努力が感じられます。

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どの花も生き生きしています。

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日が当たりすぎて、写真は白っぽいですが、日差しの中をベンチに腰かけて、噴水をぼんやり眺めておられる人の姿も有りました。
ゴールデンウイークの6日、遠くへ出かけなくても・・・・

2017年5月 9日 (火)

「少し遅かった」松尾大社の山吹の花

 こちらへは新緑が目的ではなく単純?に山吹の花を見に行きました。

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とは言っても朱色の鳥居は新緑に映えます。

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朱色の鳥居をくぐるまでにも川沿いに山吹が植えられています。

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「山笑う」は春の季語ですが、新緑萌える季節は緑が明るくのどかなイメージが浮かびますね。

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やはり水面に映る花は風情が有ります。

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灯篭と山吹。絵になります。


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花の盛りは少し過ぎていたようですが、ここら一帯に咲く花はまだ瑞々しさが感じられます。

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八重の花もまん丸く愛くるしいのですが、数少ないですが清楚な風情の一重も好きです。(4月29日撮影)

 松尾大社は701年に創建された京都最古の神社です。京都洛西の総氏神であり、開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神ですが、特に醸造祖神として酒造家の崇敬が厚いと言われています。
酒造家だけでは無く、一般にもお「酒の神様」と言われていますね。

2017年5月 8日 (月)

新緑を訪ねて 車折神社へ

 前回の続きです。
 嵐山から少し東に移動しました。「車折神社」(くるまざき・じんじゃ)に来ました。過日、でもご紹介しました。

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表参道です。新緑と神社の朱色が見事なコントラストを見せています。

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境内に入って来ました。こちらでも朱色の玉垣と新緑とが見事でした。

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社務所付近です。

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社殿を囲んで新緑が。

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境内には、多くのお社があります。周りには新緑が一杯です。

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神社の北側は、「嵐電」の「車折神社」に直結しています。

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表参道に沿って、こちらにも新緑に囲われた幾つかのお社があります。

表参道を出たところは、「三条通」です。西は嵐山に、東は三条大橋に通じています。


2017年5月 7日 (日)

蹴上のつつじを見る

 京都市上下水道局蹴上(けあげ)浄水場の毎年恒例の一般公開「蹴上のつつじ」を見に行って来ました。5月3日から7日までの期間で、初日の3日に行きました。暫くぶりのことです。お天気も良く、暑い位の陽気でしたが、沢山の人達が来られていました。つつじは全部で4,600本もあるそうです。

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左下に見えるのが通用門で、一般公開の西の入口になています。
そこから九十九折れの坂道を上って来ます。
左手上に見える道路は、三条通(旧国道1号線)です。

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つつじの花の種類は、そんなに多くはありませんが、そんな中で代表的な花の1つです。

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もう1つの代表的な花です。

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山の斜面一杯に、つつじが植えられていますが、この辺りは未だ満開とまでは行っていません。

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この辺りは比較的良く咲いています。

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途中の坂道から見渡した景色です。遠くに見えるのは、「比叡山」です。
東山連峰の裾には、お寺や学校などが見られます。
市内の中心部は、左手に広がっていますが、ここからは見えません。

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浄水場の施設の低地部分の様子です。

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少数派の白い花のつつじです。

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こちらも少数派です。

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こちらもそうです。

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キリシマツツジは、何故かこの一帯に固まって見られました。

 今回は、高い所までは上がらずに、約半分位の所で下りて来ました。
 膝との相談の結果でした。急な坂道や階段は、どうしても敬遠気味となります。しかし、沢山のつつじを拝見し、気持ち良く帰途に着くことが出来ました。
 有難うございました。


























2017年5月 6日 (土)

新緑を訪ねて 嵐山地区へ(2)宝厳院と嵐山

 前回の続きです。
 嵐山地区の新緑を訪ねて歩いています。嵐山地区では一番大きいお寺「天龍寺」から、秋には紅葉で人気の「宝厳院」(天龍寺・塔頭)へ来ました。中に入らなくても、塀の外からでも結構新緑を見ることが出来ます。

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天龍寺からここ「宝厳院」に来て、先ず目にする新緑です。

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真ん中辺りの様子です。秋には、これらの木々が紅葉します。

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「宝厳院」の山門は、この様な茅葺です。

ここから真っ直ぐに南に進むと、「大堰川」に出ます。

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「大堰川」に来ました。上流を「保津川」、渡月橋下からは「桂川」と名前を変えます。嵐山の船遊びの場であり、「保津川下り」の終点でもあります。
背後の山は、「嵐山」です。

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少し下流側に移動して見ました。山は勿論「嵐山」です。

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「渡月橋」と「桂川」、そして「嵐山」です。

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渡月橋畔の大木も、見事な新緑でした。

 この後は、もう1か所車折神社へ、新緑を訪ねました。次回にご紹介します。








2017年5月 5日 (金)

新緑を訪ねて 嵐山地区へ(1)天龍寺-2

 前回の続きです。嵐山地区では一番大きなお寺「天龍寺」のお庭の新緑を訪ねて歩いています。
 庭園の北部付近を歩いています。

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竹林で沢山の筍が生えています。真ん中に見える小道を辿れば「望京の丘」に登れますが、それは避けました。

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「北門」(右手)付近です。苔も美しい緑を見せています。

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この辺りは「百花苑」と称し、沢山の花々が見られます。

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園内の小川の近くには、こんな表示が・・・。
「大堰川」は、ここ天龍寺の近く南側を流れる川ですが、上流は「保津川」と、「渡月橋」から下流は「桂川」となる川です。
昔はもっと境内近くを流れていたのかも。

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こっそりと「書院」の達磨大師の掛け軸を。

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左手は「書院」、右手は「大方丈」です。禅宗のお寺らしい雰囲気を感じます。

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境内から見た「嵐山」の山頂部分です。山も新緑一杯です。

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またもこっそりと「雲竜図」の頭部分を。

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漸く境内から出て来ました。「庫裏」の正面です。

臨済宗 天龍寺派大本山「天龍寺」は、平成6年(1994)に世界文化遺産に登録されました。
正しくは、霊亀山天龍資聖禅寺と言います。
暦応2年(1339)に、後醍醐天皇の菩提を弔うために、足利尊氏が夢窓国師を開山として創建しました。

 この後、秋は紅葉の名所「宝厳院」に向かいました。
















2017年5月 4日 (木)

新緑を訪ねて 嵐山地域へ(1)天龍寺-1

 今は京都市内何処へ行っても瑞々しい新緑に出合えますが、敢えて「嵐山」地域まで出掛けました。特に嵐山地域は、外国人観光客ず多いところです(新緑とは関係ありませんが・・・)。
 先ず「天龍寺」を訪ねましたが、やはり外国人観光客の多いこと。修学旅行生も多かったです。拝観は、お庭だけと言うものと建物の中も見るのとに区別されていて、勿論拝観料が違います。私は何時もお庭だけで済ましています。自然の移ろいを知るのには、お庭が大事ですから。

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「大方丈」(右手)に沿って奥へと進みます。その先にお目当ての「曹源池」(前方)が見えて来ました。

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「曹源池」の南の端付近です。

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「曹源池」の真ん中辺りです。左手に滝組が見えます。
ここ天龍寺の開山・夢窓国師が造った庭園で、国の史跡・特別名勝第1号に指定されています。

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池の北端付近です。

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池を北側から見渡しています。借景の嵐山の一部も見えます。

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池から離れて、庭園の北側に進みます。「書院」から「多宝殿」への渡り廊下が見えます。

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竹林に来ました。この竹林は、嵯峨野めぐりの名所「竹林の道」と繋がっていると思います。

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竹林の近くでは、シャクナゲが美しく咲いていました。

次回も、まだ庭園を歩いています。



















2017年5月 3日 (水)

風薫る5月2日の京都府立植物園「豪華な牡丹の花」

 正しくゴールデンウイークに相応しい、「風薫る5月」に相応しい2日の午前中は、植物園の会館事務所・展示室で行われていた「エビネ蘭」を見に行きました(後日ご紹介します)。
 北山門から入って、暫らく歩いていると人声がします。
何?と思って近づくと数日前までは蕾すら見えなかった?牡丹が満開とは言えないまでも、結構咲いています。

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尚、花の名前を控えるのは極一部にしました。

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                    「黒光の司」     

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                    「 黒 鳥 」
 

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 ↑も↓もおなじ花ですが、 「 雪灯篭 」

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日差しが強くて、眩しくて花の撮影には決して良い条件では無かったのですが、思いがけず豪華な牡丹に出会えて、ラッキーな日になりました。

2017年5月 2日 (火)

新緑を訪ねて大徳寺から相国寺へ(その3)相国寺他

 前回の続きです。大徳寺から相国寺へ来ました。
相国寺の表参道は、今出川通からですが、同志社大学の北側の西の参道から入りました。
 右手には同志社大学の校舎が続き、左手にはこのお寺がありました。

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相国寺の塔頭の1つ「瑞春院」です。ここは「雁の寺」とも称し、直木賞作家の水上勉氏の小説の舞台となったところで、水上氏は「雛僧」(駒札にそう書いてありました)時代ここで修業したとのことです。

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山門から中を覗いて見ました。

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東西に長く築地塀が続いていました。

相国寺の真ん中に遣って来ました。

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南面する「法堂」への参道です。

境内を少し歩きました。

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神様が祀られているお社の付近です。神仏習合の名残でしょうか。

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また、その近くには大きな鐘楼も見られます。

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塔頭の1つです。築地塀越しに新緑が見られました。
同じ禅宗寺院ですが、大徳寺とはまた雰囲気が違う様に感じました。

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境内の中央部です。

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「法堂」に通ずる参道には、やや広いスペースがあります。
昔は何か建物が建っていたのでしょうか?

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こちらもそんな広場です。

帰途は、表参道から今出川通に出て、バス停に行きました。
今出川通の南側には、「京都御苑・京都御所」が広がっています。












2017年5月 1日 (月)

可憐な芝桜と新緑

 植物園を散策していて、四季彩りの丘で芝桜を植え込みしておられる園の方に出会い、邪魔にならないように写真を撮らせて頂きました。

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芝桜は小さな目立たない花ですが、このように敷き詰められると豪華です。
隙間なく植え込まれたら文字どおり絨毯でしょうね。


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背景の木々がアクセントになっているようです。互いが引き立てています。

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四季彩の丘の向かいの雑木林では、多分中学生の新3年生かと思われる学生たちが写生をしていました。大きな声を出すわけでも無く、静かにA3大の画用紙に向き合って、黙々と色付けの最中です。
邪魔をしてはいけないと、そっとその場を離れます。

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苔むした橋に新緑が寄り添っているようです。

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少し離れた所で一人真剣な表情で、絵筆をとっている学生がいます。
絵が好きなのでしょう。

 何にでも興味を持ち、真剣に取り組むことは歳を重ねるにつれて無くなってきます。
若さは何物にも代えられないですね。今のこの時を大切にして欲しいとしみじみ思いながら離れました。(4月27日撮影)

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