« 近江八幡節句人形めぐりへ(4)旧伴家住宅雛人形 | トップページ | 市電と昭和の京都の生活 その1 »

2017年3月 7日 (火)

近江八幡節句人形めぐりへ(5)旧伴家住宅雛人形他

昨日 の続きです。
 「旧伴家住宅」(現・八幡教育会館)内に飾られている「雛人形」たちを見て回っています。兎に角広いところですので、まさに見て回っている感じです。
 今回は、「大広間」以外に飾られた「雛人形」をご紹介します。
 ここには、「御殿雛」が多くありました。

056a

「御殿雛飾り」 大正時代のものだそうです。普通の感じのものです。

058a

上に比べると、屋根が誇張されています。時代は不詳とのことです。

064a

こちらも時代不詳ですが、屋根の誇張は上と同じです。

071a

こちらも見事です。時代の表示はありませんでした。比較的新しいものの様に感じました。

073a

「一文雛御殿飾り」と言い、江戸辞退後期のものとか。一文とは小さいと言うことでしょうか。

066a

「古今雛」で、大正時代のものです。

068a

こちらにも、ずらりと雛人形が飾られていました。

「雛人形」の他に、江戸時代の「朝鮮通信使」に関する展示などもありました。
近くには「朝鮮人街道」なる古道も通っています。

091a

1階には、「左義長まつり」の飾り(最後には燃やされるそうです)が、置かれていました。材料は、食材(かんぴょう・イカ・寒天・焼き海苔・丁字麩・コーンなど)が使われているとか。

094a

その近くには、この建物の「大黒柱」が通っていました。

095a

その「大黒柱」が支える「旧伴家住宅」を、近くのバス停から見ています。左手先が玄関になります。

「旧伴家住宅」は、市指定の文化財になっています。
江戸時代初期の豪商「伴庄右衛門」が、本家として建てたものです。屋号は「扇屋」と言い、畳表・蚊帳・扇子・麻織物を主力に、大阪・京都・江戸に店を持ち、為替業務や大名貸しもしていたそうです。
今の建物は、7代目が建てたものだそうですが、江戸末期に急速に家運が衰え明治期には商家をたたみ、現在では子孫も絶えているそうです。

明治以降は、役場になったり、学校になったり、図書館になったりしています。
平成24年からは、公益財団法人 八幡教育会館となっています。

















« 近江八幡節句人形めぐりへ(4)旧伴家住宅雛人形 | トップページ | 市電と昭和の京都の生活 その1 »

京都府以外」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/133820/69817413

この記事へのトラックバック一覧です: 近江八幡節句人形めぐりへ(5)旧伴家住宅雛人形他:

« 近江八幡節句人形めぐりへ(4)旧伴家住宅雛人形 | トップページ | 市電と昭和の京都の生活 その1 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

京 歩き