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2017年3月30日 (木)

愛知県の町への旅 2カ所 有松町(3 町並み)

昨日の続きです。 町並み歩きは、当初の地点から北西方向に歩きました。
 こちらの方には、何故か比較的大きな建物が多い様に思いました。

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こちらにも、「山車庫」がありました。中町の「唐子車」と言うそうです。
名古屋市の文化財に指定されていて、毎年10月の第1日曜日に曳き出して巡行するとのことです。

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特別な表示は無かったのですが、絞り問屋の形を表わしているのかと思います。或いは現業かも?

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「中舛竹田荘」の表示がありました。説明文によりますと、
中舛竹田家は、旧東海道の歴史的な町並みを伝える貴重な建物であり、有松絞りの開祖である竹田庄九郎ゆかりの江戸時代の建物であったと伝えられています。老朽化が進み、建物と町並みの存続が危ぶまれる状況の中、保存について検討がなされ、、所有者の竹田様と地元の方々・名古屋市・事業者・市民の協力で、復活再建されました。

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「竹田家住宅」です。名古屋市指定有形文化財です。
江戸期に建てられたと思われる主屋を中心に、明治から大正にかけて整備されたとのこと。絞り問屋の伝統的形態を踏襲した建物です。

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奥行を見ると、ご覧の通りの凄いものです。
主屋・書院・茶席・宝蔵・その他の蔵3つ・西門・長屋門などがあります。

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向い側にあったお宅ですが、飲食店?の様です。

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「岡家住宅」です。こちらも名古屋市指定有形文化財です。
主屋・作業場が各1棟、倉が2棟 があります。
江戸時代末期の重厚な有松の絞り問屋の建築形態です。
2階窓の優美な縦格子は、有松の代表的な美しい外観を備えていると言われています。

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「小塚家住宅」です。こちらも市指定の文化財です。
主屋 1棟・倉 2棟があります。明治期まで絞り問屋を営んでいたそうです。

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「うだつ」が変わっています。

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「有松一里塚」です。大正年間に無くなったものを、平成24年に復元されました。

 最後に、例によって「有松」の町の歴史について、ご紹介します。
○有松は、旧東海道の鳴海と知立の宿の間に、慶長13年(1608)に、「間宿」(あいのしゅく)として開かれた。

○尾張藩の奨励により、阿久比村から移住した人達の一人、竹田庄九郎により、絞染めが考案され売り出されると、藩の庇護も受け、絞は有松名産として、全国にその名が知られた。

○有松は絞と共に繁栄したが、天明4年(1784)、大火が起こり全村ほとんどが焼失した。

○村の復興に当り、建物は従来の萱葺を瓦葺にし、壁は塗籠造り、2階の窓は虫籠窓に改め、当時の防火構造で造られた。

○豪壮な商家が建ち並ぶ現在の町並みは、この時に形成された。

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