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2017年3月

2017年3月31日 (金)

「京を包む」その1

 2月23日は京都文化博物館の別館で開催中の「京を包む」のタイトルの展覧会に行ってきました。
今回が第4回目とは少々驚きましたが、広い展示室いっぱいに所謂”京もの”が爽やかな色彩に包まれて、何とも華やかで爽やか、上質な空間でした。


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京都文化博物館の別館では今までにも何度か作品展を拝見していますが、この歴史を感じさせる重厚な建物の雰囲気は展示品をより素晴らしく演出しているように思います。
他にも魅力的な作品?が有りました。次回にご紹介します。

以下は主催者からのメッセージです

 「二月二三日を「つつみ」と語呂であわせ平成十二年に「ふろしきの日」して記念日登録をしました。
四回目となるこの度も風呂敷をもっと身近に感じて頂きたいという願いを込め、京都で活躍の企業樣方々にお力をお借りして
ふろしきで包み結ばれた御縁を「京を包む」と題し、展覧会を開催させていただくことになりました。」

2017年3月30日 (木)

愛知県の町への旅 2カ所 有松町(3 町並み)

昨日の続きです。 町並み歩きは、当初の地点から北西方向に歩きました。
 こちらの方には、何故か比較的大きな建物が多い様に思いました。

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こちらにも、「山車庫」がありました。中町の「唐子車」と言うそうです。
名古屋市の文化財に指定されていて、毎年10月の第1日曜日に曳き出して巡行するとのことです。

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特別な表示は無かったのですが、絞り問屋の形を表わしているのかと思います。或いは現業かも?

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「中舛竹田荘」の表示がありました。説明文によりますと、
中舛竹田家は、旧東海道の歴史的な町並みを伝える貴重な建物であり、有松絞りの開祖である竹田庄九郎ゆかりの江戸時代の建物であったと伝えられています。老朽化が進み、建物と町並みの存続が危ぶまれる状況の中、保存について検討がなされ、、所有者の竹田様と地元の方々・名古屋市・事業者・市民の協力で、復活再建されました。

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「竹田家住宅」です。名古屋市指定有形文化財です。
江戸期に建てられたと思われる主屋を中心に、明治から大正にかけて整備されたとのこと。絞り問屋の伝統的形態を踏襲した建物です。

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奥行を見ると、ご覧の通りの凄いものです。
主屋・書院・茶席・宝蔵・その他の蔵3つ・西門・長屋門などがあります。

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向い側にあったお宅ですが、飲食店?の様です。

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「岡家住宅」です。こちらも名古屋市指定有形文化財です。
主屋・作業場が各1棟、倉が2棟 があります。
江戸時代末期の重厚な有松の絞り問屋の建築形態です。
2階窓の優美な縦格子は、有松の代表的な美しい外観を備えていると言われています。

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「小塚家住宅」です。こちらも市指定の文化財です。
主屋 1棟・倉 2棟があります。明治期まで絞り問屋を営んでいたそうです。

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「うだつ」が変わっています。

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「有松一里塚」です。大正年間に無くなったものを、平成24年に復元されました。

 最後に、例によって「有松」の町の歴史について、ご紹介します。
○有松は、旧東海道の鳴海と知立の宿の間に、慶長13年(1608)に、「間宿」(あいのしゅく)として開かれた。

○尾張藩の奨励により、阿久比村から移住した人達の一人、竹田庄九郎により、絞染めが考案され売り出されると、藩の庇護も受け、絞は有松名産として、全国にその名が知られた。

○有松は絞と共に繁栄したが、天明4年(1784)、大火が起こり全村ほとんどが焼失した。

○村の復興に当り、建物は従来の萱葺を瓦葺にし、壁は塗籠造り、2階の窓は虫籠窓に改め、当時の防火構造で造られた。

○豪壮な商家が建ち並ぶ現在の町並みは、この時に形成された。

2017年3月29日 (水)

愛知県の町への旅 2か所 有松町(2 絞染他)

 昨日は有松の町の約半分の様子と、こちらの名産品とも言える絞染を展示販売している絞染会館について、ご紹介しましたが、今日は会館の様子をご紹介します。

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旅行客が気軽に立ち寄れる館内はこの後、多くの方の姿がありました。

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これもあれも絞染めで、上品な中にも豪華さがありました。

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宿泊した「かんぽの宿」で戴いた夕食”知多海船彩”の12種の中から、その一部をご紹介します。


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                刺    身
どのお魚も「新鮮」そのもの。正しく”地の利”です。

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サービスの一品
オープンキッチンで、お刺身にしたその日の一番のお勧めの「のどぐろ」です。
これが口の中でとろける様な美味しさでした。
一皿ずつ、料理長みずからの配膳です。


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鮑です。こんなに大きな鮑を頂いたのは久しぶりです。

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名古屋コーチンと八丁味噌の変わり鍋
おうどんが滑らかななかにしっかり、歯ごたえがあり、気に入りました。


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炙り秋刀魚のカルパッチョ。野菜とのコラボが新鮮で爽やかなお味でした。

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宿の窓から撮った中部空港に着陸前の飛行機と、

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名古屋港を出港して、輸出先に向かう自動車運搬船です。

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そしてこちらも室内から撮った夕日です。
 明日は、魅力的な有松の町の続きをご紹介します。

2017年3月28日 (火)

愛知県の町への旅 2か所 有松町(1 町並み)

 愛知県知多半島にある「かんぽの宿・知多美浜」を拠点に、愛知県下の2つの町を歩きました。1つは、平成28年7月25日に、国の重伝建群地区に選定された「名古屋市緑区有松町」と、もう1つは焼き物の町「愛知県常滑市」です。

 先ず「有松町」から。名古屋鉄道名古屋本線の「有松」駅下車。南西方向に歩いて直ぐのところに、目的の町並みがありました。
 東南方向から歩き始めました。

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通りに出て直ぐに目に入った光景です。

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期待に違わぬ光景が続きます。

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「藍と絞りの店・中濱」さんです。

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凄く大きなお宅ですが、特に表示などは見られませんでした。

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いよいよ本格的に町並みになって来ました。

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実は、この道路は「旧東海道」だつたのです。
ここ有松は、鳴海と知立の間に、慶長13年(1608)に、「間宿」(あいのしゅく)として、開かれたそうです。

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この辺りでの注目の建物は、この「服部邸」です。有松を代表する建物の1つで、屋号は「井桁屋」。創業は、今から約200年前とかで、有松の町家建築の特徴を全て備えた建物だそうです。愛知県の指定文化財です。

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母屋の正面の様子です。

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特長ある「うだつ」です。右端にも同じ様な「うだつ」がありました。

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この町にも「山車」がある様です。北西方向にも、同じ建物がありました。

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この町の名産は、「有松絞り」です。ここは、その有松絞りの会館です。
内部の様子は、明日ご紹介します。

2017年3月27日 (月)

ローカル線・単線に乗って 北条鉄道(2)北条町-2

 前回に続き、「北条鉄道」の終点、「北条町」(兵庫県加西市)の町中を歩いています。「商家の家並み」は、「酒見寺」(さがみじ)の門前町として栄えたところだそうです。(今回は行けなかったのですが、酒見寺の隣にある「住吉神社」の門前町でもあるとのことです)

 その「酒見寺」の前に来ました。

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酒見寺の「楼門」です。加西市の指定文化財になっています。

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楼門横の参道です。突き当りが本堂です。

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参道の右手には、「多宝塔」がありました。江戸時代初期のもので、国の重要文化財に指定されています。

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煌びやかな「鐘楼」です。こんなのは初めて見る気がしました。
兵庫県の指定文化財です。指定文化財の多いお寺です。

 次は「旧家の家並み」に向かいました。その中心地は、「横尾通り」といいます。

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その「横尾通り」の様子です。左手のお宅は、国登録有形文化財で、景観形成重要建造物となています。

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こちらのお宅も、↑と同じく指定建造物となっています。
軒先を前方に張り出した「出桁」(だしげた)が特徴的です。

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どのお宅も、奥行が広いです。

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その先の「家並み」の様子です。

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色々な「卯建」(うだつ)を見ることも出来ましたが、この「卯建」は明らかに装飾性優先の様ですね。

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こちらは、それなりの「卯建」ですが、装飾性もありますね。

 この町の建物には、格子戸も美しく、古い民家の特徴(虫籠窓・卯建・出桁など)も多く見られました。


 この町は、私にとっては思わぬ拾い物をした気分の町並みでした。


















2017年3月26日 (日)

京都「車折神社」の桜を愛でる

 最近、テレビのニュースで「車折神社」(くるまざき・じんじゃ)の桜が咲いていることを知り、3月25日の午前、見に行って来ました。

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三条通に面した大きな鳥居をくぐり進むと、こんな景色です。
境内には、所狭しと朱色の玉垣が連なっています。有名な芸能人の名前も多く見られます。

その傍の左手には、大きな「ヒカンザクラ」の木があり、ほぼ満開状態でした。

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花は皆下を向いて咲いています。濃い桜色が特徴的ですね。

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二の鳥居の先には、中門がありますが、社殿に向かうのは右手の参道を通ります。

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その左手には、枝垂れ桜が咲き始めていました。

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拝所の前です。ここは、色んなご利益がある神様がお祀りされています。
特に芸能関係の方の信仰を集めています。

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そこから振り返ると、こんな景色です。左手の石積みは念願が叶ってのお礼の石です。

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境内の一番奥で咲いていた桜です。

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社殿の傍での桜です。

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境内のあちこちに、色んな種類の桜が植えられています。

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境内では、一番良く咲いていた桜でした。

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個人的には、この優しい色合いが好きです。

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有名な画家の富田渓仙が植えたと言う「渓仙桜」は、まだ蕾のままでした。

5月に嵐山の大堰川で行われる「三船祭」は、この神社の祭礼です。
例年多くの観光客が来られますが、確かに見ごたえがあります。

2017年3月25日 (土)

ローカル線・単線に乗って 北条鉄道(2)北条町-1

 前回につづいて、「北条鉄道」の終点・北条町(兵庫県加西市)を歩きました。
 この町は、大阪・京への街道・西国街道の「北条の宿」で、県の歴史的景観形成地区となっています。田舎の町(失礼!)と思っていたところ、意外にもかつての繁栄を思わせる町並みが見られました。
 それもその筈で、パンフレットによれば、古くから山陽・山陰を結ぶ交通の要衝として、北播磨地方の中心的な存在だったそうです。明治・大正・昭和初期には、商業・流通の拠点として多くの商家が甍を競い、その名残が現在にも残っているとのことでした。
 先ず「商家の家並み」を歩きました。

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「南町」にある「旧商家」です。

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こちらは、今も「お茶屋」を営んでおられます。ここは「御幸町」です。

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こちらは、「お味噌屋・大黒屋」さんです。

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「宮前」町の「旧商家」です。2階の出窓がユニークです。

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「南町」で見掛けた「袖卯建」です。

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「御幸町」一帯の町並みです。向こうに見えるのは、「酒見寺」の楼門です。
この後、訪れます(次回に)。






2017年3月24日 (金)

ローカル線・単線に乗って 北条鉄道(1)車窓から

 私は、ローカル線の旅や単線の旅に、懐かしさや郷愁を感じています。
 数年前に行った、北海道の「増毛」(留萌本線・12月4日に一部が遂に廃線になってしまいました)の思い出が、今も強く気憶に留まっています。
 かねてから、一度乗ってみたいと思っていた「北条鉄道」に乗ることが、実現しました。「北条鉄道」とは、JR加古川線(この線も単線ですが)で「粟生」(あお)まで行き、そこから「北条鉄道」に乗ります。終点は「北条町」です。地名としては、兵庫県加西市北条町です。

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JR加古川線の前方車窓からの景色です。

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大きくカーブします。

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「加古川」を、鉄橋で渡ります。

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「加古川」です。結構大きな川です。「加古川」に由来する地名も多くあります。
これから行く「加西市」もそうですね。

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加古川線の「粟生」(あお)駅で、今日のメインの「北条鉄道」に乗り換えです。
乗り換え時間が短くて、大急ぎでした。
1両編成です。車体の色は、この色の他に薄緑と紫色がありました。

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車内に掲示されていた沿線図です。終点の「北条町」を含めて、7つの駅がある様です。

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まさに単線ですね。播州平野を進みます。

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終点の「北条町」駅に着きました。
この後は、「北条町」の町中を歩きましたが、その様子は次回として、帰りの「北条鉄道」の様子を、ご紹介します。

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運転士は、ご覧の様に女性でした。お願いして撮らせて戴きました。
その後ろには、お猿さんも乗車しています。

帰りの車窓から風景です。

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小さな川が流れています。

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と或る駅舎です。勿論無人駅です。殆どの駅がその様でした。

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広い野原を、ガタンコトンと走ります。

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そろそろ終点の「粟生」駅に着きます。
ローカル線・単線を、しっかりと楽しみました。

次回は、「北条町」をご紹介します。






































 

2017年3月23日 (木)

世界遺産「二条城」の可憐な梅の花

 二条城は、有名な徳川慶喜による「大政奉還」の舞台となった城で、世界遺産に登録されています
 今年で大政奉還から150周年を記念し、幕府がその内容を発表した「元離宮二条城」では、1月7日から『二の丸御殿大広間障子開放』と『中庭特別公開』がおこなわれています。

 そして、あまり知られていないですが梅の花が大変綺麗です。
種類は、紅梅、白梅、桃色梅、しだれ梅、源平咲き分けなのです。
  種類も多いので、見応えがあります。

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京都御苑の黒木の梅を愛でた後に行きましたが、全く異なった梅の花を見られて幸運でした。


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時間的に殆どの方は梅の花の香りと可憐な花びらに満足して、帰ってゆかれる様でした。

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石垣と白梅。

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同じく石垣と紅梅です。この姿こそお城に咲く梅ですね。

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ここ数年は外国の観光客が目立ちますが、特に今年は大政奉還の行事も有り、観光バスやマイカーが連なっていました。
観光都市京都としては嬉しいことですね。


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この日は風が強く、時折小雨がパラツク寒い日でした。梅の花を愛でるには少し遅いようでしたが、そして、必見の1本の木から、紅白両方の花が咲く「源平咲き分けの梅」は、残念ながら少し色あせていましたが、梅林に漂う梅の花の香りに癒されるひと時でした。
 ところで、なぜこのように呼ばれるようになったのでしょうか?
それは、源氏の旗が白、平家の旗が赤だった事から、「源平咲き分けの梅」と呼ばれるようになったそうです。

2017年3月22日 (水)

早春の草花展 続報ー3

 前回の続きです。
 京都府立植物園の第12回目の「早春の草花展」を楽しませて戴いています。
 見る人も増えて来ました。 この日は素晴らしいお天気でもありましたので、展示の温室の中にまでお日様の光が差し込み、早春と言うよりも「春」でした。

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ここでは、シャクナゲがこんなにも咲いています。

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フキノトウの花も・・・。

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相変わらず、クリスマスローズは恥ずかしげに下を向いて・・・。

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「雪割草」は、その名の様に元気です。 ↓も。

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「元気」と言えば、↓ではチューリップたちが元気一杯咲いていました。

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色とりどりのチューリップが、私達の気持ちを明るくして呉れていました。

この日の様子は、これまでとさせて戴きます。

 期末の3月20日まで、もう1回行けるかな?




2017年3月21日 (火)

久しぶりに鉄板焼きのランチを戴きました

 牛肉らしい?牛肉を戴きたいとの願いが叶い、京都新阪急ホテル鉄板焼「ロイン」で、ランチを戴きました。
 お客様の目の前で鮮やかに 焼き上げるステーキや海の幸の鉄板焼を、シェフの華麗なパフォーマンスとともに愉しませて頂きました。


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京野菜の漬物と熱々ごはんに熱いお茶。
やはり最後の〆はご飯とお漬物ですね。
写真は撮っていませんが、デザートも有りました。

2017年3月20日 (月)

満開の京都御苑の「黒木の梅」

 3月になってから京都御苑の前を通る度に「黒木の梅」は?と気にかかっていました。
 17日に梅林を散策した時に「遠くからでも様子を見よう」と思いました。
 ところが何と、遠くからでも濃いピンクの梅の花が咲き誇っているのが判りました。数人のカメラマンや外国の観光客も思い思いにカメラを向けておられました。


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 苑内には約5万本の樹木が生育しています。近衛邸跡の糸桜や出水の小川周辺などの里桜・梅・桃などの花木・モミジなどが季節ごとに御苑を彩り、私達の目を楽しませてくれます。

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急いで・・・・・、気持ちは駆け足です。それにしても、見事な枝ぶりです。
遠くに見える御門は、京都御所の正門とも言える「建礼門」です。


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樹齢はどれくらいでしょうか?見事な花を付けています。
「黒木の梅」は、元は旧九条邸内にあったとか・・・。

↑のお二人は多分ヨーロッパ諸国の方の様です。
英語ではなかったので。


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前方に見える山は、勿論!京都北山の峰々。
そして手前の建物は、京都御所内の紫宸殿の大きな屋根です。  

         ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 京都市中京区に位置する「京都御苑」は市内の中心部にあり、南北約1,300メートル東西約700メートルの広さを誇ります。国民の公園として終日開放しており、市民の憩いの場としても親しまれています。
 江戸時代には宮家や公家の屋敷が立ち並んでいましたが、明治時代の東京遷都に伴って整備が行われ、砂利敷の広い苑路と築地塀そして芝生と松林で構成された現在の景観となりました。

2017年3月19日 (日)

「共生の芸術祭 ストップ・ウォッチ」を拝見しました(その2)

前回の続きです。
 前回は数名の方の作品、主に絵画をご紹介しましたが、今回は同じく身体障害者でもある、陶芸家澤田真一さん(滋賀県在住)の作品のごく一部をご紹介します。


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背景の人形も、同じく今回出展されていた作品の一部です。

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自閉症の芸術家澤田真一さんの彫刻「トゲドゲの生き物たち」は特に海外で人気が高まっているそうです。
皆さんも、ご紹介している作品の中の一部でも何処かでご覧になっておられると思います。


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芸術界のオリンピックと評される第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展(2013年6月1日〜11月24日)が開催され、19世紀以降のアートを中心に、現代アート、アール・ブリュットなどさまざまなジャンルを越え作品を紹介しています。
 出展者は、今展覧会の総合キューレターを務めるマッシミリアーノ・ジオーニ氏が選んだ37カ国から150人以上のアーティストが出展し、その中の一人に澤田真一さんが選ばれました。
日本においては障害のある作家が世界の最高峰と言われる今美術展に選ばれ出展されたことは初めての出来事であり、歴史的な快挙です。(HPより

「陶土とは一般に陶磁器の原料となる粘土の総称。元来は陶磁器の原料となるカオリンの別名であった。陶石。白土。」(HPより)

2017年3月18日 (土)

名残?の梅と早咲きの桜の饗宴

3月15日の午前中は「京都府立植物園の春」を探しに散策しました。
 何時ものように、北山門から入ります。入った所、右手に白色・ピンク、そして赤色の梅が風に吹き飛ばされそうに、冷たい時雨れに寒そうに凍えています。


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前回(3月4日)訪れた時との差は?

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風景として好きです。

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「河津桜」カワヅザクラ 野生の原木が発見され、静岡県河津町に移植された、伊豆半島石廊崎にも植栽される。カンヒザクラ

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蕾もたくさん付いていて、こかからが愉しみです。

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未だ、小さい木でしたが2本有り、どちらも綺麗な花を咲かせていました。

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                 「椿 寒 桜」

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「カンヒザクラ」と「カラミザクラ」の種間雑種。愛媛県椿宮に原木 バラ科
こちらも蕾が多く、暖かくなるのを待っている様でした。

2017年3月17日 (金)

その日の梅達は・・・

 3月4日、3回目の「早春の草花展」(京都府立植物園)の後、園内の梅の木を見て回りました。北山門から入って直ぐに、梅の芳しい香りが、私の鼻をくすぐりました。

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梅林程の大きさでは無いのですが、色んな梅の木が固まっています。

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紅梅と白梅の木が近くに植えられているため、花だけ見ていると、「源平梅」(1本の梅の木に、紅梅と白梅とが咲いている)かと勘違いしました。

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純白の白梅は、気高さを感じます。

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それに対して、紅梅ははんなりした色気を感じます。

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紅白入り乱れて・・・。

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こちらも同様に・・・。

ここから歩いてすぐのところに「梅林」があります。

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こちらも良く咲いていて、多くの人達の姿も。

梅はこれからが本番なのでしょうか?
訪れるタイミングが難しいですね。














2017年3月16日 (木)

仙洞御所を参観しましたー4

 前回の続きです。
 「南池」の南部分に遣って来ました。

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「南池」の南部分を、北の方から見ています。右手が「一升石」を敷き詰めた「州浜」です。

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「南池」の小島の「葭島」(よしじま)です。小さな島ですが、それなりの雰囲気を感じます。

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見る位置を変えての「州浜」です。向こうに見えるのは、「八ツ橋」です。

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お庭の南端には、残っている建物の一つ、茶亭の「醒花亭」(せいかてい)です。「南池」が一望できる場所にあります。

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内部には、命名の根拠になった、李白の詩が額にして掲げられています。
右から2行目の上から2文字目の「醒花」の文字です。文字も中国明の時代の人の手によるものだそうです。

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「南池」の散策路の近くには、「柿本社」の祠がありました。有名な歌人の柿本人麻呂です。

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奥の林の場所には、「仙洞御所」があったそうです。
嘉永7年(1854)、の大火で、京都御所とともに焼失し、ちょうどその時に上皇がおられなかったので、再建されないままとなったそうです。

 最後の参観場所の茶室の「又新亭」(ゆうしんてい)です。

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素朴な門が素敵です。

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もともとここにあった茶室は焼失したため、明治17年(1884)に近衛家から献上されたものだそうです。

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大きな丸窓が印象的です。

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茶室を囲っている竹垣では、枝の根元を残して切られています。侵入防止のためだとか。

 戴いたパンフレットを見ますと、秋の紅葉が素晴らしい様なので、秋にもう一度参観させて戴きたいと思いました。


 






2017年3月15日 (水)

仙洞御所を参観しました-3

 前回の続きです。
 「北池」の東側から、「南池」に移りました。「南池」の形は、広口の西洋壷を立てた感じです。池の真ん中には「中島」があり、池を分断している感じです。

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「南池」の北半分の景色です。右手奥には、小さな滝があります。
向こう側の真ん中は、「紅葉山」です。

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左手の「紅葉山」に架かる橋は、「紅葉橋」です。命名が判り易くて良いですね。

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「南池」の真ん中に架かる橋で、「八ツ橋」です。石造りの橋で、上には藤棚が造られています。

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「南池」の北半分を、西から見た景色です。左手には「紅葉山」の一部が、右手奥には滝が見えます。

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その滝をアップして見ています。幅は80Cm、高さは180Cmの雄滝です。
小さな滝ですが、造りは凝っている様に見えました。

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「紅葉山」の全景です。紅葉時は、さぞ見事なことでしょう。

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「南池」の南部分の西側には、見事な「州浜」が広がっていました。
楕円形のやや平たい石が、11万1千個も敷き詰められています。
左手に少しだけ見えるのが「八ツ橋」です。

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「州浜」の石です。「一升石」と言うそうで、石1個につき米一升で運ばせたと言う伝承があるそうです。

 次回にも続きます。








2017年3月14日 (火)

早春の草花展 続報-2

 前回の続きです。
 京都府立植物園の第12回「早春の草花展」を拝見しています。
香りも前回来た時とは違って、そこここに漂っています。
正しく、花の香りに酔いそうです。

 キンポウゲ科が続きます。

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この日は快晴で、陽光が温室の中までも差しこんでいました。
花もお日様のようです。

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少し色調が違います。

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各色の代表が集まっています。

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清楚なスイセン エリッチャー 「ヒガンバナ科」 です。

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こちらも スイセン ですね。陽光に映えています。
ちょっと光が強すぎるようですが゛

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クリスマスローズ です。

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小さな樹ですが、サクラ 染井吉野 です。

もう少し続きます。
















2017年3月13日 (月)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(1)妻籠宿ー1

 今まで、「ある会」からと言うことで、幾つかの旅行記事をご紹介して来ましたが、今回で「ある会」からの旅は終わりとなりました。
 そんなことから、「ラスト・トラベル」と銘打ち、その旅の様子を、ご紹介します。
 今回も、バスによる1泊旅です。
 主な見所は、1日目は中山道の宿場町「妻籠宿」です。2日目はがらりと変わって、「愛・地球博記念公園」(2005年の万博会場)と、「トヨタ産業技術記念館」(トヨタグループの産業歴史館)の2か所です。移動は何時もの様に観光バスです。

 第1日目の「妻籠宿」(つまごじゅく)から、ご紹介します。ここは、私の大好きな「伝重建保存地区」の1つです。

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散策ルートのスタート地点に掲げられていた「伝重建保存地区」の説明板です。その場所は、観光バスの駐車場の近くにあり、路線バスやタクシーなどの乗車場でもあります。いわば「妻籠宿」のターミナル見たいなところでした。

 旧中山道までは少しばかり歩きました。

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緩やかな坂道を上がって行きます。その途中の景色です。
早くも鄙びた雰囲気を感じました。

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旧中山道に出て来ました。

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旧中山道の北の方を見ています。こちらの方には行きませんでした。

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看板の表示の通りであり、明治天皇妻籠御休止所でもあります。

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中には入らずに、道路からの様子ですが、建物は明治10年に建て替えられたものだそうです。国の重要文化財に指定されています。
島崎藤村(この地のゆかりの作家・詩人)の初恋の相手「ゆふ」さんの嫁ぎ先だとか。

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「妻籠宿ふれあい館」(無料休憩所)です。
これからもしばしば出て来ますが、屋根や軒先にご注目ください。雪深い田舎の民家の工夫がされています。

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こんな立派な「うだつ」も見られました。

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こちらは、「妻籠宿御本陣」です。こちらも外からの様子です。
ここには、島崎氏が任命され、明治に至るまで本陣、庄屋を兼ね務めたそうで、島崎藤村の母の生家だとか。藤村の次兄広助が養子に来ているそうです。平成7年4月に復元されました。

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屋根を見ると、多くの石が載っています。

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門の左手には、小さな小屋がありました。門番の居たのでしょうか。

 見物範囲の約3分の1位まで来たでしょうか。続きは次回に。












THE GIFT BOX ボックス 2016

 タイトルをご覧になってお判りのように、この作品展示販売会は、昨年末に京都文化博物館・別館で行われたものです。
サブタイトルは「アーティストが提案する特別なギフト」
 今回で第4回目となる作品展は、京都市立芸術大学キャリアデザインセンターが、京都市立芸術大学ゆかりのクリエーター及び演奏家による様々な”ギフト”を提案するイベントです。
 

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日本有数の近代建築物である京都府京都文化博物館を巨大なギフトボックスに見立て、クリエーター自身がブースに立ち、美術工芸品、雑貨品、アクセサリーなどの展示販売です。

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皆さん、よくご存じとみえて、多くの方が会場に来られていて、作品(商品)の品定めしておられました。

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↑の無添加味噌を試食の上、買わせて頂きましたが、柚子の香りが、ご飯は勿論、パンにもあって美味しく頂きました。

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会場には後輩と思われる人たちも訪れ、作品を眺めたりお喋りをしたりと花を添えておられました。

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深みの有る色合いが目に留まりました。

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皆さんは、芸術家で商売人ではありませんが、積極的な声掛けも無く、尋ねれば丁寧に説明してくれる と、静かに作品を拝見することが出来ました。
多くの方が買い求められたら良いのですが・・・

2017年3月12日 (日)

早春の草花展 続報-1

 京都府立植物園の春の恒例展示、第12回「早春の草花展」の続報です。
 開催の初日2月10日に1回目の拝見から、3回目になります。
 3月4日に行きました。

やはり大分華やいでいました。

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ストック キスミーチェリー 「アブラナ科」 です。

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同じく ストック キスミーサーモン 「アブラナ科」 です。

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セイヨウオダマキ 「キンポウゲ科」 です。

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ネモフィラ ペニーブラック 「ムラサキ科 」です。

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春の代表選手 ナノハナ です。

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カサバピルナス 「マメ科」 です。

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サルビア・アルゲンテア アルテミズ 「シソ科 」です。葉っぱが特徴的です。

キンポウゲ科が続きます。

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 まだまだ続きます。
















2017年3月11日 (土)

仙洞御所を参観しました-2

 前回の続きです。
 「仙洞御所」は、皇位を退かれた天皇(上皇とか院などと言われる)の御所です。江戸時代の後水尾上皇の御所として造られました。今はもう建物は無く、茶室のみで、広大なお庭が広がっています。それを拝見します。
 また、「大宮御所」は、皇太后の御所のことで、孝明天皇の女御の英照皇太后のために建てられたものです。
 総面積は、約9万1千平方mで、その内大宮御所が約1万6千平方m、仙洞御所が約7万5千平方m(82.4%)あります。

 では、「大宮御所」の「御車寄」前からスタートです。

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再び「大宮御所」の「御車寄」を、違った位置から、ご覧戴きます。

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「御常御殿」です。説明によりますと、外観は和様ですが、中は完全に洋式になっているとのことです。入洛された皇室の方は、ここでお過ごしになるとのことです。

 ここからは、「仙洞御所」のお庭を巡ります。
 先ず始めは「北池」です。

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「北池」は、東西に長い凡そ梯形をしています。この眺めは、梯形の左側の景色です。

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北池の真ん中から右側の景色です。

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真ん中部分をアップして見ています。

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見える石碑は、この辺りにあったと言う「紀貫之」の邸宅跡を示すものです。

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その近くの、御所造営以前からあった古い池「阿古瀬淵」(あこせがふち)です。

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小高い丘には、「鎮守社」がありました。
この辺りで、池の北側に来たことになります。

 次回に続きます。





2017年3月10日 (金)

仙洞御所を参観しました-1

 京都御所・仙洞御所・修学院離宮・桂離宮などの参観の手続きが、随分簡略化されました。京都迎賓館も同様です。
 私は、この中で未だ参観していなかったのが、「仙洞御所」(せんとうごしょ)でした。
 過日、最も手っ取り早い参観手続きで、参観して来ました。最も手っ取り早いとは、当日参観申込みして、当日参観することです。
 当日、午前11時に現地(正門前)に行き、手続きして整理券を戴き、午後1時30分から参観しました。但し、人数の制限があり、この日は35人限定でした。詳しくは、宮内庁京都事務所のホ-ムペ-ジをご覧願います。

 指定の20分前に、「正門」前に集合し、「参観者休所」内で、仙洞御所のビデオを見ました。予備知識を頭に入れてから、宮内庁京都事務所の方の案内・説明で、御所内を回りました。

 その前に、仙洞御所の外の様子を、ご紹介します。

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仙洞御所(以後、御所と言います)の西南角から見た様子です。

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西南角から北の方向を見ています。即ち、御所の西面を見ています。

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御所の「表門」です。ここから入ると、今はもう無き御所の住居跡には最短です。

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こちらは「正門」です。参観者の出入り口です。
天皇陛下など皇室の方が京都にお出での時に、お泊りになる「大宮御所」へは、多分この門から入られると思います。

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「正門」前から、さらに北を見た様子です。

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御所の東側の様子です。

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「正門」前には、こんな古木が見られました。「スダジイ」の様です。

 いよいよ「正門」(大宮御所の正門でもあります)から中へ。

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「大宮御所」の「御車寄」です。

 次回からは、御所内の参観の様子を、ご紹介します。















2017年3月 9日 (木)

市電と昭和の京都の生活 その2

 前回のその1の続きです。
 これらの写真は昭和60年ごろから撮影されたメンバーの内、3人から提供された写真と、市交通局が出版した「さよなら京都市電」の約2千枚の写真の中から選ばれたものです。
 写真に対するコメントは書いていませんが、皆さん、其々に懐かしさを感じて戴ければ、又、昭和の世の中が今よりもゆったりしていたことを感じて戴ければ嬉しいです。

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如何でしたか?
会場では全く見ず知らずの方達が集まって、市電談義に花を咲かせておられました。
 尚、京都の鉄道・バスに関する約1900点の写真を検索・閲覧することが出来ます。
京都の鉄道・バス 写真データーベース  
立命館大学アート・リサーチセンターホームページ「公開データーベース」を検索してください。

2017年3月 8日 (水)

市電と昭和の京都の生活 その1

 京都市電(きょうとしでん)は、京都市交通局が運営していた市電(路面電車)です。
 1895年に京都電気鉄道によって日本最初の一般営業用電気鉄道として開業され、 1912年の市営路線開設、1918年の全面市営化を経た後、1978年9月30日限りで全廃 されました。
 先日、”ひと まち 交流館京都”で行われた、写真展「古写真からみた昭和の生活~市電の音が聞こえる風景」では、60年代前を中心とした約60点の市電にまつわる写真が展示されました。

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多くの写真から選ばせて頂きましたが、私にとっては、車両より走っている場所・風景により懐かしさを覚えました。




2017年3月 7日 (火)

近江八幡節句人形めぐりへ(5)旧伴家住宅雛人形他

昨日 の続きです。
 「旧伴家住宅」(現・八幡教育会館)内に飾られている「雛人形」たちを見て回っています。兎に角広いところですので、まさに見て回っている感じです。
 今回は、「大広間」以外に飾られた「雛人形」をご紹介します。
 ここには、「御殿雛」が多くありました。

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「御殿雛飾り」 大正時代のものだそうです。普通の感じのものです。

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上に比べると、屋根が誇張されています。時代は不詳とのことです。

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こちらも時代不詳ですが、屋根の誇張は上と同じです。

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こちらも見事です。時代の表示はありませんでした。比較的新しいものの様に感じました。

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「一文雛御殿飾り」と言い、江戸辞退後期のものとか。一文とは小さいと言うことでしょうか。

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「古今雛」で、大正時代のものです。

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こちらにも、ずらりと雛人形が飾られていました。

「雛人形」の他に、江戸時代の「朝鮮通信使」に関する展示などもありました。
近くには「朝鮮人街道」なる古道も通っています。

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1階には、「左義長まつり」の飾り(最後には燃やされるそうです)が、置かれていました。材料は、食材(かんぴょう・イカ・寒天・焼き海苔・丁字麩・コーンなど)が使われているとか。

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その近くには、この建物の「大黒柱」が通っていました。

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その「大黒柱」が支える「旧伴家住宅」を、近くのバス停から見ています。左手先が玄関になります。

「旧伴家住宅」は、市指定の文化財になっています。
江戸時代初期の豪商「伴庄右衛門」が、本家として建てたものです。屋号は「扇屋」と言い、畳表・蚊帳・扇子・麻織物を主力に、大阪・京都・江戸に店を持ち、為替業務や大名貸しもしていたそうです。
今の建物は、7代目が建てたものだそうですが、江戸末期に急速に家運が衰え明治期には商家をたたみ、現在では子孫も絶えているそうです。

明治以降は、役場になったり、学校になったり、図書館になったりしています。
平成24年からは、公益財団法人 八幡教育会館となっています。

















2017年3月 6日 (月)

近江八幡節句人形めぐりへ(4)旧伴家住宅雛人形

 前回の続きです。
 午後は、「旧伴家住宅」(現在は八幡教育会館になっています)の雛人形を拝見しました。教育会館になっている位ですから、建物も大変大きいです。

 先ず、2階の大広間に飾られている「雛人形」群を、ご覧戴きましょう。

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部屋に入って先ず目にしたのは、こんな光景でした。
雛段飾りが所狭しと並んでいます。

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正面(手前)から入口の方(右手)を見たところです。

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正面に飾られた雛人形たちです。

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部屋に入った直ぐに飾られていた、一際目立った雛人形です。やや伏し目なお二人です。

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上を見上げると、頑丈な建物の造りが判ります。

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この部屋に飾られているのは、殆どが「段飾り」でした。

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こちらの「段飾り」も、立派なものでした。

 以上が「大広間」での様子ですが、次回はその他の部屋に飾られていた「雛人形」たちなどを、ご紹介します。

2017年3月 5日 (日)

鉢植えの可憐な冬牡丹 その2

前回の続きです。
 会場では、丹精を込めて育て、今回の展示会に出展された方々が来られていて、
苦労話や育て方のコツなどを話し合っておられました。


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敢て、人の姿が少ない所を選んで撮っていますが、花の少ない今の季節、多くの方が華やかで可憐な牡丹の花を心ゆくまで愛でておられました。勿論、カメラを向けている人たちの姿も多く見られました。

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          「春光寿 (しゅんこうじゅ)」

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                「花 の 里 」

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                   「島      錦」

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                 「不 夜 城」


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               「連 鶴 (れんかく)」

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             「墨 流し (すみながし)」

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                   「島 の 華」

牡丹の名前を撮っていて、「名は体を表す」とは上手く言っていると感心しました。

2017年3月 4日 (土)

近江八幡節句人形めぐりへ(3)町並みと食事

 前回の続きです。
 「旧西川家住宅」での雛飾りと内部を拝見した後、近くでお昼を戴き、その後町並みを少し歩きました。
 先に、町並みからご紹介します。ここは、「新町通り」を中心に、「伝重建指定地域」ですが、殆どそのことには触れられていない様に感じました。

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最も雰囲気がある「新町通り」を、ほぼ北の方から見ています。
この通りに、「旧西川家住宅」や、後日にご紹介する「旧伴家住宅」などがあります。

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旧西川家住宅の真向いにある「旧西川庄六家住宅」です。

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もう少し近寄って見ました。

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その向い側にある「旧森五郎兵衛家住宅」です。上の住宅共に非公開でした。

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ドラマなどにも良く登場する「八幡堀」です。

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八幡堀に架かる橋の手前にある「白雲館」です。
明治10年(1877)に、西洋風建築物の1つとして建てられた八幡東学校を復元したものだそうです。現在は、観光案内所等になっています。

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「白雲館」の前の通りを進むと、「日牟禮八幡宮」(ひむれはちまんぐう)の前に来ます。振り仰ぐ大きな楼門です。

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楼門をくぐり境内に入りました。千年以上の歴史のあるこの神社は、昔から近江商人の絶大な信仰を集めて来ました。「左義長まつり」(3月)や「八幡まつり」(4月)が有名です。

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拝殿前です。

八幡堀の近くにある「やまとく」さんで、お昼を戴くことにしました。
郷土料理や川魚料理などの他、お土産も売っているお店でした。

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如何にも郷土料理のお店の構えでした。

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「松花堂弁当」をお頼みしました。初めてなので、幾つかお値段がある中、真ん中より一つ上のものを選びました。お魚は鯉では無く「鮒(ふな)」でした。
鮒の卵がまぶしてあって、美味しくて独特の食感がありました。

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これも「鮒」でした。煮たゴボウが添えてあります。
甘辛く煮てあって、美味しかったです。大きな骨を除いて綺麗に戴きました。

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他にも小鉢ものが2点あり、最後にこの「蛤のお吸い物」とお漬物で、御飯を戴きました。
「鮒」のお料理と言う日頃食べないものを含め、美味しいものをお腹一杯戴き、大満足のお昼でした。

この後は、市立資料館の郷土資料館と歴史民俗資料館を拝見し、多くの雛人形が飾られていると言う「八幡教育会館・旧伴氏住宅」に行きました。

2017年3月 3日 (金)

鉢植えの可憐な冬牡丹 その1

 京都府立植物園の会館展示室で展示されていた、愛好家の方々が心をこめて育てられた鉢植えの冬牡丹を拝見しました。

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会館事務所の前には、菰で寒さ避けをした牡丹です。
愛好家の方の作品だと思いますが、記すのを忘れていました。


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           冬牡丹 「明日香」 の札が差してありました。

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             「希世紅(きせいこう)」

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                 「写    楽」
    

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              「黄冠(おうかん)」

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          「新国色 (しんこくしょく)」   

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               「貴 婦 人」

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              「 島  錦 」

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やはりカメラマンの姿が多く見られました。
私もその中の一人ですが・・・・

2017年3月 2日 (木)

近江八幡節句人形めぐりへ(2)旧西川家住宅

 前回に続いて、雛人形が飾られていた「旧西川家住宅」の内部の様子を、ご紹介します。

 ここは、「大文字屋」・西川利右衛門家住宅で、江戸時代初めの宝永3年(1706)に建てられた京風の建物です。11代当主の没後、当家を管理していた西川庄六家によって市に寄付され、昭和58年に重要文化財に指定されました。
 当時の商売は、蚊帳や畳表などを主に扱って財を成したそうです。

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新町通りに面した表側を、前回とは反対の位置から見ています。
表戸類は、どれも上に跳ね上げたりして、開放的になる様です。

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表戸から入ると(見学時には入れませんが)、帳場があります。真ん中奥には商品の1つ「蚊帳」が吊り下げられていました。右手上にある箱2つは、「千両箱」だそうです。随分イメ-ジが違います。

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奥座敷部分です。

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奥座敷です。

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居間とか台所などの部屋が並んでいます。
2階建てで、全部屋数は 20余あるとか。

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勝手口から入ったところの上を見上げています。
市の寄付されてから、昭和60年に33ケ月掛けて、復原修理がなされたそうです。


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広いお庭もありました。

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勝手口から入った奥には、こんな蔵もありました。
天和年間(1681~1683)に建てられたもので、内部は3階になっていて、珍しいものだそうです。

 この後は、近くでお昼を戴き、次の展示場へ行きました。











2017年3月 1日 (水)

近江八幡節句人形めぐりへ(1)旧西川家雛人形

 滋賀県近江八幡市で催されている、「2017・第12回町なみに装う ひいなのほほえみ」に行って来ました。展示会場は全部で32か所もありますが、その中で集中して展示されている2か所、旧西川家住宅と旧伴家住宅(八幡教育会館)で、沢山の雛人形を拝見しました。どちらも、伝重建地域(かつての近江商人の町)の中にあり、その中心の新町通りにあります。旧住宅の内部の様子(次回に)と合わせて、ご紹介します。
 雛人形の展示は、旧西川家住宅の1階の各座敷で行われていました。

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新町通りに面した「旧西川家住宅」です。昔 商売をされていた時は、左手の真ん中の大戸は全体を吊り上げ、左右の戸は開かれていた様です。右手は勝手口の様です。

 では、勝手口から中に入って、雛人形を拝見しましょう。

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入ったところは、台所の様です。早くも雛人形とご対面です。

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「享保雛」江戸時代末期とのことです。
お内裏様は、全て向かって右に飾られていました。関西風でした。

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「古今雛」江戸時代末期のものです。

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「段飾り雛」江戸時代末期のものです。

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皆丸顔の可愛い顔の雛人形たちです。

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「古今雛」江戸時代末期のものです。

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居間に飾られていた「段飾り雛」です。

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昭和時代の「段飾り雛」です。

 次回は、内部の様子などをご紹介します。











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