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2017年2月

2017年2月28日 (火)

第12回早春の草花展 その5

 前回 出かけてから久しぶりに草花展の様子を見に行きました。
一番の目的は、春の花の代表とも言える”チューリップ”でした。
ラッキーでした。予想通り?前回よりずっと多くの花が「咲きかけ」・「咲いて」いました。


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チューリップを眺めていると、花同士がお喋りしているように、こちらに話しかけてくれているように思えます。

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チューリップの花色も姿も変わりましたね。

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↑も↓も後ろから、日が当たって透けて見える花も有りますが、久しぶりの日差しは嬉しいでしょうね。

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気のせいか、どのチューリップも元気溌剌に見えました。
 ボランティアでお世話されている方が、「3月20日までやっています。本格的な春の訪れと共に花の種類や花数が増えます。是非、もう一度お出でください。」との事でした。

2017年2月27日 (月)

テーマ「京都の水」(20)琵琶湖疏水と庭園

 琵琶湖疏水の水の利用に、「庭園」への引き込みが挙げられます。
 その代表的な例として、次の3か所を、ご紹介します。
  (1)円山公園  (2)無鄰菴  (3)天授庵

(1)円山公園

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公園の最も手前の「瓢箪池」の景色です。水源は、この奥の方にあります。
この公園は、明治19(1886)年に、7代目小川治兵衛(植治)がデザインし、造られたものです。東山を背景に取り込み、野山に小川が流れると言う、身近な里山の風景が彼のモチーフです。

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石橋の上から見た、池の様子です。

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この日は何故か水が流れていませんでしたが、何時もは水が流れていて、小川の景色を見せています

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途中には、面白いデザインの石橋があります。長い石を多数並べた形です。

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漸く水の出口に辿り着きました。水が流れ出て無くて本当に残念でした。

(2)無鄰菴

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無鄰菴の全景です。ここは、明治28年に明治の元勲の1人・山県有朋が別荘として造ったものです。ここも7代目小川治兵衛が、そのモチーフにより作庭したものです。水源は、森の奥にあります。
丁度、庭師の方が2人、手入れをされていました。

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庭の中程には、この様な浅い池状が見られます。

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水源は、何段かの滝になっています。

(3)天授庵

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池がある南庭に行くのには、ここのお庭を通って行きます。
ここは本堂前の東のお庭です。

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こちらは、2つの池が繋がっています。この池は手前側の方です。
水源は、こちらの方に造られています。中央やや左寄り奥です。

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細い滝状になって、流れ込んでいます。何時も滝が落ちる音が聞こえて来ます。

以上、疏水の水を利用した3つの庭園をご紹介しましたが、疏水の水はこの他に、京都国立博物館・市立動物園などや東山山麓の広大な別荘の庭園にも引水されています。

 最後の最近の耳よりなお話を。
 10月12日付けの京都新聞朝刊に掲載されていたことです。
 半世紀前、京都市伏見区深草小学校で歌われていた「琵琶湖疏水のうた(仮題)があったそうです。その歌詞を市民団体の方が探しておられるとか。
 今の所、正しい曲名が判らないそうです。メロディーは復活されたようです。
 では、今判った部分の歌詞を、ご紹介します。

 大津三井寺トンネル抜けて 花の四宮緑もゆれる
 ヨイトマケ ヨイトマケ ヨイノヨイノヨイ
 そうどすえ ほら琵琶湖疏水は エンヤーエンヤー京の□ □(不明)

 稲荷山々真っ赤な鳥居 今日も夕日に映えて鮮やか (繰り返し)
 
 伏見深草うずらの里は 青き水田に紫のおび (繰り返し)

 市民団体事務局では、さらなる情報提供を待っておられるそうです。

 「琵琶湖疏水」関連は、一旦ここまでとさせて戴きます。






2017年2月26日 (日)

京都・天龍寺塔頭の梅

 久し振りに、嵯峨野・嵐山のMYコースを歩きました。
 通しで歩くには、未だ体力に不安があって、広沢池から大覚寺までは、2月18日(20日にアップ)に歩きましたが、残りの大覚寺から嵐山までを、2月24日に歩きました。大覚寺~鳥居本入口~二尊院~常寂光寺~小倉池~竹林の道~野々宮神社までは、殆ど春の気配は無かったのですが(観光客は多かったですが)、天龍寺に至って漸く境内の北側に並ぶ塔頭で早春に出合えました。弘源寺・慈済院・松厳寺など3つの塔頭の境内や築地塀沿いに、何本かの梅が、その花を咲かせ始めていました。

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天龍寺の総門から入って直ぐにある塔頭「弘源寺」の築地塀越し見る白梅ですが、小さくて写真では何なのか解りません。

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山門の近くで見た白梅ですが、光の当たり具合が悪いですね。

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ここからは、築地塀の外に植えられた梅が続きます。

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どの梅の木も、比較的若いようです。

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土塀を優しく彩る白梅です。

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この梅の木は、やや古木の感じでした。しかし花の勢いは負けてはいません。

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可憐な白梅に癒されます。

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3つの塔頭の隣には、紅梅もありました。

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         ピンクの紅梅も優しくて、可愛いです。

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その正面には、大きな庫裏の建物があります。
大方丈や曹源池などは、左手にあります。

 嵯峨野や嵐山の春は、もう少し先の様ですが、外国の人達を含めて、観光客はもう春たけなわの感じでした。

























2017年2月25日 (土)

奈良・橿原神宮等に参拝する

 奈良県橿原市八木町の古道や古民家等を見た後は、少し足を伸ばして、「橿原神宮」や「神武天皇陵」に参拝しました。
 近鉄電車大和八木駅から3つ目が、橿原神宮前駅終点です。吉野はここで乗り換えて、吉野行きに乗ります。

 先ず、橿原神宮にお参りしました。

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橿原神宮の一の鳥居です。

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やがて神橋があり、その先には二の鳥居が見えて来ました。

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突き当りの右には、南神門が見えました。

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神門をくぐると、左手に大きな拝殿があります。
お参りを済ませて、回廊で開かれていた「神武天皇東征の図」を拝見。

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回廊から、本殿の様子を拝見しましたが、3つの建物が見えました。

この後、北神門から出て、御陵に向かいました。
歩いて約20分程と聞きました。

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「神武天皇畝傍山東北陵」と、石柱には刻まれています。

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御陵の全体の様子です。
畝傍山は、後方にありますが、畝傍山から見れば、東北にこの御陵があることになります。
他の人の姿は無く、静寂そのものです。

帰りは、近鉄の「畝傍御陵前」駅から乗りました。


2017年2月24日 (金)

京都・洛西・松尾から南へ歩く(2)社寺紹介-2

 前回では、松尾大社と月読神社をご紹介しましたが、その続きです。

(3)延朗堂(えんろうどう)

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「延朗上人」とは、平安後期から鎌倉初期の僧で、八幡太郎義家の4世の孫との伝承があるとか。

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この地は、旧丹波街道が通っていたので、常に戦乱に巻き込まれていたとのこと。

(4)地蔵院(竹の寺)

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有料のため、山門前まで。それでも十分雰囲気は感じました。
「衣笠山」と号する臨済禅宗のお寺です。細川家ゆかりのお寺です。
一休さんが幼少の頃、ここで修養されたとも。

(5)葉室の里(葉室家墓地)

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藤原北家を祖とする貴族の名家の血を引く家系。

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その子孫は現存されています。旧華族では、伯爵家でした。
墓碑の1つを見ると、「従二位藤原朝臣長順卿之墓」とありました。

(6)葉室山浄住寺(葉室家菩提寺)

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本堂です。開山は、慈覚大師円仁(天台宗)です。後に炎上し、再興されて、黄檗宗(禅宗)となりました。

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本堂に掲げられている扁額「祝国」ですが、どう言う謂れがあるのか、気になりました。ご本堂の中は、禅宗のお寺らしい雰囲気でした。
ご本尊は、釈迦牟尼佛坐像とのことです。
境内は、自然が多く、京都市指定環境保全地区となっています。

(7)山口家住宅

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新しく屋根が葺き直された「長屋門」です。重厚な感じがします。
元禄時代のもので、国の登録有形文化財です。
山口家は、葉室家の執事の家柄だそうです。

(8)葉室御霊神社

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この地一帯は、平安時代には葉室家の荘園した。
従って、約千年以前から、この地の鎮守として祀られて来たそうです。
真ん中には、「山田寺」の文字が見えますが、昔から「神仏習合」だつたそうです。なお、この地は「山田」と言います。

 ここで解散となり、私は阪急電車・嵐山線の「上桂駅」に向かいました。
















2017年2月23日 (木)

京都・洛西・松尾から南へ歩く(2)社寺紹介-1

 前回 では、未だ美しさが見られた紅葉の様子を、先にご紹介しましたが、今回は歩いた各社寺について、ご紹介したいと思います。今回の「歴史探訪」は、ガイド戴いた方の想いで、不思議なものや変わったものを中心に、教えて戴きました。

(1)松尾大社

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社殿では無く、いきなり植物が出て来ましたが、「カギカツラ」です。アカネ科の蔓性木本で、この地が分布の北限と考えられていて、植物地理上極めて貴重なものだそうです。
京都市指定の天然記念物です。葉っぱのわきに、釣り針状の「カギ」が付いています。この「カギ」を他の木に引っ掛けて上の方に伸びるのが特徴です。
本殿裏に茂っており、野性しています。代表的な南方系の植物です。

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その横にあるのが、この枯れた「相生の松」です。樹齢350年を保ったいましたが、昭和31~32年に天寿を全うしたそうです。雌雄根が同じで、夫婦和合・恋愛成就の象徴として、厚く信仰されているそうです。

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元気だった頃の「相生の松」の様子です。拝殿の直ぐ傍に生えていました。

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「亀」は、松尾さんの神使いです。その向こうに「鯉」がいます。
伝承では、松尾の神が丹波地方に出掛けられた時、川を遡る時に緩やかな流れでは「亀」に乗り、急流では「鯉」に乗ったとか。
「亀の井」は、良く知られています。

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松尾さんは、醸造祖神でもあります。全国の醸造家からの信仰を集めています。そして、多くの酒樽が奉納されています。 

(2)月読神社

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「月読神社」(つきよみ・じんじゃ)の正面です。
ここは、松尾大社の摂社であり、式内社でもあります。
約1500年前に鎮座された古社です。

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本殿で、ご祭神は「月読尊」です。

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「解穢の水」(かいわいのみず)と言われる、お山からの霊水です。

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願掛けの「陰陽石」です。石に触れつつ願いを込めれば、願いが叶うと言われています。

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「月延石」(つきのべいし)です。安産石で、妊婦の守り神とされています。
石を撫でつつ、子授けと安産を祈ります。

古いお社だけに、色んなご利益を、昔から多くの人々から祈り、崇敬されていたことが判りました。

この続きは、次回にて。

 

2017年2月22日 (水)

「共生の芸術祭 ストップ・ウォッチ」を拝見しました(その1)

毎年、京都府主催で開催されている「共生の芸術祭」今回のサブタイトル「 ストップ・ウォッチ」が、2016/12/13から18 まで、京都文化博物館で開催されました。

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~つくる時間、みる時間、待つ時間、ひとりの時間、だれかと過ごす時間、まだ見ぬ時間。それぞれの時間と一緒に、とまってみる。~

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何れの作品も明るく自由で、拝見していて楽しく作家さんの心が分かるような
そんな気がしました。

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素晴らしい作品が多くて、もうしばらくお付き合いください。


 今回は表現にまつわる「時間軸」をテーマに作品を展示しています。
同じときを生きているにも関わらず、その認識は一人ひとりで異なります。短い時間の中でめまぐるしく変化する人もいれば、
何十年もの長い時間を経ても全く変わらないように思える人もいます。
普段過ごしている時間の感覚を離れ、それぞれの時間軸に身を委ねながら、速度や密度、重さ、意味など、異なる時間の世界を想像してみてください。
   (紹介文をそのまま掲載。)

2017年2月21日 (火)

植物園で見つけた、「春の息吹」

 京都府立植物園で見つけた、春を告げる春の息吹を感じさせる「節分草」「フキノトウ」そして「フクジュソウ」です。
 まずは、節分草です。


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ご存知のようにこの花はとても小さく、ピントが合っていませんが・・

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白い花弁にブルーと黄緑のシベが鮮やかです。

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枯葉や枯れ枝の中から、ニョッキリと逞しく顔を覗かせている春色のフキノトウです。

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 「水が豊富で、風当りがきつくない土地を好む多年草。
雌雄異株。葉柄はフキ、花芽はフキノトウと呼ばれ、山菜として食用にする。
花芽は、春を告げる山菜。」
 幼い頃、亡父が味噌と砂糖で時間をかけて煮詰めてくれた懐かしい味です。


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そして、早春の草花展でもご紹介した、虫たちを誘う「春の妖精」と呼ばれている「フクジュソウ」
 黄色のおわん状の花は、春先の日の少ない光を中央部に集めて花の中を暖めることで、媒介するハナアブ類を誘い活動を活発にする役割が有るとのことです。


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早春に花を咲かせ、夏ごろまで地上部に葉を見せているが、その後は次の春まで地下の根だけで過ごすとの事です。
 植物園の生態園を歩いていて、この「黄色」をみつけると、暖かさと元気を貰えるような気がします。(撮影 2月16日) 

2017年2月20日 (月)

早春の北嵯峨風景

  久し振りに、北嵯峨を歩きました(2月18日)。
 何時もの様に、先ず「広沢池」の畔に立ちました。
 昨年末の「鯉揚げ」後の池の水は、未だ満タンには至っていませんでした。

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池の東南隅から、北西方向を見ています。画面左下が、池の岸です。
遠くの山は、お馴染みの「愛宕山」です。

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池の真ん中辺に来ました。ここからも池の水が満タンで無いことが判ります。
嵯峨富士の「遍照寺山」は、静かにその姿を池面に映しています。

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目を少し西に移して見ています。池に流れ込む水の流れの様子が、良く判ります。毎年この時期に見られる景色です。
池に突き出た小島には、石造りの仏様の姿が、小さく拝めます。小島に架かる石橋の右手におわします。

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池の畔から眺めた「愛宕山」には、残雪が見られました。

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北嵯峨田園地帯は、未だ冬の佇まいでした。東南方向を見ています。

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「後宇多天皇陵」近くの林の中に、1本の小さな梅の木を見付けました。

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北嵯峨の集落のお宅の塀越しには、薄いピンク色の梅が美しくその花を咲かせていました。

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北嵯峨にも、早春の息吹が感じられました。
その後、「大覚寺」前まで歩きました。




2017年2月19日 (日)

早春の草花展の後で

京都府立植物園で催されている「第12回 早春の草花展」を拝見した後、園内を散策しました。寒い日だつたので、人影もまばらでしたが、園内でも早春の息吹きを感じました。

 先ず「梅林」で、足を止めました。

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「白梅」が一杯の花を咲かせていました。

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白梅には、清らかさを感じます。

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寒い中ですが、私達に元気を与えてくれます。

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「ローバイ」も、水滴を付けながらも、しっかりと咲いています。

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芳しい香りを漂わせて咲いていました。

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「紅梅」も、負けじとばかりに、花を咲かせ始めていました。

 北山門に向かう途中で、「スノ-ドロップ」の花を見付けました。

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「立春」を過ぎましたが、未だ「春」とは名のみですが、草木はそれぞれの春を始めている様に思いました。











2017年2月18日 (土)

第12回早春の草花展-4

 前回の続きです。
京都府立植物園の皆様のご努力を、心から感じつつ、最終エリアに近付いて来ました。今年の厳しい気候の中、計り知れないご苦労もあったことでしょう。

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これも「クリスマスロ-ズ」ですね。

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故郷の風景ですね。水田には、稲が植えられていました。

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故郷の「辛夷」(こぶし)の花も開きました。

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雪ならぬ枯れ葉の中から、「フクジュソウ」も・・・

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何時も元気一杯の「チュ-リップ」は、未だこんな様子でした。

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小さな花達が、頑張っています。

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会場内の風景の1コマです。最終エリアの一部です。奥に見えるのは、水車小屋などの一部です。

 今回の初日の様子は以上です。今後花の様子など、見て行きたいと思っています。

2017年2月17日 (金)

奈良県・八木町を歩く(2)下ツ道

 前回の続きです。
今回は、「旧伊勢街道」と直交する「下ツ道」を、北の方から歩きました。
 古代、藤原京と平城京とを結ぶ道は、上ツ道・中ツ道・下ツ道の3本が通っていたそうです。

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下ツ道の北のエリア(東側)の家並みです。立派な古民家が並んでいます。

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そんな中の1つ、「河合家」住宅です。
天保13(1842)年、8代目の河合庄九郎の頃に「絞り油屋」を営んでおり、建物自体があったと推測されているそうです。平成21年に登録有形文化財に。

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その隣にある「河合源七郎家」住宅です。初代河合源七郎によって、明治20年代後半に町屋として主屋を建築、さらに大正時代に離れや茶室が増築されたとか。平成21年に、登録有形文化財に。

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その近くに建つ、「芭蕉句碑」です。

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傍に建つ説明板。

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下ツ道に面した「東の平田家」住宅です。こちらの方が、大きな旅籠の雰囲気が感じられます。

「横大路」(伊勢街道または初瀬街道)を跨いで、下ツ道を南に進みます。

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「谷 三山家」住宅です。幕末の儒者・谷 三山の生家です。
幼い頃に聴力を失いながらも、私塾「興譲館」を開き、多くの門下生を排出しました。吉田松陰等の諸国の名士が来訪したそうです。

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この辺りの町屋の雰囲気です。

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「福島家」住宅です。高取藩の下屋敷として、参勤交代の起点となった家で、御殿部屋が残っているそうです。享保10(1725)年の棟札があるとか。

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軒の様子です。障子が嵌められているのが珍しいです。

この辺りには、他にも古民家が多く見られました。

この後は、折角ここまで来たので、少し足を伸ばして、「橿原神宮」や「神武天皇陵」に行きました。










2017年2月16日 (木)

奈良県・八木町を歩く (1)伊勢街道

 重要伝統的建造物保存地区の奈良県橿原市の「今井町」には、時々行っていますが、その近くにある「八木町」には、その存在を知りながら、中々行けずにいたのですが、漸く行くことが出来ました。やっぱり行ってみて良かったと思いました。昔の交通の要衝らしい佇まいで、今井町とはまた違った雰囲気でした。

 近鉄大和八木駅で下車し、東の方向に進みます。やがて道路沿いに、立派な案内板があり、目的の場所を確認してから、「横大路」(旧伊勢街道)に入ります。

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ここが「横大路」(旧伊勢街道または初瀬街道)です。手前が大坂方向、向こう側が初瀬・伊勢方向です。

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その右手には、「接待場」があったとのこと。

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そこに立っている説明板の一部です。

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さらに、伊勢方向に進みます。

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やがて、「札の辻」に来ました。縦が伊勢街道(または初瀬街道)、横が「下ツ道」(中街道)です。下ツ道とは、奈良盆地を南北に縦走する古道で、藤原京と平城京とを結んでいました。
見えている建物は、旧旅籠の「東の平田家」です。現在は、「八木札の辻交流館」となっています。

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旧旅籠の「平田家」の内部(1階)です。土間から帳場や奥の座敷を見ています。

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同じく1階を、違った方向を見ています。くちの間や次の間などが見えます。

「平田家」の向いにも、旧旅籠の「西の平田家」があります。

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左手が伊勢街道、右手が下ツ道で、その角地に建っています。

次回は、「下ツ道」沿いの家々を見て回ります。











2017年2月15日 (水)

第12回早春の草花展-3

 前回の続きです。
外には積雪が残り、時にはみぞれが混じる中、京都府立植物園の特設会場内で、早春のいぶきを全身で感じつつ、早春の草花を鑑賞しています。

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花の白さと葉っぱの緑に、爽やかさを感じました。

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花の形の珍しさに惹かれました。

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色んな色の「クリスマスローズ」に出合いました。

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「シクラメン」とありましたが・・・

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再び「クリスマスローズ」を。

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この植物園さんは、「クリスマスロ-ズ」がお得意の品種かと思う程、園内のあちこちで見られます。

 後、もう1回続きます。




2017年2月14日 (火)

第12回早春の草花展-2

前回-1の続きです。 
 色んな早春の草花が展示されている、京都府立植物園の特設会場内を、ゆっくりと歩いています。ほぼ半分近くに来ました。


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上品で清楚な感じが好きです。

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 意識して、紫系統を集めてみましたが、こちらは、ブルーですね?

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生き生きとして、青春を謳歌しているように見えます。

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整然と植え込まれています。
園の方の工夫と拘りも感じました。

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 室内を花を愛でながら散策していて、昨年に比べて、見ごろの花が少ないように思いました。
その筆頭はチューリップではないでしょうか。
毎年パッと華やかで愛らしいチューリップが目に飛び込んできますが、今年は・・・
園の方にお聞きすると、「やはり寒さが厳しく今の所は殆どが蕾です。」との事でした。

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 それでもこの日に合わせて、これだけの花を育てられた園の方に、心から感謝です。

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 こちらも早春の花の代表格ですね。
心なしか、嬉しそうに見えます。

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 入口近く、はじめの方のエリアの全体の様子です。
展示にも、それぞれ工夫をしておられる様子が良く判ります。
 あともう1回で、今回の草花展は終わりますが、会場外の様子もご紹介します。
唯、担当の方も言われていましたが、数日後にもう一度訪れたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月13日 (月)

第12回早春の草花展-1

 今年も、京都府立植物園の「早春の草花展」が始まりました。今年で12回目となります。2月10日の初日に行って来ました。これからも、花の咲き具合を見ながら、何回か行こうとか思っています。10日は、みぞれや雨や小雪だったりと、そして大変寒い日でしたが、私達と同じく熱心なファンの方が来られていました。

 今年は、9つのエリアをそれぞれの専門職の方達が、分担して展示されているとのことでした。展示されている植物は、約200品種 1万株だそうです。

 特設会場は、園内のほぼ真ん中にある大芝生地の北側にあります。入口は、会場の東側です。

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入口を入って正面には、こんな看板が掛っていました。

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今回の記事は、出来るだけ春らしく、華やかなのを選んでみました。

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早春の花の代表選手の1つでしょうか。

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葉っぱの色の濃さに惹かれました。

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華やかさの競演でしょうか。

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こちらも控え目に、アピールしています。

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こちらは単独で、堂々と自己主張です。

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エリア③から④の全体の様子です。

 まだまだ続きます。

2017年2月12日 (日)

テーマ「京都の水」(19)琵琶湖疏水分線-8

 前回の続きです
長々と続けて来ました「琵琶湖疏水」に関するシリーズも、今回で終わりにしたいと思っています。今回少し長めになりますが、宜しくお願い致します。
 松ケ崎浄水場前から始まった「第2分線」は、「下鴨本通」を越えて西南方向に流れています。

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「下鴨本通」の下を通って、「洛北橋」の下に出た「第2疏水分線」は西南方向に流れて行きます。

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「梅ノ木橋」から前方を見ています。その先は、再び道路の下を通っている様です。

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「北大路通」に出ました。この地点は、「下鴨中通」(右方向に延びている)との交点になります。疏水分線は、走っている車の向こうの並木に、地下を通って流れている感じです。流れがあるかどうかは判りません。

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↑の並木の通りです。右側は、「北大路通」です。

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その道の突き当りです。向こうに見えるのは、「賀茂川」の堤防です。
「第2分線」の終点となりますが、流れを見ることは出来ません。

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「賀茂川」です。実は疏水分線は、昔はこの川を越えて対岸にまで通っていたのです。どんな方法だったかはわかりませんが・・・。

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それが、現在の「紫明通」になります。ここは、「加茂街道紫明」と言う場所です。手前が、加茂街道(葵祭の行列が通る道です)。向こう(車が2台並んでいるところ)が、「紫明通」です。
昔は、この辺り田んぼがあって、その潅漑用水として、疏水が利用されていました。疏水工事の1つの目的でもあったのです。第二次世界大戦後に、道路に改修されました。

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「紫明通」の中央分離帯に公園が造られていて、この様に水が流されています。この一帯は、「紫明せせらぎ第一公園」です。

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昔の疏水の流れを感じさせる造りになっています。

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「烏丸通」を越えて、ここは「紫明せせらぎ第二公園」です。

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こんな看板がありました。

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疏水分線は、最後は「堀川」に流れ込んでいたそうです。今は、この辺りでは川の流れは見られません。この場所は、「堀川紫明」と言う地点です。手前が堀川通、向こうが紫明通の入口になります。遠くの山は「比叡山」です。

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見る位置を変えて、「紫明通」の入口を見ています。右手に行くと、堀川通になります。向こうに見える山並みは、東山連峰です。

 次回は、琵琶湖疏水の水を、庭園に引き込んで使用されている例を、幾つかご紹介したいと思います。

 






















2017年2月11日 (土)

京町家でお食事を戴きました 2軒

 京都市内では、古い町家がどんどんと潰されていると聞きます。
 そんな中で、町家を上手く改造し、食事を提供して戴くお店もあります。
 今回は、最近そんなお店でお昼を戴いた2つのお店を、ご紹介したいと思います。

 先ず最初は、「酒菜・石慶」(さかな・せっけい)さんです。丸太町通大宮東入ル北側にあります。細い路地の奥に、そのお店があります。

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玄関を入ったところの様子です。食事をするところは、右手奥にあります。

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席は、この様な掘りごたつ式や、

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この様な、カウンター式の席もありました。

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私達は、掘りごたつ式で、戴きました。この日の日替わりランチは、さんまの蒲焼きでした。食感も良く、美味しかったです。

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別に、生野菜も戴きました。結構ボリュームもあり、満足でした。
ランチは、週2日だけで、夜の「酒菜」がメインの様でした。

 次は、「綾綺 殿」(りょうきでん)さんです。平安宮内の施設の1つの名前です。浄福寺通下立売上ル東側にあります。

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正面の様子です。ここは、別の記事でご紹介した「山中油店」さん(直ぐ近く)の関係のお店です。昔は米屋だったそうです。

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中に入って、入口の方を見ています。

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上を見ると、こんな様子です。天窓が懐かしいです。

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土間にも、こんなものが。

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格子戸から外を見ています。

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ボリュームたっぷりの、ヒレカツを戴きました。柔らかく、美味しかったです。
帰りがけには、シェフのご主人と少しお話をしてから、失礼しました。

 これからも、町家レストランを見付けたら、お食事をしたいと思っています。

2017年2月10日 (金)

京都市内の有名老舗 2店舗

 京都市内には、所謂「老舗」と呼ばれるお店は沢山ありますが、私の散策範囲の中で2つのお店を選んで、ご紹介したいと思います。
 その2つのお店とは、1つは「山中油店」さんと、もう1つは「佐々木酒造」さんです。先日も、散策の途中で、写真を撮らせて戴きました。

 はじめは、「山中油店」さんです。
 場所は、上京区下立売通智恵光院西入北側です。
 創業は、江戸後期の文政年間で、油一筋でご商売されて来ました。
 建物は、国の登録有形文化財であり、京都市の重要景観建造物となっています。

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店舗の前面の全景です。通りは下立売通です。

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お店の正面です。昔の商家の店先の様子を彷彿させます。

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今風に改造されていると思いますが、ショーウィンドーです。

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看板には、「神佛燈明売捌処」と、左から記されています。
右からでないのは、新しいのでしょうか?

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「平安宮一本御書所跡」と刻まれています。流布した書籍を各一部、書き写して保管・管理した場所です。

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その左手には、こんな水車が回っていました。

 次は、近くにある「佐々木酒造」さんです。
 場所は、浄福寺通椹木町下西側です。

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お店の正面の様子です。創業は、明治26年で、京都市内洛中では唯一の造り酒屋さんです。伏見区を除いて、洛外にももう1軒あります。
俳優の「佐々木蔵之介」さんの実家でもあります。

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造り酒屋さんの象徴の「杉玉」です。この時点では、未だ新酒は出来ていなかった様です。

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椹木町通に面して広がっている酒蔵です。初めてこの風景に出会った時、古き良き時代に出会ったような懐かしい気持ちになりました。
又、この辺りに立っていると、何となく微かにお酒の良い匂いが漂っていました。

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酒蔵の1つです。ここの代表的な銘柄は、「聚楽第」と「古都」です。

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浄福寺通と智恵光院通とは、東西の一筋違いですので、この位置から言えば表示の様になります。
































2017年2月 9日 (木)

テーマ「京都の水」(18)琵琶湖疏水分線-7

 前回に続いて、「琵琶湖疏水分線」に沿った道を歩いて、「松ケ崎浄水場」まで来ました。ここからは、「第2疏水分線」が始まります。

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松ケ崎浄水場の入口には、この様な塔?がありました。
どんな目的の建造物なのか?想像がつきません。配水のためのものか?
ここからの給水区域は、京都市の北部地域の様です。
想像が出来ませんが、給水能力は 211,000立方m/日とのことです。
蹴上は 198,000立方m/日、新山科は 362,000立方m/日とのこと。(平成25年3月末・京都市上下水道局資料による)

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浄水場の南側の外壁を、西方向に見ています。

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浄水場の入口前の様子です。向こうが東で、高野川が流れているところです。
左手が浄水場、手前がこれから始まる「第2分線」のスタート地点です。
この何処かに、ここまで来る「松ケ崎浄水場導水管」が地中に埋められているのかなと想像しています。

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第2分線のスタート地点では、この様な出口がありましたが、水は殆ど流れていませんでした。ゴミの付き具合で、流れていた形跡はあります。

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分線に架かる初めての橋から、↑の出口の方を見ています。
左手は、浄水場の外壁です。どこからか流れ出た水が、少し流れをつくっています。

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この分線沿いの堤には、ずっと桜が植えられています。
桜の季節には、桜の隠れ名所的存在です。良く見に来ます。

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途中には、南北に流れる「泉川」と交差しているところがあります。
手前の橋桁は分線用、向こうに見える橋桁は泉川用のものです。

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交差地点の下を覗くと、こんな具合です。
縦が分線の流れ、横が泉川の流れです。流れは自然体にしている感じの様です。銀閣寺道での様に、厳格的にはされていない様です。

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この辺りも、桜の木が多く見られます。春が楽しみです。

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「下鴨本通」に出ました。分線は、道路の下を通って、向こう側に出ています。
左手には、「京都府立洛北高校」があります。

 次回で、「琵琶湖疏水」に関するシリーズは終わる予定です。

2017年2月 8日 (水)

京都市内の教会の建物を見て歩く

 京都市内には、佛教の本山を始めとする寺院の建物や、古代から続く神社の建物など、夥しい数の宗教建物がありますが、そんな中で極僅かながら貴重な教会の建物があります。有名な教会の建物 3か所を訪ねて来ました。

(1)京都ハリストス正教会・生神女福音聖堂 中京区柳馬場通二条下ル東側

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柳馬場通から見た、正面の姿です。
ここは、ギリシャ正教会の京都聖堂として、建物は明治34年(1901)12月に完成しましたが、正式に教会としては明治36年5月にスタートしたとのことです。

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正面に向かって右側の様子です。

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同じく左側の様子です。左右対称的になっている様です。

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塔が象徴的です。
建物は、木造平屋建のロシア・ピザンチン様式の教会堂です。
設計・監督は、当時の京都府技師だった方だとか。意外な感じがしました。
昭和61年6月に、京都市指定有形文化財に指定されています。


(2)日本聖公会・聖アグネス教会聖堂 上京区出水通烏丸西入ル 南側

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出水通から見た様子です。どちらが正面なのか、良く判りません。

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少し右手にずらして見たところです。
人が立っているところが入口?かな。

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烏丸通から見ています。鐘塔(三層)が見事です。
アメリカ人の設計で、明治31年(1898)に建てられました。
建物は、三廊式バシリカ型平面です。煉瓦造の教会堂としては古い方にぞくするとか。昭和60年6月に、京都市指定有形文化財に指定されました。


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(3)聖ヨゼフ修道院
 中世のヨーロッパを思わせる、とんがり屋根とハーフティンバー、平屋建ての登録有形 文化財です。
 


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こちらは、桜の名所「平野神社」の近くに有り、普段は閑静な住宅街ですが、桜のシーズンは行き交う人で賑わいます。
又、カメラを向けられる人の姿も多々見かけますが、散歩道としては相応しい佇まいです。























                                               

  

2017年2月 7日 (火)

京都駅・八条口がすっきりしました

 京都駅の南側、「八条口」は、新幹線の乗降が近いのに、何故か雑踏的でかつ暗い感じがしていましたが、2年間掛けてリニューアル工事が行われ、昨年末に完成したので、今年になってその様子を見に行って来ました。
 全体的に感じたことは、それぞれの場所が明確になったと言うことでしょうか。

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例えば、この写真の様に、一般車とタクシ-とがその進路が明確に分離し示されています。西から東を向いています。

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その先では、こんな様子です。左が一般車で、右がタクシーです。
東から西を見ています。京都駅は右手です。

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さらに、タクシーは降り場と乗り場が別々に設けられました。
ここは降り場です。東から見ています。

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タクシーのエリアを別の位置から見ています。西から見ています。

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雑踏的な感じだった貸切バス乗り場は、京都アバンティ(右手にあります)の前に移され、すっきりとした感じです。

 八条口では、約50年ぶりの大改修だそうですが、全体的に見た目では可なりすっきりとした様に思いましたが、タクシーの運転手さんなど、日々ここを使う人達の受け止め方はどうなんだろうかと思いもしました。

そして、京都駅へは2階になります。

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駅に通じるこのスペースは、「みやこ夢てらす」と言います。
ちょっと寛ぐのに大変良い場所かと思います。駅への通路は、右手にあります。

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通路から駅の建物に入ったところです。

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こちらにも通じています。このことは従来とは変わりませんが。

京都駅に来たついでに、烏丸口に最近置かれたものを見に行きました。

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それは、この建物の模型です。平安京の玄関口の「羅城門」(らじょうもん)です。これは、平安遷都1200年の記念事業の1つとして、造られたもので、長らく近くのビルの地下に置かれていました。実物の10分の1のサイズで造られたものです。

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横から見ています。どちらから見ても精巧な作りです。京都の職人気質でしょうか?


















2017年2月 6日 (月)

京都府立植物園 「花 詣」その3

 前回の続きです。
植物園の「花詣」のご紹介も今回で終わります。
最後はハンキングですが、展示されていた場所の関係で、雪が風情?を添えてくれました。


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竹の需要が減っていますが、こうしてみると上品で清々しささえ感じられ、竹の持つ魅力を改めて感じました。

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粋ですね。お正月の花街を感じさせてくれます。
制作?された皆さんの工夫と喜びが感じられる作品の数々に見とれてしまったひと時でした。

 

 

2017年2月 5日 (日)

吉田神社へ節分詣で

 2月3日、節分の日の午前、吉田神社へ節分詣でしました。京都市内では、壬生寺と並んで人出が多いところです。

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東大路通のバス停・京大正門前で下車したら直ぐ目の前が表参道の入口です。暫く歩くと左手に京都大学の時計台が見えます。
そして更に進むと、この光景となります。

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さらに進んで鳥居をくぐると、左手に「祖霊社」や「手水舎」があります。
手水を使って先に進みますと、緩やかな坂道になります。

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坂道を上り切ると、広い境内に出ます。参集殿や社務所などの奥に、吉田神社の本宮があります。拝殿前には多くの方々が参拝されています。

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今年1年の無事をお祈りしました。

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晴れ着のお嬢さん方が、「抽選券付き福豆」を売っていました。
私は別のところで、「疫神齋」のお札(黄色)を買い求めました(今のが大分古くなったので、取り換えるために)。悪病災難除けのお札で、節分の3日間に限定のものです。

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古いお札などを焼却するための大きな火炉です。私も毎年ここでお願いしています。一時焼却後の灰の処分などで、焼却不可の年がありましたが、今年はその問題も解決したとのことでした。3日の深夜に「火炉祭」が行われます。

次に少し小高いところにある、「大元宮」に向かいました。

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吉田神道根本道場と言われる「斎場所大元宮」です。
皆さん縁結びの綱を持ってお祈りしたいので、沢山の方々が列をなしておられましたが、私は横から要領よくお参りをさせて戴きました。

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大元宮の後には、外宮と内宮もあります。こちらは外宮の方です。

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また、周りには全国の神々が、旧国名別に纏めてお祀りされています。
ここに見えているのは、山城国・大和国・河内国です。

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東側の半分は、こんな様子です。ほぼ同じ様なのが西側にもあります。
皆さん故郷のお国のところで、お参りをされています。

 帰りは、約800店はあると言われる露店を、ちらちらと見ながら帰途に着きました。
 帰宅後は昨日ご紹介しました、天神さんにお参りして華やかな芸妓さんたちに出会え、幸先の良い年になりそうです。




















2017年2月 4日 (土)

節分の日の上七軒芸妓さん

 節分会には午前中は吉田さん、そして午後は天神さんにお参りしました。
 時間的に豆まきの様子と上七軒に帰って行かれる芸妓さんしか、写真を撮ることは出来ませんでした。
 勿論、豆は一袋もとれず・・・この日は、近くのデイサービスの方達も来られていましたが、皆さん車椅子、残念ながらとれなかったようです。


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まずはお姐さん?方の、豆まきの様子を眺めているお座敷姿の舞妓さん。

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何故か白髪と剥げた男性が多いです(失礼)

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流石に笑みを浮かべて、プロですね。

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お参りを終えて、上七軒に戻っていく皆さん。

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先輩後輩の厳しい世界。舞妓さんはお姐さん方の前を歩くことは出来ません。

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この二人はお姐さん達です。風格が有りますね。

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お座敷が入っているとの事で、おかあはんに連れられて、お茶屋さんへ。
上七軒と芸妓さん、これぞ花街の風情そのものですね。

2017年2月 3日 (金)

京都府立植物園のハボタン

 日本では、冬の花壇や正月用飾りに欠かせない植物のハボタンですが、江戸時代に「オランダナ」の名前で渡米した際は、観賞用でなく食用として用いられたとのことで、ハボタンはその中のケールを鑑賞用に改良したものです。
 京都府立植物園では毎年、年末に植え付けを行います。
 以前に雪の植物園の風景として紹介しましたがその時は、雪に覆われてハボタンの存在はわかりにくいでした。


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 今回は、2月2日撮影のハボタンです。
 植物園会館前の花壇では立体感を出すために背の高い品種を選んで真ん中に植え付け、周りをさまざまな色の品種で囲み、


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色鮮やかなコントラストで華やかさを演出しています。

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ハボタンの種類の多さに改めて感動しました。

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↓は植物園会館に花瓶に飾られていたハボタンです。

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形や色合いが繊細に見え、思わずカメラを向けていました。
見頃は、今月中旬との事です。タイミング良く新鮮?なハボタンに出会えたものです。

2017年2月 2日 (木)

茶源郷めぐり 京都府和束町(2)

 前回の続きです。「安積親王御墓」がある丘から下りて、町中の平地を歩きました。

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「安積親王御墓」の丘から下りて来た近くに、「和束茶カフェ」(後に見える建物)があり、その傍に建っていた石碑です。「宇治茶の郷」と刻まれています。
「和束茶カフェ」は、町の情報交流ステーションになっています。

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御墓があった隣の丘の茶畑です。住宅の裏手にありました。

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府道5号線に出て来ました。可なり大きな茶畑です。

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平地は少ないですが、棚田状になった田んぼもありました。

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「釜塚」の茶畑です。

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同じ茶畑ですが、目線を変えて見ています。

今回は、和束町の極一部しか歩いていませんが、戴いたマップによりますと、幾つかの歩きのコースが紹介されていました。
例えば、緑を浴びるコース 生業を歩くコース 暮らしと出会うコース など。
私達が乗ったバスにも、多くの或るきの皆さんと一緒でした。別に1台チャーターされていました。最後は加茂駅まで歩かれるとか。

2017年2月 1日 (水)

茶源郷めぐり 京都府和束町(1)

 「茶源郷めぐり」と題して、京都府和束町の茶畑を歩いて来ました。
 そこまで行くのには、結構遠かったです。JR京都駅から奈良線に乗り、木津駅まで行きます。木津で関西本線(学研都市線)に乗り換え、加茂駅で下車。そこから奈良交通バス「和束町小杉」行きに乗り、「和束山の家」で下車します。
 下車して、バス停から見渡すと、遠くに茶畑が広がっているのが見えました。

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先ず第1の目標地点は、「安積親王墓」(右上の森)周辺です。
御墓を目指して歩きます。

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御墓への参道が見えて来ました。

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御墓の前まで来ました。「聖武天皇皇子 安積親王 和束墓」と書かれていましたす。親王は、聖武天皇の第5皇子で、平城京・恭仁京と紫香楽宮とを結ぶ街道を愛した方だったそうです。その為、この地に葬られたとか。
この場所から、近くや遠くを眺めました。

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参道から西の方を見ています。

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極近くの様子です。

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次ぎの世代のお茶の木が育てられています。

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隣の丘(東の方向)の茶畑です。
「安積親王御墓」がある丘から下りて、付近を少し歩きました。

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町中を通る府道5号線を隔てて、向かいの山(南の方向)にも、大きな茶畑が見えます。「釜塚」の茶畑です。麓には、「和束町役場」などがあります。

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