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2017年1月12日 (木)

古きを訪ねて歩く (1) 円山公園・左阿彌他

 琵琶湖疏水の水が、円山公園の流水に使用されている様子を見たついでに、何時もは殆ど行かない公園の奥を歩いて見ました。お寺があったり、料理店があったりしました。そんな中で、偶々玄関の水撒きをされていた方と少しお喋りをしたら、何と中を見せて下さいました。そのお店の名は、「料亭・左阿彌」さんでした。江戸時代から明治にかけて、この辺りに6つの「阿彌」が付くお店があったそうですが、現在残っているのは、ここ「左阿彌」(さあみ)さんだけだそうです。

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表玄関の様子です。入口は狭い様ですが、奥は随分と広い様です。

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正門の上に掲げられた木額の文字は、頼山陽の高弟・易安の書だとか。

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正門を入って、左手には茶室風の建物が見られました。

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こちらもその1つです。

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こちらでも、お食事が出来るそうです。

↓は付近にあるお寺の1つです。

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「長楽寺」です。「平家物語」ゆかりのお寺で、建礼門院が出家したところとして知られています。極一部分ですが、紅葉していますね。

 最後に「左阿彌」さんについて
○六阿彌とは、正阿彌 春阿彌 庭阿彌 連阿彌 也阿彌 左阿彌 の6つで、元は安養寺の宿坊だったようです。

○織田信長の弟・織田有楽斎の息・頼長が、茶人だった父にならって「雲生寺道八と号し、この地で茶事を極めたとか。

○江戸時代は、この辺りは遊興の地として大変賑わったそうです。多くの文人墨客が集い、風流の限りを尽くしたとか。
 

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