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2017年1月14日 (土)

古きを訪ねて歩く (3) 菊浜地区ー2

 前回の続きです。菊浜地区の高瀬川沿いの道を、「正面通」に向かって歩いています。

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この辺りは、高瀬川の川幅が広くなっています。
ここは、「船回し場」跡です。昔は川幅が9mもあって、一部砂浜だったそうです。そして、何時も数艘の船が繋いであったとか。
高瀬川の船運が盛んだった頃を想像させます。

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その西側には、こんな石碑がありました。
現在は、その跡地に「ひと・まち交流館・京都」が建てられています。
時々お邪魔することがあります。

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「五条会館」です。大正4年に建てられた木造3階です。かつては「検番」であり、歌舞練場でもあったそうです。

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「正面通」に出る手前の高瀬川の様子です。その後、「正面通」を東に入りました。さて、「正面通」の「正面」とは?何に向かっての正面か?
それは、昔 正面通の東の突き当りにあった「京の大仏」(豊臣秀吉と息子の秀頼が建てた)に対してです。一説には、西にある「東西本願寺」に対してと言うことも聞いたことがあります。

「正面通」を東に向かって、直ぐに目に付いたのが、

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この建物です。玄関には、「奥澤眼科診療所」の看板が掛っていました。
今は、「眼科・外科医療器具歴史博物館」となっています。
以前一度拝見したことがあります。

そして、その東隣には、

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こんな建物がありました。

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そうなんです。今を時めく「山内任天堂」の旧本社の社屋です。

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その横手に回ると、立派な建物が続いていました。
創業者の「山内家」のお住まいでしょうか?

見落とした建物があったので、出発点に戻りました。

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それが、この手前の建物です。案内板には、「(仮)五条製作所」とあります。
今は料理店になっています。ここの雰囲気から言えば、やや場違いな感じの洋風の建物です。
そして、その右隣の建物こそが、この場に合ったものかと?

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かつての盛り場だった頃を彷彿させます。

「高瀬川」は、上流から下流に至るまで、色んな歴史を刻みつつ流れています。一度じっくりと、「高瀬川」を眺めて見たいと思っております。







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