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2017年1月20日 (金)

テーマ「京都の水」 (13) 琵琶湖疏水分線-2

 前回の続きです。とは言っても随分時が経ちました。
「琵琶湖疏水」の分線、蹴上から松ケ崎まで、さらにその先の賀茂川までを、訪ねて歩いています。今回はその2回目、「哲学の道」からスタートです。

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「鹿ケ谷通」(ししがたにどおり・白川通の東の通り)から、「哲学の道」に入るところに、疏水関係らしき施設がありましたが、これ以上中には入れませんでした。地図によると、これから先に行く松ケ崎の名前がついた「松ケ崎浄水場」と書かれていました。ここから松ケ崎まで導水管が行っている様なので、その関係かなと推測しました。

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この疏水分線の出口を覗いて見ると、こんな様子でした。向こう側から流れ出ています。

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「哲学の道」の南の入口に建つ石碑です。その先の流れが疏水分線です。

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哲学の道の両側には、所々に皇族のお墓が見られます。
上から見下ろして失礼なんですが、ここは「顕子内親王御墓」です。
正しくは、昭子内親王らしいのですが、後水尾天皇と東福門院(徳川秀忠の娘・和子)との第4皇女です。
この御墓の隣には、東福門院ゆかりの「光雲寺」があります。

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この石碑が、その道標です。階段で下に下りて行きます。

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その向い側(疏水分線を越えて)にも、皇室関係の御墓があります。
「宗諄女王御墓」です。伏見宮貞敬親王の皇女で、江戸末期の方です。霊鑑寺の住持をされていた様です。この辺りには、「久邇宮家」の墓地もあります。

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大豊神社(狛鼠で有名)への道に架かる橋「大豊橋」から下流を見ています。
京都市内を流れる川は、全て北から南に向かっていますが、この疏水分線のみは、南から北に向かって流れている唯一の流れです。

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哲学の道沿いには、多くの有名寺社があります。

さらに、北に向かって歩を進めます。

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