« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月

2017年1月31日 (火)

京都府立植物園 「花 詣」その2

 前回「その1」では、ハンギングをご紹介しましたが、今回は植物園の噴水の周りに見事に展示された寄せ植えをご紹介します。

014


015

朝陽にキラキラ輝く池面が眩しくて綺麗です。

016


018

足元が凍てています。
滑らないように気を付けながら写真を撮っています。

019


020


022

時々差し込む日の光が、暖かく優しく感じられます。

023


027


028

どの場面も雪がアクセントになっている様に思いました。
寄せ植えの花達も寒いでしょうが、写真を撮っている私も寒いでした(泣く)。

2017年1月30日 (月)

京都府立植物園 「花 詣」その1

 1月17日の早朝に植物園へ行ってきました。「第4回寄せ植えハンギングバスケット展」が目的でしたが、この日に出会った「雪の朝の植物園」と「ソシンロウイバイ」は既に紹介済みです。  
 昨年も拝見しましたが、その出品数の多さとレベルの高さに驚かされました。
今年も昨年に劣らず、素晴らしい作品の数々に圧倒されながら見させていただきました。


004


003


005


007


009


013


011

 花詣の様子は後2回ご紹介させて頂きますが、コンテストに拘らず私の気に入ったものを選びました。

 

2017年1月29日 (日)

テーマ「京都の水」 (17) 琵琶湖疏水分線ー6

 前回に引き続いて、「琵琶湖疏水分線」に沿って歩いています。
 「松ケ崎浄水場」を目指しています。

018a

前回で、分線に横からかなりの水量の水が流入していることを、ご覧戴きましたが、その場面を振り返って見ています。
分線では、もう飲料水になることは無いのかも知れませんが、どんな水質の水が入り込んでいるのか、私は大変気になりました。

019a

そんな水も合流しながら、流れは西に向かって流れています。
この辺りでは、分線の両側は車道になっていました。
この辺りの地名は、左京区一乗寺地蔵本町と言います。

025a

この辺りの地名は、一乗寺赤ノ宮町と言います。
「松ケ崎浄水場」も、近付いて来ました。

027a

「赤ノ宮」と言う地名は、この神社の別名から来ています。
正式には、「賀茂波爾神社」と言い、下鴨神社の摂社の1つです。

029a

分線は、「川端通」の下をくぐります。

036a

手前は「高野川」、その先の地上が「川端通」、そしてその先には、分線の末端があります。がしかし、分線はどうなったのかな?高野川の下を通っているのか?

031a

高野川右岸から、その辺りを眺めています。川の流れの段差の辺りが、分線が通じているであろうと思われる位置です。
気になるのは、その場所の両側に開口部が見えますが何でしょうか?
分線は、高野川に放水されているのか?

038a

漸く「松ケ崎浄水場」に到着しました。
ここまでが、「第1疏水分線」と言う様です。この先は、「第2疏水分線」となります。賀茂川を越えて、堀川まで行っていたそうです。
次回以降に、ご紹介します。







2017年1月28日 (土)

漸く京都鉄道博物館へ(4)

 前回に続き、主な車両の見学を終わって2階や3階に上がりました。
 2階では「鉄道ジオラマ」を見、3階では「スカイテラス」からの眺望を楽しみました。

040a

「鉄道ジオラマ」を、横から見ています。大きさは、正面(左手)からの幅が 30m 奥行が10mもあります。走る車両のサイズは、実物の 1/80スケールだそうです。実演は約15分間でした。色んな車両が走ります。新幹線・在来線・私鉄など様々です。

066a

場面は、昼と夜とがありました。これは昼の場面です。ここでは、3種類の新幹線が走っています。

072a

夜の場面です。車両では車内に照明も付いていました。
フラッシュが使えないので、こんな写真でご免なさい。

077a

左手隅には、こんな場面も。

090a

実物の転車台です。背景は、「鉄道博物館」です。

3階に上がって見ました。

045a

南の方向では、東寺の塔や甍が見えました。
丁度 湖西線の回送電車(緑色)が通りました。

046a

東の方向では、京都タワーや東山連峰などが見えました。
手前のカラフルな車両は、嵯峨野鉄道のトロッコ列車です。何故ここに?
鉄橋の下では、「動くSL」が戻って来たところです。

049a

北東方向では、比叡山が見られました。左手下は、「扇形車庫」です。
その先の瓦屋根は、「旧二条駅」です。
3階からの眺望を堪能した後は、「扇形車庫」まで下りて、「動くSL」を間近に見ることにしました。

097a

先程3階から見たのと同じ様な場面を、間近で見ました。
蒸気を吐きながら、ゆっくりと鉄橋の下をくぐつて来ます。
鉄橋を走るのは、JRさがの線の電車です。

100a

更に前進して来ました。かつてSLを身近に見ている者としては、興奮の場面です。汽笛も鳴らしています。

もう一度、SLの「頭出し」を見て、「京都鉄道博物館」におさらばしました。


















2017年1月27日 (金)

京都府立植物園 可憐に咲いた「ソシンロウバイ」

 先日は京都府立植物園の雪景色をご紹介しましたが、同じ日に出逢った、「ソシンロウバイ」です。

053

細い木ですが、雪の中に1本の「ソシンロウバイ」が可愛く光っています。

049

近付いてみます。青空に黄色が映えますね。

052


050

↓は場所を変えて撮っていますが、花色が淡いように思います。

057


055


056

残念ながら、どちらの「ソシンロウバイ」も雪の為か、色あせています。
名前の由来には程遠いかも・・・・

2017年1月26日 (木)

テーマ「京都の水」 (16) 琵琶湖疏水分線ー5

 前回に続いて、琵琶湖疏水分線を、「松ケ崎浄水場」に向かって、歩き続けています。分線沿いの道は、ちゃんとした遊歩道になっていて、大変に歩き易いです。地図にも「北白川疏水道」と名付けられていて、時々人とも行き交います。
 今回のスタートは、「東鞍馬口通」の「西伊織町」からです。この辺りから分線は、北西に向きを変えて流れます。

 伊織町から少し戻って、

088a

遊歩道を振り返って見ています。
右手の柵の下に、疏水分線があります。そして、その右は車道です。

091a

元に戻って少し進むと、右手に「駒井家住宅」があります。
京都帝国大学理学部教授の駒井 卓博士が、昭和2年に建てられたものです。京都市指定有形文化財になっています。一般公開されている時もあります。

003a

伊織町から少し進んだ辺りの分線沿いの道です。車道も並行しています。

004a

この辺りの分線は、随分高いところに造られているのが判ります。
左手が分線沿いの遊歩道です。所謂「天井川」的な感じです。

005a

緩やかに左にカーブしています。北西に向きを変えつつあります。

008a

「北大路通」に出ました。分線は、通りの下を斜めに流れています。
右手に見える橋の欄干の下が、分線の流れになります。
真ん中向こう側は、西になります。「えい電」の踏切が見えます。

013a

分線に架かる鉄橋を、今しも「えい電」が通過しています。

016a

その少し下流では、かなりの水量の水が、分線に流れ込んでいました。
これは許されることなんでしょうか? 疏水分線は、通常の河川とは違う筈ですが・・・。

 そろそろ「松ケ崎」です。次回にご紹介します。












2017年1月25日 (水)

テーマ「京都の水」 (15) 琵琶湖疏水分線-4

 前回に続いて、琵琶湖疏水分線に沿って歩いています。
 「哲学の道」の北端、「銀閣寺橋」で分線は左折し、西に向かって流れを変えます。

072a

分線の流れが西に変わった地点です。前方が西の方向になります。
左端に見える橋の一部は、「銀閣寺橋」です。
誰が置いているのか、見苦しいものが色々と置かれていますね。

073a

情緒のある景色です。見えているお二人はお昼の様でした。

075a

道の向こう側に見えるのは、「白沙村荘・橋本関雪記念館」です。
橋本関雪は、京都在住・故人の日本画家で、ここにはアトリエなどがあります。
また、関雪の妻・米子が、「哲学の道」に桜を植え、「関雪桜」と呼ばれています。数年前に、茶室などが火災に遭い、目下工事中の様です。

078a

ここは、南北に流れる「白川」と、東西に流れる「疏水分線」とが、立体交差しているところです。見えている流れは、疏水分線です。「白川」は、分線の下を通っている様です。

079a

やがて「白川通」が見えて来ました。分線は少しの間見えなくなります。

080a

再び分線が現われるのは、白川通に沿って架かるこの橋の下になります。
左手に見える通りは、「今出川通」です。歩く道は、分線の右側に沿った道を歩きます。

081a

途中の橋の上から、分線の上流を見ています。前方遠くが「白川通」になります。

083a

暫く歩いていると、こんなものに出くわしました。
分線は左手に見える手摺の下を流れています。右手の道は、普通の道路に下りる道です。左手下に扉が見えますから、中には入れる様です。上には幾つかの小窓も見えます。何やら不思議な構築物です。疏水分線の水を取り込むための、例えばポンプ小屋?(全くの想像ですが・・・)。

084a

「小倉橋」から見た様子です。「御蔭通」の「北白川小倉町」付近です。

086a

分線は左手にあります。哲学の道とは又違った雰囲気の遊歩道です。
地図には、「北白川疏水道」と書かれていました。

 疏水分線を訪ねての歩きは、まだ続きます。
 次の目的地は、「松ケ崎浄水場」です。











2017年1月24日 (火)

漸く京都鉄道博物館へ(3)

 前回に続き、「京都鉄道博物館」の本館内を歩いています。

026a

「キハ81形」と言い、1960年代に登場した国鉄最初の特急用ディーゼルカーです。「くろしお」の名前が見えますから、紀勢本線を走っていた様です。
多分乗った様に思います。

028a

こちらもディーゼルで、「DD51形」の機関車です。国鉄の無煙化に貢献したさうです。全国的に活躍したそうです。

029a

こちらは電気機関車です。「EF66形」と言い、東海道・山陽本線の高速貨物列車を牽引していましたが、寝台特急列車(ブルートレイン)も牽引していました。

037a

「クハ103形」で、1964年に登場した国鉄を代表する通勤型電車です。

本館から直ぐ近くの「トワイライトプラザ」に移りました。

079a

憧れの、そしてとうとう乗れなかった「トワイライトエクスプレス」を牽引していた「EF81形」電気機関車です(右側)。
左側は、「EF65形」の電気機関車で、全国で活躍していたそうです。

033a

そして、その客車部分です。大阪から日本海側を通って青森まで夜行で走っていました。

035a

こちらは、その最後尾車ですが、この車両は電源と貨物部分です。
もう一つの最後尾車は、個室車両になっていて、大変な人気がありました。

1階部分の各車両を見学して、2階に上がって見ました。

038a

2階からの眺めです。1階の展示は、こんな形で展示されています。

手前に見えているのは、貨車の屋根ですが、車両の全展示は53両もあります。SL、電車、新幹線と見応えのある展示でした。
この後も、未だ幾つかの展示などをご紹介したいと思います。



















2017年1月23日 (月)

雪の朝の京都府立植物園

 冬だから当たり前かも知れませんが、暖冬に慣れた、寒がりの私にとっては、辛い冬です。
 でも、勇気?を出して17日の朝に京都府立植物園を訪ねました。
 やはり皆さん同じ思いだったとみえて人影も疎らです。
今ではすっかり年間行事になった「花詣」を拝見するのが目的でした(後日ご紹介します)が、久しぶりの園内の雪景色に魅了されて・・・。


043

大広場では、若い女性が雪合戦です。
若さは好いですねえ。


045

植物園会館前の、菰被りの蘇鉄と葉ボタンです。
可愛そうに葉ボタンも雪を被って、凍えていないか心配です。


046

何時もは親子やカップルが座ってお喋りしたり食べたりと憩いのベンチも、寂しく目に映ります。

059

大木が創る影は絵心が刺激されます。

048

名前は解りませんが、雪の中に数輪の赤い花に暖かさを戴いたように思えます。

060


061

車輪の跡は、園の職員のものです。歩いている私たちもこの上を歩きました。

062

雪の中ではさぞかし寒いことでしょう、同情します。

雪の植物園を徘徊?した後に乗った、地下鉄の暖房の有り難かった事は、言うまでも有りません。

2017年1月22日 (日)

漸く京都鉄道博物館へ(2)

 前回に続き、漸く叶った「京都鉄道博物館」内を、楽しみながら、そして興味深く見学しています。未だプロムナード内におります。車両の見学が続きます。

011a

ディーゼル機関車のDD54ー33です。見るからに力がありそうな感じです。

013a

プロムナードから本館に遣って来ました。
SLの230-233です。イギリスのスタイルを持つ国産最古の量産型SLです。これは明治36年に造られました。

015a

左は、500系新幹線車両です。
当時では世界最速の時速300Kmを実現しました。
右は、クハネ581形で、座席と寝台があり両用可能な設備を持った特急用電車です。

016a

位置を変えて見ています。500系の鼻の長さに驚きです。

017a

右はクハ489形で、特急電車としては興味深く何度も乗った記憶があります。
北陸本線を走った「雷鳥」でした。今は「サンダーバード○○号」が違う車体で走っています。

018a

電気機関車EF52形で、国産初の大型車です。

023a

SL1800形で、イギリスから輸入された最初の勾配線区用の機関車です。

024a

新幹線電車で、0系の次に生まれた車両です。

まだまだ本館内を歩き回っています。

2017年1月21日 (土)

テーマ「京都の水」 (14) 琵琶湖疏水分線-3

 前回に続き、琵琶湖疏水分線と並行に造られた道「哲学の道」を、北に向かって歩いています。哲学の道は、南の若王子橋から、北の銀閣寺橋まで、直線で約1.5Km程ありますが、ここまで凡そ半分位まで来ました。

056a

以前から気になっていたのは、このお宅?です。
円形でガラスの窓?が繋がっている? そんな想像をしていますが、どんな方のお住まいが?大変気になっています。疏水分線の向こう側に建っています。

058a

「桜橋」と言います。疏水分線の哲学の道の中で、一番立派な橋だと思います。石造りの擬宝珠が付けられています。
何故、擬宝珠か?橋の先には、天皇陵や有名寺院がありますが・・・。

059a

天皇陵とは、この「冷泉天皇桜本陵」です。第63代の天皇で、ご在位は967~969年の平安時代でした。
実はこの下にも「冷泉天皇陵粟田山陵」があります。何故2カ所も?

064a

伏見までの「疏水本線」と違って、ここ「疏水分線」は何となく情緒があります。
ここでは、場所によっては、「ホタル」が見られる様です。

065ab

「哲学の道」と名付けられたのは、哲学者の西田幾多郎が思索のために、良くこの道を歩いていたことからだそうですが、その西田幾多郎の言葉が、この石碑に刻まれています。
  「人は人 吾はわれ也 とにかく吾行く道を 吾は行なり  寸心」 
                                   幾多郎晩年の塚です。

068a

また、この様に多くの石仏が、祀られています。由来が気になります。

069a

「哲学の道」の終始点が、近付いて来ました。
向こうに見える橋は、「銀閣寺」に通じる「銀閣寺橋」です。

070a

「哲学の道」の北の石碑です。銀閣寺橋を渡って右手に行くと、「銀閣寺」に着きます。「清水寺」ほどではないですが、観光客は多い方です。
疏水分線は、ここで左折し西に向かって流れます。

「疏水分線」は、まだまだ流れは続きます。

2017年1月20日 (金)

テーマ「京都の水」 (13) 琵琶湖疏水分線-2

 前回の続きです。とは言っても随分時が経ちました。
「琵琶湖疏水」の分線、蹴上から松ケ崎まで、さらにその先の賀茂川までを、訪ねて歩いています。今回はその2回目、「哲学の道」からスタートです。

040a

「鹿ケ谷通」(ししがたにどおり・白川通の東の通り)から、「哲学の道」に入るところに、疏水関係らしき施設がありましたが、これ以上中には入れませんでした。地図によると、これから先に行く松ケ崎の名前がついた「松ケ崎浄水場」と書かれていました。ここから松ケ崎まで導水管が行っている様なので、その関係かなと推測しました。

046a

この疏水分線の出口を覗いて見ると、こんな様子でした。向こう側から流れ出ています。

044a

「哲学の道」の南の入口に建つ石碑です。その先の流れが疏水分線です。

048a

哲学の道の両側には、所々に皇族のお墓が見られます。
上から見下ろして失礼なんですが、ここは「顕子内親王御墓」です。
正しくは、昭子内親王らしいのですが、後水尾天皇と東福門院(徳川秀忠の娘・和子)との第4皇女です。
この御墓の隣には、東福門院ゆかりの「光雲寺」があります。

050ab

この石碑が、その道標です。階段で下に下りて行きます。

049a

その向い側(疏水分線を越えて)にも、皇室関係の御墓があります。
「宗諄女王御墓」です。伏見宮貞敬親王の皇女で、江戸末期の方です。霊鑑寺の住持をされていた様です。この辺りには、「久邇宮家」の墓地もあります。

052a

大豊神社(狛鼠で有名)への道に架かる橋「大豊橋」から下流を見ています。
京都市内を流れる川は、全て北から南に向かっていますが、この疏水分線のみは、南から北に向かって流れている唯一の流れです。

055a

哲学の道沿いには、多くの有名寺社があります。

さらに、北に向かって歩を進めます。

2017年1月19日 (木)

漸く京都鉄道博物館へ(1)

 京都市内に住みながらも中々行けなかった「京都鉄道博物館」へ、漸く行くことが出来ました。動機は、お正月の行事の扇形車庫のSLの「頭出し」が見られることでした。その時の様子は、先日ここでご紹介しました。
 今回は、博物館内に置かれている車両を中心に、ご紹介します。

001a

入口を入って先ず目に飛込むのは、このSLです。C62-26です。

002a

その右隣には、湘南型の電車です。クハ86ー1型です。

003a

そして、更に右隣には新幹線の0系車両です。新幹線の最初の車両です。
ここには、SL→電車→新幹線0系と、旧国鉄~JRの代表的な車両が並んでいます。

006a

0系車両の展示には、力が入っている様です。
内部にも入れる様になっています。

008a

0系22形1号車の説明板です。

009a

その中に入って見ました。天井の空調の形が懐かしいです。

010a

座席も懐かしいです。どちらにも座った記憶があります。

012b

運転台にも入れます。行列が出来ていました。

005a

同じホームでは、こんな客車も見られました。「二等寝台」車です。
空色の帯は、旧国鉄では二等車を示していました。
因みに、赤帯は三等車、白帯は一等車でした。

007a

同じホームには、旧国鉄の食堂車も。「ナシ20-24」との表示です。

まだまだ続きます。


 




2017年1月18日 (水)

南 新一郎 創作着物アトリエ 「亰そめ塾」

 築150年弱の典型的な亰町家、南 新一郎創作アトリエ”京そめ塾”の出入り口は何時も開いていて、声を掛けさせて戴いたら「どうぞ お入りください」
の優しい声が聞こえます。


009

建物の内部もそうですが、外観も落ち着いた懐かしい風情が有ります。

002


003

奥の間で制作中の南 新一郎氏です。

006


007

何時でも土間で腰を掛けてゆっくり寛げます。
季節的には温かい飲み物を戴くことも有ります。
時々自由に寛いで居る人たちの姿を見かけることも有ります。


001

 町家特有のウナギの寝床と吹き抜けの天井には明かりとりですね。
きっと町家に憧れるのは、土壁に太い柱や梁の他に、この吹き抜けの天井と明かりとりではないかと思います。
 町家独特の
虫籠窓(むしこまど)の有る二階は展示室になっていて、珍しい物や楽しい物が陳列されています。
「どうぞ二階にもお上がりください。」と言われましたが、膝を痛めていて断念しました。機会が有れば是非と願っています。

 

 

2017年1月17日 (火)

西陣の町屋 Vertigo でランチを戴きました

 西陣を散策していて見つけたレストランです。
歩き疲れたのと空腹の為に探す元気も無く、念の為に予約無しでも可能かどうか尋ねると快諾して頂き、喜んで店内に入りました。


020

こちらは元西陣の帯やさんだったとの事で、築100年以上の京町家です。
骨組みはそのまま残してレストランに改造されました。


003

京町家の特徴とも言える、通り庭は厨房として利用。

004

店内はしっとりした佇まいながら、採光は充分です。

006

夜はお酒を楽しむ人たちが来られるとの事です。

001

吹き抜けの二階を飾り窓に、お洒落なトイレなど色々と工夫されていました。

016

7周年記念 スペシャルランチは パ ス タ

013

                前  菜


011

        濃厚なカボチャのスープ

この他にデザートとワンドリンクが付いていました。
ゆっくりランチを愉しみ、オーナーシェフに又、伺いますと約束して約1時間の充実した時間を過ごしました。(11月20日)

2017年1月16日 (月)

1月15日の京都市内の雪景色です

 京都市内では珍しい大雪の朝、自宅マンションから、寒さに震えながらコデジで一応!雪景色を撮りました。朝の市内の積雪は、約9センチとのことでしたが、もう少しある様に思いました。

Img_2543

南側、京都駅に向かって。

Img_2544

南西に向いて撮りました。遠くに見える薄茶色の建物は生涯学習センター
「京都アスニー」です。


Img_2545

西に向いています。お寺の屋根は立本寺です

Img_2546

西側の愛宕山の下あたりです。
 (撮影は、9時25分から30分)

午後は、晴れたかと思ったら雪が舞い散る、真冬らしい?天候、道路はシャーベット状態歩くのにも一苦労です。
道行く人との会話は、こんなに降ったのは珍しいですね。
昔(笑い)の冬は大雪は当たり前でしたね。
久し振りに緊張した朝でした。
 今日は、女子駅伝です。
道路状況が悪く走りにくいことでしょう。

2017年1月15日 (日)

「ゆいまある」作品展

 「佛教大学コミュニティキャンパス北野」愛称”ゆいまある”は、北野商店街と連携を行っている佛教大学のコミュニティキャンパス拠点施設(学外キャンパス)です。      
 講義や学生の活動を始め、商店街との共同企画・イベントなどフリースペースとしても活用されています。
 時々開催されている作品展を拝見していますが、今回は路上生活を経験された方達が、何んとか自分の環境を変えようと努力されているそんな姿が感じられる作品でした。


046


043_2

そんな作品の中から一部をご紹介しましょう。

027


030


031


033_2


034_2


037


040_2


042

最後に主催された「ゆいまある」のメッセージをご覧ください。

044

2017年1月14日 (土)

古きを訪ねて歩く (3) 菊浜地区ー2

 前回の続きです。菊浜地区の高瀬川沿いの道を、「正面通」に向かって歩いています。

046a

この辺りは、高瀬川の川幅が広くなっています。
ここは、「船回し場」跡です。昔は川幅が9mもあって、一部砂浜だったそうです。そして、何時も数艘の船が繋いであったとか。
高瀬川の船運が盛んだった頃を想像させます。

048a

その西側には、こんな石碑がありました。
現在は、その跡地に「ひと・まち交流館・京都」が建てられています。
時々お邪魔することがあります。

049a

「五条会館」です。大正4年に建てられた木造3階です。かつては「検番」であり、歌舞練場でもあったそうです。

057a

「正面通」に出る手前の高瀬川の様子です。その後、「正面通」を東に入りました。さて、「正面通」の「正面」とは?何に向かっての正面か?
それは、昔 正面通の東の突き当りにあった「京の大仏」(豊臣秀吉と息子の秀頼が建てた)に対してです。一説には、西にある「東西本願寺」に対してと言うことも聞いたことがあります。

「正面通」を東に向かって、直ぐに目に付いたのが、

058a

この建物です。玄関には、「奥澤眼科診療所」の看板が掛っていました。
今は、「眼科・外科医療器具歴史博物館」となっています。
以前一度拝見したことがあります。

そして、その東隣には、

060a

こんな建物がありました。

062a

そうなんです。今を時めく「山内任天堂」の旧本社の社屋です。

064a

その横手に回ると、立派な建物が続いていました。
創業者の「山内家」のお住まいでしょうか?

見落とした建物があったので、出発点に戻りました。

052a

それが、この手前の建物です。案内板には、「(仮)五条製作所」とあります。
今は料理店になっています。ここの雰囲気から言えば、やや場違いな感じの洋風の建物です。
そして、その右隣の建物こそが、この場に合ったものかと?

051a

かつての盛り場だった頃を彷彿させます。

「高瀬川」は、上流から下流に至るまで、色んな歴史を刻みつつ流れています。一度じっくりと、「高瀬川」を眺めて見たいと思っております。







2017年1月13日 (金)

古きを訪ねて歩く (2) 菊浜地区-1

 地元の新聞に、「旧花街」として、下京区菊浜地区が紹介されてい、かねてから一度じっくりと訪ねてみたいと思っていたので、早速に出掛けました。
 訪れた「菊浜学区」は、江戸時代には高瀬川の舟運で栄え、歓楽街や職人町が形成されたところでした。戦前から続いた遊郭は、1958年に廃止されましたが、北部地域は「五条楽園」と呼ばれて賑わいました。五条大橋の下流の地域だったので、「橋下」とも呼ばれていました。

五条通の「五条大橋」の手前を右折して、高瀬川沿いに南に向かって歩きます。
少し行くと巨大な楠木があり、源融の「河原院」跡の石碑があります。

030a

その辺りの高瀬川の様子です。左岸の道を南下しました。

031a

やがて見えて来たのが、この建物です。お茶屋だった「本家 三友」です。
風格ある堂々たる建物です。

032a

左側の玄関に近付いて見ました。簾が1か所外れているのが、何とも侘びしさを感じて仕舞います。

035a

住宅街に入って見ました。家の造りが、かつての商売を思わせます。
家が改造されていても、その名残りを想像させます。
特に2階の手摺や窓の様子などです。

036a

こちらも、元お茶屋の建物です。

038a

その正面です。かつての銭湯や、この様なお茶屋など、何故この様な玄関の様式に造られるのでしょうか。不思議を感じます。

041a

こちらの建物も、かつての有様を感じます。特に2階がそうです。

044a

こちらは、現在宿屋をされていました。近くで外国の方を見掛けたので、その方達の利用もあるのかなと思いました。
この辺りの町名は、上ノ口通加茂川西入 八ツ柳町 との表示が見られました。

 この後、もう暫く散策しました。次回に。







2017年1月12日 (木)

古きを訪ねて歩く (1) 円山公園・左阿彌他

 琵琶湖疏水の水が、円山公園の流水に使用されている様子を見たついでに、何時もは殆ど行かない公園の奥を歩いて見ました。お寺があったり、料理店があったりしました。そんな中で、偶々玄関の水撒きをされていた方と少しお喋りをしたら、何と中を見せて下さいました。そのお店の名は、「料亭・左阿彌」さんでした。江戸時代から明治にかけて、この辺りに6つの「阿彌」が付くお店があったそうですが、現在残っているのは、ここ「左阿彌」(さあみ)さんだけだそうです。

011a

表玄関の様子です。入口は狭い様ですが、奥は随分と広い様です。

012a

正門の上に掲げられた木額の文字は、頼山陽の高弟・易安の書だとか。

013a

正門を入って、左手には茶室風の建物が見られました。

014a

こちらもその1つです。

015a

こちらでも、お食事が出来るそうです。

↓は付近にあるお寺の1つです。

016a

「長楽寺」です。「平家物語」ゆかりのお寺で、建礼門院が出家したところとして知られています。極一部分ですが、紅葉していますね。

 最後に「左阿彌」さんについて
○六阿彌とは、正阿彌 春阿彌 庭阿彌 連阿彌 也阿彌 左阿彌 の6つで、元は安養寺の宿坊だったようです。

○織田信長の弟・織田有楽斎の息・頼長が、茶人だった父にならって「雲生寺道八と号し、この地で茶事を極めたとか。

○江戸時代は、この辺りは遊興の地として大変賑わったそうです。多くの文人墨客が集い、風流の限りを尽くしたとか。
 

2017年1月11日 (水)

昔ながら風情漂う・上京小川通 通称"家元通り”のお正月

 木造建築が並び昔ながらの京都らしい街並みを残す上京区の小川通で、電線などを地中に埋める「無電柱化」が昨年完成しました。

Img_2511_2


電柱か無くなったのは、上御霊前通から寺の内通間の約250m。
今後、御影石を敷き詰めたような石畳風アスファルトになります。打ち水の効果が高くまるように保水機能がある素材を使用するとのことです。


Img_2514

この通りは、「表千家不審庵」

Img_2509

「裏千家今日庵」に面し、それ以外にも古くからの木造建築が残っています。

Img_2512

訪れた日は、元旦と言うこともあってか、人の姿も少なく、静寂そのものの佇まいでしたが、※初釜の日は、女性は勿論のこと男性も和装で、凛とした中にも華やかな佇まいが感じられます。
 ※新年にお茶のお稽古を始める日のこと。新年のあいさつが終わった1月10日頃から行われます。茶道での新年会のようなものです。茶人は元旦に汲んだ水を使い、お茶を客に振る舞います。

 尚、京都市は都市景観の向上と災害防止を狙いに、1986年から無電柱化を進めていて、昨年3月で約61キロを工事しているとのことです。

2017年1月10日 (火)

梅小路公園・緑の館レストランと「水鏡」

 SLの頭出し」を見た後は、梅小路公園内にある「緑の館」レストラン(京野菜レストラン)で、お昼を戴きました。京野菜をふんだんに使ったメニューが気に入り、入ることにしました。

108a

「選べるDELI LUNCH」 京野菜 4品 デリプレー1 冷製 3品 温製 1品に十五穀米の御飯(またはパン) グリーンサラダ スープ それにドリンク付きで 1,200円 セルフサービスです。ワインは別料金です。
右の真ん中は、焼九条ねぎ その左は温製で野菜のコロッケの様なもの
その左(真ん中)は生ハムのマリネ などです。
美味しくて、十分に食べ応えがありました。

105a

食卓の向こうに広がる「朱雀の庭」です。そしてこの池は、「水鏡」と言われています。

106a

視線を少し変えて見ています。
 この、朱雀の庭の見どころのひとつである池「水鏡」は、インド産の黒御影石の上に1cmだけの水を張り、池全体を水鏡にするという斬新な手法が取り入れられました。
昼は周囲の景色を、夜は月やライトアップされた木々を水面に美しく映します

111a

場所を変えて、見ています。

112a

右手の端に見えるのが、レストランの建物の一部です。

料理も美味しく、景色も素敵で、心から癒されたひと時でした。

2017年1月 9日 (月)

京都鉄道博物館のお正月 SLの頭出し

 地元に住みながら中々そのきっかけが無かった「京都鉄道博物館」へ、漸く行くことが出来ました。そのきっかけとは、扇形車庫に保管されている「SLの頭出し」が見られることでした。1月6日に行きました。学校などが未だ休み中なので、子供達が大勢来ていました。勿論大人の方も多かったです。

094a

扇形車庫の全景です。保管SL23両のうちの13両が、頭出しされています。

089a

見る位置を変えて、見ています。右手は「転車台」です。

102a

車庫から約5m引っ張り出しているのが、「頭出し」です。

082a

「お召列車」を牽引していたのが、右手のSL・C58です。
その前では、係りの方が家族の記念写真のシャッターを押されていました。

085a

客車牽引の最強SLのC62の第1号機です。

083a

対称的に古い形のSL・B2010です。

087a

さらにもっと古いSLです。明治に外国から輸入されたSLです。
弁慶号か義経号か、どちらかかと思います。

新しく開設された「京都鉄道博物館」の主体の各車両は、後日にご紹介する予定ですが、この日のお昼を戴いた「梅小路公園・緑の館レストラン」の方を、次回にご紹介します。

2017年1月 8日 (日)

新年初歩き 二条城と今宮さんへ 今宮神社

 前回の続きです。「二条城」をゆっくりと散策した後は、西陣の総氏神さまと言われる「今宮神社」に初詣しました。
 楼門をくぐると、直ぐに長い行列が出来ていました。参拝の方の列です。皆さん鈴を鳴らしてお参りする為に行列が出来て仕舞うのですが、何とかならないものかと何時も思います。
 私は鈴には拘らず横からお参りを済ませています。これではご利益も半減するのでしょうね。

032a

今宮さんの楼門前です。

026a

その楼門の右手には、今年も干支の大絵馬が飾ってありました。

031a

舞殿には、氏子さんが供えられた野菜やお酒などが置かれていました。
右上には、「一和」の文字が見えますが、ここの名物「あぶり餅」のお店の1つです。

029a

その裏側には、こんなものも。

028a

拝殿前の様子です。この行列が、楼門をくぐった直ぐのところから出来ていました。私が地元の氏神さまでの経験から察すると、20~30分は待たなければならないと想像しました。

030a

境内には、多数の摂末社がありますが、その中でも比較的大きなお社は、ここ「織姫社」で、西陣織の業祖神がお祀りされています。織り機の道具が灯篭になっています。

 今宮神社について
 ご祭神  大己貴命 事代主命 奇稲田姫命
 かつては 「紫野社」ともいわれた
 創祀以来一貫して 疫病退散の神 「やすらい祭」は疫病を鎮める花鎮めの 
 まつり(京都三大奇祭の1つ)
 「阿呆賢さん」と言う名の不思議な石がある     
   

2017年1月 7日 (土)

新年初歩き 二条城と今宮さんへ 二条城(2)

 昨日の続きです。「二の丸御殿」の「唐門」の鳥(酉)尽くしを拝観した後、「二の丸庭園」に向かいました。

013a

築山林泉式のこの「二の丸庭園」は、国の特別名勝に指定されています。
夥しい石が使われているのには驚かされます。
徳川将軍家の力の誇示を感じます。なお、作事奉行には「小堀遠州」が務めたそうです(二の丸御殿の拡張工事全般に)。

016a

池の畔には立派な「蘇鉄」が植えられていて、この様に「冬囲い」も。
左に見える建物は、「二の丸御殿」の一部です。

017a

「本丸御殿」の内堀に架かる「西橋」から、「天守閣跡」を望んでいます。
最近、「天守閣」再建の話を耳にしますが・・・・。

018a

「本丸御殿」を囲む内堀の北西角から、内堀の西側を見ています。
見えている橋が、「西橋」、遠くに「天守閣跡」が見えます。
右手の白壁の建物は、「米蔵」です。

019a

城内の北側一帯に広がる「清流園」に遣って来ました。この庭園は、戦後に造られたものです。右手の建物は、「香雲亭」と言う名のお茶室です。

021a 

「清流園」の西の部分を見ています。
左手の建物は、やはりお茶室で、「和楽庵」と言います。

020a

「清流園」の真ん中辺りに、どんと構えているのは「虎石」(私称、それとも獅子石?)です。

022a

冬木立の「清流園」です。東の方から見ています。

025a

少し北に向きを変えて。

立ち止まって景色を眺めたりしていると、途絶える事無く人々が通り過ぎて行きます。結構外国の方も多かったです。

今年は、ここ二条城で「大政奉還」が為されて150年になります。
幾つかの行事が行われる様です。

2017年1月 6日 (金)

新年初歩き 二条城と今宮さんへ 二条城(1)

 新年早々から歩き回りました。今年も元気に歩けることを願って。
 始めに、「二条城」へ。庭園しか拝観出来ませんが、結構多くの方が来られていました。

002a

通常は、堀川通に面した「東大手門」から入城するのですが、只今改修工事中のため、ここ「北大手門」からの入城になります。
その「北大手門」前に飾られていた門松です。勿論左右に置かれていますが、写真は右側のものです。「東大手門」とはやや小振りな感じです。

「二の丸御殿」の方に向かいます。
003a

「二の丸御殿」の入口に建つ「唐門」です。奥に見えるのは、「車寄」です。
この「唐門」の上部の彫刻には、多くの「鳥=酉」が見られました。
では、「酉年」に因んで、全てをご紹介しましょう。

004a

表側を大きくして見ました。
さらに、1つ1つを見てみましょう。

005a

お目出度い「鶴」ですね。可なり体を曲げている様です。

006a

向かって右側の「鶴」です。飛んでいる様に見えます。

008a

少し奥まった部分にも。瑞鳥の「鳳凰」でしょうか。

009a

勿論右側にも。

010a

「唐門」の裏側にも多くの鳥達が彫刻されていますが、埃を被っているのか、美しさには欠けます。

011a

同じく「唐門」の裏側には、こんな形で「鳳凰」が見られました。

012a

左右対称で、同様に。

この後は、「二の丸御殿」の外側を歩きました。















2017年1月 5日 (木)

天神さんの書初め

今年も、2日に北野天満宮て、暖かくスカッとした青空の元、新年の書き初め「天満書」の奉納が始まりました。
 毎年、大勢の親子が訪れ、気持ちを新たに、真剣に書き初めをする子どもたちの姿が見られます。 


Img_2516

静かに並んで順番を待ちます。報道カメラマンもその様子を見守っていました。

Img_2517


Img_2518

「夢」は持ちたいものですが・・・・


Img_2521

真剣な顔に声を掛けることは、遠慮しました。

Img_2523

「希望」と書ける子供たち。そんな世の中でなければいけませんね。
大人の責任です。


Img_2524

意気込みが感じられます。

Img_2525

思わず手を出してしまったお母さん、気持ちは分かります。

Img_2529

華道家元の一つ、池坊の献花です。

Img_2530


Img_2532


Img_2533

新年に相応しい雅な佇まいに、京都のお正月らしさが感じられて暫く見入ってしまいました。

      ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

Img_2540

せっかく天神さんにお参りしたので、一輪ですが仄かな風情に惹かれて、白梅を撮りました。





 

2017年1月 3日 (火)

神泉苑に「酉」の絵馬が奉納

 京友禅作家の足立さんが、手描き友禅の技法で描いた絵馬を神泉苑に奉納され、初詣の参拝客に披露されました。

Img_2503

これは弁天堂の解体修理が完成したのを記念して織られたもので、縦70センチ、横90センチの木製で、加工組から絵付けまで約1か月かけて、一人で完成されました。

Img_2501

一枚は、神泉苑に祭られている「善女龍王」にちなんで、竜と鶏の絵をあしらい

Img_2502_2

もう一枚は、鶴に乗って水上を舞う弁財天が描かれています。

尚、足立さんは、京友禅の手描き部門で経済産業大臣が指定する「伝統工芸士」です。

Img_2506

日本で唯一の恵方社で、神泉苑の歳徳神が祭られています。
 「平成29年の恵方(良い方角)は、亥子(北北西)の方角です。その方角に向かって礼拝し幸福を授かってください。」と説明されていました。

Img_2504_2

こちらは寺院でしょうか?それとも神社?
この写真から見ると寺院ですね。今も残る「神仏習合」の姿かと思います。

Img_2499

御なじみの鮮やかな朱色の「法成橋」です。願ごとをひとつだけ叶えてくれる橋だそうです。

Img_2500

 「龍頭船」この中で食事ができます。
ちなみに、この舟は動きません。固定されています。

Img_2507
 
静けさが漂う池。
 今年の初詣は神泉苑にお参り出来、清々しい気持ちで新年を迎えることが出来ました。
今年は良い年になりそうです・・・・・。

2017年1月 1日 (日)

新年明けましておめでとうございます

 平成29年・2017年、明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 今年は、「丁酉」(ひのと・とり)の年です。
例によって、「酉」=鶏の大絵馬を、ご紹介しましょう。

(1)まずは、「天神さん」と親しみを込めて京都市民から呼ばれている、北野天満宮です。

Img_2406

お参りの方や観光客がカメラに収めています。

Img_2408

近づいてみました。背景はやはり梅の花です。そして、これはいずれの干支でも同じです。

(2)そしてお酒で有名な松尾大社。

005a

原画は、版画家の故・井堂雅夫さんのもの。何となく愛らしいですね。
井堂さんは、生前に全十二支の原画を残しておられるそうです。

(3)そして足腰の神様で有名。季節を問わず、お参りの多い護王神社です。

006a

烏丸通に面した楼門を通して、大絵馬を拝見。

004a

瓢箪に乗った可愛い鶏です。ここのお使いの「猪」も、大絵馬に見惚れています。

005a_2

大絵馬は、この様に暖簾にもなっています。

 昨年末には、全国各地で「鳥インフルエンザ」が猛威を振るっていた為、動物園での鶏の撮影は諦め、代わりに昨年、生誕300年だった「伊藤若冲」の生家があった、京都市錦市場での若冲の鶏の絵をお借りしました。

錦市場の西口の両側に置かれています。

008ab


006a

若冲は素晴らしい「鶏」の絵を残していますが、その1つを使ってこの様なモニュメントを造られたのでしょうね。

市場の上にも、「錦」の文字が入っていますが、この様な絵が吊り下げられています。

002a

011a

 最後に、今年がより良い年であります様に、祈念したいと思います。

 

 

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

京 歩き