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2016年10月16日 (日)

有栖川宮家旧邸を拝見 (2)

 前回に続いて、有栖川宮家の旧邸を紹介します。
 今回は、「客間棟」の前のお庭から始めます。

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もう一度「客間棟」の座敷と板の間の写真を、ご覧戴きます。
その2つの間の前面に、お庭が広がっています。ガラス戸の向こう側です。

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お庭の中央部分です。2009年に、「植治」こと11代小川治兵衛により、造り変えられています。大量の土を入れて、庭全体を嵩上げされたそうです。

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廊下を通って、「住居棟」に回ります。

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「住居棟」には中庭があり、真ん中に大きな梅の木が植えられていました。

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さらに廊下を通って、「玄関棟」に出ます。
廊下の左右には、幾つかの小さな部屋がありました。

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「釘隠し」も、立派なものが付けられていました。

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表門の左側には、大きな桜の木が2本、植えられています。
枝垂れ桜で、春には塀を越えて、見事な花を見ることが出来ます。
手前の石は、「立ち話ではなんですさかい」と言う名前で、小川治兵衛さんが自ら付けられたとか。腰掛石です。

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門の右側には、楓が2本植えられていて、近くには同じ様に腰掛石が置かれています。

表門から外に出て、右に回ると「長屋門」があります。下立売通に面しています。

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右手には居住の出来る部屋があり、左手には納屋等に利用されていたとのことです。

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門の様子です。専門家によれば、長屋門形式としては最上級の構えだとか。

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下立売通の南側には、「聖アグネス教会」があります。
教会の右手(西側)には、現在は「有栖川宮旧邸」の持ち主である、「平安女学院」の校舎が延びています。

最後に、歴史的なことを、戴いた資料から、ご紹介します。

◇有栖川宮家について~寛永2年(1625) 後陽成天皇の第7皇子 好仁親王によって創設された宮家。大正12年(1923)に絶家になるまで、ほぼ300年続いた。熾仁親王は、維新時征東総督として、官軍のトップとなる。当初は皇女和宮の許婚だった。

◇有栖川宮家は、当初御所の建礼門の前にあった。維新後は、京都裁判所の仮庁舎等として使用されていた。

◇その後、民有地だった現在地に移築、旧京都地方裁判所所長宿舎の一部一部となった。2007年まで使用されていた。




















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