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2016年10月

2016年10月31日 (月)

藤袴アベニュー 「高瀬川」「ゼスト御池」

 寺町でフジバカマを愛でた後は、高瀬川にやって来ました。

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ここは、高瀬川の「一之舟入」の場所です。
「高瀬川」は、江戸時代に京都市内の船運発展を目的に、角倉家が開拓したものです。流れは、宇治川を経由して淀川に繋がっていました。


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この辺りは、木屋町通(高瀬川沿いの道)と河原町通とを繋ぐ小路です。
右側には、ご覧の様に粋な風情のお店(飲食店)が軒を連ねています。
真ん中辺りにある、中華料理店「一之舟入」は、お気に入りのお店です。
予約しないと入れない程の人気店です。
左側には、「京都ホテルオ-クラ」があります。

         ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜


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竹を利用した都会の庭園でしょうか?
地下街の「ゼスト御池」
では、フジバカマが無機質な空間を彩っていました。

2016年10月30日 (日)

「藤袴アベニューてらまち」下御霊神社

 前回は近くの行願寺を上品に雅に彩ろるフジバカマをご紹介しましたが、今回は同じ日にお参りした下御霊神社のフジバカマをご覧ください。

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御霊神社は、上社と下社の2社がありますが、こちらは下御霊社です。
御霊とは、平安時代に無念の思いを残しつつ、非業の最後を遂げられた方々の霊を鎮めるためにお祀りしたお社です。


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まるでフジバカマ・ストリートを歩いているようで、思わず立ち止まってしまいます。

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行願寺もそうでしたが、至る所にフジバカマです。
これだけ見事なフジバカマを見たのは、初めてでした。
丹精込めて育てられた地元の人達に感謝です。

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フジバカマは甘い香りがするので、何処の花にも蝶々が美味しそうに蜜を吸っているのが印象的でした。


           ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

この後、同じく寺町通りにあるお気に入りのパン屋さん「進々堂」で、ランチを頂きました。

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メインのマカロニグラタンです。魚介類と野菜やキノコが盛りだくさんで美味しく、お腹にも心にも優しく温かな気持ちになりました。

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10種類以上のパンの籠から好きなものを選ぶ、また、違う種類の籠の中から・・・、好きなだけ選びます。

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最初の一皿目です。無くなるころを見計らって持ってこられた籠から新しいパンを選んで・・
この他にトマトジュースなどのジュース類又は、コーヒーか紅茶。
トマトジュース以外はお替り自由です。

お腹も心もそして少々疲れた身体も十分に満足して、この後、やはりフジバカマに彩られた高瀬川(明日ご紹介します)に向かいます。

2016年10月28日 (金)

京都府立植物園 可憐なバラの花

 秋バラはあまり関心が無かったのですが、偶々少し季節遅れ?のバラの花を愛でることが出来ました。

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比叡山を背景?に咲くバラ、この風景が一番好きです。

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名残のバラでしょうか?やはり色あせています。
残暑の厳しい夏を乗り越えて、見事に咲いた花たちにはやはり感謝です。


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こちらも色あせていますが、小ぶりの白色とピンクです

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この花達は、比較的花色も花姿もきれいでした。

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今回初めての試みでしょうか?会館の展示室には切り花が展示されていましたが(後日ご紹介します)園内には、散策しながら見られるように鉢植えが工夫して展示されていました。

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風に揺られて自由に咲いているコスモスとのコラボです。

秋が深まって来ると花色も落ち着いたものに変わります。四季の移り変わりを
花や葉っぱで感じられる日本人は幸せだと思います。

2016年10月26日 (水)

時代祭2016 (4) 平安時代~神幸列

前回の続きですが、「時代祭2016」の最終回となります。
では、「平安時代婦人列」から始めましょう。

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凛とした女武者「巴御前」、何時も注目の方です。
傍に付いていた方を避けて撮ろうとして、横顔しか撮れなくて残念!
今日は薙刀を持っていませんね?!

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話によれば、女性の行列の中で一番高価な衣裳だとか。

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ふっくらお顔の「小野小町」さん。お付きの方も。

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桓武天皇の信頼が厚かったと言われる「百済王明信」、女官長。百済王氏の出身。

「延暦時代」に移って、

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「延暦武官行進列」の1武将です。

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「延暦文官参朝列」の1文官です。

この後、当日の神饌物を奉献する役を勤仕する方達の列「神饌講社列」が続き、そして最後の「神幸列」となります。

その「前列」には、雅楽の人達や踊りの人達が進みます。その中の一人、

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舞人の「胡蝶」です。背中には蝶の羽根を付けています。

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御鳳輩(ごほうれん)は2基あって、先は孝明天皇、後は桓武天皇ですが、こちらは後の桓武天皇の御鳳輩です。何れも平安神宮のご祭神です。
町での御神輿のように、ご祭神が京都の町中をご巡幸されるのと同じことです。先行する各行列は、このご祭神のお伴をする形です。
この後には、平安神宮の宮司以下の神職が続きます。

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「平安講社」の総長の馬車です。

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「白川女献花列」の皆さんです。両手を放して、頭に載せて歩く方も。

最後は、「弓箭組」(きゅうせんぐみ)です。丹波国の人達です。
桓武天皇の平安遷都の際には、その警固に当ったとも。

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維新の際には、山国隊とともに活躍したとも言われています。武装集団です。

参加者は約2千人、全長約2Kmの行列は、午後0時にスタートして、ゴールの平安神宮には午後2時半頃に到着となっています。

当日の観客は、昨年より1万2千人多い、6万2千人だったとか。
土曜日でしたから、おおかったのでしょう。お天気もまずまずでしたし。
結構外国の方も多かったです。
 神戸から来られた2人の若い女性が「京都は良いですね」










2016年10月25日 (火)

時代祭2016 (3) 室町時代~藤原時代

 前回の続きです。幾つかの新しい文化が生まれた「室町時代」です。

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室町幕府執政列の中の「足利将軍」です。
以前は無かった列で、数年前に登場しました。
「足利幕府」に対する都・京の特殊事情と言えそうです。

「室町洛中風俗列」も、比較的新しい列です。京の町衆による風流踊りを再現したものです。

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先頭の人は、時代祭で唯一の「洋服姿」と言われています。
それに続くのが、「風流踊り」の一隊です。

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可愛い姿に、魅せられてパチリです。

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「風流傘」(後方)を中心に、囃子方や踊り手などが、賑やかに進みます。

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シャッシャシャと、リズミカルに、ささらを打ちつつ。

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室町時代が続きます。「楠公上洛列」の「楠木正成」です。
 楠木正成の鎧兜は、時代祭の男性登場人物の中で一番高価なものと言われています。

「鎌倉時代」に移ります。「中世婦人列」です。

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「大原女」達の行列です。室町末期の大原女の姿だそうです。
古来薪や炭等を頭に載せ、京の町へ売りに出た姿です。

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今 NHK大河ドラマに登場の「淀君」ですが、「中世」で良いのかなと?

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「藤原為家の室」(阿仏尼)ですが、今年衣装が新調されたと気憶します。
お顔が見えなくて済みません。旅姿ですね。

「城南やぶさめ列」の狩装束の武士の馬上姿もありましたが、カットさせて戴きました。

「藤原時代」に変わりまして、「藤原公卿参朝列」から、

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主役の登場です。

ご紹介は、次回(明日)で終わりますが、「平安時代」とその以前となります。





















2016年10月24日 (月)

時代祭2016 (2) 江戸時代~安土・桃山時代

 前回の続きです。「時代祭」は、新しい時代から古い時代へと、遡って進みます。今回は、江戸時代となります。

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「徳川城使上洛列」のトップは、陽気な荷物運びの連中です。
元気な仕草と走って進む皆さんには、観衆から拍手が送られていました。

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こちらも元気良く長槍を持って踊ったり、投げて渡したりする奴さんに拍手でした。

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「城使」には、親藩や譜代の諸侯が選ばれていたそうです。
徳川幕府から朝廷への使い番でした。

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立派な駕籠が続きます。本当は、「城使」はこの駕籠に乗ったのでしょう。

漸く女性達の登場です。「江戸時代婦人列」です。

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そのトップは、「皇女 和宮」です。時代祭に参加されている女性の多くは、
花街の芸舞妓さんです。

江戸時代にその名を馳せた女性達が続きます。そんな中から、

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「吉野太夫」を選びました。寛永の頃、京都六条三筋町の名妓です。

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そして、「出雲阿国」です。歌舞伎の創始者とされる人です。

「安土・桃山時代」に移ります。

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「豊公参朝列」の中の牛車です。豊臣秀吉公は、これに乗って参内したのでしょう。

同じ時代の、「織田公上洛列」です。

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主役の「織田信長公」です。流石に立派な馬に乗っての登場です。

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従う何人かの武将の中から、「柴田勝家」です。

次回は、「室町時代」です。
明日紹介しますので、是非、ご覧ください。






























2016年10月23日 (日)

時代祭2016 (1) 明治維新時代

 京都の「時代祭」を、2年ぶりに拝見しました。
曇り空ながら、暑くも無く、気持ち良く拝見出来ました。
今年も京都御苑内の一角に陣取り、ゆっくりと拝見出来て良かったです。

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正午12時スタート。私がいる場所まで、約15分程掛ったでしょうか。
先頭の横断幕が、若い女性達の手で掲げられて遣って来ました。

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続いて、数台の馬車に乗った、行政のお偉方が続きます。
京都の行政のトップ、山田府知事(手前)と門川市長が乗った馬車です。
お二人とも、にこやかに手を振っておられます。

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「時代祭」の大きな幟が続きます。文字が良く見える様に、しっかりと張っておられる姿に気合いを感じます。

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待ちに待った行列のトップは、維新勤皇隊列の、ピーヒャラ ドンドンです。
何時もこの音を聞くと、気持ちが高ぶります。
ピシッと気持ち良く、統制が取れていますね。

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馬上の隊長達です。

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鉄砲を担いだ隊列が続きます。

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続いて、「幕末志士列」です。トップは、桂 小五郎です。

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幕末の人気者と言えば、坂本龍馬でしょうか。
他に、西郷・中岡・高杉・吉田寅太郎・頼三樹三郎・梅田雲浜・橋本佐内・吉田松陰・平野國臣等が列を作っています。

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8月18日の政変で、長州に落ち延びた「七卿落ち」です。
三条実美などです。

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近衛忠熈卿です。場末の公武合体派の公家として活躍しました。
 
この続きは、明日24日にご紹介します。


















2016年10月21日 (金)

「藤袴アベニューてらまち」(行願寺)

 フジバカマで秋の街を彩る催し「藤袴アベニューてらまち」が11日から16日まで京都市中京区の下御霊神社や行願(ぎょうがん)寺などで開かれました。15、16両日には丸太町通−二条通間の寺町通にも鉢を並べられ、この辺り一帯がフジバカマの甘い香りに包まれました
約900鉢のフジバカマの自生種を展示し、平安時代の花風景を再現する「藤袴(ふじばかま)アベニューてらまち」です。


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行願寺は、別名「革堂」(こうどう)の名で知られています。
西国33所観音霊場第19番札所(唯一尼寺の札所)でもあります。
また、境内には「寿老神」を祀るお堂があり、「都七福神参り」の札所でもあります。


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フジバカマはキク科の多年草で淡紅紫色の小花を咲かせる秋の七草の一つ、万葉集や源氏物語に登場し、匂い袋に使われるなど、昔から親しまれてきました。

 水を好み、京都では川沿いや野原に群生していましたが、環境の変化から自生する原種が激減。一時は絶滅したとも言われましたが、官民力を合わせて取り組んできた結果、多くの場所で見かけるようになりました。

2016年10月19日 (水)

或る町の秋祭り(3)子供神輿と種明かし

 昨日の続きです。
或る町の秋祭りの最後は、子供神輿です。氏子の各町では、それぞれに子供神輿を持っておられる様で、様々な形で参加されていました。

子供神輿 その1

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大きい御神輿が出発してからでないと、境内に入れない待機中の子供神輿です。そろそろ出発出来そうです。

子供神輿 その2

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掛け声も勇ましく、元気良く遣って来た子供神輿です。

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大勢の子供達に曳かれて・・・。

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担いでいるのは、実は大人達。

子供神輿 その3

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ここが、この神輿の基地。いよいよ自分達も出発です。

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「さあ、行くで・・・」と、長老が引っ張ります。

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この町の方の手作り神輿です。しっかりと支えていれば、動きは軽やかな様です。

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これから神社に参拝して、町内を回ります。

子供神輿は、この他にも幾つかある様です。

さて最後に、何処の神社か? 種明かしを。

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何かお判りでしょう。「三柱鳥居」です。京都市内での不思議な鳥居の一つです。それがある神社は?

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そうなんです。通称「蚕の社」と言われている、「木嶋神社」です。
「このしまにます・あまてるみたま・じんじゃ」です。
秦氏ゆかりの神社でもあります。

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その証しか?6基の剣鉾の1つには、真ん中に「秦」の文字が。
関係者に聞きますと、やはり「秦氏」ゆかりのためとのことでした。


 この神社の祭礼は、10月9日でした。











2016年10月18日 (火)

或る町の秋祭り(1)巡行前

 京都では、10月は22日の「時代祭」を筆頭に、各地で秋祭りが催されますが、私は或る日、或る町の秋祭りを取材させて戴きました。或ることで有名な神社なんですが、敢えて名前は伏せて置き、最後で種明かしをさせて戴きます。
 その日、何時から始まるのか聞いていなかったので、午前8時半頃から私は動き始めました。既に御神輿は舞殿に安置されていましたが、人影は殆どありませんでした。
 取り敢えず、お参りをさせて戴きました。

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拝殿前です。本殿などは、その奥に見えます。
二礼・二拍手・一礼と、何時もの通りお参りをしました。

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御神輿は、2基ありましたが、どちらかが担がれます。今年はどちらかな?

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午前8時半、関係者が集まって来ました。
御神輿の担ぎ手は、150名位おられたでしょうか。

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「剣鉾」も、6基ありました。車に載せられての巡行です。
先頭の車の前面に見えるのが、ここの「神紋」の様です。

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神紋は、「二葉葵」です。京都市内の有名神社と同じです。

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巡行出発の時間も、迫って来ました。
巡行に担がれる御神輿は、小さい方の様です。
聞くところに依りますと、大きい御神輿は物凄く重く、担ぐ棒も極めて長く、辻を曲がるのも大変だそうです。節目の年しか、担がれないそうです。


このままをご覧ください。







或る町の秋祭り(2)御神輿巡行

からの続きです。
 御神輿の担ぎ手 約150人程が集まり、神前で宮司さんの御祈祷が行われ、担ぎ手のリーダーから色々と指示があって、いよいよ御神輿の巡行がスタートです。午前9時半を過ぎていました。

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漸く大きい御神輿の巡行がスタートしました。
先頭を行くのは、町の有力者の様です。

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先触れの太鼓と大きな榊が続きます。

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続いて、6基の剣鉾が、軽トラックに載せられて進みます。

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可愛いお稚児さん達が、親御さんに付き添われて、続きます。
女の子の方が多い様に思いました。きっと一生の思い出になることでしょう。
この後、随伴の役員さん達が続きます。

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御神輿の先頭を行く、大きな旗が出て来ました。
担当の役員さんが、時計を確認されています。
始めに聞いていた時間から、少し遅れていますよ。

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やっと御神輿のお出ましです。

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出発に当たっての差し上げです。担ぎ手の皆さんの元気さが伝わって来ます。

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いよいよ巡行の開始です。北に向かって進みます。

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最後尾は、宮司さんがオープンカーで進まれました。
総勢約200人の巡行が、各町を回って夕方には帰って来られる様です。
大変なエネルギ-です。

明日は、子供達も各町から参加していましたのでその様子と、もうお気付きかも知れませんが、何処の神社か種明かしをします。









2016年10月16日 (日)

有栖川宮家旧邸を拝見 (2)

 前回に続いて、有栖川宮家の旧邸を紹介します。
 今回は、「客間棟」の前のお庭から始めます。

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もう一度「客間棟」の座敷と板の間の写真を、ご覧戴きます。
その2つの間の前面に、お庭が広がっています。ガラス戸の向こう側です。

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お庭の中央部分です。2009年に、「植治」こと11代小川治兵衛により、造り変えられています。大量の土を入れて、庭全体を嵩上げされたそうです。

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廊下を通って、「住居棟」に回ります。

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「住居棟」には中庭があり、真ん中に大きな梅の木が植えられていました。

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さらに廊下を通って、「玄関棟」に出ます。
廊下の左右には、幾つかの小さな部屋がありました。

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「釘隠し」も、立派なものが付けられていました。

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表門の左側には、大きな桜の木が2本、植えられています。
枝垂れ桜で、春には塀を越えて、見事な花を見ることが出来ます。
手前の石は、「立ち話ではなんですさかい」と言う名前で、小川治兵衛さんが自ら付けられたとか。腰掛石です。

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門の右側には、楓が2本植えられていて、近くには同じ様に腰掛石が置かれています。

表門から外に出て、右に回ると「長屋門」があります。下立売通に面しています。

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右手には居住の出来る部屋があり、左手には納屋等に利用されていたとのことです。

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門の様子です。専門家によれば、長屋門形式としては最上級の構えだとか。

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下立売通の南側には、「聖アグネス教会」があります。
教会の右手(西側)には、現在は「有栖川宮旧邸」の持ち主である、「平安女学院」の校舎が延びています。

最後に、歴史的なことを、戴いた資料から、ご紹介します。

◇有栖川宮家について~寛永2年(1625) 後陽成天皇の第7皇子 好仁親王によって創設された宮家。大正12年(1923)に絶家になるまで、ほぼ300年続いた。熾仁親王は、維新時征東総督として、官軍のトップとなる。当初は皇女和宮の許婚だった。

◇有栖川宮家は、当初御所の建礼門の前にあった。維新後は、京都裁判所の仮庁舎等として使用されていた。

◇その後、民有地だった現在地に移築、旧京都地方裁判所所長宿舎の一部一部となった。2007年まで使用されていた。




















2016年10月14日 (金)

有栖川宮家旧邸を拝見 (1)

 今年の「京の夏の旅」(第41回)の文化財特別公開には、「ノートルダム女学院中高等学校・和中庵」に続いて、「平安女学院大学・有栖館ー有栖川旧邸」を、先日拝見させて戴きました。かつて京都御苑内にあったものを、明治24年にその邸の一部を現在の地に移されたものです。現在地とは、京都御苑の直ぐ西、烏丸通下立売の角です。その南側の西一帯には、「平安女学院」や「聖アグネス教会」があります。

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烏丸通に面した表門です。「平唐門」と言うそうです。三井家邸宅の表門を移築したものです。

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門をくぐって中に入りますと、直ぐにこの見事な植え込みが目に入ります。

建物は、「玄関棟」 「住居棟」 「客間棟」の3つの棟で構成されています。

 先ず「客間棟」に入ります。

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客間は、奥の12畳半の座敷と、手前の15畳の板張りの間とがあります。

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座敷には、この様な「上段の間」と「付書院」があります。

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「付書院」の内側と、「床の間」の一部です。

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「付書院」を廊下側から見たところです。
雰囲気のある「花頭窓」が、目を惹きつけました。

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見事な欄間にも、流石と感じさせられました。

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板の間は、「矢筈造り」と言うそうですが、能舞台としても使用出来るそうです。
昔は板張りの下には、大きな甕が置かれていたとか。

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座敷の襖の引手には、菊の御紋章が彫られていました。

 次回では、お庭などもご紹介します。












2016年10月12日 (水)

むす美 新作展 花けしき その2

 前回の続きです。
感動しながら拝見していますが、時間の経過とともにお客さんが来られて、会場に居られた案内の方と話が弾んでいます。


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アイデアと楽しい表情に思わず立ち止まって見入ってしまいました。
 上部の動物はkata katqむすびです。

説明によると 「katq katqさんの型紙から切り出された愛くるしい動物たちをそのままふろしきにしました。ふろしきの正方形にのびのびレイアウトされた動物たち。
広げた時は勿論、包んだ時にはどんな表情を見せてくれるのかとワクワク感が楽しいふろしきです。」


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何れも「ふろしき」と一言にまとめられませんね。
多くの専門家の手を経て、完成とのことですが、大いに納得です。
私には芸術品に思えました。


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発想がユニークで、楽しみながら作成されたのかな?とも。

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どれくらいの時間をかけて作られたのか?センスは勿論ですが、根気の要る
何よりも好きでなければ続けられないでしょうね。


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手頃な(価格です)作品を数点、お土産に買わせていただきましたが、差し上げた方は想像通り驚きと感動でした。

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展示は京都文化博物館の別館ですが、会場をうまく使っておられます。
 吊下げられた袋は「アクアドロップ」と名付けられています。
以下はその説明です。
 「撥水」は、ふろしきを毎日のようにお使いいただいている方々から、もっとも多く頂くご要望でした。そんなお客様の声から誕生した、
撥水&防水コーティング加工したふろしきです。毎日のお買い物からレジャーなど使うシーンが広がる撥水ふろしきです。」

この日は大雨で、履いていた靴はぐっしょり濡れて、肌寒くも有りましたが
「拝見して良かった」が実感でした。

2016年10月10日 (月)

京都府立植物園に初秋の花を探して

 前から疑問に思っていた「ヒガンバナ(彼岸花)」と「リコリス」について調べてみました。

 以下は説明書を抜粋したのをそのまま載せました。
「リコリスは日本からミヤンマーに至りこる東アジアの広い範囲に10数種~20種が分布する球根植物です。あまり馴染みがなさそうですが、秋に土手や畦で真っ赤な花を咲かせている「ヒガンバナ」もリコリスの仲間です。
ヒガンバナは学名でリコリス・ラディアータと言います。
その他にもキツネノカミソリやナツズイセン、ショウキランなどの仲間が山野や野原で見られます。」
 
前置きが長くなりましたが、植物園に咲いていた「リコリス」をご覧ください。


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このように群生?して咲いているのは初めて見ました。
白色や黄色は希少価値だと思っていましたが・・・・


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咲いていた場所は違いますが、個人的にはこちらのほうが好きです。

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↑の白色の近くに咲いていました。

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少し色あせていますが、風情を感じます。

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初秋に咲く花の代表格でしょうか?絶滅危惧種と言われている「フジバカマ」、そして「オミナエシ」です。白色と黄色のコントラストが気に入っています。

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フジバカマは小さくて地味な花ですが、なんとも甘い香りがします。
蝶々などの昆虫が喜んで蜜を吸っている姿をよく見かけます。

秋が深まると植物園でも数多くの花を愛でることが出来ます。
今から楽しみです。(9月25日撮影)

2016年10月 8日 (土)

テ-マ「京都の水」 (9) 琵琶湖疏水-8

 前回に引き続いて、琵琶湖疏水を追っ駆けて「伏見」エリアを歩きます。
 かつて「伏見インクライン」があったところが、国道24号線に姿を変え、疏水の流れは国道の下を流れて、「曙橋」の下からかなりの勢いで流出していました。

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その橋の上から、国道24号線を見ています。
向こう側が奈良方面です。24号線は、京都と奈良とを結ぶ国道です。
向こう側に向かっての傾斜から、インクラインの様子が想像出来ます。
左手に見えるのが、「伏見上
ダム」の施設などです。

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橋の上から、疏水の下流を見ています。
見える鉄橋は、近鉄電車京都線のものです。右手に最寄の「伏見」駅があります。

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少し歩いて、上と反対側に遣って来ました。
近鉄の鉄橋のその先には、今までいた曙橋が見えます。

 疏水の流れに沿って歩きました。

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やがて、この様な光景が見えて来ました。「伏見制水門」です。
流れは、この先で2つに分かれます。
1つは、制水門から先へ、もう1つは、右手に見える橋(東住吉橋)の下から右へ。
今回は、右手に流れる疏水を追って歩きました。

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流れに沿って歩いています。向こう側が下流です。水量は結構多いです。
もっとも、琵琶湖疏水の本流ですから。
左手の建物は、住吉小学校校舎です。

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途中に架かっている橋には、こんな表示がありました。

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やがて、こんな標識が見えて来ました。「淀川維持?・・・」 、大きく言えばこの辺りはもう淀川水系なんですね。

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ここで、「東高瀬川」(右手から流れて来ます。余り近寄っていないので、判り難いかと思いますが)と合流します。この辺りの町名は、「景勝町」と言います。
景勝と言えば、上杉景勝でしょうか?伏見城下にあった大名屋敷の1つでしょうか?他にも多くの大名の名前が付いた町名があります。
ここで、琵琶湖疏水の流れの大部分は終了となります。
東高瀬川は、南行してある地点から、新高瀬川となり、宇治川に注ぎます。
そんなことから、「淀川水系」と言われていることでしょう。

 次回は、もう一つの伏見エリア内の流れを追いました。
 

2016年10月 6日 (木)

テーマ「京都の水」 (8) 琵琶湖疏水-7

 前回では、琵琶湖疏水は「七条」駅以南では京阪電車と付かず離れずで流れていると申しました。京阪電車は「七条」駅までは地下になっていますので、地下部分は判りません。 前回は、地上にある「東福寺」駅まで来ました。
 今回は、途中をカットして「墨染」駅で下車して歩くことにしました。何故かと言いますと、その先に「伏見上ダム」と言うポイントがあるからです。

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京阪電車「墨染」駅下車、少し西に歩いたところに「琵琶湖疏水」の流れがありました。橋の上から下流(南方向)を見ています。流れは、ゆったりと流れていました。疏水沿いの右岸の道を歩きました。

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やがて見えて来た光景が、これです。
ここには、京都市上下水道局琵琶疏水伏見分所や関電が管理している墨染発電所などがあります。

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位置を変えて、施設を見ました。
実は、ここにも「インクライン」がありました。今は国道24号線に変わっています。水門見たいに見えるのは、水量調節に使われたものか?

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「伏見上ダム」の向こう側に行きたくて、通り掛って目に付いたのが、これでした。「撞木町廓入口」と石碑にはありました。
そうなんです。昔の遊郭の跡です。元・赤穂藩家老・大石良雄が山科隠棲中に、時々ここへ通っていたとか?

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国道24号線から見たところです。

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これが国道24号線です。かなりの傾斜になっています。
この傾斜のために、インクラインが造られたことが納得出来ます。
向こう側が、ダムです。

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国道からは、こんなのも見えました。「伏見桃山城」です。勿論観光用のものです。

琵琶湖疏水は、国道の下を流れて、ここに出て来ます。

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流れ出る出口が見たかったのですが、柵などがあって見ることが出来ませんでした。「曙橋」の上から、覗き込んで撮りました。

 いよいよ琵琶湖疏水は、伏見エリアに来ました。
 伏見エリアでは、流れが2つに分かれます。
 次回以降では、その様子をご紹介します。

 

2016年10月 4日 (火)

むす美 新作展 花けしき その1

   ふろしきブランド むす美 新作展 花けしき が、 京都文化博物館 別館で
9月7日から10日まで開催されていました。
私は地元の放送局 KBS京都で紹介され初日に拝見してきました。
開館の10時を待ちかねて、多分一番乗り(笑い)だったと思います。

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広々とした展示室には数多くの華やか・シック・おしゃれ、そして可愛いものなど、「これが、これもふろしき?」驚きと感動です。

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男性が”ちょう結び”を指導しておられました。

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「風神雷神や鳥獣数々。人物戯画という個性豊かであり誰からも愛されてきた絵画の数々。縁あって”むす美”が風呂敷にデザインすることをお許しいただいた作品です。」
 
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茂山千五郎家狂言装束文様

「古くから町衆に愛されてきた狂言。その装束には格式ばった日本の美とは一味違う、簡素ながらも洒脱な美しさが狂言師の名家として名高い茂山千五郎公認のもと、ふろしきとして仕立て上げました。」

どれも珍しく素晴らしく今までの風呂敷のイメージがすっかり変わりました。
これは「商品と言うより芸術品」であるが正直な感想です。




 

2016年10月 2日 (日)

久し振りに北嵯峨を歩く (3)コスモスたち

 前回に続き、「北嵯峨田園地帯」を歩いています。
 今回は、「ヒバンナバナ」以外の花達を、ご紹介します。

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ここへ来て最初に「ヒガンバナ」を撮ったと言いました同じ場所には、早くも「コスモス」が咲いていました。
バックに見える人影は、休耕田でラグビーの練習をしている子供達です。

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未だ数は少ないですが、ほぼ毎年ここでコスモスを見ます。
誰かが植えている感じでは無く、自然生えの様に思います。

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コスモスも青空に映える花なのですが、曇天が残念でした。

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キバナコスモスも咲いています。

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少数派ですが、白色もありました。

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向こうに広がる田園地帯を睥睨(へいげい)するが如く、すっくとキバナコスモスが立っていました。

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同じ並びに、「ススキ」も姿を見せていました。

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近くの畑では、「ショウガ」の花が咲き乱れていました。

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隣の畑では、「オクラ」の花が沢山咲いていました。

未だ「小さい秋見ぃつけた」状態では無かったですが、間もなくこの一帯でも沢山の秋の風情が楽しめることでしょう。

最後に、近くのカフェで戴いた「京野菜カレー」を。

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カボチャ・ナス・トウガラシなどが入った野菜カレーは、大変美味しかったです。
ラッキョウや福神漬けも添えられていて。結構お腹も一杯になりました。

 行きは、佛教大広沢校前からスタートでしたが、帰りは、嵯峨釈迦堂前から市バスに乗りました。この辺りは、京都バスも走っていて割合便利な範囲かと思います。















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