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2016年4月19日 (火)

歴史と自然を満喫の旅2015(津和野町-2)

 桜の花に押されて?すっかり遅れていますが、旅前回の続きです。
津和野の町並みを歩いています。重伝建地区の「本町通り」から、その延長の「殿町通り」(勿論ここも重伝建地区です)に入りました。

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「殿町通り」の町並みです。「殿」と付いていますから、大きなお屋敷が中心の様です。「山陰の小京都」とも言われている津和野町の観光の中心地です。

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「殿町通り」に入って、直ぐに目にするのは、この建物です。
「津和野カトリック教会」です。

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乙女峠で殉教したキリシタンを慰霊するために、昭和6年(1931)ドイツ人神父によって建てられた西洋ゴシック建築の教会です。中に入らせて戴きました。礼拝堂の内部です。畳敷きになっていました。

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光り輝くステンドグラスが、静かな礼拝堂内の雰囲気を造り上げていました。

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どの様なお方のお屋敷なのか?伺い知ることが出来ませんが、立派な土塀が続いています。

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和洋の建築が、そんなに違和感なく眺められました。

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津和野の代表的景色に採り上げられる場所です。
水がやや濁っていて、鯉の姿が良く見えませんでした。
花菖蒲が咲いていたら、言うことが無いのです・・・。

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「津和野町役場庁舎」です。門は「大岡家老家正門」とありました。

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津和野藩の藩校「養老館」です。右側にも同じ位の建物が広がっています。
森鴎外や西周など数多くの優れた人材を輩出しました。
建物の一部は、「民俗資料館」になっています。

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津和野藩主・亀井氏11代にわたり家老職を務めた「多胡家」の武家屋敷門です。隣の建物が修復中の様です。
津和野藩は、徳川と豊臣との最後の決戦で有名になった「坂崎出羽守」が初めの領主でした。この城下町を造ったのも、彼だったそうです。しかし一代限りで終わり、後は亀井氏が幕末まで治めていました。4万3千石の大名でした。
幕末には、隣の長州藩の影響もあって勤皇派となり、倒幕に向かった様です。

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私は旅先では必ずマンホールの蓋を探します。
こちらには、こんな蓋が見られました。
「殿町通り」の様子を図柄にされていました。

 

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