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2016年3月 7日 (月)

歴史と自然を満喫の旅2015(萩市内-2)

 「萩城跡」を見た後は、付近の武家屋敷跡などを見て回りました。
 武家屋敷跡は、実は「伝重建群指定」にもなっています。
 先ず始めに、城跡に最も近い所にある、「旧厚狭(あさ)毛利家萩屋敷長屋」を見ました。

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その入口と外側の外観です。全長は 51.5mもある長大な長屋です。

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中に入って見ました。向こう側が入口になります。
内部は、東・中・西の3つのブロックからなり、部屋数は合計 19もあります。
各座敷は、厚狭毛利家の家臣達の詰所になっていた様です。
厚狭毛利家は、元就の五男・元秋が始祖で、毛利家の一門です。
領地は、厚狭(山口県山陽小野田市)にありました。

武家屋敷の跡地を訪ねて歩きました。

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有名な「堀内鍵曲」(ほりうち・かいまがり)です。「堀」とはお城の外堀のことです。敵の侵入に備えて、道を鍵の手の様に曲げ、左右を高い土塀で囲んで見通しを悪くした道のことを言います。
塀越しには、名物の夏みかんが見られます。

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「伝重建地区」では、あちこちでこの様な風景が見られました。
左手前に見えるのは、↓の門です。

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「旧毛利家別邸」の正門です。

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両側には長々と続く土塀の道です。人影も無く、静かな佇まいの道でした。
右手端に少しだけ見える板張りの建物は、「萩高校」です。ですから、その先に続く土塀は高校の一部かも知れません。中を覗き見ることは出来ません。

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この辺りも「伝重建地区」の一角です。
兎に角、門と土塀の連続でした。そんな中に比較的身分の高い武士達の住まいがあった様です。

続いて、「城下町」の方に行って見ました。武家と町人が住む区域は、明確に別れている様でした。

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城下町の中でも、メインの場所です。「御成道」(呉服町1丁目)です。

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その中で代表的な建物は、この「菊屋家住宅」です。公開されていましたが、時間の都合で拝見出来ませんでした。
萩藩の御用達を務めた豪商でした。敷地は、約2千坪もあるとか。

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その横町も、中々の見ものでした。「菊屋横町」と言います。「日本の道百選」でもあります。

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向かい側にある「旧久保田家住宅」です。
江戸後期に、呉服商を営み、後に酒造業に転身したそうです。
驚く程広い間口です。

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町民にお触れを知らせるための「高札場」が、復元されていました。
右手前に見える「萩往還」とは、萩と山口とを結ぶ街道のことです。
幕末には、長州藩は本拠を萩から山口に移しています。幕府の許可も得ずに。幕府の力が落ちていたのでしょう。ドラマでも、ヒロインのお文が山口に行ったりしています。山越えになります。JRでも特急で約1時間は掛りました。

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市内を循環する「まあ-るバス」です。東周りの「松陰先生」と、西周りの「晋作
くん」の2系統がありました。1回100円です。一度だけ「晋作くん」に乗りました。
「花燃ゆ」の舞台の1つ、「松下村塾」などは、萩市内の東にあり、松本川を越えて行くことになりますが、今回はそちらの方には行きませんでした。
地図を見ると、お城からは随分離れた所だったことが判ります。

「萩市内」の観光を終えて、今回の旅の拠点とた「湯田温泉」(山口市内)に向かいました。
JRバスだと、萩からは約1時間半の山越えとなります。
昔の人達は、ただ只管に歩いたことでしょう。














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