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2015年10月21日 (水)

京都の魅惑的な地名(11) 猩々町

 「猩々町」(しょうじょう・ちょう)と言います。私が使っている「標準・国語辞典」では、「猩々」とは「オラン・ウータン」とありました。「猩々」とは、中国の想像上の怪獣で、赤い色をしたもの=オラン・ウータンの顔や体毛、お酒を飲んで真っ赤な顔をした人などを連想します。それにしても町名としては、奇妙な・不思議な・珍しい名前と言えます。
 その場所は、小川通三条下ルの両側町です。小川通は西洞院通と油小路通との間の南北の通りです。「本能寺町」にも近い場所です。

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手前の道・三条通から、小川通の南を見ています。
後で述べますが、この町名の由来が「酒屋」とのことですので、「酒屋」を探しましたが、勿論当時の店は無い筈ですが、右手上の看板に「○○酒店」がありました。但し「三条会」とありますので、小川通の店ではありません。

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小川通は、この三条通との交差点で、この様に屈曲しています。
三条通の西方向を見ています。
最初の写真は、手前の白線の上から南を見たものです。
小川通の北には、表や裏千家などがある「家元通り」があります。

小川通を三条通から南に入って行きました。

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進行方向左側にあったお店です。「ITALIAN BAR KYOTO」とありますから、お酒に関係するお店の様に思います。

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通りの右側には、こんなお店もありました。
お米屋さんです。お酒に関係がありますが・・・。無理矢理見付けていますね。

その隣には、こんなところも・・・。

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「仏像彫刻工房」です。

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六角通に出る手前にあった町名表示ですが、漢字の表記とローマ字の表記が違いますね。漢字では三条下ルと、ローマ字では六角上るとなっています。
この表示があった場所から言えば、六角上るの方が正しいのですが、京都人としては一応納得は出来ます。但し、旅行者に対しては混乱を招きますね。

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「猩々町」中を、南から北を見ています。手前の通りが、六角通です。
ここから下(しも)は、「本能寺地区」になります。

 では最後に、「猩々町」の名前の由来を、高野先生のご説明から。

 寛永14年(1637)頃の地図には、「せうじやう酒や丁」となっている。
 (小川通の突き当りは塩屋町と言い、その後道が開通し「塩屋の突抜」と呼ばれていた)「塩屋の突抜」との併存の時期もあっただろう。
 その後、酒屋の存在が強くなった結果として、猩々町の名が優勢になり、現在に至っているのではないか。
 この辺りの1軒の酒屋があって、表の庇の上に作り物の「猩々」を載せて宣伝にしていた。人々の評判を呼び、酒屋の名が「猩々の酒屋」となり、それが町の名となった。

 

 

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