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2015年8月18日 (火)

二条城の西南隅櫓公開

 京都は二条城にある「西南隅櫓」が、「二条城まつり」の行事の1つとして、一般に公開されましたので、見学しました。昨年のことです。
 二条城には、東南隅にも櫓がありますが、何故か今回は西南隅櫓でした。

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二条城の外から見た「西南隅櫓」です。押小路通(手前)と城西側の通り(左手)との交点から見ています。

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こちらは、「東南隅櫓」です。白壁が綺麗なのは、昨年に台風で一部脱落した壁を修理されたためです。「西南隅櫓」と比べますと、一回り大きく造られています。右手に「東大手門」が、左手先に「西南隅櫓」があります。
堀川通と押小路通との交点から撮っています。

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その「東大手門」は、保存修理の工事が始まっていました。
その後、工事は続いていますが、ここからの入城は可能となっています。

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従いまして、入城はここ「北大手門」からとなっています。
「東大手門」に比べると、かなり小さく感じます。
ここからの入城は、現在は不可となっていて、「東大手門」からの入城が可能です。

城内を大きく回って、漸く「西南隅櫓」に着くことが出来ました。

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林の中を通って、櫓の下に着きました。土手道を上って櫓に入る入口に着きます。入口は、右手の方にありました。

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中に入って直ぐに目に入った光景です。やはり全体に頑丈に造られている様です。

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二階建てになっていました。上には上がれませんので、下から覗いて見ました。階段も頑丈に出来ています。

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東面の内部の様子です。この部分は「武者走り部」と言い、幅一間で四周に設けられています。

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櫓の中から、外を覗いて見ました。
外濠があり、その先には城の外周を通り道路が見えます。
左手が「押小路通」、右手は城の西側の通り(名前が判りません)です。

2つの通りの西側の角には、こんな石碑がありました。

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「二条城撮影所跡」とあります。碑の後ろは「中京中学校」のグランドです。
「二条城撮影所」は、明治43年(1910)に横田永之助と言う人が、横田商会と言う会社で、京都初の撮影所をここに造りました。
300坪の土地に、2間×4間の低い板敷の舞台を設け、背景は書き割りで撮影をしたそうです。日本映画の父と言われる牧野省三が、人気役者の尾上松之介を使って「忠臣蔵」などを撮ったそうです。

最後に、「西南隅櫓」について(戴いた資料から抜粋して)

概要:木造二階二重櫓 入母屋造 本瓦葺
平面:一階は桁行五間 梁間四間 二階は桁行四間 梁間三間
特徴:外堀に面する二箇所の出窓には、石落とし及び横矢掛り用の窓を備え
    る
    一階屋根上に載る小屋根は唐破風(東南隅櫓は千鳥破風)

歴史的背景:二条城は、慶長8年(1603)、徳川家康により創建されたが、寛永3年(1626)、三代将軍家光により現在の姿に拡張された。
それまでは、本丸郭は無く、現在の二之丸部分だけの大きさだった。
従って、本丸郭に所在する「西南隅櫓」は、寛永3年に建設されたことは明らかである。
その後、天明8年(1788)の大火により本丸御殿等を失うが、外堀の四隅にあった隅櫓のうち、東南と西南の二棟は残り、大きな改変も受けずに今日まで至っていると思われる。
                                     
                 
   

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