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2015年6月

2015年6月30日 (火)

岡山県 真庭市 勝山 町並み(1)

  中国山地の城下町2つを訪ねる旅は、津山から勝山に移りました。
真庭市は岡山県のほぼ真ん中にあり、勝山町はその中心的存在です。
古くは勝山藩2万3千石の城下町であり、出雲街道の宿場町として栄えたところです。
 早速町並みを歩きました。

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JR姫新線の「中国勝山駅」で下車し、「町並み保存地区」に向かう途中での光景です。「檜舞台」と言うそうです。ウッドストリートとも言います。
不思議な光景でした。

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道の半ばの上には、こんな物が目に入りました。大きな太鼓のようです。
「町並み保存地区」(岡山県)は、この道を直進した先にあります。

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町並みに入って直ぐの景色です。流石電線などは見られません。
町並みは左手の町並みの裏側を流れる「旭川」に沿って建てられています。

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見るべき建物は、道の両側に建っていました。
このお宅は、比較的間口が広い方です。
建物の表側の様子は、変化に富んでいます。
建物に関する説明が殆ど無いので、ご紹介の仕様が無いのですが、普通の住宅とは思えません。何か商売をされていたのかな?と思いました。

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更に直進しています。右手・手前のお宅が、上の写真のお宅です。

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左手に行くと、「旭川」に架かる橋・中橋(歩行者専用)がありますが、この街角に建つお宅は立派な建物です。今までも各地の「町並み保存地区」を見て来ましたが、街角に建つ建物は何処も立派だったなあと思い出しておりました。

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やっと説明板が掛った建物に出会いました。「郷宿」(ごうやど)と言います。
ここ三浦藩の定宿で、村役人が公用で出向いて来た時には、ここで宿泊することになっていたそうです。
現在は、お蕎麦屋さんを遣っている様です。


をご覧ください

岡山県 真庭市 勝山 町並み(2)

 からの続きです。

勝山の「町並み保存地区」は、日本の百か所「遊歩百選の町」であり、平成21年度都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」(国土交通大臣賞)受賞の町並みでもあります。何れ国の指定の「伝重建群保存地区」にも・・・。
 引き続いて、町並みを散策しています。

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「勝山文化往来館ひしお」です。明治時代中期の醤油蔵を、平成17年に改修整備され、この地区を象徴する文化施設となっています。

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進行方向の右側にあったお宅です。虫籠窓やなまこ壁などには、ここ独特のものがあります。随分間口が広いお宅です。説明板などは見当たりません。

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T字路に来ました。左手に進むと橋と川があります。後でご紹介します。
今来た道を直進すると、今日のお昼の場所(酒蔵)に至ります。
左手には、↓の道標がありました。

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右の大きい方には、「西 右 京大坂往来 南 左 出雲泊往来」とあります。
左の小さい方には、「是より右 ゆばら」とあります。
「ゆばら」とは湯原温泉(美作三湯まの一つ)があるところです。
大きい方は、嘉永5年(1852)に建てられたそうです。

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T字路から、今来た道を見ています。右に行くと橋と川に至ります。

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「神橋」と言います。名前の由来は判りません。

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その橋の上から見た「旭川」です。下流を見ています。
向こうに見える橋は、歩行者専用の「中橋」です。
左手が町並みの家々の裏側になります。

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T字路近くにある地酒「御前酒」(ごぜんしゅ)の蔵元・辻本店です。
文化元年(1804)より、この地で酒造りを始めておられるそうです。
お昼はその向いにある「酒蔵レストラン・西蔵」で戴きました。
向こうに見える山が城山(如意山・本丸跡がある)と思われます。
その付近には、旧勝山藩主・三浦家のお屋敷跡もある様です。

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お昼を戴いた後は、来た道を引き返しました。

2015年6月28日 (日)

京都・北野天満宮の茅の輪くぐり

 6月25日は、京都・北野天満宮で「御誕辰祭(ごたんしんさい) 大茅の輪くぐり」が、毎年行われています。今年もお参りさせて戴きました。

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前日の24日の夕刻(17時30分頃)、楼門に取り付けられたばかりの「大茅の輪」を拝見しました。何故かと言いますと、25日では朝5時には開門され、多くの茅が抜き取られお昼頃には無残な姿に変わって仕舞うからです。
多くの方が、「大茅の輪」の取り付けを見に来られていました。
「大茅の輪」は、直径が5mもあり、京都では最大級のものです。

 そして、翌25日の午後、再びお参りに出掛けました。

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拝殿の前には、この様なやや小さい「茅の輪」が置かれていて、皆さん「茅の輪くぐり」をされていました。私もお仲間に入れて戴き、「茅の輪くぐり」をしました。「茅の輪」をくぐるのにも作法があるのです。「茅の輪」をくぐりながら、呪文を唱え「8」の字になる様3回くぐります。
ここの茅を取ろうとして、神社の方から「神事に差し支えるから戻してください」と注意されていました。非常識さに呆れます。

 さて、「大茅の輪」どんな有様に?

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人の背の届くところには、茅は全くありませんでした。
輪の近くの男女2人は、やがて何処からか箒を持ち出して、盛んに取ろうと飛び付いたりしていました。通りすがりの方の白眼視にも耐えながら・・・。
私の傍を通った2人連れの女性は「あんなにして取って、ご利益あるのかしらね。多くの人の穢れを取った茅を持って帰るなんて・・・」。私も全くの同感ですが、何も言えずに帰って来ました。

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楼門から、表参道の様子を見ています。
日中の暑さを避ける人が多いのか、何時も通りの縁日だと言うのに、こんな有様でした。
多分、早朝にお参りされたのでしょう。

 25日は、ご祭神の菅原道真公が誕生された日と亡くなられた日ですが、6月25日は「夏越天神」とも言われ、半年の罪や穢れを除き、これからの無病息災を願って「茅の輪」をくぐります。
 他の神社では、6月30日に「夏越大祓式」が行われ、それぞれに「茅の輪くぐり」が行われます。
 私は、今年も何社かにお参りしたいと思っております。

2015年6月26日 (金)

”雷神”の巨大彫像

 花にも旬が有りますね。
5月31日に撮影したものですが、整理が滞っていてご紹介がすっかり遅れました。


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まず、↑は何かお分かりでしょうか?観覧温室前の鏡池の中です。
 琳派400年祭を記念し、神々をモチーフにした巨大彫像作品を制作展示する「バンテオンー神々の饗宴」の1つ「雷神」です。
7月25日からは「花の女神フローラ」、8月中旬から「風神」が次々と登場するとの事です。


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 近寄ってみましょう。
‘雷神ー黒い太陽‘は直径約6m。黒い角を入れると高さ約12m。
鉄とプラスチックで構成し、雷神の卵をイメージしています。
 雷を発生させる装置が内蔵され、9月下旬からの夜間ライトアップ時に動かす予定との事。
 8月に登場する「風神」は、風力で水をくみ上げ、7月25日に予定されている「花の女神フローラー」も動く仕掛けが有るとの事、楽しみです。


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5月は高温が続き少雨でしたね。

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園内を歩いていますが、散水では追いつかない様で地面が乾いて
植物たちも暑そうです。


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園の方達のご苦労を思いながら撮っていますが、私自身暑くて雑な撮り方になっています。

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散策していて涼しげな花を見つけました。


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 ドクゼリモドキ(ホワイトレースフラワー)セリ科 地中海沿岸が原産
と説明されていましたが、レースフラワーの名前が相応しいです。
少しだけ涼しさを戴いた気分で植物園を後にしました。

2015年6月24日 (水)

岡山県 津山市 町並みを歩く(2)

昨日の続きです。
 津山の城下町「城東界隈」で、一番大きいと思われる「城東むかし町家」(旧梶村家住宅)が一般公開されていましたので、じっくりと拝見させて戴きました。
 梶村家は、もとの屋号を米屋と言い、元禄年間に出雲街道の南側に居住し、その後現在の地に住んだ様だと、戴いたパンフレットに書いてあります。
(現在地とは、城東界隈の中でも東の端に近い場所です。)
こちらでは、江戸時代から昭和初期の建物を見ることが出来ました。

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「出雲街道」に面した部分です。女性が立っておられるところが、見学の入口です。やはり2階は低いです。
間口は主屋だけでも8間半と、とてつもなく広いです。

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最初の写真の左手には、正式の玄関があります。

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見学用入口から入って、ここ台所から内部を見学させて戴きます。
向こう側が、見学用入口です。

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台所の上を見上げますと、こんな様子でした。
主屋(台所を含む)は、江戸時代後期頃に造られたとのことです。

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大正期に造られた「座敷」です。

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奥には蔵が2つ並んでいました。
手前が、東蔵で大正期の造りで、展示室になっています。
奥は、西蔵で昭和初期のものだそうです。

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西蔵の前には、「千草舎」と言う茶室で、昭和初期に造られたものです。

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お庭です。左手奥には、大きな石組で滝を表わし、真ん中の曲りくねった松の木を中心に島を表わし、周りに石畳を配して、回遊式庭園になっています。
正式の玄関から入りますと、このお庭を通ることになります。

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 お庭から、「落棟」(手前・明治期のもの)と、「主屋」(奥・江戸後期頃のもの)を見ています。上の「お庭」の写真は、「落棟」の廊下から撮ったものです。

 最後に、この「旧梶村家住宅」について、戴いたパンフレットから概要をご紹介します。
○敷地~間口15.8間(31.5m)、奥行17間(34m)、
      面積1,082.91平方m 
○建物~主屋 平入り木造2階建て瓦葺 江戸後期頃 延べ268.7平方m
      付属屋 木造平家建て瓦葺 明治期 延べ25.01平方m
      座敷 木造2階建て瓦葺 大正期 延べ174.03平方m
      洋館・裏座敷 木造2階建て一部平家建て瓦葺 大正期
      延べ146.3平方m
      東蔵 木造2階建て瓦葺 大正期 延べ66.24平方m
      西蔵 同上 昭和初期 延べ49.68平方m
      茶室(千草舎) 木造平家建て人造スレート葺き 昭和初期
      延べ10.8平方m
      合計 8棟
○梶村家の歴史~
  ・元の屋号は、米屋と言い元禄年間に、この辺りに居住しました。
  ・宝暦年間には、山内屋と称していたが、商いは不明とのこと。
  ・明和4年(1767)に「札元並」という町役に任命されました。名字を許され
   茂渡藤右衛門と改名、その後数代にわたり「札元」を勤めました。
  ・梶村姓を名乗るのは、明治4年(1871)からでした。
  ・明治中期には県会議員を、銀行業務や和歌にも。明治42年(1909)の
   歌会始に入選も。

 

 

 

2015年6月22日 (月)

岡山県 津山市 町並みを歩く(1)

 津山城」の見学を終わって、お城の東「城東界隈」の町並み拝見と出掛けました。その町並みは、私の好きな「重伝建群保存地区」なんです。「出雲街道」でもあります。観光案内所の女性の方に教えて戴いた早道を通って行きましたら、意外と早く着けました。

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津山城の城下町の東の入口にあった「東大番所」跡(左側の空き地付近)です。右手の遠くに見える森は、津山城です。
右手に少し見える橋の欄干は、城下を流れる「宮川」に架かる「大橋」です。
橋を渡って、「城東界隈」の町並みを歩きました。
道(出雲街道)は、城下特有の直角に折れています。

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この辺りから、昔ながらの町家が始まります。このお宅は、比較的こじんまりとした町家です。進行方向に向かって、左側に古民家が多く見られました。
2階は低く造られています。

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低い煙出しに美しい格子戸、そしてなまこ壁。現在もここに住んでおられる様ですが、美しい町家だと思いました。

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随分間口の広いお宅だと思ったら、実は造り酒屋でした。
一番左端に玄関がありました。

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その玄関です。意外に質素な造りです。看板には「諸白」と見えました。

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こちらも格子戸が美しいお宅です。やはり2階は低いです。

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今まで歩いて来た町並みを、振り返って見ました。
珍しい火の見やぐらがありました。
この辺りは、未だ電線が地下化(とは限りませんが)されていません。
この辺りで、映画「男はつらいよ」48作のロケが行われたとか。

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街道には、所々横町がありました。
ここは「大隅小路」と言って、この先には鎮守の「大隅神社」があります。

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この辺りは、電線が全く見られませんでした。
古民家があり、新しい家もありと、混在しています。

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右側手前から、2軒目に「箕作阮甫」の旧宅があります。解体・復元されていて、国指定の史跡になっています。「箕作阮甫」(みつくりげんぽ)は、幕末の洋学者です。

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その様な関係からか、その近くには「津山洋学資料館」が造られています。

 この町並みの一角に、大きなお屋敷があり、公開されていましたので、次回にご紹介したいと思います。

2015年6月20日 (土)

岡山県 津山市 津山城

 中国山地の城下町を2か所、津山と勝山とを旅しました。どちらの町も「町並み保存地区」でもあります。
 津山市は先ず「津山城」を訪れました。お城の歴史は後程に。

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再建された「備中櫓」です。今は無い天守に次ぐシンボル性の高い建物だそうです。

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明治7年に取り壊される前の津山城です。

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慶長8年(1603)に、この地に津山城を築いた「森 忠政」です。
忠政は、森蘭丸(信長の小姓)の弟です。
慶長8年(1603)、信州川中島から18万6500石の大名として、この地に入封し13年の歳月を費やして要塞堅固な名城「鶴山城」を築きました。
森家は4代で終わり、その後は松平家が10万石で、明治維新まで続きました。
昭和38年には、平山城の典型として国の史跡に指定されたそうです。

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自然石で造られた「表中門石段」です。少し崩れている様ですが、昔の武士達はこの石段を懸け上がったりしたことでしょう。
私は怖くて上れませんでした。

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こちらの石段も、ただ眺めるだけでした。

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要塞堅固なお城だけあって、石垣は凄く高かったです。
本丸までの高さは、なんと45mもあるそうです。

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本丸跡には上がれずに、下から石垣を眺めていました。
この上に、はじめにご紹介した「備中櫓」があります。
この辺りは、三の丸の様です。

城跡には、色んな木が植えられており、桜や紅葉の名所でもある様です。

2015年6月18日 (木)

京都府立植物園「雨にしっとり花菖蒲」

 紫陽花園を訪ねた後は菖蒲園に行きました。
5月の高温で花はすっかり咲き、8日から9日早朝にかけて降った雨で「ハナショウブはどうなっているか」と心配しながら。

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想像していた通りですが、幸いにも雨のお蔭でしっとり生き返ったようにも見えました。

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人影も少なくゆっくり撮れましたが・・・

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     初めて撮った   「暁の峰」

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              「野辺の桜」

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                「浜名の風」

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              「愛知の輝き」

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                「有馬川」

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               「胡蝶の舞」

花カタログになりました。他にもたくさんの種類が有り、一応撮りましたが写真はイマイチでした。
来年に期待して?



2015年6月16日 (火)

京都の魅惑的な地名(6)正面町

 「京都の魅惑的な地名」ぼちぼちと続けています。
 今回は、あまり「魅惑的」とは言い難いですが、不思議な地名です。
 
 「正面」とは、何に対する正面なのか?これが問題です。
 そして、町名だけでなく、「正面通」と言う面から線にまで変化しています。
 勿論「正面町」と言う町名はあります。その町は、語源の正面の付近にあります。持って回った言い方をしていて済みません。
 「正面」とは、東山の方広寺大仏殿に対しての「正面」です。方広寺と言い、大仏殿と言い、豊臣秀吉や豊臣家や徳川家康など、歴史上有名であり、悲劇の舞台でもありました。異説ですが、正面通の西にある「東西本願寺」の正面と言うことを聞いたことがありますが・・・。

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さて、正面の根拠はこの裏にあります。ここは、豊臣秀吉をご祭神とする「豊国神社」です。その横を通って裏に回りますと、

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字が小さくて読み難いかも知れませんが、要領良く説明されています。

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発掘調査された「大仏殿跡」です。南から北を見ています。
左手上に少し見えているお社が「豊国神社」です。

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上の説明板に書いてあった「方広寺の鐘」に刻まれた「国家安康」 「君臣豊楽」の文字です。歴史上有名な文言が、実際に見られるのは、京都の歴史の厚さと言えます。

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豊国神社の南隣に残る「方広寺の石垣」の一部です。

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こちら(国立京都博物館)も、方広寺の境内だったそうです。
こちらは、京都国博の旧正門で奥の建物が旧本館・明治古都館です。

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豊国神社をバックに、「正面通」を見ています。前方は西の方向になり
手前の通りは、「大和大路通」です。
この「正面通」は、東西本願寺などで中断しますが、さらに西まで千本通の手前まで達しています。

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「正面通」の南側にある「耳塚」です。見る度に心が痛みます。
秀吉の朝鮮出兵の際、戦功のしるしとして持ち帰った耳や鼻を供養したものです。

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さらに、その先にある「京料理 道楽」です。

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その建物の上に張り付けられていた町名表示板です。
やっと「正面町」の文字を見ることが出来ました。
ここまでも「正面町」となると、「正面町」は随分東西に長い町だと判ります。













 

2015年6月14日 (日)

びわ湖バレイとびわ湖大津館へ(びわ湖大津館-2)

 昨日の続きです。
 今日は「びわ湖大津館」の「イングリッシュガーデン」を、ご紹介します。
 2015年に京阪園芸のローズソムリエの小山内健氏が監修・リニューアルされたとのことです。四季咲きのバラを含め、150種 約2000株のバラなどが植えられています。
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 この庭園は、地形の関係からか縦長になっています。庭園の3分の2位を見ています。右手から奥に掛けてが琵琶湖です。
メインのバラの幾つかを、ご紹介します。

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名前は解りませんが、華麗な花姿にうっとり眺めています。
残念ながらどのバラの花にも名前の札が付いていなかったように思います。

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上品な薄紫のバラですが、開ききっていない姿に優しさと風情を感じます。

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 バラは、俳優・女優や画家、皇室、音楽家、香りなどの区分ごとに植え分けられていて、有名な方達の名前がずらりと揃っていました。

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 「ノットガーデン」と言うそうですが、こんなのもありました。
ノットとは、「結び目」のことだそうです。正面がここの入口です。

他にも綺麗、可愛いと思う花が咲いていましたが、その中から特に目についた花をご紹介します。

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こちらは、何故か名札が付いていまんでした。
お仲間のhiroさんとhirugaoさんにシャクヤクと教えて戴きました。
花の名前より花色や花姿を愛でて欲しいのかも知れませんね。
私向きです

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同じく↑のお二人に・・金魚草とのことです。
教えて戴いてありがとうございます。

最後に、不思議な葉っぱの木を、ご紹介します。

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左手に見える様に、緑色の葉っぱと、木の幹から直接出ている葉っぱの色が違いますね。「ネグンドカエデ・フラミンゴ」と言うカエデ科の植物です。
これから葉っぱの色は、何らかの変色をするのでしょうか?

 

2015年6月12日 (金)

びわ湖バレイとびわ湖大津館へ(びわ湖大津館ー1)

 「びわ湖バレイ」の山地から、琵琶湖畔にある「びわ湖大津館」へ行きました。「びわ湖大津館」は、かつての「琵琶湖ホテル」です。詳しくは後程に。

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正面玄関です。大津市指定有形文化財に登録されています。
桃山様式の和風の外観を示しています。

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 斜め横から見ています。右手が正面玄関です。

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 正面玄関の反対側です。正面と比べると、ややシンプルな外観です。

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 館内の様子です。正面玄関は、左手になります。

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 正面玄関を入ったら、正面には2階への階段があります。
玄関からは真紅のカーペットが敷かれています。
階段の左手には、エレベーターがあります。昭和32年(1957)に設置されたもので、そのまま補修して再利用されています。

 大津館の外には、「イングリッシュガーデン」がありますが、次回にご紹介します。それ以外の外の様子です。

 

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東側にあった「万葉集」の歌碑です。巻三ー二六六 柿本 人麻呂

    「淡海の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 情もしのに 古思はゆ」

     あふみ                な         こころ       いにしえ
歌碑の筆は、万葉集学者の 犬養 孝(故人)さんです。

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歌碑の近くから、遠くを見渡しています。遠くに見えるのは、「近江富士・三上山」です。

 

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大津館には、琵琶湖遊覧大型観光船「ミシガン」が寄港しました。

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ミシガンの特徴の一つは、船尾に外輪があることです。勢い良く波を立てて進んで行きました。一度乗って見たい船です。

 次回は、大津館自慢の「イングリッシュガーデン」をご紹介します。

 最後に、「びわ湖大津館」について少々。
○ここは、旧琵琶湖ホテル本館」です。
 昭和9年(1934)に、外国人観光客の誘致を目的に建てられました。
 当時は、国が国際観光の振興を目的に全国の有名観光地でホテルの建設を始めましたが、現存するものは極めて僅かです。
○鉄筋コンクリート地下1階、地上3階建てです。
 外観は桃山様式と呼ばれる和風に、内部は洋風のデザインが特徴的です。
○「湖国の迎賓館」として、昭和天皇を始め多くの皇族方やヘレン・ケラー、ジョン・ウエイン、川端康成など多分野の著名人が泊まられました。
○平成10年(1998)に、浜大津に新しい琵琶湖ホテルが移転したため、取り壊しの話も出た様ですが、多くの惜しむ声に応えて大津市が保存の為敷地を含めて買い取り、大規模な補強・改修工事が行われ、平成14年(2002)4月から多目的文化施設「びわ湖大津館」として、オープンしました。

2015年6月11日 (木)

6月9日の京都府立植物園「可憐な紫陽花」

 小雨がパラつく9日の朝です。植物園の方によると「未だ 三分咲きです。」
少しがっかりしながら・・・
 全体的には三分咲きより少ないように思えましたが、その中で清々しく咲いていた紫陽花の花を探してみました。


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無農薬で育てられていますので、葉っぱが虫に食べられています。
木は勿論、花も小さいですが、
京都府立桂高校 草花クラブ作出品種 アジサイ園芸品種 「ニョーバース桂」です。

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紫陽花ではありませんが、紫陽花園の一隅で毎年綺麗な葉っぱを見せてくれる「半夏生」です。
 この後、花菖蒲園に向かいます。

ご訪問ありがとうございます。
本日都合によりコメント欄は閉じさせて戴いています。


 

2015年6月10日 (水)

びわ湖バレイとびわ湖大津館へ(びわ湖バレイー2)

 前回の続きです。
「びわ湖バレイ」のホーライリフトから打見リフトに乗り換える間に、「スイセンの丘」があり、30万球のスイセンが山の斜面に植えられています。

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「スイセンの丘」の上の方(右手上)は、ご覧の様に未だちらほら咲きでした。

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植えられているのは3種類ある様ですが、この形の花が最も多い様に思いました。

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ラッパ形です。

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白は少数派でした。少し傷み始めていましたが、敢えて挙げました。

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少し位置を変えて、全景を見ています。
遠くに見える塔見たいなものは、新登場の「スカイウォーカー」の乗り場です。
スリル満点の乗り物です。ロープにぶら下がって、急スピードで下がって行きます。乗っている人の歓声が響いていました。

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八重の花びらです。

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結構風が強く吹いていて、撮るのに苦労しました。

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近くにあった説明板です。真ん中の「ガーデンジャイント」が一番多かった様に思います。

 下界に下りて、大津市に向かいました。

2015年6月 9日 (火)

郡上おどり 亰に彩り

 岐阜県郡上市に伝わる「郡上おどり」の魅力を広める催しが、京都市役所前広場とゼスト御池広場を舞台に、観光物産展と同時に開催されました。

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         (踊りが始まる前の様子です。京都市民と思われる人たちが踊りの指導を受けています

  「郡上おどり」は6日に市役所前広場で浴衣姿の人々が、太鼓や笛がお囃子を奏でるやぐらを中心に盆踊りに参加し、一足早い夏の風情を楽しまれました。

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「郡上おどり」は400年以上の歴史を持ち、国の重要無形文化財に指定されています。
催しは「郡上おどり in 京都」と題し、京都岐阜県人が企画されました。

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軽妙?な踊りをご覧ください。

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子供も参加しています。
例え踊れなくても、参加することに・・・ですね。

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浴衣姿に交じって和装の女性も。
流石は「着物の町 京都ですね」

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3時から始まって、既に1時間近く過ぎました。夕陽が眩しく暑く感じられましたが、皆さん元気に踊っておられます。

私は踊りの輪に入らずに、撮るだけの人でしたが、撮りながら何となく平和な幸せな気分になりました。
子供の頃は盆踊りが大好きで踊りました。懐かしく思い出しながら・・・
 勿論!飛騨名産の「味噌煎餅」など3点買わせて戴きました。

ご訪問ありがとうございます
本日都合によりコメント欄は閉じさせて戴いています。





2015年6月 8日 (月)

びわ湖バレイとびわ湖大津館へ(びわ湖バレイ-1)

 或る会からの日帰りバス旅で、びわ湖バレイと大津市内のびわ湖大津館の庭園を楽しみました。
 先ず「びわ湖バレイ」です。と言っても歩いての登山ではありません。
 ロープウェイとリフトによるものですが、「打見山」と「蓬莱山」です。2つの山は繋がっています(大抵そうなんですが・・・)。

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ロープウエイのゴンドラは、ご覧の様に大きいもので、121人乗りです。
標高1108mの山頂まで、秒速12mで一気に着きました。

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「打見山」山頂から、北の方向を眺めております。
遠くに見える高い山は、多分「武奈ケ岳」1214.4mではないかと思います。
かつて私が比良連峰の中では、最も多く登った山でした。

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「打見リフト」に乗っています。向こうに見える山は、「蓬莱山」(ほうらいさん)
です。本当に久し振りのリフト乗りです。

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「打見リフト」から「ホーライリフト」乗り換えました。

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「蓬莱山」山頂です。1174mあります。気温は9~12度Cで、寒かったです。やや強い風もあり、体感温度はもっと低いと思います。
早々に帰りのリフトに乗りました。「ホーライリフト」を降りたところに「スイセンの丘」があり、関西最大30万球のスイセンを見ました。次回にご紹介します。

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ロープウエイ山頂駅から見た、下界の様子です。
右手の突き出た所は、「和邇浜」です。対岸に見える場所は、「近江八幡市」辺りかと思います。左手に見える鉄塔は、ロープウエイのものです。

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ロープウエイ山麓駅から見た、「沖島」の全景です。
以前に何度か訪れた懐かしい場所です。

次回は、関西最大30万球のスイセンが見られる、「スイセンの丘」をご紹介します。

 





















 

2015年6月 6日 (土)

平安神宮 ハナショウブ 輝く美

 平安神宮の神苑でハナショウブが見ごろを迎えています。
水辺に咲いた紫と白の可憐な花弁が輝いていました。
 ハナショウブは西神苑の百虎池に約200種類、2千株が植えられているとの事です。
 5日は一般公開(無料)され、時折小雨が降っていましたが、却ってハナショウブの風情を増したように思いました。

 こちらが、その西神苑です。ハナショウブがメインです。

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今年はタイミング良く拝見出来た様に思いました。

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白虎池の真ん中には、少し睡蓮も見られます。
では、ハナショウブの競演をご覧願います。


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睡蓮がメインの中神苑に来ました。


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ハナショウブが池に映りこんで、ピンクの睡蓮を惹きたてているように見えました。

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睡蓮の葉っぱは汚れも目立ちましたが、ここは比較的綺麗でした。

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辛うじて撮れた黄色一輪です。

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石の橋脚を利用した臥龍橋(がりゅうきょう)を渡る人達です。
最近、私は敬遠しています。


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東神苑には、平安神宮・神苑のシンボルとも言える「泰平閣(橋殿はしどの)」があります。
  七代目小川治兵衛の作庭による庭園は、総面積3万3千平方mで国の名勝指定で、明治時代を代表する庭園として知られています。

尚、見頃は今月下旬までの見込みとのことです。

2015年6月 4日 (木)

植物と琳派 児童作品展

 先日は芸術系の大学生による、琳派の美を羽裏に表現した作品をご紹介しましたが、今回は子供たちの作品展をご覧ください。
こちらも琳派四百年記念祭の一環で、タイトルはこどもの目「植物と琳派」です。
展示場所は京都府立植物園で、「こどもアトリエ」で学んでいる児童の作品です。

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京都に住む子供達、3歳児から中学がチャレンジした琳派をテーマにした
作品でです。

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      ステンドグラス「花鳥風月」

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子供たちが琳派の美をどう受け取り表現したのか興味が有りました。

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      掛け軸を作る 鳥・植物・動物

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                  アルミ缶の装飾鏡

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                           木のレリーフ 等々
植物園会館の二階特別展示室は数えられない位の作品で
子供たちの両親と思われる方・兄弟など、そして私のように無関係の者・・・
大勢の方達が琳派の美を表現した、愛らしい作品を楽しんでいました。





2015年6月 2日 (火)

京都府立植物園 咲き誇るバラの花”蔓バラ” 

京都府立植物園のバラ園には通路に添ってバラ専用の白いアーチ形の棚が有ります。
蔓バラも見ごろを迎えていました。


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黄色や赤いバラの花の向こうに白い棚が見えます。

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勿論、その下は散策したりベンチが置かれていて花を愛でながら休憩も出来ます。

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こぼれそうなピンクのバラの花です。

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連日の暑さで、少々疲れ気味のようです・・・・

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見上げて撮るのは好きではないですが、蔓バラの棚だけは別です。
何故か撮っていて楽しくなりました。
勿論、青空のおかけですが・・・

5月31日のバラ園の様子です

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高温と雨の降らない日々が続いていますが、バラの花は萎れながらも
健気に咲いていました。

 

2015年6月 1日 (月)

京都府立植物園「宝石の塔」が見事な姿を見せていました

エキウム ウィルドプレッテイをご存知ですか?
「宝石の塔」とも呼ばれています。
 ムラサキ科の植物で、原産地はカナリア諸島です。


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京都府立植物園では数ヵ所に植えられています。
植えられていると言うより、何処か他の場所で育てて植えなおしておられるのでは、と思います。


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こちらは観覧温室の前です。

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裸婦の彫刻の横にも。

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こんなに可憐な花が咲いているのです。

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さて・・・幾つと思われますか?
1株当たり 1㎝ほどの花が、1万5千 ~ 2万個咲いている と 聞きました。

       ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

香りに惹かれて・・・植物園会館の前に咲いているタイサンボク(もくれん科)です。

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ハクレンボクとも呼ばれます
 北アメリカ南東部の原産で明治初期にに渡来した常緑高木。
花は直径12~15㎝で芳香があります。


ご訪問ありがとうございます。
本日都合によりコメント欄は閉じさせて戴いています。

京都府立植物園に新緑を訪ねて

 大山崎山荘に新緑を求めて行った日の帰り道、思いついて植物園へ行きました。
 連日の暑さ?で園内の花もお疲れの様です。
 そんな中で池の周りの新緑の瑞々しさに目を奪われました。

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池の周りを写真を撮りながら歩いていて、当たり前のことでしょうが、太陽の当たり方で緑色が随分違う事に、改めて感動しました。

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苔や木の影、そして池に映りこむ空や木々、自然の色が織りなす風景は絵具では表現できませんね。

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↑に比べて葉っぱの緑色が鮮やかです。光と影でしょうか。

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涼を求めて?葉影を選んで散策しておられる人達です。
植物園の新緑の中を歩いていると、自然に深呼吸しています。

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