2020年9月28日 (月)

今年も記念コンサートへ

 「京都の秋 音楽祭」の開会記念コンサート(第24回)
に、
今年も行って来ました。
 9月20日(日)の午後
のことです。
 コロナ感染対策をしたコンサートでした。
 昼と夕方の2回開催で、着席退席は時間差を設け、演奏は
2曲だけの短時間で、席は1席空けて、マスク着用でした。
 勿論入館時の検温や手指の消毒もありました。
 私は、昼の部に拝聴しました。開演は午後1時から、
終演は午後2時20分でした。間の休憩は無しでした。
 プログラムは、
 ①ジョンゲン:大オルガンとオーケストラのための
        協奏交響曲
 ②レスピーギ:交響詩「ローマの松」
 出演は、
  指揮 高関 健  オルガン 福本 茉莉
  管弦楽 京都市交響楽団
 でした。オルガンとは、大きなパイブオルガンです。

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先ず始めに、今日のコンサートのポスターから。

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下鴨中通に面した「京都コンサートホール」の建物の外観です。
出演者などはねこちらの入口から入館されますが、聴衆者達は右手の通路に
向かいます。

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建物はご覧の様に、円筒形と長方形とが合体したユニークな姿です。
円筒形の内部は、螺旋状のスロープになっています。

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途中で見付けた表示です。

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円筒形の部分を中心に撮りました。浅い池に架かる橋を渡って中に入ると、
そこはレストランになっています。
終演後に撮りましたので、皆さんの向きは帰途方向です。

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こちらが一般聴衆者の出入り口です。終演後に撮った時の模様です。

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館名の表示です。

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玄関の正面に掲げられていた、今年の音楽祭のプログラムです。
今年の絵は、秋色の大文字山と伽藍は金戒光明寺?でしょうか。

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こんな旗も立てられていました。

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1階のエントランスを、螺旋状スロープの途中から見下ろしています。
平面なのに、凄く立体的に見えます。

午後0時~同15分のホール内に入る指定時間に、指定座席に着きました。

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大ホール内の様子です。数人の楽団員の方が練習をされていました。
正面の大きなパイブオルガンが、この後大活躍します。

 演奏の始めに、和服姿の門川大作・京都市長の開会のご挨拶がありました。
 市長は、京都市交響楽団の「楽団長」でもあります。

 休憩無しの1時間20分のコンサート、十分に堪能しての大満足でした。

 

 

 

 

 


 

2020年9月27日 (日)

秋を探しに嵯峨野へ(4)

 前回の続きです。

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「常寂光寺」横に来ました。ここにあるモミジは、例年他に先駆けて早く
紅葉します。左にある「サルスベリ」=夏と、右にある「モミジ」=秋と
が同時に見ることが出来ます。

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余り美しく無い様に見えますが、紅葉する「モミジ」です。

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それらの木の下には、こんな石碑があります。「塵劫記」と刻まれています。

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傍に立っている石製の説明碑で説明させて戴きます。

 「常寂光寺」前を左折して、「小倉池」に来ました。

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この1年程で池一杯に「蓮」が生えました。そして、未だ花が咲いていました。

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見ていると一陣の風が吹いて来て、蓮の葉っぱが一斉に裏返り、葉っぱの裏
の白い色が見事でした。

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結構花が咲いていました。既に「蜂巣」状態もありました。

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そして、こんなツボミも。

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風に揺れる池面に映る「蓮の花」(裏側)です。

 嵯峨野トロッコ列車の「トロッコ嵐山」駅を下に見て、「大河内山荘」を
右に見て、ここに遣って来ました。

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「竹林の道」の西の入口から、東を見通しています。
やはり歩いている人は、ご覧の通り極めて少ないです。

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道の半ば近くを見ています。

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道は曲がりくねっているところを見ています。

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そろそろ東の入口です。写真を撮っている人は相変わらずです。

 少し涼しくなったとは言え、汗は一杯かきました。
 市バス「野宮」BSから、帰途に着きました。
 あちこち撮影しながら、また3か所で小休止したので、
午前9時20分から11時30分まで掛かりました。
 私の歩きコースの中では、最長距離のコースです。
 最近の私の体力低下からは、月1~2回がやっとです。

 

2020年9月26日 (土)

秋を探しに嵯峨野へ(3)


 前回の続きです。
 「北嵯峨田園地帯」から離れて、「大覚寺」の北側にある集落内を
歩いています。

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かなり大きく刈り取られて花の数がうんと減りましたが、何時も拝見して
いる「ノウゼンガズラ」です。私はこの花の色が何とも言えず大好きです。

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或るお宅の庭を覗くと・・・。

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小さな花を撮るのが苦手ですが、「ハギ」の花です。

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こちらも何時も拝見している「クリ」です。今年は「クリ」の生り年かな?

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未だ実は固そうです。

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「大覚寺」から離れて、「鳥居本」に向かう途中で見掛けた花です。
良く見掛ける花ですが、名前は知りません。小さな花ながら色が鮮やかで、
私には印象的です。

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「鳥居本」近くの、私の好きな風景です。「五山の送り火」の1つ、「鳥居
形」の麓の「日本の原風景」とも言える風景です。

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「二尊院」前から少し行ったところで見掛けた風景です。
こちらも未だ若そうです。

 次回に続きます。

 

2020年9月25日 (金)

秋を探しに嵯峨野へ(2)

 前回の続きです。
 「北嵯峨田園地帯」には、田んぼが主ですが、
田んぼの近くには畑も多くあります。

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その畑で見掛けた「ショウガ」?です。

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その近くには、「オクラ」も植えられていました。

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その花をアップで。

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その近くでは、こんな景色も。何かの目的で、この様にされているのでしょう。
種を取る為か?或いは稲藁(わら)を使う為か?

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前回で見掛けた収穫風景です。近くで拝見。
収穫した稲モミを、この様にして大きな袋に移し、近くにある「籾摺り機」
場に持ち込み、「玄米」となります。凄く効率的な収穫風景です。

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この日、私が歩いた道の田んぼでは、約3割近くはこんな景色でした。

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以前から大変気になっているお堂です。以前調べて見たのですが、未解決
です。雑草などの邪魔者が少し減ったので、お堂は少し見易くなったのです
が、これ以上中には入れません。お堂の中を良く見た範囲では、「石」の
様なものが見えた様に思いました。

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「籾摺り機」がある場所に置かれていた、収穫した稲籾が入った大きな袋
です。

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「田園地帯」の北部近くから見た田んぼの様子です。この辺りでは、稲刈
が進んでいました。

 次回に続きます。

 

2020年9月24日 (木)

秋を探しに嵯峨野へ(1)

 猛暑を恐れ敬遠していた長歩きも、漸く体を
動かすのに苦にならなくなつて、8月4日以来
MYウォーキングコースの「嵯峨野~嵐山」に、
9月14日(月)午前に、思い切って行って来
ました。少し気が早いのですが、「秋」を探し
に。

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何時もの通り、先ず「広沢池」の東南角に立ち、池や愛宕山などを見ます。

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少し立ち位置を変えて、池の全体を見渡します。
池面は、やや波立っていました。

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池の周りから、「北嵯峨田園地帯」に来ました。
早くも、「コスモス」が咲いていました。

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何故か花の形が乱れているのが見られました。
「ヒガンバナ」は、全コースで1本も咲いていませんでした。

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未だ若い「ススキ」です。

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稲刈りが始まっていました。

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所々で咲いているのを見ました。

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こちらでも、収穫が行われていました。

 次回に続きます。

2020年9月23日 (水)

久し振りの京都御苑へ(4)

 前回の続きです。
 この日は、今咲いている花に目を向けて
苑内を回ったのですが、1つ見落としていた木が
あったことに気付き、それを見ました。
 由緒ある木です。

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それは、この木です。「京都御所」の南西角から少し離れたところに立つ
木です。中途半端な場所に立っています。

「清水谷家の椋」の木です。

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木の傍に立っている駒札です。

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ここから見たのでは、かなり傾斜しています。

ぐるっと回って見ました。

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かなり幹が傷んでいる様です。

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ここから見る限りでは、傾斜は感じられません。
約300年の貫録を感じました。

2020年9月22日 (火)

久し振りの京都御苑へ(3)

 前回の続きです。
 御苑内をほぼ一周して、出口近くまで来ました。

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「サルスベリ」を中心に見て来ましたが、ここ「宗像神社」の塀越しに、
「ムクゲ」がその姿を見せていました。

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未だ蕾が多く見られます。

 「間之町口」の出口近くに来ました。

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ここでも2本の大きな「サルスベリ」がありました。

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その内の1本に近寄って見ました。

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さらに近くへ。

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幹に近寄って見ました。太さはそれ程では無いですが、それ
なりの経年が感じられました。

 私が何時も参考にさせて戴いている「国民公園 京都御苑
散策マップ」(環境省自然環境局京都御苑管理事務所・発行)
を見ると、苑内の「サルスベリ」の所在表示(マークにて)
は、15か所ありました。

 次回に続きます。

  

2020年9月21日 (月)

久し振りに京都御苑へ(2)

 前回の続きです。
 「清和院御門」から、再び苑内に入り、「京都迎賓館」の
東の小径を歩きました。「コオロギの里」に沢山咲いていた
「ヤブミョウガ」には、小さな紫色の実がついていました。

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これだけ多くの実が、やがて熟して種が地上に落ち、何年か後に地上で芽生え
再び多くの草として茂ると思えば、大量の「ヤブミョウガ」の群生が出来る
ことを納得しました。

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「旧中山邸」(明治天皇生誕の地)内でも、「サルスベリ」が咲いていました。

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花の集まりに目を向けて見ました。

 「旧近衛邸」跡から西に向かい、「乾御門」近くから「宮内庁京都事務所」
の西側に来ました。

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そこには、「ヤマブキ」の花が終わりを迎え様としていました。未だ咲いて
いたのが不思議です。

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「宮内庁京都事務所」の入口近くにも、大きな「サルスベリ」がありました。

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その門柱の傍の掲示板には、「京都御所」内の「サルスベリ」の花の様子が
写真で示されていました。
へえー、そんな気の利いたことも遣られるのですね。感心しました。

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ここの「サルスベリ」の様子です。

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少し中に入らせて戴きました。

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(久しぶりのダブリです)

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 違う位置からも。

 次回に続きます。

 

2020年9月20日 (日)

久し振りに京都御苑へ(1)

 急に動き易くなりました。季節は劇的に変化する
ものですね。9月9日(水)天気はいまいちでしたが
久し振りに(7月31日以来)京都御苑内を歩きました。
 この日の最高気温は、29.1℃でした。
 歩いたのは、午前中のことです。
 折角歩くのですから、何か目的をと考え、今咲いている
花を探して歩きました。
 最近の何時もの様に、「富小路口」から苑内スタートです。
 反時計回りに歩きました。

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苑内に入って直ぐに目に入ったのは、この光景でした。
賑やかに咲いている「サルスベリ」です。かなり大きな木の様です。

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近寄って見ました。

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さらに近くへ。細い小枝が撓る位に花が重そうです。

 東に向かって歩いていると、

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また直ぐに、「サルスベリ」に出会いました。

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初めに出会った木とは、かなり細い木でしたが、しっかりと花は咲いていました。

 「寺町御門」近くの、「仙洞・大宮御所」内の木に、一杯の実?を付けた木
が赤く実っていました。実は、この木の様子は苑内を歩き始めた当初から気に
なっていた木でした。

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一杯に実を付けています。

 「寺町御門」から一旦外に出て、塀沿いの東の小径を歩きます。

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小径の直ぐ傍に、こんな花が咲いていました。

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小さな星形でラッパ状の白い花です。未だ蕾も多く見られます。

 次回に続きます。

2020年9月19日 (土)

京都市考古資料館を拝見(2)

 前回の続きです。
 前回ご紹介した「墨書人面土器」が発見された経過について、
ご紹介します。前回の記事と合わせてご覧願います。

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出土したところは、長岡京左京七条三坊の川の跡です。左の図の真ん中下
(赤字表示)のところ。

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出土時の状況の復元写真です。

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出土状況を部分的に捉えた写真です。

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上と同じくです。

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出土土器を集めた写真です。

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まつりには、「墨書人面土器」の他に、人形(ひとがた)・斎串・土馬・
小型かまどなども合わせて用いていました。

 最後に、「墨書人面土器」が出土した川からは、延暦10年(791年)
3月16日の日付が記された荷札木簡が出土しており、この祭祀が長岡京
の時代に行われていたことを示す貴重な資料となっているそうです。
 延暦9年には長岡京で「疱瘡」(ほうそう)が大流行したことが伝えら
れています。

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