2017年8月22日 (火)

盛夏の「京都府立植物園」

 8月2日 正しく盛夏の植物園を訪ねました。
木々を渡る風を求めてですが、炎天下の植物園は・・・・。


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麦わら帽子の女の子は、寒さにも夏の暑さにも負けないで、いつもさりげない表情です。

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立派なハゲイトウです。

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低床花壇の噴水も、唯ひたすら自分に与えられた仕事を続けています。

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炎天下でも帽子も被らない若き女性。若さは良いですね。

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夏の代表格のひまわりですが、今年は少ないように思いました。
出かけたのが遅すぎたのかも知れませんが・・・



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こちらも夏の代表格の百日紅の花です。花弁は小さいですが、夏の到来を告げるように思えます。

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前方は、四季彩りの丘です。やはり人影は少ないです。
園内では、職員の方がひたすら水撒き・・・・ご苦労様です。

2017年8月20日 (日)

福井県小浜市へ行く(5)小浜湾

 前回の続きです。最終回となります。
 海辺を歩きました。「小浜湾」です。
 JR小浜駅前に着いて、さてお昼をどうするか。少し歩いて探して見ましたが、町全体が定休日らしく、見事にシャッターが下りていました。「道の駅」もダメ、ホテルも予約以外はダメ、ホテルの方に聞いて漸く見付けることが出来ました。

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そのお店は、この近くにありました。戴いた昼食(魚介)は写真を撮るのを忘れていたくらい、美味しくボリュームも有り新鮮で忘れられない味になりました。
ここから左手に少し行ったところでした。そして、見事にシャッターが下りていたのは、右手の道路の両側でした。その先に、JR小浜駅があります。

そして、この道を左に進んだ先に、海辺(小浜湾)があります。

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丁度、小浜港から出た「蘇洞門(そとも)めぐり」の観光船が見られました。
私は、大分前に一度「蘇洞門めぐり」をしたことがあります。狭い洞門を通りますので、船はこんなに小さいものです。

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小浜湾は両側からの半島に囲まれた小さな内海で、その外は「若狭湾」となります。

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見えている小島は、湾内にある小島の1つ・蒼島です。
内海は、波も少なく静かです。

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「人魚」の像が2つ。「人魚の浜」海水浴場です。

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「翼のテラス」と言う場所で、白鳥の像が見えます。

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「重伝建」の地域に近付いています。

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釣り人の姿もありましたが、こんなところで釣りが出来るのでしょうか?

 暫く、海の様子などを眺めていました。
 そう言えば、海を見るのは久し振りでした。

 この後は、これまでにお伝えしてきました「重伝建」の町並みに向かいました。

2017年8月18日 (金)

福井県小浜市へ行く(4)常高寺

 前回の続きです。
 「丹後街道」沿いの山の麓には、小浜藩にゆかりの方の菩提寺が多く並んでいます。今回は、その中の1つ「常高寺」(じょうこうじ)にお参りしました。何故ここかと言えば、丁度ここで「花しょうぶまつり」が開かれていたからです。

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丹後街道から少し山側に入ったところから見た「常高寺」の様子です。
右側の石段の上には、JR小浜線の線路があり、直接的にお寺には行けないのです。石段の下に、軽自動車が停まっていますが、その左手から細い道があり、そこを通って行かなければお寺に到達出来ません。
JRの下をくぐり、右に進むとお寺の前に到着です。

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その途中にあった「常高寺」の説明板です。「常高院」の姿が隠れているのが困ったことです。「お市の方」の娘さんですから、きっと綺麗な方だったことでしょう。

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こちらも、途中に咲いていた紫陽花です。この花から「常高院」を偲びましょう。

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花菖蒲園を通して、山門(左手)を見ています。
右手の建物の裏手で、受付をされていました。

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同じく、花菖蒲園を通して、本堂を見ています。
ちょっとモダンな感じの本堂です。

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さらに、「鐘楼」も同じく眺めています。残念ながら、殆どの花が萎れていました。

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「常高院」について

○浅井長政と織田信長の妹・お市の方との間に生まれた三姉妹・お茶々(後に豊臣秀吉の側室・淀どの)、お初(常高院)、お江(後に徳川秀忠の妻に)でした。

○江戸時代初期の小浜藩主・京極高次の妻となりました。

○徳川と豊臣との戦では、両者の間を取り持ちましたが、結局姉・淀どのと秀頼の命は救えず、豊臣家は滅亡しました。

○晩年は江戸に住み、66歳で波乱の人生を閉じました。

○ここ常高寺は、常高院の発願で菩提所として建立されましたが、完成半ばで亡くなりました。遺骸は江戸からここ小浜に運ばれ、ここで葬儀が行われました。
当時の小浜城主は、息子の忠高でした。

 次回は最終回で、「小浜湾」の様子をご紹介します。

[閑話休題]

「常高寺」があるこの一帯には、小浜ゆかりの方の菩提寺が並んでいます。

○栖雲寺~若狭武田家の菩提寺
○東光寺~同上
○空印寺~小浜藩主・酒井家の菩提寺
他に 5つのお寺があります。





2017年8月16日 (水)

福井県小浜市へ行く(3)丹後街道沿い

 前回の続きです。
 「重伝建」地区の1つ「三丁町」を離れ、「丹後街道」沿いの町並みを歩きました。こちらも「重伝建」地区です。

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街角に立っていた「丹後街道」の道標です。

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今来た道を振り返って見ました。ここまでは道幅が、この様に狭かったですが、この後は少し広くなっていました。

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格子戸が、この様に美しいお宅がありましたが、残念ながら車の為に1階は見られませんでした。今までの体験から、格子戸が美しいお宅は、裕福な家だと思っています。

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背後の山は、中世の山城と守護館が築かれた「後瀬山」(のちせやま)で、山頂には城跡が見られるそうです。平成9年に国史跡に指定されました。
城主としては、若狭武田家や京極家、酒井家などでした。

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この地域は「鹿島区」と言いますが、その自治会館でしょうか?古民家が利用されています。大正期の建物だそうです。

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街道の途中には、この様に海に通じる道もありました。「海」の景色は次回にご紹介したいと思います。

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「若狭武田家」があった場所です。

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そこに掲げらけていた「イメージ図」です。

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丹後街道沿いは、「商家町」だそうで、ここもその内の1軒でしょうか。
酒造家ではなく、お酒の販売店の様です。

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こちらは、「紙屋・吹安」家です。

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特長的な屋根飾りです。「立浪型鳥衾」(たつなみがた・とりぶすま)と言います。立つ浪から、防火の願いを込めているのでしょう。
事実、明治21年(1888)には、大火に襲われています。

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丹後街道が東に向きを変える手前には、「八幡神社」がありました。
建物は、明治期のものだそうです。

 この後は、この丹後街道沿いに幾つかのお寺があるのですが、その中の1つをご紹介します。



















2017年8月14日 (月)

福井県小浜市へ行く(2)重伝建の町(その2)

 前回の続きです。
 「重伝建」の町・小浜西組の1つ「三丁町」界隈を歩いています。

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三丁町の1地区の「飛鳥区」の説明板です。もう1地区は「香取区」と言い、前回ご紹介したところです。

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そのメインストリートとも言える通りです。

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その中心的存在として、この旧料亭があります。

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玄関に近寄って見ました。

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「旧料亭・蓬嶋楼」です。この日は閉館でしたが、一般に公開もされている様です。

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こちらは、元旅館でしょうか?

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その建物の2階のガラス戸です。凝ったデザインのガラス戸です。

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三丁町の町並みを通り抜けると、突き当りにJR小浜線のガード下に出ました。そして、そこから「重伝建」でもある「丹後街道」に繋がります。

ここからは「丹後街道」を歩きました。
次回以降に、ご紹介します。

 ここで「「重伝建」の「小浜西組」について、戴いた資料から、少しご紹介します。
○旧小浜町は、今から約400年前に、雲浜の地(ここから東北にある)小浜城を中心に町人地として栄えた町です。その一部の小浜西組は、丹後街道を中心に育まれた町並みです。
○小浜西組は、主に商家町と茶屋町で構成されており、南には中世山城の後瀬山(のたせやま)、北には小浜湾の海といった自然に囲まれています。



2017年8月12日 (土)

福井県小浜市へ行く(1)重伝建の町(その1)

 近隣て未だ行っていない「重伝建」の町は無いのかなと思ってリストを見ていると、ありました!何とそれもそんなに遠くないところです。
福井県小浜市内の「小浜西組」と言う町並みです。
 因みに「重伝建」とは、重要伝統的建造物群保存地区のことです。
 京都市内から小浜市内に行くのに、JRを利用するのが当たり前かも知れませんが、今回選んだのは、JR湖西線で近江今津まで行き、そこからJRバス小浜線を利用する方法です。
 1時間に1本しかありませんが、近江今津駅前から小浜駅前まで約1時間で行けます。   
 小浜駅からは、歩いて約20分程で、目的の「小浜西組」に行くことが出来ました。
平成20年6月9日に国の選定を受けた様ですが、現地は未だ整備の最中の感じでした。他の「重伝建」の町並みを見ている私としては、未だこれからと言う印象を持ちました。

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重伝建の町並みの入口になる「小浜公園」の入口です。
これは何でしょうね?象か?怪獣か?

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その横にあった「重伝建」の表示看板です。

いよいよ町並みに足を踏み入れます。

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冒頭に言いました様に、目下整備中の様です。あちこちにカラーコーンが置かれ、要所には警備員が立っておられました。

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さらに町並みの中へと進みます。

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重伝建の中心の1つ「三丁町」には、幾つかのお寺がありますが、ここ「常然寺」です。

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「三丁町」の中心部です。ここでも幾つかのカラーコーンがありました。

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ここは「商家町」と「茶屋町」とが混在している様に思いました。

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玄関前に来ました。ここは明治期の建物で、元料亭の「酔月」と言い、公開されていて、飲食も出来る様です。

 次回も、「三丁町」をご紹介します。

2017年8月10日 (木)

ハッピーバースデイ at  美濃吉

 仲良し3人組のうち、2人の誕生日が8月とのことも有り、4日は、美濃吉 四条河原町店でバースデイランチ「花懐石」を戴きました。

冷やした一献酒を味わった後で、料理が運ばれてきました。

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                 前 菜   彩り盛り合わせ

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             焼 物   白味噌仕立て 鱧あられ揚げ

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                   お造り       本日のお造り

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       主 菜  海老と鱧の天ぷらとローストビーフ

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             料理長からの誕生日祝い

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       冷 鉢  茄子旨煮 万願寺唐辛子

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       ご 飯  湯葉ちりめん御飯 赤出汁 香の物

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        水 物   デザート六趣盛り

どのお料理も勿論!美味しく、三人とも完食です。

美濃吉は百貨店 マルイの8階で、窓際のカウンターに席を予約して、
ガラス越しの山々を眺めながらゆっくり贅沢なランチを戴きました。

 

2017年8月 9日 (水)

京都府立植物園の夏の花達(その1)

 雨も降らない、唯!暑いだけの8月ですが、
植物園で、水の中に置かれて涼しそうに咲いている花達を見た時は、一服の涼を戴いた気分でした。

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訪れた日(8月2日)も正真正銘の夏日です。

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萎れているのが目立ちますが、それでも元気です。
園も人影はまばらですが、それでも水に惹かれるように思わず立ち止まって・・の、人の姿が有りました。


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モミジ葵です。花はハイビスカスに比べると小ぶりですが、存在感は十分です。

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やはり白色は清々しく、清潔感が有ります。

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写真を撮っていても何となく、涼しく思います。
やはり植物は勿論、人にとっても水は特に夏の水はありがたいです。
爽やかさを貰ってこの後、園内を散策します。

2017年8月 8日 (火)

鳴門海峡の渦潮を見る(2)

 昨日の続きです。
 観潮船の「日本丸」は、大鳴門橋の下を、行ったり戻ったりして、私達に渦潮の様子を見易くしてくれました。他に2隻の観潮船が、同じような動きをしていました。

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普通は穏やかな海面が、この様に波立ち、渦を巻くと言う事は凄いことだと思いながら、海面を見詰めています。

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海面は、激しく飛沫を上げて動いています。

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海面の落差が大きいです。

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こちらも海面の落差の大きさが判ると思います。

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渦が出来始めています。

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女性の指先には、はっきりと渦が見えています。一斉に歓声が上がりました。

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こちらでも、はっきりと渦が・・・。しかし中々大きな漏斗状にはなりません。
渦の強さが、弱いのでしょうか?

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小さいですが、渦は出来ています。

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少し物足りなさを感じつつ、現場を離れ帰港の途に。

 最後に、何故ここに渦潮が出来るのか?その理由をご説明します。

①鳴門海峡の幅が、急に狭くなっている。 1.3Kmしかない。

②潮の干満の差により、高い方(満潮)から低い方(干潮)へ、海水が一気に流れ込み、潮流が速くなる。

③海底が、海峡の中央部がぐんと深くて約100mあり、潮流は中央部では抵抗が少ない為、速く流れる。

④それに対して、両岸部では浅瀬などにより抵抗がある為、流れが緩やかにになり、流れの速い潮流が、遅い潮流にぶつかり、そこに「渦」が出来る。

⑤初めは小さな「渦」として発生し、潮流と共に流れて行く間に、「渦」が段々と大きくなり、やがて消えて行く。

2017年8月 7日 (月)

鳴門海峡の渦潮を見る(1)

 久し振りに「鳴門海峡の渦潮」を、「或る会」のお誘いで見て来ました。
 世界3大潮流とかで、なおかつ大潮の時期とかで、心が動きました。
 京都から観光バスで、明石海峡大橋を渡り、淡路島を通り抜け、淡路島の南端の「福良港」から「観潮船・日本丸」に乗り、渦潮を見ると言う行程です。
 行ったのは、6月26日でした。

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福良港の専用桟橋に停泊中の「日本丸」です。
日本を代表する練習用帆船のレプリカ船です。
定員 700名 総トン数 383トン 全長 54m 幅 10m 3層甲板4本マスト帆船型

 福良港を出発して、大鳴門橋の渦潮現場に向かいます。

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その途中ですれ違った、もう1隻の観潮船「咸臨丸」(幕末の日本人で初めて太平洋横断を果した有名な船)です。勿論レプリカです。

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約20分程で、大鳴門橋が見えて来ました。
橋の下では、白波が立っているのが判ります。

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橋の近くまで来ました。
海面に段差が出来ていることや、潮流の激しさなどが良く判りますが、渦が出来ているのは未だ見えません。

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ほぼ橋の真下まで来ました。
小さな渦らしきものが出来ています。

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渦が出来掛けては消えて行きます。

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海面が盛り上がったり、うねりになったりしています。

 続きは、次回に。





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