2017年5月24日 (水)

ラスト・トラベル1泊バス旅へ(1)妻籠宿ー1

 今まで、「ある会」からと言うことで、幾つかの旅行記事をご紹介して来ましたが、今回で「ある会」からの旅は終わりとなりました。
 そんなことから、「ラスト・トラベル」と銘打ち、その旅の様子を、ご紹介します。
 今回も、バスによる1泊旅です。
 主な見所は、1日目は中山道の宿場町「妻籠宿」です。2日目はがらりと変わって、「愛・地球博記念公園」(2005年の万博会場)と、「トヨタ産業技術記念館」(トヨタグループの産業歴史館)の2か所です。移動は何時もの様に観光バスです。

 第1日目の「妻籠宿」(つまごじゅく)から、ご紹介します。ここは、私の大好きな「伝重建保存地区」の1つです。

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散策ルートのスタート地点に掲げられていた「伝重建保存地区」の説明板です。その場所は、観光バスの駐車場の近くにあり、路線バスやタクシーなどの乗車場でもあります。いわば「妻籠宿」のターミナル見たいなところでした。

 旧中山道までは少しばかり歩きました。

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緩やかな坂道を上がって行きます。その途中の景色です。
早くも鄙びた雰囲気を感じました。

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旧中山道に出て来ました。

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旧中山道の北の方を見ています。こちらの方には行きませんでした。

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看板の表示の通りであり、明治天皇妻籠御休止所でもあります。

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中には入らずに、道路からの様子ですが、建物は明治10年に建て替えられたものだそうです。国の重要文化財に指定されています。
島崎藤村(この地のゆかりの作家・詩人)の初恋の相手「ゆふ」さんの嫁ぎ先だとか。

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「妻籠宿ふれあい館」(無料休憩所)です。
これからもしばしば出て来ますが、屋根や軒先にご注目ください。雪深い田舎の民家の工夫がされています。

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こんな立派な「うだつ」も見られました。

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こちらは、「妻籠宿御本陣」です。こちらも外からの様子です。
ここには、島崎氏が任命され、明治に至るまで本陣、庄屋を兼ね務めたそうで、島崎藤村の母の生家だとか。藤村の次兄広助が養子に来ているそうです。平成7年4月に復元されました。

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屋根を見ると、多くの石が載っています。

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門の左手には、小さな小屋がありました。門番の居たのでしょうか。

 見物範囲の約3分の1位まで来たでしょうか。続きは次回に。





2017年5月23日 (火)

風薫る?5月16日の京都府立植物園「豪華な牡丹の花」

 昨日は華麗なバラの花をご紹介しましたが、この日は、牡丹園に咲く牡丹もバラの花に負けないくらい豪華な花を楽しませてくれました。

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相変わらずの夏日です。
殆どの動物はある程度、暑さを避けて日影とか、涼しい場所に避難できますが、植物は与えられた環境で頑張っています。


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               ” 春 の 粧 ”
   

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               ” バ ー ト セ ラ ”

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                ”コーラルチャーム”

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              ” か ぐ や 姫 ”

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小学生が大勢来ていましたが、子供たちも暑いでしょう。

2017年5月22日 (月)

京都府立植物園 華麗なバラの花 (その2 )  

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植物園を散策していると、どうしても豪華なバラの花に目が奪われます。
 暑い!しかも雨が降らない!そんな状況の中でも必死に咲いている健気な花達、愛おしい気持ちになります。


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↑の花も↓も少し汚れと痛みが気になりますが・・・・・

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勿論、少しでも多くの種類を綺麗に咲かせたい、との植物園の方々、ボランティアの皆様の日々の努力のお陰です。
感謝の気持ちを忘れないで愛でたいです。(5月16日撮影)

2017年5月21日 (日)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(5)姫路-2

前回に続き、世界文化遺産であり、国宝の「姫路城」内を歩いています。
 段々と、大天守に近付いて来ました。

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「西小天守」を、間近に見ています。その奥が「乾小天守」で、右手奥に少し見えるのが、「大天守」です。

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城郭の複雑さを感じます。

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「大天守」の入口ですが、階段が苦手な私達は、ここで帰途ルートに着きました。

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「大天守」の下の「本丸」(備前丸)から、「西の丸」や姫路市内を見渡ました。
右手に見える建物は、千姫ゆかりの「化粧櫓」です。

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「本丸」の広場から、天守群を見ています。

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「大天守」に最接近です。間近に見ると、迫力があります。

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帰途ルートにあった「鯱」の展示です。平成の鯱もありましたが、昭和の鯱と余り違いは無かった様に思いました。

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出口の近くには、「三国堀」と言う四角い堀がありました。
ここからの眺めも中々のものでした。

江戸時代は、最初に入城時にくぐった門「菱の門」から内側を「城山」と言いました。
城山には、2つの峰があり、その1つは「姫山」と言い、そこに「大天守」が築かれました。
もう1つの峰は「鷺山」と言い、そこを切り開いて「西の丸」が造られました。
2つの峰の間に堀が造られ、ダムの様な形になっていたそうで、その痕跡が左側の石垣にVの字に石垣が見えるのがそうです。

 しっかりと「姫路城」を堪能し、再び歩いてJR姫路駅に向かいました。

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その途中で見掛けたマンホールの蓋です。見事な蓋だと思いました。

 戴いたパンフレットから
 ○姫路城の所有者 文部科学省(文化庁)
 ○管理団体      姫路市
 ○文化財建造物数 国宝 8棟 重文 74棟
 ○大天守のサイズ 高さ 海抜 91.9m 大天守のみ 31.5m
              重さ 5,700トン(推定)
 ○櫓の数       27棟
 ○西の丸櫓群延長 約240m
 ○門の数       21棟
 ○一番高い石垣高さ 23.32m
 ○井戸の数       11カ所

 などです。

2017年5月20日 (土)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(4)姫路-1

 「かんぽの宿・播州赤穂」で一夜を過ごした翌日は、久し振りに「姫路」に行くことにしました。
 姫路となれば、やはり「姫路城」ですね。「平成の大修理」を終え、やや過剰に白くなった姫路城が、自然の色に戻った様に思いました。
 昨日の「赤穂城」跡と、今日の「姫路城」と、連日のお城見物となりました。
 JR姫路駅からは、お城に向かっての大通りをゆっくりと歩きました。途中には町の由来の説明や石垣などがあって、飽きる事無く歩けました。

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城には堀が付き物ですから、どうしても橋を渡らねばなりません。
門の名前から付けたのでしょうか?「桜門橋」です。

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橋を渡ったところには、「史蹟 姫路城」の石碑が建っていました。
「大天守」の一部が見えています。

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その位置から見たお堀の様子です。大きなお城の堀はねやはり堀も大きいです。

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漸く中の広場まで来ました。堂々たる「大天守」の雄姿です。左手は、「西小天守」です。

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広場から左手を見ますと、長々と城郭が連なっています。「長局(百間廊下)」などがあります。

入場手続きをして、城内に入ります。

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表玄関の「菱の門」です。お城の門らしくない優雅さを感じます。
門の左側は石垣に乗っています。変わった形です。

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右から左へ、大天守 西小天守 乾小天守と続いています。

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さらに中へ進みます。左手は門の1つ、「ろの門」(門には、いから始まって、るまであります)?。大天守はほぼ横からの景色に変わりました。

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「にの門」の手前から、大天守などを見ています。ほぼ真横の姿です。
左手が「乾小天守」です。

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ますます天守群に近付いて来ました。

 大城郭に圧倒されつつ、さらに前進します。
 続きは次回に。

2017年5月19日 (金)

京都府立植物園 華麗なバラの花 (その1)  

 1週間の間に植物園へ2回行き、そのうち1回目は蕾のみ、そして2回目の14日に行った時は既にバラの花は殆どが満開だったのですが、夏日の午後、日差しが強く、何となく写真を・・の気分になれなくて、今回は朝の間に出かけました。
 それでも牡丹園(後日紹介します)も、こちらバラ園も既に多くのカメラマンが来られていました。


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        朝から日差しが強いです。

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  まずは、 有名な  ” ミ  ツ コ ” です。

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            ” シ ン シ ャー ”
              
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               ” 連  弾 ”

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        名前が見つかりませんでした。

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             ”ゴールドマリー”

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          こちらも有名な”アンネのバラ(通称)”

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      同じく”アンネのバラ”です。

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              ”  早  春  ”

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               こちらも”早春”です。 

私はコデジですが、殆どの方は一眼レフで、そうでない人は、携帯かスマホですね。
コデジを使っている人は殆ど見かけなくなり、肩身が狭いです。
          

               (撮影 5月16日)
           


        

2017年5月18日 (木)

ちょこっと旅 播州赤穂と姫路(3)赤穂-3

 前回に続いて、「国史跡 赤穂城跡」内を歩いています。
 北東の「大手門」から入城し、「大石神社」に参拝して、「三の丸」から「二の丸」に遣って来ました。そして、赤穂城の中枢の「本丸」に進みました。

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この付近に「二の丸門」があったそうです。
右手に見える門は、「大石頼母良重」の屋敷門で、その門をくぐると「二の丸庭園」跡が広がっています。

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その「二の丸庭園」跡です。

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二の丸門があった付近の左手には、甲州流軍学者であった「山鹿素行」の銅像がありました。彼は少なからず赤穂藩に影響を与えた人物でした。

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本丸を囲む城壁と堀です。右手に「本丸門」があります。

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その「本丸門」の外側です。門をくぐると本丸になります。

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その「本丸門」を内側から見ています。

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本丸内にある「天守台」です。天守閣は築かれなかったそうです。
本丸には、中央に藩主の屋敷(本丸御殿)があり、その周りには庭園とかが配置されています。また4か所には櫓台があり、東北には隅櫓も築かれたそうです。

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本丸の門の1つ、「厩口門」(うまやぐちもん)です。後に「台所門」とも言われたとか。

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赤穂城には、12の門があったそうで、この門もその1つです。

最後に、「赤穂城」について


○正保2年(1645)に、浅野長直が常陸国笠間藩からここに転じた時に、はじめにご紹介した「源八長屋」の父・近藤三郎左衛門正純が、甲州流兵法に則って、築城の縄張り設計を行いました。

○城は現在の千種川河口の西岸に位置し、南は瀬戸内海に面した海城で、変形輪郭式の平城です。

○本丸・二の丸・三の丸のすべての廓が残された貴重な近世城郭遺構で、昭和46年に国史跡に指定されました。

 この後は、今夜の宿の「かんぽの宿・播州赤穂」に、バスで向かいました。

2017年5月17日 (水)

ゴールデンウイークの京都府立植物園

ゴールデンウイークは日本中?が晴天に恵まれました。
しかも連日の暑さ、まだ5月の初旬とは思えない日が続きました。

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恒例の行事でしょうか?子供たちの姿が見えます。
画版を持っていますから、スケッチなのでしょうね。

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暑い日差しの中を行儀よく歩いています。
リュックの中にはお弁当が入っているとか、会話を聞いていると専ら昼ご飯の時間と場所を気にしているようです。

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涼し気な花が目に留まりました。 セッコウオダマキです。

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水の中に咲いていた、可憐なクリンソウ。京都府の絶滅危惧種です。

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  オンツツジ。大きな木に薄いオレンジ色の花が涼し気です。

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牡丹園の様子を見てきました。前回より開花した花も多く、人の姿も多いでした。

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ご紹介した牡丹は、前回は未だ咲いていなかった花です。

植物園を散策(徘徊?)していると、珍しい花や知らない植物に出会うことが有ります。それも楽しみの一つです。




 






2017年5月16日 (火)

京都の三大祭の一つ 「葵祭」を拝観しました

 2017・5月15日(月)、晴天に恵まれたこの日、京都御苑の一角で、「葵祭」の行列を拝観しました。昨年の「時代祭」の時とほぼ同じ場所でした。御所出発の2時間程前に現地に着きましたが、早くも多くの方が、それぞれの場所に陣取っておられました。
 御所出発は、午前10時30分ですが、私の場所に先頭が来たのは、40分頃でした。

 先ず「近衛使代列」です。

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行列のトップは、この方です。「肝煎」(きもいり)と言うそうです。
「催方」(もよおしかた)とも言うそうです。

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続くのは、「雑色」と、馬に乗っている「乗尻」です。
雑色は、雑役の無位の役人。「乗尻」は、上賀茂神社の競馬会(くらべうまえ)の騎手です。それぞれ冠には「葵」の葉っぱを付けておられます。

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「検非違使志」(けびいしさかん)と言い、警察と裁判を司る役人。行列の警護に当たっています。

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「山城使」(やましろのつかい)と言います。
山城介(やましろのすけ)で、国司庁の次官、5位の文官です。

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この「牛車」(ぎっしゃ)には、この後に続く方、「近衛使代」が乗られるものですが、その方は馬に乗っておられるので、賑わいのための空車だそうです。
前を行く「牛童」(うしわらわ)が、可愛いです。

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この方が「近衛使代」(このえのつかいだい)です。行列の中で、最も位が高く、四位近衛中将がこれを勤めるそうです。

 次は、皆さんお目当ての「斎王代列」です。

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「風流傘」です。祭列を豪華にするためのものだそうです。

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「命婦」(みょうぶ)と言い、高位の女官または高位の妻女達です。一人では無く、多くの方達がおられました。

 いよいよ「斎王代」の登場です。

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俗に言う十二単の五衣唐衣衣裳(いつつぎぬ・からぎぬ・も)で、その上に小忌衣(おみごろも)を身に纏っておられます。

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少しだけ微笑みを浮かべて。

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こちらは「斎王代」の「牛車」ですが、もちろん空車です。

 午前11時20分過ぎに、行列は通り過ぎて行きました。

 ○今年の「斎王代」は、第62代に当り、富田紗代さん(19才・同志社大2年)
   か゛勤められました。姉2人も内侍や命婦役を勤められたそうで、姉妹3人
   とは大変珍しいことです。
 

2017年5月15日 (月)

新緑の彩り うっとり

 今の季節、新緑が特に綺麗な智積院では、境内で数多くの紫陽花も楽しめますが、5月は新緑は勿論ですが、モミジも見ごろを迎えています。

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見事な新緑の中で読書をしておられる方も有ります。

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赤や白、紫が咲き誇り新緑豊かな境内を彩っていました。


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新緑とモミジのコントラストが綺麗です。

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尚、こちらのモミジは5月中旬に一斉に満開を迎えるとのことですが、夏日が続いている5月、満開も例年より早いかもしれませんね。

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学侶墓地の両側にもモミジが丁寧に植え込まれています。石段を上がった墓地にも綺麗に植え込まれていました。
 ※学侶墓地は江戸時代に智積院で修業し、志し半ばで亡くなられた方々を祀ったもので聖域です。(撮影 5月14日)




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